case2#
Highter than Highter -5/10







「ぶぅぁ、ばっ、爆弾っ!」
 マイクを通し、百々の叫びは四方へ散る。
「どうりでまだ見つかっていないはずだ」
 すかさず長身を折ってレフが、床へ屈み込んだ。
「どこだ!」
 動き始めたらしい。間髪入れずハートの声も荒い息遣いと共に重なる。
「ゲストエリア付、エレベータ基底」
 そのエレベータはもう八階に達しようとしていた。
 告げて鉄板の穴へ指を突っ込むと、レフは足元のそれを力任と剥がしにかかる。だがびくとも動かなかったなら、諦めすぐさまマイクへ呼びかけた。
「ハナ、このエレベータは確認したのか?」
「ノーよ。下から階段を使って上がった。階段からシャフト内は確認させたけれど、エレベータは最初から上にあったの。まだ中まで目を通せてない」
 確かに各階を点検して回るのだから、呼び寄せてまで使うエレベータの乗り下りこそ面倒だろう。
「あと何分です? レフ」
 ストラヴィンスキーが確かめている。
「八分……、ある」
 立ち上がり、首をかしげて穴をのぞきこんだレフは、灯る文字を読み上げた。
「作業員が降りてきたなら、わたしとあなたで身元の確認を、後は爆発物の処理に」
 耳にしたハナの判断は早い。
 八階を過ぎたカゴは、そんな処理班が待ち受ける九階へ、まさに淡々とシャフトの中を上昇し続けていた。
 やがてレフが、そこで待ち受けているだろうハナの姿を探して視線を上げる。ならハナの指示と噛み合う靴音は頭上から降った。待ち構えた足が仁王立ちと視界の中へ下りてくる。だが同じく見上げた百々に、安堵感こそ沸いてこない。案の定だ。エレベータは減速せず、九階フロアをそ知らぬ顔でやり過ごしていった。
 否やレフの拳が、緊急停止の赤いボタンを叩きつける。続けさま上層階、全てのボタンを押し込んでいった。だというのにエレベータは止まらず、頭上を仰いだレフの声はかすれる。
「クソッ」
 と、そのときだ。
「……誰も、使ってない」
 百々の脳裏でそれは閃く。
「そうだよっ!」
 言う声は大きくならざるを得なかった。
「何の話だッ」
 蛇腹扉をこじ開けるべく、揺すぶりレフも吐き返している。
「エレベータは上にあった、ってことっ!」
負けじと百々も声を張っていた。
「今は、それどころじゃない。そのエレベータが爆発物らしきものを抱えたまま、止まらないッ」
 などと通じない話にじれったくなった百々の手が、貼りついていたカゴを押しやる。
「違うよっ!」
 レフの視界へと飛び出した。
「このエリアにエレベータはひとつ。最初から上にあった。下ろしたあたしたちが乗ってから止まらなくなった。それってきっと、あたしたちが乗る前まではちゃんと動いてた、ってことなんだよっ!」
 片耳に聞きながら、レフは揺すぶり飽きた扉の構造を辿って、忙しくその目を右左へ動かしている。が、その動きは止まっていた。虚を突かれたような顔はそうしてやがて、百々へと向けられてゆく。
「……つまり爆弾は、最後にこれを使って上がった奴がそこで仕掛けた、そう言いたいのか?」
 単調な上昇の果てに、十一階はもうそこだ。
「ぼくのエレベータ、下で止まってました」
「俺もだ」
 百々は深くうなずき、イヤホンの向こうでストラヴィンスキーにハートが口添えていた。
 ならレフは、そんな百々の体を背へ押しやる。もろとも一歩、後ずさると、懐から銃を引き抜いた。その銃口で、蛇腹扉のロックを指したなら、次の瞬間、トリガーを絞る。
 蛇腹扉からオレンジ色と、火花が散っていた。
「ったっ! っとぉっ、危ないっ!」
 嫌って小躍り、百々も負けじと、とっ散らかる。
