case3# バスボム  -3/8







 開きゆくエレベータの扉が、じれったい。こじ開け飛び出すレフに連なり、百々もまたカゴから飛び降りた。
 一体、誰がいつ磨いているのか。ワインレッドのワゴンは今日も、定位置で光を放っている。
 レフのかざすキーにそのロックは跳ね上がり、上着を羽織っていないのだから銃は晒したままだ。運転席へ回り込んだ。百々もまた助手席のそれを引き開ける。
 少し咳き込んでのち動き出したエンジンは、生き物だった。小刻みと揺れ始めたその車内で百々はミントグリーンのトートバックから、もらい物のイヤホンを引きずり出す。臨戦態勢と利き耳へ押し込めば、隣でレフがこれでもかとワゴンのハンドルを回した。従いワゴンは、一気に車庫スペースから抜け出してゆく。
「聞いている? 春山の仕掛けがまだ残っていたわ」
 呼びかける曽我のタイミングはもう、絶妙としかいいようがない。
「ディズニースタジオ・ジャパン。高速に乗ったならそちらへ向かって」
 そうして告げられた場所は、人気作品のアトラクションとキャラクターで構成された、海外映画制作会社経営の人気テーマパークだった。
 おそらく駐車場はドクター専用なのだろう。エンブレムがまぶしい高級外車を両側にやり過ごすと、ワゴンは一路、ディズニースタジオ・ジャパンを目指し地下駐車場のスロープを駆け上がる。
「聞いて把握できない部分は、ナビを任せるぞ」
 やおらレフが言い放った。
「まかせてって、現代っ子。端末操作は把握してる」
 パーカーの袖をまくり上げて百々は返し、かかる負荷に低くこもっていたエンジン音がひとつトーンを上げたのを聞く。そうして地上へ押し上げられたフロントガラスに、真昼の警察病院裏口は広がった。台風一過の翌日だろうがなんだろうが、今日も空は突き抜けるように青い。
「ターゲットは、そこへ移動中の 蒜山(ヒルゼン) 観光バス。爆発物搭載の危険ありよ。ナンバーと必要な情報は地図に添付して端末へ送ったわ、確認して」
 まぶしさに細めていた目を、百々はそこで大きく見開いていた。
「ディズニースタジオ行きの、バス?」
 申し合わせたわけでもないのに、その声はレフとハモる。
「ディズニースタジオじゃなく、行きのバスなのか?」
 乗せてワゴンは病院門扉のレールをまたぎ、国道へ出るべくハンドルを切るレフが問い返していた。
「な、なにかの間違いとか?」
 とにかく百々もいぶかる。
「あ、二人とも謹慎が解けたんですね」
 そこへ割り込んできたのは、ストラヴィンスキーだ。あの状態を二文字で表すならそういうことになるらしく、百々はレフともども、とたんぐ、と息を詰まらせた。なら空いた間を埋め、これまた絶妙と曽我は話を促す。
「外田さんから説明してもらうわ」
「了解。えっと、今、僕は、春山が社員寮に入る前、住んでいたアパートへ来ています」
「アパート?」
 悪気のないストラヴィンスキーの切り替えこそ早い。その飛躍が、不始末のダメージ抜け切らぬ百々の頭上へクエスチョンマークをまき散らせた。
「そうです。社員寮、やっぱり空振りだったんですよね。そもそも彼は迎えを信じていたわけですし、相部屋でしたから、そう重要なものなんて残されているはずがありませんでした。で、目線を変えて、履歴書にあった住所を頼りに、ここへ来てみたんです」
 なるほど、寮に入る前、橋の下で生活していなければ確実に家はあり、住まいしていたのが一ヶ月余り前までなら、探るだけの価値はありそうだと思えてならない。
「新しい入居者は?」
 レフもすかさず確かめていた。
「と、思いますよね、普通」
