case2#
Highter than Highter -7/10







「解除は専門のやつが担当だ。五分もあればカタがつく」
 懐中電灯を握る手をひねった。
 時計の文字盤へチラリ、レフは視線を落とす。
 逸れた光を再び男へ向けなおした。
 そこで俳優似の男は、映画館のショーケース前で見せたあの姿勢と寸分違わぬ腰の低さで真っすぐレフを睨み返している。どうやら気配に振り返ってかすめたものは、それだったらしい。手にハーネスを足場につなぐロープ、ランヤード、その先端にあるフックを握り絞め、今もなお繰り出す様子をうかがうと、にじるように右へ足を踏み出していた。
「過ぎた。ゲームオーバーだ」
 だからこそ教えてやるに越した事はない。レフは言う。
「まさか。しくじったりするわけないよ!」
 とたん男の声はひとつ、トーンを上げた。
「僕も仲間になるんだ。けれどそれまでの間、もう少し派手にアピールするなら、あんたに怪我を負わせるべきだと思うな。それで僕がどれだけ本気かってことも伝わる。あんた! 一人で来るなんて馬鹿だな。僕に仲間がいるかもってことは、想像しなかったの?」
 呼びかけて、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「首謀者は誰だ。貴様らの要求は何だ」
 答えずレフはつきつける。
 と、ヘルメットのフチに沿うように、そのとき男の視線は初めてレフの左側へ逸れた。取り繕うように据えなおすが早いか、大きくうなずく。
「そっか。残念ながら、そう簡単に撃てやしないよね。聞きたいことが盛りだくさんにある。とっ捕まえて、僕の情報が欲しい。向こうで誰か、呼んでるみたいだけど?」
 善意とばかり、つけたした。
 だとして振り返るバカこそいない。
「俺の仲間が駆けつけるまでもう少し成果をあげておくなら、お前に怪我を負わせるべきだろうな。犯罪者が、そう生易しい扱いをされると思ったら大間違いだ」
 レフもただ繰り返す。
 瞬間、男の表情は豹変していた。懐中電灯の投げるセピア色がかった光の中、みるみる頬は青ざめてゆき、反して皮膚の薄い目の周りだけを赤く浮き上がらせてゆく。
「全ての娯楽に粛清を!」
 それは唐突なまでの大声だった。
「与えられる楽しみは全て、楽しむことを義務付けられた労働だ! 捕らわれた全ての民衆に真の娯楽を! 世界に、真の喜びへの門戸を開く! 我々は犯罪者などではなぁいっ!」
 唱えて上がった息に、男は揺れる肩を押さえつける。
「我ら偉大な革命の師は、その日に備え、眼が開き自らの頭で考える事のできる同志を募った。申し出、その意志が本物である事を示したなら、迎えは必ず僕の元にもやって来る!」
「そのための爆弾騒ぎが、これか?」
 レフは男へ目を細める。だが男は答えず、やおら大きくその手を広げた。
「僕もついに革命の同志だ! 退屈で押し付けがましいエセ娯楽から全てを救う!」
「ふざけるなッ」
 放たれたレフの一喝に、しかしながら感情的な響きはない。あるのは男を陶酔から目覚めさせるだけの破壊力だ。
「お前を迎えに来たのは俺だ。お前には、もっと愉快な仲間と話が待っている。ただ、そいつは娯楽じゃないがな」
 なら男は広げた手もそのままに、ぐっとアゴを引いてみせた。そうしてヘルメットの縁からのぞく目を、これまでにないほど挑戦的と光らせる。
「合図の狼煙が上がれば、めがけて迎えはやってくるよ。残念だけど、そういうコト。爆弾の解除は、間に合わないって、言ってるだろ……」


「……どういう、ことだ?」
 だからしてハートは眉を寄せる。背後には息の上がった防護服たちが転がると、目の前の床には完全にバラし終えた黒い箱が置かれていた。つまり解除は無事、終了している。だが仕込まれた火薬は音がする程度と味気なく、必ず見つかっていたあの玉は発見されていなかった。
 流れ落ちる汗がまた床にシミを作る。
 犯行予告が送りつけられたというのに、これは全くの別件か。
 言葉は引っかかって止まず、分解されてあられもない姿を晒した黒い箱の残骸をくまなく見渡しながら、ハートはこれでもかと考えを巡らせた。
