case4# COMING SOON! -1/7







 曽我が応接セットのテーブルに並べた写真は、どれも見事なまでに荒れて焼け焦げた榊の寝室だった。
 見下ろす百々は昨日、他人の財布でホーコイローに鶏のカシューナッツ炒め、白飯に春巻、水餃子ときてゴマ団子に杏仁豆腐を食らっている。おかげで帰り道が鼻歌まじりだったことは言うまでもなく、一日はその過酷さと裏腹に、至福のうちに幕を閉じようとしていた。
 がしかし就寝間際、メッセージは「翌日 正午チーフ室集合」という短さで端末へ送りつけられると、その至福を見事なまでに絶ち切っている。巡る妄想に不穏の二文字が消えるはずもない。おかげでその夜、百々が見たものは、明かせぬ内容の悪夢となっていた。


 経た翌日。
 果たして立ち位置には決まりはあるのか。誰もはビッグアンプル一件後と同じ場所に収まっている。だからして百々もたがわず応接セットのソファへ腰かけると、こうしてテーブルの上の写真と対峙していた。
「想像していた規模ではないな」
 声と共にハートのごつい腕が、百々をかすめて伸びる。敷き詰められた写真の中から一枚を、つまみ上げ言った。
 それでも並べ切れなかった残りは柿渋デスクの傍らに下がるさい、束で曽我はレフへ手渡している。さすがに今日はいつも通りの装いだ。白のワイシャツにジャケットを羽織ったレフは、先ほどか素早い手つきでそれらを繰っていた。
「そうですね。吹き飛んだのは寝室の中でもごく一部で、隣のリビングでお茶でも飲んで帰ろうかと思ったくらいです」
 言って明かすストラヴィンスキーの口調は、相変らず冗談交じりだ。
 そのうちにも見終えた写真をレフは、次々ハナへ回している。
 百々も思い出したように、テーブルへ前屈みになった。恰好だけでもレフにならい、写真の一枚一枚へ視線を走らせてゆく。ならパズルを組み上げてゆくような具合だ。榊の寝室は脳内で、立体再現されていった。
 例えば入口から撮影されたと思しき一枚。そこには焼けて半分の丈になったカーテンと、割れ飛んだガラスも無残な窓が映し出されている。その右端にあるのはベッドだろう。確かめるべく探し当てた別の一枚に、焦げた断面から綿をあふれさせる布団は映り込んでいた。その枕元、窓と反対側の位置には、プラスティック製の衣装ケースらしきものが置かれている。少々グロテスクと輪郭は、熱に角が溶けてもいた。
 中でも一番、損傷がひどいように思えたのは、ベッドと向かい合わせに置かれたデスクだ。アップで撮られた机上は熱で変色、真っ黒に焼け焦げ、そこに吹き飛ばされたものの欠片だけをこびりつかせている。様子を引きで撮影した一枚からは、デスクは壁際に置かれていることが分かり、白かっただろうその壁には、図次式化された爆発という化学反応の連鎖が黒々と焼きつけられていた。その傍らにはカレンダーかポスターか。紙が貼られていた跡も見られる。留めた押しピンに引っかかる格好で、焼け残った用紙の一部が頼りなさげとぶら下がっていた。
「で、サカキは認めたのか」
  最後の写真をハナへ渡し終えたレフが、やおら乙部へと投げる。つられたように百々もまた視線を持ち上げたなら、きっかけに全員の視線は乙部へ集まっていた。
「春山ってサルを回していた、あいつが興行師だな。間違いない」
 十分意識して、乙部はもたれかかっていた壁から背を浮かせてゆく。もぎたて間もない今朝の収穫を、やが誰へもへ話し始めた。


「もしかしてあなた、シコルスキーの?」
 二十代後半。切りそろえて間もない短髪が小奇麗な榊は、同じ東洋人から見ても印象深い童顔だった。きっとアメリカでは愛嬌ある東洋人として可愛がられていたタイプに違いない。などと、乙部は榊の第一印象をまとめ上げる。
 拘置所へ移送されるところへ待ったをかけて向かい合った取調室の中、自宅が吹き飛んだことを告げれば榊が示した反応こそ微妙で、乙部はあえてそこから話題を逸らすと、返された今しがたの問いかけにうなずき返してやった。
