case4# COMING SOON! -2/7







「我慢比べをしていられるほど、こっちも暇じゃない」
 再び壁へ背をもたせかけて乙部が吐いた。
 聞いてストラヴィンスキーも黙り込む。
 その目が歪んで見えるのは、牛乳瓶の底を通して見ているせいか。はたまた本来の表情がそうなのか。百々にはいまだ区別がついていない。つまりあの愛想のよさはもしかするとその曖昧さに不信感を抱かせないためのスキルなのかもしれず、この人も一筋縄ではいきそうにないな、と考えてみる。
「ならこの爆発は、そんな榊が万が一の時の証拠隠滅に仕掛けたものだ、ってことで間違いないんですよね。消防の方では一番焼け方の激しかったデスクの……」
 知る由もなくストラヴィンスキーがは、渋っていた口を開くと数多ある写真の中から探し出した一枚へ身を乗り出した。
「コレですね。パソコンの部品だってことですが、コレが発火元だと言っています」
 机に焦げ付いた黒いシミを指し示た。
 なら誰もの視線はいっとき、その一点へ集まる。ややもすればつまらなさげと、またそれぞれの思惑の中へ散っていった。
「例の玉については現在も捜索中。ただ榊の部屋は六階。周囲は住宅街ってこともあって、外へ飛び出してしまったなら見つけ出すことは難しいかも、ってことです」
 百々も眺めて、ため息を吐く。
「みんなさ、なんでそう吹き飛ばすのが好きなんだろ。ちゃんと燃えないゴミの日に捨てればいいのに」
 軽く完全犯罪を推奨し、コトの事実に気づいていないなら、口をへの字に曲げて閉口してみせた。その背後で気配は揺れる。ハートだ。屈み込んだかと思えば足元から重たげなビニール袋を掴み置上げていた。
「ちなみに、これがビッグアンプル周辺で回収した証拠品だ」
 誰もの目に晒すとテーブルへジャリと、それを置く。そこにはパチンコの景品交換を連想させる量で、あの玉が入っていた。
「うそ」
 思わず百々の目も丸くなる。
「それから」
 足らずハートは、カーゴパンツのポケットもまさぐった。うって変わって薄い小さなビニール袋を取り出し、それも並べ置く。
「こっちは、被害者の体から回収された分だ」
「どわ。グロいよっ」
 などといちいち反応しているのは、悲しいかな百々だけだ。
「現場残留物の反応から、火薬は他の案件で使用されたものと一致した。爆発が馬鹿デカかった理由は、近くに発電機用の燃料があったせいだ。さすがに起爆装置は欠片も残っていない。だがこれだけあれば疑う必要はないだろう。俺から見てもビッグアンプルの一件は、SO WHAT の犯行で間違いない。つまり」
 言ったハートの目玉が乙部へ裏返る。
「榊が口を割れば、SO WHAT の実態に手が届く図式だ」
 らしい、とうなずく乙部はあくまで他人事だ。
「私からも一件」
 百合草が切りだす。そう、百合草もまた昨日、オフィスを離れていた一人だった。
「入国管理局ハッキングの件で、判明したことを報告しておく。改ざん者の国籍はフィンランド」
「ふぃ、ふぃんらんどっ?」
 などと、伸び上がってまでやはりいちいち反応しているのは、百々のみである。
「す、すみません」
 百合草の冷ややかな視線を浴び、とにもかくにもその身を縮めた。
「エリク・ユハナ。男。二十二歳。自室のパソコンから直接、入国管理国のサーバーへもぐりこんだことが、決め手だ」
「また利用されたクチなのか?」
 あまりの無防備さに、すかさず疑いレフが問う。ハナもまたその隣で、聞き捨てならないと見終えた写真をテーブルへ戻した。なら逸らしたように見えた目で、百合草は曽我へ合図を送る。どうやら資料は他にも用意されていたらしい。新たな写真は曽我の手により、焼けた榊の部屋の上へ重ね置かれていった。
「断定できる物証はまだない」
 百合草は言い切り、誰もが新たな写真へ体を傾けてゆく。
「だがこのハッカーは榊同様、SO WHAT と直接つながる人物と見て間違いないというのが、統一の見解だ」
