case2#
Highter than Highter -8/10







 そんなキャットウォークはエレベータよりさらにシースルー感アップ、金網がはられただけと遥か眼下、十三階の天井をのぞかせている。おかげで横殴りだった風はあおるような上下の流れへ変わり、ついぞバランスを失いかけて百々は手すりにしがみついていた。
 だとして今さら、怖いだのなんだの言っている場合ではない。つい、足元を見がちな視線を正面へすえ直す。もうそこにある運転席のドアめがけ、えいっ、とばかりに手を伸ばした。
 ならこんな僻地の持ち運び不可能な重機を盗もうとする輩もいなければ、中に貴重品が匿われているはずもないせいだ。あっけないほどドアは簡単に開き、待ってましたで百々は少し大きめのシートへ己が尻を投げ出す。
 運転席の広さははおよそ、タタミ一畳か。作業の性質上、全方向死角なし。ゆえに宙に浮かんでいるような感覚にさえ見舞われる。ままに両手足を広げたなら、他におさめる場所がないせいだ。それだけで必要な場所へちょうどと手足は、あてがわれる。百々は左右、ペダルや車のギアに似たレバーの存在を確かめた。続けさま、点けた反動でドアを閉めたなら、残す段取りはこれのみと起動のためのスターターを探して辺りをまさぐりはじめる。
「ええと、動力、動力……」
 間もイヤホンからは救急の到着を告げる声に、容疑者発見の一報、はたまた整えられてゆく容疑者確保の段取りが、流れていた。
 だとして地上からでは間に合わない。
 百々は胸の中で吐き捨てる。
 目にそのとき、これはスクーターか、と言いたくなるような鍵穴は映っていた。しかしながらそこに肝心の鍵はない、百々は、あ、と小さく呟く。つまり地上の事務所が保管しているのか。考えは巡り、ここまで来て食らったお預けに何よソレ、でダッシュボードを叩きつけた。
「……ん?」
 感じた気配が首をひねらせる。なんだろうと伸ばした指は、探ったそこで何かに触れていた。目の前へに持ち上げたなら、見つめて百々は瞬きを繰り返す。

