case2#
Highter than Highter -4/10







「……します。A班八階ゲストエリア、クリア。九階ゲストエリア、移動中。B班八階バックヤードエリア、クリア。九階B班バックヤードエリア、移動開始。C班八階マシン室、確認中。保全作業中の作業員は……」
 滑舌の良さは、某国営局のアナウンサーかと疑うほどだった。イヤホンか送られてくる情報は百々にもすぐ、進められている爆発物検知の進行状況だと知れる。
 声の主はおそらく、地下のオフィスでガラス越しに見たあのオペレーターたちだろう。不安や戸惑いに焦る気配すらうかがえない喋りっぷりは、まさにあの光景そのもで、むしろついてゆけずに百々は一人、うろたえる。
「あわわわわ。なに? 何て? 早すぎるよ」
 すでにレフとハートは、掘り下げられたショッピングモールの基礎、そこに架かる鉄板の通路を渡り切っていた。建設中と空間を積み上げたビッグアンプルは、打ちっぱなしのコンクリートに剥き出しの鉄骨をさらすとその向こうにそびえ立っている。
 もちろん中に灯りはほとんどついていない。だからして入ってすぐの位置だった。懐中電灯はスチール製のラック常備されており、すかさずレフがそれを掴み上げる。ごついそれをハートへ投げた。受け止ったハートはその場で、すぐにも明かりがつくことを確かめる。
「バジルのBだ」
 言ったその意味がわからないはずもない。
「なら、俺はアーベンのAだな」
 返すレフの声を、百々はイヤホン越しに聞く。
「でしたらぼくは、外田のC班で」
 追いつくと同時だ。ストラヴィンスキーも言ってのけた。どこがCだ、とつっ込む代わりか、レフはそんなストラヴィンスキーへも懐中電灯を投げよこす。受け止め手早くスイッチを入れたストラヴィンスキーの足元に、光りは白い丸を描いた。
 加わるべく百々も繰り出す足へ力を込める。
「百々さん、聞いてる?」
イヤホンから、あの赤いスーツの女性の声は聞こえていた。
「あ、えっと、聞いてます」
「チーフの指示よ。あなたはレフと共に行動して」
 実に淡泊な物言いには、疑念を挟む余地がない。
「わかりました」
 この会話もまたオープンのようだ。返事に行く手でレフたちが、百々へと振り返る。
「それからビッグアンプルの図面は端末へ転送してあるわ。操作、覚えてるわね」
「はい」
 百々は尻ポケットから端末を引っ張り出した。掴んで待ちぼうける三人の輪へと、飛び込む。
「じゃ、わたしは百々のDでっ」
 これしかない、と言い放った。
「言ってやがる」
 ハートがごつい肩をすくめてみせる。
「担当は持ち回りか?」
 すぐさまレフは、マイクへ吐いた。
「以降はチーフに確認して」
 赤いスーツの女性に考えるような間はない。
 とそこへ、別の声は割り込んでくる。
「ちょっと、セサミストリート諸君! 早く上がって手を貸してくれないかしら。わたしたちが相手にしているのは、この気象条件もよ」
 常盤華だ。言い分にこそ間違いはなく、だからしてそのとき百々の脳裏へあの映像は蘇っていた。それは今日、いやもう昨日になってしまったか。試写で見たあの新作映画だ。吹き付ける風の中に立つ今だからこそ、美しくも厳しい自然と、そこに順応して暮らすしなやかな動物たちの姿はありあり浮かんで、百々もまたその一部になったような錯覚を抱かせる。
「……大自然の驚異っ!」
 脈絡なく力説したとして、致し方なし。
「ならいくか、アニー」
 目もくれずハートがレフを促していた。
「ああ。最上階で会おう。ビッグバード」
 レフも同様に返せば、合図に互いの体はそれぞれの方向へ動き出す。
「いくぞ、クッキーモンスター」
 またもや一人、握りこぶしを震わせていた百々を、そうしてレフは呼び止めた。とたん我に返った百々が飛び上がったのは、否応なく菓子を貪り食うあの青い姿が浮かんだせいだ。
「あたし、あんなじゃないってば。あたしはどっちかっていうと、エルモでしょっ!」
 ともかく自分用の懐中電灯をラックから引き抜く。百々もまたレフの後を追いかけた。
「じゃ、誰かぼくをバートって呼んでくれなきゃ、気合が入らないじゃないですか……」
 つまりイヤホンから聞こえてきたのは、ストラヴィンスキーの声である。
 とたん方々から、「ゴー、バート」の声は上がっていた。


「ああ、見にくい」
 などとセサミストリートイベントも終了してしまえば、百々のテンションも下がる一方だ。何しろ現状、レフの尻を追いかけていれば事足りるとして、自分がどこにいるのか分からないなど落ち着けなかった。だというのに確かめるべく開いた端末のビッグアンプル平面図は、設計図もそのままと分かりづらさを極めている。
 そんな場面でも要領を得ているのか、レフは親指の腹で器用に画面をスクロールさせると、ここ、ゲストエリアの捜索へ加わるべく着実に九階を目指し移動を続けていた。
