case3# バスボム  -6/8







「とにかく、なっ、なんか、扉の裏に貼りつけてあって……」
 再度、様子を確かめ、百々はステップから身を乗り出す。
「けったいなモンを、けったいなところに忘れはるんですねぇ」
 などとその目に、基盤を興味深げと眺める年寄りの姿は映った。加えて手なんぞを伸ばすものだから、百々の脳天で毛は逆立つ。
「おばーちゃんっ! ソレ、勝手に触っちゃぁ、ダメっ!」
 もう、彼ら以上に縮む寿命。
 とその時だ。強張る別の声は、百々の頭へ降っていた。
「な、なんです、って? 車両不備って、爆弾のこと、なんですか?」
 自然、声へ持ち上がってゆくアゴは恐る恐るだ。
 そこで青ざめた転手と、顔を突き合わせていた。
 瞬間、ノーと言いた思いは山ほど。
 しかし言ったその先が続きそうにないのだから、追い詰められて百々は笑う。
「え、えへ……」
 わざとらしさがたちどころに、運転手のまぶたを痙攣させていた。収まるのを待たずして、運転手はハンドルへしがみつく。
「今すぐ、バスを止めます!」
 決死の覚悟で下したその判断は正しい。だがそうできないから、百々は走るバスへ転がり込んできていた。
「ダ、ダメっ!」
 咄嗟にステップを駆け上がる。
「爆発するっ!」
 押し止めたつもりがしかし、その押し止め方が悪かった。とたん年寄りたちが素っ頓狂と顔を上げ、つんのめるような勢いで運転手もまたアクセルを踏みなおす。その丸くなった目を、フロントガラスから再び百々へと向けなおしていった。
「と、止まったら爆発、するっ……?」
 目の当たりにして痛感する、「失態」の二文字。今度は百々のこめかみが痙攣する番となる。
「あ、れ……、あたし何しに、来たんだっけ?」
 おかげで穏便に、などと用意した建前はこれにて吹き飛び、いやこれれこそが直面している現実だったなら、穏便になどと呑気なフリこそそこまでだと、果てに取るべき手段は消去法、目の前にひとつきり取り残されて点滅した。
 迅速な退避。
 もう迷ってなんぞおれない。百々は潰すように、眉間へ力をこめてゆく。
「ごめんなさい、車両不備はウソです。このバスには爆弾が仕掛けられています。乗客を避難させければなりません。協力、お願いしますっ!」
 運転手へまくし立て、矢継ぎばや乗客へと振り返った。
「おじいちゃん、おばあちゃんっ! あたしはバスガイドじゃなくて、CCTってところから来ましたっ!」
 が断ったところで、セクションCTは匿名ゆえに知名度ゼロの組織だ。
「なんだ。バカげたことをいいおって」
「しーてー? そらなんのことだ。さてはあんた、わしらを邪魔しに来たなっ!」
 好きなように解釈して年寄りたちは、罵声を浴びせる。
「そうだ、いい年をして、でずにースタジオへ行く言うたもんで、タケシに頼まれて止めに来んだろ」
「運転手さん、お金払っているのはあたしらだからね。止まっちゃだめよ。でずにーまで行ってちょうだい!」
 次から次に立ち上がると、運転手さえけしかけた。果てに帰れ帰れの大合唱は巻き起こり、その足元に爆発物があればこそ、押さえる百々に焦りは募る。
「ち、違いますっ! 邪魔なんかしに来てませんっ!」
 だが多勢に無勢だ。思うようにこそならない。ならないことで焦りはなお膨らみ、バスの揺れ以上、百々を芯から揺さぶった。
 その揺れに、何かは確かと切れ飛ぶ。
 百々のどこかでプツリ、音は鳴っていた。
「このまま行って欲しいくらいだけどっ、爆弾はっ! 本当なんでぇすっ!」
 ありったけの声で叫ぶ。
「止まると爆発しまぁすっ! だから言うこと、聞いてくださぁいっ!」
 音量に、野次が途絶えた。シン、と車内の空気は冷え固まる。
「……なんと、あんたはですにーすたじお行きを、応援してくれるんか」
 言う声は聞こえていた。
「は?」
 というか、それが言いたかったわけではない。だが車内の空気はそこで一変すると、これまた訂正しづらいほどの活気を生み出し始める。
「タケシ君とは、違うのねぇ」
 窓際の老婆が感心しきった顔をした。
「タケシに、ツメの垢、煎じて飲ませてやらんといかんっ!」
 また別の場所から声は上がり、拍手は一転して「そうだ、そうだ」と巻き起こる。
 見回し百々は、目を瞬かせた。とにもかくにも、ようやく話を聞いてくれるようになったらしいと理解する。なら思い過るのは、この共感を逃してなるものか、だ。
「あ、あたしだって行きたいんだもん。年なんか関係ないっ!」
 ぶちまけた。
 とたん「おー」と歓声は上がる。
「みんな同じでぇすっ! そのタケシが間違ってるっ!」
 一瞬、そいつは誰だ、と過るが、この状況で正体なんぞ二の次だ。百々は拳を握りしめ、選挙にでも立候補しそうな勢いでご声援ありがとう、と年寄りたちへうなずき返した。そうして大きく息を吸い込む。放つセリフはもう決まっていた。