 なら違う、やおらとそれは訴えかけてくる。勘などという曖昧なものではない。理屈だ。この箱はまるで無意味だと、まったく理屈が通らなかった。なぞりハートは、この箱には意味がない、と口の中で繰り返す。ならあるべき意味は、彼らの目的はどこへ消えしまったのか。そこでいや、と立ち止まった。
 そう、犯行予告はあれほどまで手の込んだやり方で送りつけられてきたのだ、消えるはずなどありはしない。おかげで結論はようやくハートの中に訪れていた。
 つまり目的は、必ず別の場所に匿われている。
 気づいていないだけで、それは必ずどこかで何かを吹き飛ばすはずだった。
 瞬間だ。ハートはしまった、と両目を大きく開いてゆく。
 イヤホンからもれるのは百々がレフを見つけたと、たぶんそうだと言う声だったが、かまっている場合ではなくなっていた。声はそれが本人の意図するところであろうとなかろうと、これでもかと大きくなる。
 「こいつは囮だ、本物はほかにある!」


「オトリ?」
 吹き荒れる風に聞き違えたかと、百々はハートへ聞き返していた。
 反して意味を理解していたなら、絶句しているのかハナとストラヴィンスキーの声は聞こえてこない。


 そしてレフは屋上で、これでもかとマイクを引っ張り上げていた。
 ハートのしがみつく箱こそダミーだ。
 男の余裕に間違いない、と確信する。
 音はその時、背後で鳴り響いていた。
 地響きにも似た鈍く重みのある音だ。
 感触に、嫌な予感ではなく、そのものがレフの中を駆け上がる。
 男から視線を逸らしていた。
 そうしてショッピングモール基礎一角より、強風をもろともせず吹き上がる火柱を目の当りとする。
 勢いは地上数メートルに達するほどか。ガソリンが多く含まれていることを示して火柱には、闇とは異なるねっとりした黒い煙が練り込まれていた。それは禍々しくもゆっくり形を変えながら、風にあおられ潰れてゆく。
 この爆発に巻き込まれた者がいるのかなどと、この場所からでは分からない。ただ緊急事態を告げるホイッスルが幾重にも鳴り響き、人々は投光機の照らす中を激しく行き交っていた。そのヒステリックな響きと光景には、手触りすらあるような悲壮感が含まれている。やがて火薬の匂いが、熱が、風に混ざってレフの頬をなでてったいた。
 と、上がる奇声。
 いや、歓声か。
 男だ。
 フックを握っていない方の手を、やおら腰道具へと回す。そこから工具どころか回転式の拳銃を引き抜くと、かけた親指で撃鉄を跳ね上げた。キリリ、シリンダーを回した銃口が、すかさずレフを指して持ち上がる。
 だがその扱いこそ形ばかりだ。慣れぬ重みに下がり始めた銃口はお粗末極まりなく、追い打ちをかけて声もまた、離れた位置から投げ込まれてくる。
「動かないでください!」
 やぐらと組まれた鉄骨の向こうだった。影は動いて、姿を表したストラヴィンスキーの銃口が男を捉える。そうしてにじり寄ってきたなら、シチュエーションこそ「20世紀CINEMA」の再来となった。
 だからこそ男は躊躇しない。踏み出していた右へ体を傾ける。ちらり、ストラヴィンスキーうかがい見るのと同時だった。身を翻すが早いか駆け出す。
 なら警告に二度目などない。
 ストラヴィンスキーのトリガーは引かれていた。
 淡白な破裂音が断続的に鳴り響き、走る男の足元を追いかけ弾が、一列と床を弾く。その距離が詰まったところで男は、足をすくわれたように倒れていた。投げ出された上体をハーネス用に張られたワイヤーへ引っ掛け、外へ落ちるかどうかというところで動きを止める。
「風、強すぎますよ」
 詰めていた息を吐き出し、ストラヴィンスキーがこぼしていた。おっつけレフへ、分厚いレンズ越しの視線を投げる。合図にかえて二人は、銃をかかげたまま男の尻へ歩み寄っていった。
 ならそれは距離が半分ほどまでに縮んだ時だ。何者かに引きこまれたかのごとく男の体は床を滑って下へ落ちる。束の間ながら、レフとストラヴィンスキーは呆気にとられていた。一息おいて残りの距離を一気に詰める。乗り出した体で男を探し、遥か眼下をのぞき込んだ。視界の端で何かが動いたような気がして、互いに振り返る。なら一段下がった下方の建設現場だ。そのワイヤーへランヤードをかけた男が、鉄骨上を走っていた。
「あっ!」
 ストラヴィンスキーが声を上げる。
「芝居か」
 レフもすかさず舌打った。
 瞬間、振り返った男は、二人目がけて拳銃の引き金を引く。