 ワゴンは順調と、国道をビッグアンプル逆方面、高速インターチェンジへ向かっている。もちろん走行中、心地よいほど信号に引っ掛かることはなく、おかげで早くも高速入り口を示し、百々の頭上を看板は通り過ぎていった。
「アパートは、寮から歩いて十五分程のごく近所。確かに鍵は社員寮への引越しと共に返却されていましたが、家賃を支払うからということで契約は今日まで。住んでいなくとも、部屋自体は春山名義で残されていたことが分かったんです」
「へー、珍しいことをするんだ」
 それは百々の素直な感想である。そして不可解な行動であればこそ、理由を知りたく思うのは誰もが同じらしかった。
「ですよね。というわけで、令状が下りるのを待つのもどうかと思って、ぼく、大家さんの見えないところでドア、蹴破ってみたんです」
  明かされる、ありがちながらも、あっぱれなくだり。
「中は?」
 レフがせかした。
「それが、契約が切れたならすぐにも次の人が入れるよう、寮とは比べものにならないほど片付けられていました。SO WHATの痕跡どころか、春山の生活臭すら皆無です。けれど……」
 言葉はそこで切れる。一呼吸おいてのち、ストラヴィンスキーは話を再開させた。
「それだけが、残っていたんです」
「高速へ入る」
 重ねてレフが、マイクへ告げた。
 同時に車間を詰めたワゴンは、巨大な螺旋を駆け上がるべく左回りとカーブを切り、かかる遠心力に百々が踏ん張れば、ストラヴィンスキーは教えてこう言う。
「植木鉢だけが、土まで入った状態で残っていたんです」
「へぇ。お花、好きだったんだ」
「そう見えたのなら、めでたいやつだ」
 感心する百々を、レフはあっさり一蹴してみせた。
 ワゴンはそのままETCの料金ゲートを潜り抜け、他車と合流する。追いかけるにうってつけと、良好な流れの車線が目の前に伸びた。
「そういうことです。以前、使っていた人の持ち物がのこっていることも珍しくないですし、春山を知らなければなおさら、何とも思わないはずです。クリーニングが入ったとしても、植木鉢くらいなら何の疑問もなく片付けちゃうでしょう。けれど証拠隠滅のために念入りと部屋を片付けたはずが、植木鉢だけ残すうっかりこそわざとらしい、ですよね」
 そこでようやく百々は、あ、と口を開く。
「でまぁ、大家さんにも無断で入っちゃったことですし、ぼく、ここでもやっぱりこっそり植木鉢を割ってみることにしたんです」


「これ、何の番号かしら?」
 六畳たらずの狭い取調室。格子ががっちり食い込んだ窓は、いかにもここが一般から切り離された空間である事を知らしめていた。案外、丸くてポップな色合いのコタツか何かだったら、犯人もついうっかり気を許して自白してしまうのではないだろうか、と思ったことがないわけでもない。しかしながらハナの目の前には何の色気もないグレーのスチールデスクがあり、挟んだ向かいには、今日もすっかり意気消沈した春山の姿があった。
「それとも水をやれば、花が咲く予定だったのかしら?」
 傍らでは事の次第と成り行きを、渡会率いるコート軍団の一人が見守っている。そしてこの構図もまた、昨日からなんら変化のないもののひとつだった。
「そんなわけないわよね。これ、あなたが前に借りていた部屋、そこに残されていた植木鉢のひとつから出てきたメモよ。危なかったわ、明日から新しい住人が荷物を運び入れるところだった。どう? 覚えがあるでしょ? いいえ、覚えられないから残したんじゃなくて?」
 机に置いた紙片を、ハナはコツコツ、人差し指で弾く。
 春山はその音にさえ身を縮めると、さらに深くうつむき押し黙った。
「もちろん、あなたの所持品にこの部屋の鍵はなかった。いまさら関係ないって言うかもしれない。けれど時間があれば、わたしたちにだって鍵くらい見つけることはできる。この番号は、だから残されていたと考えているの。あなた、昨日の事件の後、まだ何かするつもりだったんじゃないの?」