 何が置かれる予定なのか、コンクリート打ちっぱなしの広い空間を一つ、二つとやり過ごし、やがて外壁へへばりつくように取り付けられた業務用エレベータと、手すりさえない階段が並んだ場所へ出る。
「そっちじゃない。周りを見ろ」
 だがそこに、乗るべきカゴは降りていなかった。端末にかじりつく百々へ言い放ったレフが、呼び寄せ「上」しかないボタンを手の平で強く押し込む。
「だって、ここがどこなのか分からないと落ち着けません」
「それは俺が把握していればいい。ここにあの男が紛れていないか、お前はそれだけを注意していろ」
 わかっているケド……。
 言う代わりの口をごにょごにょさせる。百々はそうして、格闘し続けた図面からようやく幾つかの情報を拾いあげるに至っていた。
 たとえば、完成すればここが十五階建てになるらしいことや、現在はその十四階まで建設が進められていること。それから三班に分かれて進められている捜索が合理的であるように、各フロアはゲスト、バックヤード、機械室の三エリアに分断されると、上下の移動は現在、それらエリアに一つづつ取り付けられた階段とエレベータに限られていること、だ。
 納得した顔を持ち上げる。
 ちょうどどその前へ、カゴは滑り降りて来ていた。
 さすが業務用だ。ガシャン、と音を立てて止まったカゴは、フック型の留め具がついた蛇腹の手動式扉ときている。隔てて囲う壁のない見てくれはまさに檻を連想させ、足元はドッド柄よろしく穴の開いた鉄板を敷くと、万が一の落下物を防ぐためだろう、その周りにネットを張っていた。
 レフがそんなエレベータの扉を開ける。
「八階到着、C班と合流」
 乗り込めば、早くも先発の捜索班と合流したらしいストラヴィンスキーの声が、イヤホンからもれ出した。
 聞きながら扉を閉めなおし、マジックで「九」と書き込まれたボタンをレフは押し込む。
 一呼吸おいて、巻き上げを始めウインチの立てる音が、妙に生々しかった。台風のせいだ。やんわり風にあおられながら、やがてカゴは上昇をはじめていた。
 切れて落っこちやしないか。百々が気をもんだことは言うまでもない。だが心配無用と、カゴは二階へ到着する。減速することなく三階から四階へ移動していった。
「今、エレベータの中にいる。こっちもすぐだ。九階に到着する」
 告げるレフの声に混じり、喋り続けるオペレーターが、効果を発揮し始めた渡会の一喝により、全作業員への撤収指示が出されたことを告げている。位置的に最後の退去者となるだろう。最上階の保全作業に向かった作業員がいることもまた、そこへ付け加えていった。
「ハナ、人数はまだ確認できていないけれど、彼らは十三階のそこ、ゲストエリアから引き上げると言ってきてる」
 かぶせて赤いスーツの女性が話す。
「今、レフと百々さんがエレベータを使っている以上、退避には必ず非常用の階段を使うわ」
 つまり見逃すな、ということらしい。
「了解」
 心得たハナの返事は素早く、それ以上、見逃せない光景はそのとき百々の目に飛び込んできていた。
「わぁ、キレイ」
 気づけば眼下は眩いばかりのネオンの海だ。
「周りを見ろと言ったが、そっちじゃない」
 すぐさまレフに注意されてみる。
「す、すみません。高いし、揺れてちょっと怖かったので和んじゃいました」
 そんなエレベータはもう六階だ。
 どうやらハートもまた、ひと足早く九階へ到着したらしい。無線越し、野太い声が知らせるていた。なら続けさま、ストラヴィンスキーが八階の捜索を終え、同じく九階へ向かう報告をあげる。
 片耳に聞きながら百々は笑ってごまかし、だからこそ意識せずにおれなくなった足元へ、その視線を落としていった。
「怖いなら足元は見るな。前だけ見ていろ」
 これまたレフに指摘されてみる。
 だとして聞く耳持たずだ。百々は、首をかしげていた。
 ぎゃあ、と叫んでただ飛び跳ねる。もう、レフの眉間がさらに詰まろうが、狭いエレベータのすでにそこが端であろうが、震えに震えてさらにその端を探してひたすらカゴへ身をすり付けた。
「落ち着けッ……」
 絞り出されたレフの声は、誰が聞いても分かる「忍耐」の二文字で構成されている。だとして百々は言っていた。
「あ……、あるよ。あるよ、レフっ!」
 振ったアゴで、とにかく見ろ、と指し示すのは足元だ。
 様子にさすがのレフもナニカを察したらしい。
「ある?」
 詰まっていた眉間を解くと、やがて百々へと振り返った。その目が百々の視線を辿り始める。辿り、自らも己の足元を見下ろした。
 それは穴だらけの鉄板越しだ。街のネオンかと見まごう赤さが灯るのを目にする。
 今回も、そうしてそれはカウントダウンを続けていた。
 どうやら探し物は奔走する面子を嘲笑い、ハナからこの場所で安穏と上下を繰り返していたらしい。爆発物と思しき箱は、まさに二人の足元にしっかと貼り付けられていた。