 咄嗟にレフとストラヴィンスキーは身を屈めるが、走りながらの素人射撃がこの強風の中、そうも当たるハズなどなかった。すぐにも男を追いかけ走る。切れた床にそれ以上を阻まれ、足を止めていた。
 追えないことを知って逃げる男はもう、振り返りもしない。
 だからこそ目がけてレフは、やおら銃を持ち上げていた。シングルアクション、セミオートマチック。引いた引き金でスライドが最後の排莢に開き切るまでを撃ち尽くす。何発かはかすめたようだが、それきりだった。舌打ちと共に、用済みのマガジンを落とし、諦める。
「容疑者を発見しました。似顔絵の男です。マシン室エリア最上部、建設途中の鉄骨部分を東に向かって逃走中」
 隣で、ストラヴィンスキーがマイクへ早口と吹きこんでいた。
「奴は、仲間が迎えに来るといっていた」
「あと、容疑者を迎えに仲間が来るとも。至急、東側の手配、周辺の警備強化を願います」
 レフは教え、聞き取ったストラヴィンスキーが手早く繰り返す。
「どこからだ?」
 任せてレフは、銃床へ予備のマガジンをあてがい周囲を見回した。
 当の男は、クレーンの足元で立ち止まると、そんな二人を背に再び発砲しているらしい。兆弾が、遠く離れた闇を照らしてストロボのように赤く光っていた。そこに人影らしきものの断片が照らし出されたような気がしてレフは、思わず目を細める。
「仲間か?」
「です……か?」
 ストラヴィンスキーも答えて眉間をつめたなら、続く発砲に凝視する二人の目の中、その断片はやがてパズルゲームか何かのように軽快なステップを踏んで踊る、見知る形へつなぎなおされていった。間違いなしだ。見て取ったストラヴィンスキーの指が、眼鏡のブリッジを押し上げていた。
「あ、あれ、百々さんですよ」


「ふんぎゃー」
 避けるも何も小躍り、大踊りだ。だからしてそのとき百々は、飛び来る弾丸に喚き散らす。
 何しろオトリ? と繰り返した百々の目の前で火柱は吹き上がり、かと思うと驚かされたその耳へまた別の破裂音はねじ込まれ、ままに眺めていた対面の床に走り来るレフとストラヴィンスキーの姿を見つけたところで、二人が見下ろす人影がこちらへ向かっていることに気づいたのである。
「ああっ、あのお兄さんっ!」
 叫ぶと同時だ、裏付けてストラヴィンスキーも「似顔絵の男を発見」とイヤホン越しに告げ、おかげで単純明快、百々の中に怒りはこみ上げると、逃げるというアイディアはおとといきやがれ、霞みと消え去る。駆け来る男へフラッシュライトの光なんぞを指し向けていた。
「こらぁっ! あんたのおかげで、エライ目にあったんだからぁっ!」
 するとぼやけた光の中、男は顔を持ち上げる。そうして百々へ向かって掲げた腕は、北の大地で「少年よ大志を抱け」とのたまう何某そっくりで、乾いた音はそれから男の手元で鳴っていた。おっつけエレベータで見たのと同じ火花が百々の近くでぱあっと散る。
 発砲されたのだ、という状況解析ができるまで数秒のタイムラグ。
 待って正解と追加されたものこそ、ご褒美のこの弾丸だった。

「ぎゃー、ぎゃー」
「どうしてお前は、そんなところにいるッ」
 レフの声だ。
「言われる筋合い、なぁいっ!」
 呼んで答えず、呼ばずして怒鳴りつけられるこの不条理は、いかに。百々は唸り、つんのめってクレーンの影へ死にもの狂いで転がり込んだ。
「へっ、へったくそーっ!」
 男へ悪態をつくことも忘れない。
「頭を出すなッ。明かりを消して誰か来るまでそこでじっとしてろ。よほど運が悪くなければ当たりはしないが、お前なら当たりそうだッ」
 などと発言の意図は、落ち着けるためのものなのか、果たして否か。
「あのねっ! 縁起でもないこと言わないでくださいっ!」
 いまだによく分からず百々は歯を剥き、近からず遠からずの所でまたあの火花が散るのを目にする。
 首をすくめて身を縮めた。
 だがそれきりだ。それを最後に発砲は止む。
 つないで静けさは辺りを覆い、不気味であればこそ、百々はクレーンの影からそうっと、顔を覗かせてた。そこで男が、ランヤードのフックを掛けかえクレーンのハシゴを上姿を目にする。
「こっちから逃げるつもりだって? とにかくクレーンに登ってるよ、アイツっ」
 パーカーの襟を引き寄せるが早いか、一心不乱に状況を伝えた。