 と、時を同じくしてそのとき、オペレーティングルームのモニターで、赤いランプは点灯する。皮切りに、それまで順調な運行を示していた青一色の画面は変化を始めていた。
 見て取り、迷走するバス内のやり取りから曽我は視線を跳ね上げる。
 流されている高速道路監視センターの言葉を追うオペレーターの瞳もまた、止まった瞬きの中で細かに揺れ動いた。やがて一通りを聞き終えたその手がヘッドセットのマイクを掴む。ままに、曽我へアゴを持ち上げた。
「四十八キロ先、トンネル内で玉突き事故発生」


「ディズニースタジオへ、いきたいかぁっ?」
 百々は拳を突き上げる。などと、某クイズ番組を年寄りたちが知っているとは思えないが、テレビ番組よりもワントーン低い声は、すかさず「おー」と返えされていた。
「爆弾があったって、いきたいかぁっ?」
 重ねて煽ればさらに勢いを増し、「おー」の声は百々へと跳ね返ってくる。
 これで移送車へ乗り移る段取りは整ったも同然だ。オフィスへ伝えるべくして百々はマイクを引き寄せた。遮り、、イヤホンから曽我の声はもれ出す。
「みんな、落ち着いて聞いて」
 その神妙な響きに、百々でさえ何かあったと気づいていた。
「四十八キロ先のトンネルで玉突き事故よ」
 挙句告げられた情報は、短いながらも膨大な意味を伝えて止まない。
「いい? 渋滞に巻き込まれるわ。三十分で現場を撤収。処理班到着は諦めて」
 曽我は言い切り、なにを、と唸って百々は外へ視線を飛ばした。ワゴンはそこで踏まれたブレーキに、すいこまれるかのごとく後退している。
「聞いたな、ドド。時間がない、誘導を開始しろッ」
 レフがイヤホン越しに言っていた。
 心得て、糸にでもつながれたかのように移送車が、すかさずワゴンの位置へ滑り込んでくる。
「て、自分っ! レフはどこ行くのよぉっ!」
 問わずにおれない。だが返事こそ返っては来なかった。
「ああ、また無視するぅっ!」
 百々は唸る。
「答えろっ! 薄情者ぉっ!」
 いや、本心を明かせば逃げるな卑怯者、だ。
 そんな百々の傍らでは、運転手が自前のヘッドセットへ何事かを吐き返していた。
 うかがい振り返れば、そこで互いの視線はがっちり、噛み合う。
 ままに、うなずき返す運転の仕草はぎこちない。そのぎこちなさで一蓮托生。互いにやるしかないという覚悟をビリリ、百々へと伝えた。
 もう、薄情者のことなどかまってられない。何より頼れるのは目の前の運転手であり、自分自身だ。百々は頼ることを諦める。持てる限りの集中力を今ここへ総動員した。
「ということで、ディズニースタジオへ行くための新しい車は、あっち、でぇっすっ!」
 全身全霊、振り上げた腕で扉を指し示す。そこにタイミングもどんぴしゃと、一台目の移送車は並び、バスと並走し始めた。
「みなさんには、今からあちらの車に乗り換えてもらいまぁっすっ!」
 広いドアがスライド開放される。同時に中からオレンジの作業服にキャップをかぶったレスキュー隊員が姿を現し、目にした年寄りの間からは「おおっ」とどよめきは起こった。移送車はそんな年寄りたちの注目を集めると、時に呑気とお手振りなどを受けながら、さらにバスとの距離を詰めてゆく。
 やがて半身と乗り出したレスキュー隊員の手が、開けろとバスの扉を叩きつけた。
「って、みんなおじいちゃんに、おばあちゃんなんですけどっ?」
 無理だ。思い当って百々は唸る。
「ぎりぎりまで速度を落とさせるわ」
 曽我がいつもの素早さで切り返していた。
 が、ハートの連呼がそれを遮る。
「待て、待て!」
 その先はこうだ。
「今、春山が参考にした裏サイトへ目を通した。遊び半分のサイトだ。そうまで厳密に作動するとは思えん。起爆装置は風力計の電圧変動と連動。上げても速度はむやみに落とすな。誤作動の保証はないぞ」
 バスの扉は、唇を噛む百々の背後で、早くも開かれている。
「んなの、無理だよぉ」
 嘆く百々の前へ、その時、佐藤と呼ばれていた老人は歩み出ていた。
「大丈夫だ。でずにースタジオへ遊びに行こう言うとるわしらの足腰を、見くびってもろうたら困る」