 デスクについた両ヒジの上で、百合草は両の手を握り合わせた。
「写真は、実際にハッキングが行われた容疑者の部屋を撮ったものだ。特定直後、インターポールに協力を要請。およそ二十時間前、地元警察によりその部屋で身柄を確保している。その際、ハッキングの証拠品としてパソコンを押収した」
 この場所で、と思えば自然、百々の好奇心はかきたてられ、写る一種独特な光景に目を離すことができなくなる。

 何しろ部屋には、スキなくアメリカンコミックや日本のアニメと思しき大小のフィギュアが陳列されていた。かと思えば映画にアニメノポスターが壁という壁を、窓という窓を塞いで貼られている。おかげで部屋に光は入らず、それがなお部屋の雰囲気を一種独特に変えていた。
 だが一転して写真には、ガラクタとしか思えない機械部品が無彩色と並ぶ写真も混じっている。かと思えば他にも三枚、そんな風景へコミック誌とかぶり物の玩具類を追加したものが、押収前のパソコンをアップに撮ったものが、日本では考えられないような奇抜な色柄の布を掛けた椅子と共に記録されてもいた。
「手早くてなによりだ」
 同様に眺めて回るハートが、文句のないことへ文句をつける。それが納得できない何かを感じ取っている時だけだ、ということは、百々にもぼちぼち分かり始めている事実だった。なら期待通りと百合草の話は、そこで一気に雲行きを怪しくする。
「その後、容疑者は拘置所へ移送。移送車は途中、三台の車に分乗した八人組の男から襲撃を受けている」
 誰もが視線を、写真から跳ね上げていた。
「八人は容疑者を奪取。半日が経った今も依然、行方不明のままとなっている」
 無論、強襲をかけたのは誰なのか、などと口にする者はいない。
「SO、WHA、T……」
 ハナが呟いていた。
「後でわかったことだが、直前、容疑者自宅の一部は爆発、炎上している。残念ながらこの部屋はもう存在しない」
 百合草の握り合わされていた手はそこで、解かれる。
 ならそれは百々の向かいだ。
「……狼煙を合図に、必ず迎えはやってくる」
 レフが呟いてみせた。一見すると、それは何ら脈絡のないような発言にも思える。だがそうでないことは、すぐにも百々へ伝わっていた。
「ああっ、榊のパソコン、狼煙なんだっ」
 指を突きつけ、百々は叫ぶ。
 傍らで、百合草が浅くうなずき返していた。
 ソファの背もたれを掴んでストラヴィンスキーも、いつになく興奮した口調で話す。
「そうですよ。証拠隠滅なら規模が小さすぎます。榊が SO WHAT と直接つながっているからこそ、あれは迎えに行くというメッセージだったんだ」
 ソファの背もたれを掴んでストラヴィンスキーも、いつになく興奮した口調でまくし立てる。
「なるほどね。そういうカラクリか」
 吐き捨て乙部が、壁から背を浮き上がらせていった。
 一同の輪に加わったところで百合草は、それぞれを見回してゆく。
「前例はフィンランドの一件だけだが、検挙の例も少ないなら可能性を否定する根拠も薄い」
「そうね。考えようによっては春山も、発煙筒って狼煙で迎えを待っていたってことにもなるし。ちなみに榊の拘置所移送は、あさっての予定よ」
 投げたハナは、すでにこのミーティングの本題が何であるかを察している。「予定の移送先は、 新田中村ニッタナカムラ拘置所。署からだと高速で一時間。地道でなら三時間たらずってところですね」
 早くも教えるストラヴィンスキーが、眼鏡の前に指を立てていた。
「予定通り行うのか?」
 レフの視線が百合草へ飛ぶ。
「エリクのパソコンは手元に残ったが、中をのぞくにはパスワードが必要だ。解析に時間がかかることは否めない。しかし SO WHAT が革命の開始をほのめかしている現在、待ってばかりもいられなくなった。ゆえに上は、これを脅威ととらえずチャンスだと考えている」
 そうして百合草は、深いため息はひとつ吐いた。次いで吸い込んだその息で、事実を全員へと告げる。