 放って銃口を下げたレフは、蛇腹扉を蹴りつけていた。
「最上階の作業員はこのエレベータを使ったのかッ?」
「はい。彼らはリフトの運転士です。その保全目的で、そのエリアより最上階へ向かったとのことです。あえて足で上がることは考えづらいと思われます」
 オペレータが伝えてよこす。
「くじ運、悪いな。仕掛けたヤツは、その中にいる可能性が高いぞッ」
 レフは唸り、蹴りつけられた蛇腹扉でロックはそのとき、ぐにゃりとねじ切れた。
 なら複数の足音は、やおら頭上から近づいてくる。十二階のフロアがカゴ上部の隙間から見えた瞬間だ。エレベータは、撤収を命じられて階段を降りてゆく作業員たちとすれ違っていた。
「あっ」
 追いかけ百々は、カゴへ顔をすり寄せる。だが作業員たちはうつむき加減のうえ、ことのほか暗く視界はひどく悪かった。あっという間に遠ざかってゆくその顔から顔へ、体から体へ、百々はくまなく視線を走らせてゆく。
「ハナさん。作業員が降りてった。でも、あのお兄さんはいないよっ!」
 言い切った。
 間にもエレベータは十二階を通過し、作業員たちを見送った百々の背後で、寒気のするような音は鳴る。驚き振り返ればレフだ。ロックのねじ切れた蛇腹扉を、渾身の力でこじ開けようとしていた。
 つまり、と百々は天を仰ぐ。スケルトン構造ならでは、そこにノンストップとワイヤーを巻き上げるエレベータのウインチは見えていた。のみならず、揺れる人影もまた見てとる。
「レフっ!」
 否応なく声は上がっていた。
 なら、わかっている、と答えたレフの手が伸びる。
「降りるぞッ」
 百々の胸倉を鷲掴みにした。
「違う。今、何か……」
 百々は言いかけるが、ヒマがない。
 シャフト向こうに終着点と十三階のフロアが広がる。
 めがけて再び銃口を持ち上げたレフは、闇雲としか思えない勢いでやおらトリガーを引いていた。飛び散る火花が、そこに転落防止のため閉められていた十三階側蛇腹扉の存在を教える。百々は避けて身をよじらせ、引き付けレフはカゴを蹴りつけた。
「押しとおるッ!」
「ぎゃあっ!」
 なぜこの土壇場でそんな言い回しが出るのか。百々はのけ反り、それきりレフは蛇腹扉へ突っ込んでゆく。
 食らわせた体当たりに、寒気のする音を立ててゲージがしなった。
 だが支えきれない。
 それきりフロアへぐにゃり、倒れる。
 エレベータが十三階を通過し切るその前だ。レフもろとも、百々の体はコンクリートの床へ叩きつけられていた。
「あ、……ぃいっ、たぁっ」
 暗がりでも分かるほど辺りにもう、と砂埃が舞い上がっている。思わずむせれば、蹴散らし前から足音は複数、近づいてきた。
 何事か、と百々は伏せていた顔を持ち上げる。そこで光はぶしつけと投げ込まれていた。
「テロ、リストより、爆発物に好かれている、ようで、何より、だ」
 逆光と黒さが、まるきり夜間迷彩といえよう。防護服姿の処理班を三名引き連れ、迷路のようなビッグアンプル内を全力疾走してきたハートがそこに立っていた。
「たまたま、ですっ」
 返したとたん、寒気のするような金属音は背後で鳴る。身をすくめて振り返れば、めいっぱいロープを巻き上げたカゴだった。それでも止まらぬウインチにミシミシ食われてシャフト内、悲鳴を上げている。
  しかしながら咀嚼するにはちと固すぎたらしい。エレベータは尻を半分、十三階にのぞかせると、宙ぶらりんで動きを止めた。おかげで、というべきか。基底に貼り付けられた爆発物は、誰の目にも明らかな位置に吊るされる。
「どうしていつも五分を切って、俺に預ける!」
 見据えてハートが牛のような体を揺すって吠えた。ままにはいつくばる百々をまたぐ。エレベータへと歩み寄っていった。
「残れ」