「やっぱりそうだ!」
 好物を差し出された子供のように、たちまち榊は目を光らせる。軽快とその膝を打った。続けさま逃がすものかと突きつける指で、やおら乙部を指し示す。
「言っておきますけど、あれはズルイですよ。あんな軍用下がり、そもそも機動性が違うじゃないですか。こっちの汎用じゃ頭なんて上げるヒマないです。それにフリだけじゃないんだから、ホント、早く白旗揚げないと、着陸する間もなく落とされるんじゃないかって思いましたね。抵抗なんてするだけ損。何も物わかりがいいんじゃありません。今日飛ぶのかやめるのか、それと同じですよ。いつもの判断ってやつです。むしろそうでなきゃ今頃、ここじゃなく病院で寝転がってますね。へたすりゃ、地下の方で」
 うまいこと言ってやった。言う代わりらしい。最後、その顔を乙部へ突き出す。
「どこかで実戦経験、あるんですよね?」
 確かめ榊は乙部へ声を低くした。
「でなきゃ、自分も落っこちるってリスクマネージメント、付け焼刃じゃあんなにギリまで攻めきれないでしょ? 興味あるなぁ。もっとも民間じゃ、あんな飛び方こそ必要ないですしね」
 そうだと言ってくれ。言わんばかりの視線を露骨と乙部へ浴びせる。だが乙部にとってそんな榊こそ、身の上を話して聞かせる相手でなかった。
「スカイエアライナーのオーナーも言っていたね」
 選んで返す。
「あんたは手堅いって。あんたこそ、そういう場面がうってつけかもしれないな。臨機応変は必要だとして、変えられないルールは存在する。守り切れるかどうかは、あんたが言うように状況に惑わされることなく判断の原則を自覚し続けることができるか、ってとこだ。混同する輩には向いていない仕事さ」
 とたん榊の表情はくもった。つまり実力を認められたのだ。否定してまではぐらかされた質問の答えを追及する気にはなれないらしい。ズルイ。目で訴えた。剥き出しにしたからこそ諦めもついたか、やがてこう話しだす。
「……ええ、ヘリは気合で飛んだりしないですからね。俺のモットーだってそんなところです」
 なら決着はついたも同然だ。頃合いだと乙部は本題を切りだすことにする。
「だのに、どうしてだろうな」
 話に、何のことだろうと榊の顔は間延びした。
「あの夜、あんたは燃料を注がずに飛んだ」
 だがそれだけで意味するところは伝わる。榊の目の奥は、確かとそのとき強張った。
「目的地を知らず、飛行距離も測れない。慣れない状況を前にしていたせいだと言ったところで、だからこそそんなミス、原理原則を重んじるあんたが口にできるハズがないことくらい、わかってるだろ?」
 ほぐした榊が、またもやお褒め預かりどうも、と笑みを浮かべる。
「そう、あんたにミスはなかった」
 顔を、正面からとらえた乙部の目に、よけいな力は入っていない。
「あったのは、しっかりとしたフライトプランだけだ。つまりあんたは目的地を知っていた」
 淡々と突きつける。
「だから燃料を注がなかった。そして目的地を知っていたあんたこそ、この件の首謀者だ」
 言い切れば、沈黙はいびつと周囲へ満ちた。
 果てに榊は、これでもかと吹き出す。参ったといわんばかり、笑みを顔一杯に広げ、声を上げて乙部から顔を逸らした。ままに手を持ち上げると、どう説明すれば分かってもらえるのか、面食らうまま脳天をかきむしる。
「ちょ、ちょっと待って下さい。俺だってテンパリますよ。あの夜は受けた依頼にとりわけ緊張してて。その、俺は物騒なことに興味はあっても慣れてないですから、気持ちが高ぶってたんです。本当は後悔してましたしね。金額じゃなくて、興味が先に立っていたもんだから。でなきゃ、その、つい、うっかり……」
 だがそこで言葉は切れる。
 かきむしっていた手は止まると、やがてダラリ、投げ出されていた。
「なんてあたなには……、通じないですよね」