「昨日、行われた討議の結果、移送は予定通り決行。強襲に備え我々がその警備を担当することと、決定した」
 だとして茶化す合いの手は、どこからも入らない。ただ強いられた臨戦態勢に、否応なく緊張感だけを高めていった。ゆえにここで一息入れることは、適切な処置で間違いないだろう。
「本ミッションのブリーフィングは一時間後、オペレーティングルームで行う」
 百合草が解散の合図を送る。
「飛んで火にいる夏の虫だ」
 呑み込みも早くハートが、テーブルから証拠物件をひと掴みとさらっていった。そのいでたちが今日も例外なくタンクトップなら、横目に捉えた乙部もまた身をひるがえして言う。
「もう冬が近いってのに、あんたなら年中、夏だろうからな」
「うるさい。着た切りのヤツに言われたくないわ」
 確かに、言われてみれば乙部の服装は昨日と同じだ。
「じゃ、お腹すいちゃったし、何か食べてくるわ」
 ハナが背伸びかたがた、告げると立ち上がった。
 そうして一人、一人と抜けてゆく視界に、百々もおっつけソファから尻を上げる。
「いちちちち」
 出る声は、昨日のアクロバットで体の至る所が筋肉痛なせいだ。なら声は、そうして作ったしかめっ面へ、かけられていた。
「百々はここまで」
 百合草だ。
「以降、待機。百々の本ミッションへの参加はない」
 言葉が不意打ちだったことは、たんなるうぬぼれか。
「ちょ、ちょっと待ってください」
 それきり百合草は席を立ち、百々は思わずその背を呼び止めていた。なにしろ聞き流せないくだりは昨日、起きたばかりだ。同時に負うべき「責任」を自覚したのも、その昨日だった。
「それってどういうことですかっ?」
 食い下がれば百合草が、返したばかりのきびすを残して百々へ肩を開く。のみならずドア前にいたレフにストラヴィンスキーもまた、声の大きさに足を止めていた。
「今さらあたしは邪魔、ってことですか?」
 そんな二人の視線など気になるはずもない。百々は言い切り、百合草はあらため足を、百々へ向かい踏み変えてゆく。
「想定される状況には危険が伴う。訓練を受けていなければ知識もない職員には無理だと判断した」
 顔色一つ変えず言い切った。
「じゃあ、昨日のことはどうなっちゃうんですか?」
 見上げる百々に迷いはない。
「都合のいい時だけなんて、あたしだって遊びで危険なことしてるわけじゃないです。あたしにだってできる事はあると思います。何か手伝わせてくださいっ」
 本気の眉間に力はこもり、だというのに百合草は、今さら思い出したようにそんな百々へ明かしてみせる。
「曽我から報告は受けている。昨日はご苦労だった」
「だったら中途半端はしたくありません。そんなことしてるときっとあたしが、誰かが怪我しちゃうと思うんです。それがっ……」
 認めるならこそ、だ。百々は食い下がり、そこで喉を詰まらせる。物騒な事態を前にしてどうしても言えぬ「怖い」に、戸惑った。
 察したか、百合草はやおら話題を切り替える。
「バスへ乗り移るよう指示したのは自分だと、曽我は言っている」
 わずか振ったアゴで、背後の曽我を指し示した。
 百々は驚き視線を飛ばし、黙っていなさい、としかめっ面の曽我に振った首で睨まれる。
「今の発言の原因が曽我の指示にあるのなら、責任は指示を出した我々、管理側にある。昨日のことは明らかなミスだった。詫びたうえで、なかったことと忘れてもらいたい。でないなら、あれは始末書扱いの行為だ。提出を義務付ける。意見があるなら今ここで、聞いておこう」
 求められて百々は、曽我との攻防を切り上げていた。返すべき言葉を探せば目は泳ぎ、だがどんな尻尾もつかめずに時ばかりが流れてゆくのを感じ取る。
 何しろ死ぬ気で十枚、書き上げたところだった。それでも認めてもう十枚、書いたところで、それこそ明日は丸一日、部屋に缶詰とされるだろう。警護どころの話ではなかった。そのうまいが過ぎて卑怯な駆け引きは、百々に選ばせているようで何ひとつ選ばせようとしない。おかげで百々は口ごもる。様子に百合草は、意見はないと判断していた。