 そう百々へ投げたのは、レフだ。ハートを見送り立ち上がると、その顔を百々へ向けている。だとして百々にも、そろそろ要領というものが分かりつつある頃だった。
 百々は慌ててイヤホンを手繰り寄せる。耳へ押し込みなおすと、交わされる会話から、下りて行った作業員の中に送り付けられた指紋の何某がいなかったことを拾い上げた。つまりだ。レフは容疑者がまだ上層階にいないか、確認しにゆく気なのだと、そのための足手まといを切るつもりなのだ、と察する。
「探しにゆくの?」
 問う百々の目は、自然、レフを睨みつけていた。
 答えずレフは、ただハートへと視線を投げる。
「ここは任せたぞ」
「もうすぐストラヴィンスキーが上がってくる。それまで待て」
 間髪入れず返したハートは、美術品でも鑑賞するかのように揺れるカゴの底を見上げていた。かと思えば、その、身をひるがえす。
「貴様ら! こういう仕事は、何はともあれ体力が肝心だ」
 引き連れてきた防護服の三人へ声を上げた。
「いいか、俺を掴んでいろッ! 絶対に離すなッ!」
 唐突さに顔を見合わせた三人を前に、背へ回ったカゴへとアゴを持ち上げる。何躊躇することなく、それきりシャフトへ体を倒していった。
「わ!」
「止してくださいよっ!」
「落ちる!」
 目にした防護服の三人が、飛び上がったことは言うまでもない。同時のロケットダッシュはさすがの反応速度で、今まさにシャフトの中へ落ちようとしているハートの足にベルトを、掴んで引き止めた。
「お、もっ……!」
「何、食ってんだぁ、コンチキショー」
「どう見たって、俺らの方が軽いだろぉがっ」
 なら貼り付けられた黒い箱は、静止したハートの前へちょうどとぶら下がる。
「うるさいぞ! どっちへ転んでもあと四分だろうが。グダグダいわずにやり通せ!」
 一喝したハートが、受話器よろしく懐中電灯を肩と首へ挟み込んでいた。
「返事はぁっ!」
 返って来ないのだから、唸る。おかげで三人の返事もピタリ、そろっていた。
「いぃ、イエッサァッ」
「神経質なやつだな。もう、もぬけのカラかもしれない。そいつを確かめにゆくだけだ」
 眺めてレフはこぼす。イヤホンから、たちまち色とりどりの静止の声はあふれ出していた。無論、聞こえているからだ。レフの手はそれを払い落とし、呆然とする百々へ歩み寄ってくる。
「借りるぞ」
 レフのそれはカゴの中だ。百々の手から懐中電灯をもぎ取った。
「あっ! それ、さっきので壊れたっ!」
 咄嗟に口走ってみるが、スイッチオンで丸い光はあっけなくも双方の足元を照らし出す。
「……な、なんてね。あは、あは、あは、は……」
 もう愛想笑いしか出てこない。
 通じぬレフの表情は冷め切っていた。残してきびすを返す。そうして踏むステップはあくまでも軽く、ままにハートたちが駆け込んできた方向へと走りだしていた。
「ちょっと、一人じゃダメだって。危ないって、みんながっ!」
 などと百々ごときが言ったところで無駄も極地だ。
「言ってるのに……」
 レフは振り返りもしない。
「こぉら、貴様らッ、もっと上へ持ち上げろッ! 手が届かんぞッ!」
  吹き飛ばして、ハートの罵声は響く。ハートを支えて踏ん張る三人の姿はもう、清涼飲料水のCMか。「ファイト○発」そのものと化すと、そこで修羅場は繰り広げられていた。
「……白いツラだからといって、他人には冷静に見えていると思うな、アニー」
 さなか、呟くハートの声を確かにマイクは拾い上げる。
「だから貴様はドドをかまされたんだろうが」
 かき消しハートはこうも声を張り上げていた。
「いいかストラヴィンスキー、俺は手が離せんッ! 今すぐ上がって奴をフォローしろ。今すぐにだッ!」