 媚びることをやめた声は、地を這っている。遅れて、逸らされていた顔は乙部をとらえなおしていった。
「ここでもあんたの頭は、押さえさせてもらう」
 たたみかけて乙部は、これまでの回りくどさを取り払う。
「SO WHAT のことを、どこで知った?」
 確かめたなら、笑んでいたはずの榊の顔に別人と影は落ちた。
「すべての娯楽に粛清を」
 やおら唱える。
「与えられる楽しみは、楽しむことを義務付けられた労働だ。捕らわれた民衆に真の娯楽を。真の喜びに続く門戸を開く」
 その唇を満足げに、これでもかと両側へ伸ばしていった。
「まさかあなたみたいな人が現れるとはね。確かにリスクはありましたよ。けれど部屋も片付けさせたなら、あとは始末するだけでコトはあの男がしでかしたものと締めくくられるはずだった。って、それこそ余計な完璧主義だったようで」
 うなずくしかない顛末だろう。
「阿呆なんだよ」
 榊はなじった。
「すぐ感化される。爆発物を扱うサイトで物色しましたがね、一番反応が良かったのもあの男だ。使いやすくはあったけど、あの調子で余計なことを喋られちゃ困るでしょ」
「ハッキングもあんたか?」
 入国管理局にあったフィリピン人、マグサイサイの件だ。しかし反応は釈然としない。覚えがないのか、それとも心当たりがあるからこそか。イエスともノーとも取れぬ仕草で榊はただ、ぎこちなく首を傾げただけだった。そして、それを最後に榊の態度は一変する。
「狼煙を合図に、迎えは必ずやってくる」
 それは自らに言い聞かせるような口調だった。
「やってくる」
 繰り返して胸につくほど、アゴを引く。
「俺は何も、喋らなくなる。喋らなく、なる」
 それきり榊は微動だにしなくなっていた。


「らしいわね。春山はあのバスに仕掛けた爆発物の設計図、以前からうろうろしていたそのサイトで SO WHAT の事を知ったと言っているわ」
 ハナが口添える。
「現実の世界で SO WHAT とのやり取りがあったのは一回だけ。20世紀CINEMAとビッグアンプルで使用した起爆装置と爆発物、それらと現金を駅前のロッカーで交換した時ということよ」
 と表情は、そこで不快もあらわと歪められていった。
「でもそれ以前の問題としてよ。春山に革命なんて無理ね。アイツはただ自分が何をやりたいのか分からなかっただけ。だから色々、流行に手も出したようだけど、手ごたえはない。だのに身近には、やりたい放題で満喫するあのおばあちゃんがいる。平たく言えば嫉妬が動機ね。けれど嫉妬している自分すら認められない。だから手を出してがっかりさせられた物事と、かなわないおばあちゃんへの八つ当たりに精を出した。何が楽しむことを義務付けられた労働よ。おばあちゃんは恥知らずよ。そもそも口を開けてるだけのアイツが、甘え過ぎなのよ。ともかく、榊だって言っているように革命なんてガラじゃないわね。そういう側面から見ても春山は SO WHAT に関しては完全にシロ。加わったところで後から SO WHAT のせいだとか、文句タラタラに決まってるわ。わたしが SO WHAT なら、こっちから願い下げよ」
 話も出来ぬほど泣いていたと聞かされていたのだから、取調べにはよほど耐えかねるいきさつがあったのだろう。ハナの口調は辛辣を極めていた。一蹴と共に、報告を締めくくる。
「ふん。おかげで束の間 SO WHAT という、夢中になれる対象を見つけられたんだろ。それも今では過去のものだが、奴にとっては不幸中の幸いだったと言ってやれ」
「その幸いは公共の利益に反する。褒められるようなものではない」
 鼻であしらうハートを、百合草がいさめてひと睨み食らわせた。
「で、オツさん」
 そんなこんなを切り上げたのは、ストラヴィンスキーだ。
「榊はそれ以降、本当に黙ったままなんですか?」
 空の主の地上対決に、全員の視線は再び乙部へ集まってゆく。