 かしげた首で、ハナは春山の顔をのぞき込む。せめてイエスかノーで示してくれたなら救われるようなものを、しかしながら春山が態度を変えることはなかった。
「……あのヘリは、迎えじゃなかったんですか?」
 ただ同じセリフを、消え入るような声で繰り返す。
 聞かされハナは、大きくため息をついた。
「彼らはそう言っているわね。あなたに雇われたって。見返りに受け取ったという現金の封筒から、あなたの指紋も確認されたわ。昨日も言ったはずよ」
「違います」
 これまた寸分たがわず、春山はそれも遮る。だがその先がどうしても続かなかった。
 もちろん満足に口を開こうとしないのは、ガンとして黙秘を通しているからなどではない。いまだ置かれた立場を理解できず、混乱しているせいだと分かっている。ならば、とハナは乗り出し気味だった体を下げた。多少話が逸れたところで、今一度、同じ話を言って聞かせる気持ちを整えなおすことにする。
「ヘリの二人は、拾ったあなたから行先を聞くつもりだったと言っているわ。それを鵜呑みにはできないことも確かよ。けれど信じるだけの証拠がないわけでもない。ならあなたが考えるべきは、こういうことじゃないかしら? テログループの人材と認められなければ、あなたはただ放置されるはずだった。だのにあえてダミーまで飛ばして派手な逃走劇は展開された。つまりあなたは何らかの道具として SO WHAT に利用された、ってことを」
 しかし一度、固定されてしまったシナリオが、そのルーチンから逸れる気配はない。
「行き先なんて知るはずないです。現金は俺が SO WHAT の活動を支援するため、指示とおりロッカーへ入れただけで、あの二人に渡すためじゃありません」
 そこに断固否定する力強さはなく、それだけに巧みと嘘をついている様子も汲み取ることはできなかった。むしろ他に持ち合わせていない言い分に、繰り返すことへうんざりしたような響きすら漂わせると、なおさら事態を堂々巡りへおとしめてゆく。
「それも犯行予告同様、仕組まれたものなら、なおさらあなたは利用されただけ、ということになるわ。いいこと?」
 それでも根気強く、ハナは春山へ呼びかけた。
「ヘリの二人は加担した話が想像以上に大きかったことを知って、無関係を証明するため、とても捜査へ協力的よ。おかげであなたの立場は黙っているだけで、どんどん悪い方へ転がってる。脅しじゃないの。それでもいいと言うの?」
 違うと暗に示すべく、一息いれる。
「確かに、あなたが劇場で渡した爆発物からは、SO WHAT との関係を証明する物証が出ている。あなたが接触したのは間違いなく彼らだわ。状況を変えて自身の言い分が正しいことを裏付けたいなら、あなはたあなたと彼らのつながりを明らかにするしか手がないの。知っていることを話しなさい。いつどうやって知ったのか。爆発物をどうやって手に入れたのか。そしてこの番号はなんなのか?」
 考え、決断させるだけの時間を与え、ハナは黙した。
 言われるたびに忙しなく足を揺する春山は、それでもまだ迷走する思考のまま、見つめた膝頭で視線を泳がせている。そうして昨日が費やされたなら、埒が明かないと判断するに、もう十分な時間は過ぎていた。
「いい加減、認めなさい」
 うんざりした気持ちを隠す理由がない。
「あなたは信じた。けれど彼らは最初から、あなたなんて必要としていなかった。みじめだろうけれど、ここでこうしているなら、それは認めざるを得ない事実だわ」
 強い口調に初めて嫌悪を覚えたのか、その時、春山のうつむいた顔の中で、目だけがハナへ裏返った。上目づかいがじっとりととらえ、睨み付けるでもなくそのまま一言、ハナへ口を開く。