「指示に従ったと認めるのなら、今回も同様にこなしてもらうまでだ。よって待機」
 締めくくる。
「それから、今度レポートを書いてもらう場合、十枚、きっちり提出してもらうつもりでいる。覚えておくように」
 とどめとばかりにうつむいた百々の脳天へ、浴びせる。
 百々は首をすくめて誤魔化した残り三枚のしっぺ返しを食らい、視界の端で以上、と百合草の靴先が切り返されるのを見ていた。足音は、やがていつも曽我が出入りするドアの向こうへ消えてゆく。
 果たして完膚なきまでに打ちのめされる、とはこのことか。百々はそこでようやくこう呟いていた。
「……ひ、ひどい」
 だけでなく、すこぶるみじめでやり切れない。
「百々さん」
 肩へ、声はかけられる。百合草を隣室へ見送った曽我だ。百々へと歩み寄っていた。
「そういえば、20世紀CINEMAから電話が」
「でぇ?」
 こんな時に、と思えば、うめき声しか出ない。
「できれば今日中に顔を出してほしいって、支配人さんがいってらしたわ。何か相談があるようだったけど。帰りにでも寄ってあげて」
 すでに曽我には、十分かばってもらっていた。いやだ、などと八つ当たりはできそうになく、百々はぼんやりした頭で思い当たるフシをただ探る。
「……あ、そっかぁ」
 自分が次の希望勤務シフトを出していなかったこに気づいていた。相談はおそらく近づいた映画「バスボム」の先行上映についてだろう。それこそが分相応と残された仕事だと、ため息をつく。
 つまらない要件に手をわずらわせてしまったのだから、百々は曽我へ短く詫びた。微笑み返す曽我の目には、哀れが服を着て映っているようでならず、見せつけられて百々はなおさら笑い返せなくなる。
 残して曽我もまた、ドアの向こうへ消えていった。
 取り残されて百々はしばし、そんなドアを見つめ続ける。
 見つめ続けたその果てに、自分はなぜここにいるんだっけと、これから何をするんだっけと、自らへ問いかけた。
 思い出せたなら、魂を削ってひとつ息を吐き出す。
 ままに、ねじ切るようにひねった体でドアへときびすを返した。
 歩き出せども足取りに覇気がないことは、自分にすらいやというほど分かっている。だが強気を装い、筋肉痛さえ隠す必要のなくなった今、そこにさらなる粘りが加わろうが知ったことではなくなっていた。先祖代々の因縁よろしく、周囲の空気さえひずませひきずり、百々は歩く。
 ままに、ドア前に立ち尽くすレフとストラヴィンスキーの間をすり抜けた。
「ど、百々さん?」
 呼び止めたのは、見かねたストラヴィンスキーだ。
「め、目の焦点、合ってませんよー」
 顔の前で手なんぞ振られてみる。
「……セクハラ、おやじ」
 振り返えり浴びせていた。そのてんで辻褄の合わない言葉に、ストラヴィンスキーの笑みも強張る。
 放って百々は、再び通路へ体を傾けた。
 が、なぜかしらそれ以上、前へ進めなくなる。
 しばしもがいて、目をやった。
 腕だ。
 いつの間にか掴まれていることに気く。だからして百々は、そこに絡む指を辿りアゴを持ち上げていった。ならその先で、無表情と見下ろすレフと目と目は合う。
 否や、レフは言い放った。
「来い」
「な、ん……」
 ままに猛然と歩き出せば、歩幅など合う道理がない。
「ですかぁっ? ちょ、ちょっ、ちょっとぉっ!」
 言い切るまでもなく百々はレフに引きずられていた。引きずられながら、すぐそこの通路を折れる。食堂前を通り過ぎ、その先、ロクに明かりもついていない暗がりへ潜り込んでいった。
「わ、わ、わ。ちょっと何? ってっ」
 もう、落ち込んでいる場合ではなくなる。感じずにはおれないのは身の危険で、百々は我を忘れてこう叫ぶ。
「ひっ、ひとさらいーっ!」
 だがこの場所でそのセリフこそない。食堂でトレーを手にした職員たちが、ハナが、怪訝な顔で振り返っていた。