 そうしてバス後方へ下がったレフは、警護についていた高速機動隊の白バイへワゴンを並べていた。
 警戒して何度もワゴンを盗み見る警官は、初対面で間違いない。だからして時候の挨拶の一つも挟むのが、これからのやり取りを潤滑にすませるための秘訣だということは、分かっている。だがあいにくそんな状況でもなければ、生来の性格が許さなかった。
 向かってレフは、ただパワーウインドを下げる。
 窓の外へ顔を突き出し、藪から棒と声を張った。
 「貸してくれッ」


「で、できますか?」
 睨みつけて再度、百々は確認する。なら佐藤が答えるより先だ。座席から顔を突き出した他の年寄りたちが、うなずき返した。
 わずかな間隔をおいて行き来可能となったバスの入口からも、レスキュー隊員の急かす声も聞こえてくる。
「あまり時間がありません。荷物は全てその場に残して、前の方から順番にお願いします!」
「なら一番は、あんたからだ!」
 おっつけ気合をいれて年寄りたちは立ち上がり、合間をぬう佐藤がバス後方へ声を張った。
「あたしなら最後でいいわ。一番後ろに座っているし。お巡りさんもいるんでしょ? 前から順番に出てちょうだい。できる?」
 乾いてはいたが張りのあるあっけらかんとした女性の声だ。見えない位置から返される。
「けど、あんた……」
 聞いた佐藤の顔が一瞬、渋くなっていた。
「順番ならあたしが一番わかっているわ。タケシにも一言、言いたいしね」
 歌うように声は促し、レスキュー隊員がさらに老人たちをあおる。
「急いでください」
「わかった。前から順番で行こう」
 仕方なく佐藤が会話を切り上げていた。最初、一人目の移動はそれから始められていた。
 おっかなびっくりステップの一番下に立ったところを、移送車から身を乗り出したレスキュー隊員に掴まれる。二人がかりで移送車へと引き込まれていった。
 バスの運転手は相変わらず悲壮な顔つきでハンドルにしがみつくと、ただひたすらたバスを走らせることだけに集中している。だが今やドライブテクニックは他車と併走するためのプロ、と言っても過言ではく、そのきめ細やかさは抜群だった。
 安定する車内、繰り返せば要領を得た作業の効率も上がり、レジャーに胸躍らせていただけはある好奇心旺盛な年寄りたちの動きもよいいまま、思ったより移動作業は順調に作業は進む。あっという間に一台目の移送車は満席となり後方へ流れゆき、続き二台目がバスの扉へ横付けを完了した。
 その頃、移動を待つ列はといえば、気おくれして列の後ろへ回っていた女性陣が四名のみだ。撤収の目途はついたも同然となり、その場を佐藤に預けると、百々は座席の背もたれを手繰る。声の聞こえた最後尾へ足を進めた。あの特徴的な声は、いまだ並ぶ列の中から聞こえていない。最後の一人を迎えに向かった。