「一番、楽しい思い出は、何ですか?」
 質問は唐突で、少なからずハナは虚を突かれていた。だが、だからと言って春山は、明確な答えを求めていたわけではない様子だ。盗み見た目を再び膝頭へ落としてゆく。小刻みとその膝を揺らし、たどたどしいながらもこう話し始めた。
「本気、でした。だから、ひどく楽しかったですよ。捕まっても、どうなっても、いいと思えるくらいにね。けれどそれも、だから、それも、『与えられた娯楽』だって、コトだった。利用されたってコトは、そう言う意味なんですよね。僕は乗せられて、踊った。そんなじゃ、革命になんて加われない……」
 声は消え入る。
 それきり沈黙は、異様なほど長く続いた。しかしながらいつしか止んだ春山の貧乏ゆすりに、一点を睨む視線は思いつめた何かを予感させる。次に飛び出す決定的な言葉の気配をちらつかせた。
「迎えが来なければ」
 果てに放たれた声は、高ぶる感情に震えていた。
「死ぬ、覚悟はしてたんです……」


「爆発物は、その一点だけが春山の自作。迎えが来なければ、搭載済みの観光バスを拝借して、爆弾ごとディズニースタジオへ突っこむつもりだったそうです」
 あっけらかんとストラヴィンスキーが話す。
「なんっ」
 愕然とする百々。
「それがバスに爆発物の理由か。それで番号の意味は?」
 肝心な点をレフが確かめた。
「爆弾の解除番号だそうです。破棄しきれず、万が一の保険にとっておいたそうです」
「番号も地図と一緒に送っているわ。確認して」
 曽我が促す。
「あとハルヤマは、SO WHAT について何か話したのか?」
「それがその後、わんわん泣いちゃって、話もできない状態だそうです」
 返すストラヴィンスキーは冴えない。なんだそれは、とレフの目もすわる。
「で、だ。ま、まぁ、夢破れた後だもん。すごいショックなんだよ、うん」
 おかげでなぜにか、百々が春山のフォローに回っていた。
「バスは現在、ワゴン前方およそ七キロ。時速八十キロで走行中です」
 そうして白んだ空気を、オペレーターはつなぎ止める。
「まったく、迷惑なうえに面倒臭いヤツだ」
 吐き捨てたレフが、ハンドルを握りなおしていた。
「分かった。バスを発見次第、乗客を避難。爆発物の確認と番号での解除にとりかかる。乗客移送に代替車の用意をしてくれ」
 百々も端末を操作する。送られてきた地図と現在位置をすりあわせ、レフへバスのナンバーを読みあげた。
「バスの運転手とは連絡が取れているのか?」
 片耳に、レフは曽我へと口を開く。
「無線はバス会社のものがあるわ」
 言う曽我は、厳密にいうなら質問に答えていない。気づいたからこそ、レフもまた指示を出していた。
「手近なセーフティーゾーンに停車させろ。十分ほどで追いつく」
「それが……」
 と、珍しくもそこで曽我は口ごもった。残りを、一呼吸おいてのちに吐き出してゆく。
「止まれないわ。本当に彼の言う爆発物があるなら、搭載されているETCが高速の料金所を通過すると同時に起爆装置が作動。走行速度が四十キロを切ると爆発するよう設定されているらしいの。警察車両もバックアップに向かっているところよ。バスを止めずに爆発物を確認、処理して」
 果たしてそこで驚いたかと言えば、車内にそんな気配は微塵もなかった。代わりにこれでもかとワゴンのアクセルは踏み込まれ、追い越し車線へ飛び出すべくレフがハンドルを切る。その荒くなった運転におかげで百々は、レフの脳内で繰り出されているだろうロシア語の罵倒を聞いたような気がしていた。
「うん、あたしも面倒臭いヤツだって思えてきた」
 ここは高速道路だ。迷うことなどありえない。バスを追いかけワゴンは走る。