「もういい。お前の仕事は終わった。下りろ」
 促すレフは、じれったげだ。
 そうするうちにもクレーンを上り切ったお兄さんは、百々と同じ高さへ、まさに百々の目の前に姿を晒す。成り行きから察して百々が反撃に出ることがない、とふんでいるせいだろう。実に落ち着いた手つきでフックを外すと、堂々、挨拶でもするかのように百々へ向かって首を傾げた。その懐から、筒状の何かを取り出す。折ったそれを空へ高く振りかざした。
「……何? こっちへ逃げるんじゃ、ないの?」
 その筒からは見る間に火花と白煙が、これでもかと噴き出してゆく。
 一部始終は百々をしばし釘付けにし、だがそれが理由だったとして、再び百々へ銃口が向けられていたことに気づくのが遅れたなど、まったくもって理由にならない理由だった。
 だからして我に返った頃にはもう遅い。
 慌てて百々はクレーンを手繰りあとじさる。
 めがけて銃口は跳ね上がった。
 腰が抜けて、息が止まる。
 時もまた、そのとき確かに止まっていた。
 が、響くはずだった銃声こそ聞こえてこない。代わりとばかり模した男の口だけが、ぱぁんと大きく開かれていた。閉じて堪えかねたか、男はブーッ、と頬を膨らませて吹き出す。再び大口を開けると、腹の底から笑ってみせた。その揺れる手元で拳銃の弾倉は、外される。天にかざした銃口がいくら振られようとも、底から落ちて来る者は何もなかった。
 元より弾切れだったのだ。
 明かして男は、よりいっそう笑い転げる。
「何をやってる。聞こえているのかッ?」
 釘づけだった百々の目がようやく瞬きを繰り出したのは、言って急きたてるレフの声が聞こえるようになってからだった。
「聞こえているなら、逃げろ」
 だからして、そこで力はようやく巡りだす。だからといってそれは指示に従うために、ではなかった。
「いや、だ」
 百々は一言、絞り出す。
 笑い転げる男を睨みつけた。
 そう、ひどくからかわれたのだ。それも死ぬかと思うほど怖い思いをさせられたうえで、だ。さらにその相手は足元の惨事を引き起こしたというのに、無防備極まりないツラで今、天地がひっくり返るほど笑い転げてもいるのである。前にして尻尾を巻いて逃げるなど、できやしなかった。いやそれこそ屈辱以外のなにものでもありはしなかった。
「バカに、してんじゃないわよ……」
 二言目はもれて、その響きが得体のしれぬ燃料を、百々の闘志へだくだく、注ぎ込んでゆく。
「発炎筒じゃないですか、アレ?」
 さなかストラヴィンスキーはこぼし、聞いて百々はああ、これが発炎筒なのかとひとりごちた。おかげではた、と我に返る。なぜなら男は逃げるつもりでそこに立っているのだ。そんな男が左右を塞がれたこの場所で発煙筒をたくなど、さし示す脱出口はもうそこしかなくなる。
「はっ! バカと煙は高いところへ上がりたがるって、そういうコトねっ! 冗ぉ談っ! そうはさせるもんですかぁっ!」
 撃たれる心配こそ、もうなくないのだ。大胆そのもの、百々はクレーンの影から立ち上がっていた。その逃走を阻止する手立てを探して、右左へ頭を振る。ある物といえば握り絞めたこのフラッシュライトしかなかったなら、困り果てて背にしていたクレーンを見上げていた。
 「きりん一号」
 おそらくそれは、このクレーンにつけられた愛称だ。その側部にデン、とはられた看板へ目を寄せてゆく。
 とたんオーバーラップする記憶。
 そう、「20世紀CINEMA」のスクリーンで、激しく首を打ち付けあう獣の姿は蘇っていた。
 なら男の乗ったそれは「きりん二号」か、はたまた見た目から「フラミンゴ一号」か。
 喧嘩上等。
 百々の頬へたちまち不敵な笑みは浮かび上がる。
「よぉく、聞きなさいっ、笑ってられるのもそこまでよっ!」
 今だ笑い続ける男へ豪語していた。
「野生の怒り、しかと思い知らせてやるぅっ!」
 いや、そこだけ聞けば意味不明だが、指さえ突きつけ放った宣戦布告は本人にとって筋が通っているからこそ、入った力も並大抵ではない。
「……は?」
 おかげで誰ぞの疑問符が通信から飛んでいた。
「ドド、おい。なん、だと?」
 レフすらどもる。
 放って百々は、クレーンの運転席を見上げていた。谷へ突き出したそこを目指してひと思い、運転席を囲うキャットウォークへ駆け上がる。