 鍵だ。

 どうやらどこぞに貼り付けられていたものが、今の衝撃で弾け飛んだらしい。鍵にはまだ新しいセロハンテープが貼りついており、そんなことをする輩がいるとすればと働く想像が、すぐにもひとつ妄想を打ち立てていった。
「オトリの爆弾で引き付けておいて……、ホンモノを爆破。終わったなら、まごついてるあたしたちを尻目に、こっちから脱出するためのスペアキー?」
 いやもうなんだって結果オーライだ。
「けど、それがアンタの命取りってことっ!」
 百々は迷わず鍵穴へそれを差し込む。
 ねじ切らんばかり、ひねった。
 とたん暗かった運転室に明かりは入る。
 後方に足元から、押し上げるような重低音はヴン、と鳴り響いた。
 感じ取ったなら舌なめずりだ。百々はマイクへこう吐きつける。
「迎えは空よっ! どうすんだか知らないけど、そのためにクレーンを動かす気でいたみたいっ!」
 続けさま両足の感触をしっかと確かめ、強くレバーを握りしめた。
 とはいえここから先、クレーンの操作などこれが初めてで何が何だかさっぱり分からない。つまるところ実践あるのみ。踏んで、引いて、倒して、緩めて。百々は手当たり次第の操縦を試みた。ならモノが大きいだけに反応は鈍かろうとも、やがてしずしず鋼鉄のキリンは動き始める。
「うわっと、足のペダルで回転するんだ」
 イヤホンからは相変わらず、百々の言葉に風向きを変えたやり取りが速度を速め繰り返され、そこへ至極冷静に「ああ、なるほどと」こぼすストラヴィンスキーの声も重なる。
「百々さん、あったまいい」
 のみならず、ハートが鼻を突き合わせていたあの作業員の声も頭上のスピーカーから降った。
「誰です? 誰が運転してるんですかっ?」
 まみれてクレーンは左旋回。ジブと呼ばれる腕部分を水平に振り下ろすと、その先端で巻き上げられていたワイヤーを伸ばしながら、吊り金具、フックブロックを下げてゆく。
「って、これでも飲み込み、早い方ですっ!」
 ようやくおおよその動きを理解したとして、それが何の安心材料になるのか。
「でも、やってるコト、馬鹿ですよー」
 すかさずストラヴィンスキーも諭して言う。
「じゃなくて! 免許ないでしょっ! あなた、免許! むちゃくちゃだ! 危ない! 今すぐやめなさい!」
 喚く作業員は半狂乱となり、向かって百々はさらに声を大きくした。
「やめたら、逃げますぅっ!」
 そんな百々を乗せたクレーンは、旋回の果てに正面からもう九十度の角度をとっている。だからして百々は向かう一本足の相手を、その足元に立つテロリストを、肩ごしにとらえてこう絞り出した。
 「きりんは、怒るとっ……」
 同時に、踏み続けていたペダルから足を浮かせる。
 せいや、の気合いと共に、逆の足でもう一方のペダルを踏み込んだ。
「怖いんだからーっ!」
 ジワリとだったが、旋回が止まる。やがてどれだけの重量が移動していたかを見せつけクレーンは、力ずくが相当と逆方向への旋回を開始した。
 前で、もたげた鋼鉄ノキリンの長い首が、向かいに立つ一本脚のそれへ近づいてゆく。
 百々の気合いもここぞで弾けた。
「食らえーっ!」
 が、派手な声のわりに動きの鈍さが群を抜いていることは言うまでもない。
 加えてジブ先端も、相手の前を素通りするに終わる。
「あーっ、なんで当たらないのよっ!」
 思わず百々は尻を浮かせた。
「当たり前です! そこ、残念がるところではないです!」
 作業員がすかさずつっこむ。
「鍵、抜いてください! ワイヤーが不安定だ!」
 なるほど。強風の中で繰り出された荒い運転に、振りまわされたフックブロックはいつからか、不本意な揺れを起こしていた。とは言えそれがどういうことをさすのか知識にも入っていなければ、フックブロックは百々の視界にも入っていない。
「うるっ、さーいっ!」
 蹴散らし再度、百々は踏み変えたペダルで逆旋回。再アタックを試みる。
 なお降り回されたフックブロックが、かかる遠心力と逆巻く風に大きく外へ弧を描いてみせた。
 その優雅な曲線の果てに、音はゴーンと闇夜に響く。
 向かいに立つクレーンの足だ。フックブロックは見事、叩きつけていた。
「……あ」
 光景に作業員が喉を詰まらせている。
「あったりーぃっ!」
 百々は跳ねて歓声を上げ、
「当たりじゃない!」
 いさめる作業員が噛みついた。
 そんなフックブロックは打ちつけたそこから跳ね返ると、今やキリキリ、宙で回転している。
 光景は、それまでキョトンと見つめていた男へ火を点けた様子だ。そいつは面白い、言わんばかりらんらん、目を光らせた。発煙筒を投げ捨てその身を、自らのクレーンへ潜り込ませる。
 だからして二つのキーを持つことは不自然となるはずだった。すぐにも男のクレーンへ明かりは入り、百々のクレーンより長いジブを突き出し前へ倒すと、巻き上げていたフックブロックを下ろしながら百々のクレーンとは逆サイドへの旋回を始める。
 とたんそれは百々の目に飛び込んできていた。

 「きりん2号」

 そう、側面に貼り付けられたあの看板だ。
「やっぱりねっ!」
 言わずにおれない。
 同時に目じりで、これ以上ないほど遠くへ飛んだ己がクレーンのフックブロックを百々はとらえる。そのタイミングはブランコの振り戻し、あのタイミングと同じだ。めいっぱい遠くへ飛んだところで今だ、とばかりペダルを踏み変える。
「食らえぇっ!」
 そこに容赦は欠片もない。
「ジラフ、アターックっ!」
 おかげで出た絶叫は、ロボットアニメの域か否か。
 ならこのさいである。応じて男も向かいで叫んだ。
「俺が最後の同士だ! 来るべき革命の日はちかーい!」
 さなか、鋼鉄のキリンとキリンのもたげた長い首は、嵐の空ですれ違う。
 めがけてまさに嵐の空で稲妻は光り、フックブロックを振り回す双方のワイヤーはそこでちょうどと交差した。
「あー! あなた! 危ない、ああ……」
 作業員の声が上ずっている。
 そのとおりと触れた一点を軸にして、二つのフックブロックは互いを追いかけ空で回転し始める。ならキリリ、よじれたワイヤーの縛り目は決してほどけぬ結び目と、ジブ先端をめがけ駆け上がった。
「捕まえたっ!」
 反対方向へ旋回しつつあった互いのクレーンは、おかげでその場に引き止められる。のみならず、ジブとジブはやがてじわじわ引き戻されっていった。ガクリとそのとき、百々の視界は傾ぐ。
「え、ええっ……?」
 足元から、グググググと堪えてこもった音もまた、鳴りだした。
「あ、れ? も、もしかして、すご、すごく、マズい?」
 いや、もしかしてではなく間違いなく、だ。
 証明して、駆け上がる縛り目にジブは互いにじわじわ谷へ傾ぎ、フロントガラスへ建設中の十三階をのぞかせ、やがて付き合わせた先端へ互いの重みをガッチリ乗せ合い宙に橋を渡す。
「うそうそうそっ! ちょっと待ったぁっ!」
「ク、クレーンが倒れる!」
 作業員が叫んでいた。
 上空で、当の百々こそドアへ手をかけたことはいうまでもない。
 察して男もまた運転席から抜け出していた。
 だがそのまま逃げ出すのかと思いきや、男はミシミシ傾き続けるクレーン運転席へよじ登り始める。そこでランヤードのフックを片手にあさっての方向へ向かい、大きく両手を振り上げた。様子は何かを呼び寄せているようで、すぐにも百々の脳裏に予感は走る。ならビンゴだ。やがて男の見据えた方向から、一機のヘリコプターは姿を現していた。
「きたっ!」
 言わずにはおれない。
「逃げるっ!」
 百々は身を乗り出した。いやそれとも、さらに傾いたクレーンのせいで自然、前のめりとなっただけか。もう区別がつかない。
 と、忘れていたような風はそのとき、運転室へ吹き込んでいた。
「いつまでぼうっとしている気だ! 早く出ろ!」
 開いたドアから太い腕が伸びる。
「逃げるっ! アイツっ……」
 ハートだ。顔を見るなり百々は訴え、聞く耳もたずでその体を引きずり出されていた。足元はそこで、跳ね上がった運転席に今や上り坂と様子を変えている。百々は手すりを握りしめ、もう一度、男へ目をやった。そこでヘリは早くもジブ上空へ辿り着くと、不安定にテールを振りながらホバリングしている。
「あれに乗っちゃうってばっ!」
「うだうだ言うな、さっさと進め!」
 ハートに押されて進む中、背後でヘリはローターの激しいダウンウォッシュに身を縮めていた男めがけて一気に高度を下げた。見逃すことなく男はその足、スキー板にそっくりのスキッドへ、握っていたフックを器用に噛ませる。高度を取りなおすヘリのタイミングはまるでそれが見えているかのように的確で、瞬間、男の体はまさに怪盗 SO WHAT と、宙へ舞い上がった。
「あ、ああーっ! それっ! わざとでしょぉっ!」
 誰に抗議しているのか。
 とたん切れたのは、絡まり合っていたワイヤーだ。野太い音を立てて宙へ跳ね上がる。それきり奈落の底へ垂れ下がると、最後、微妙に傾いでクレーンは、宙に橋を渡したままその動きを止めていた。
 上空では、何某の力を借りた男が、開け放たれたヘリのハッチへ這い上がっている。
 乗せて機体が大きく傾いだ。
 ままに、いまだ黒煙吹き上がるショッピングモール基礎上空を旋回すると、暴風にあおられながらゆうと、ビッグアンプルから離れていった。
「役所仕事の限界だ! まったく、どこから手をつければいい!」
 唸ったのは度会だ。気づけば辿り着いた屋上で、額を叩くとコートをなびかせ仁王立ちとなっている。
「追いかけなきゃっ! 早くっ!」
 道交法も、もとより道路を無視して一直線と空を飛び去ってゆくヘリだ。百々はそんな渡会へも指を突きつけ訴えた。
「焦るな」
 代わりとばかり、ハートがそんな百々をいさめていた。
「もう手は回してある」
「へ?」
 意味が分からず、百々は風に乾いた目を瞬かせる。否やバリバリと、背後から風を叩いて覆いかぶさる大音量につんのめった。驚き振り返った瞬間、百々の前へ、堂々また別のヘリはせりあがってくる。見れば乙部だ。コクピットにその姿はあり、目にしたとたん任せろ、といわんばかりヘリは行く先、見定め、前傾姿勢と鼻先を倒す。それきりだ。大空抱えて舞い上がると、逃げたヘリを追って一直線と、嵐の中を飛び去っていった。
「……あ、は」
 もう引きつり笑いしか出てこない。
「お、乙部さんて、影薄いわりに、派手だなぁ」
 ようやく収まった風の中、見送り百々はただこぼす。なら隣でうなずくハートは、こうも付け足し教えていた。
「あと、怒らせたなら、部署内で一番怖いのはヤツだ」
 おかげで首が折れるほどの勢いで、百々はハートへ振り返る。無論、「うそ」と言うためだけに。