case5# GUN & SHOW -2/7







 翌日、午前十一時。
 ガレージへ出るドアは開いていた。
 今日もコート姿で渡会の部下は二人、その両脇についている。
 抱えられた人物は、ヒザ丈ほどの綿が入ったモスグリーンのコートをはおっていた。フードにはグレーのファーがつき、それも喋らないと言う意思表示の現れか、深くかぶると合わせた前立てで口元を覆い日を避けるようにうつむいている。ゆえに表情は、うかがえなかった。腰縄と手錠に自由を奪われたおぼつかない足取りだけが、見る者へ疲れた印象を与えるに終始している。
 と、片側でコートの一人がふと、視線を逸らした。
 警戒に早すぎるという心配こそないだろう。
 周囲を見回し、正面へすえなおす。
 用意された小型バスはもうそこにあった。後部、左右に開かれたドアの傍らには、季節はずれないでたちで腰から拳銃を下たセクションCT内、バジル・ハートの姿も見えている。さすがに今日は幾らか余分に羽織ってきているらしい。すぐにも気づけなかったワケは、それが防弾ジョッキとアーミーベストだからだと、やがてコートは知らされていた。
 そんなハートの前で立ち止まる。
 カウントが聞こえてきそうな間合いで互いは敬礼をかわした。
「榊大輔、本日、中新田村拘置所へ護送のため、連行しました」
「了解。これより中新田村拘置所への護送を開始する」
 などと互いは見知った者同士だ。だが今日こそ慣れ合う雰囲気になく、コートは軽くうなずき返して腰縄を引く。取り付けられたステップを頼りに、身を屈めて車内へ潜り込んだ。
 座席は向かい合う格好のベンチシートが二列のみ。先客の姿もなければ、至極殺風景と広がっている。三人は、取り付けられた格子窓を背にベンチシートの中ほどに並んで腰をおろし、見届けたハートがやがて、観音開きの扉を右、左、と閉めていった。
 施錠後、軽く周囲へ視線を走らせる。
 前方へ回り込み助手席のドアを引き開けた。反動をつけ、少々高い位置にある座席へ尻を投げる。
「三人が乗った」
 知らせて力任せにドアを閉めればこもった音は車内に響き、運転席で待機していた制服警官が、かぶった制帽の短いつばの下から背後を確認した。コート二人のヒザ頭と、その間に挟まれたカジュアルな靴先は、後部を別室と切り分ける仕切り、そこに空けられた窓からちょうどとのぞいている。
「了解」
 返して制服は、挿されたままのキーを捻った。
 エンジンのかかりは早い。
 唸り声を聞いてハートもまた、手早くベストを引き寄せた。
「十一時三分。ただいまより、榊大輔の護送を開始する」
 通りへ向けて切られたハンドルに、タイヤがピシピシ、小石を踏みつぶす音は鳴る。共に小型バスは一路、中新田村拘置所へ向かい走りだした。


 ほぼ同時刻だ。
「気合、入れていこうぜ!」
 組まれた円陣の中央に、九本の手は重なる。
 こんなことをするのは初めてだ。いや、「20世紀CINEMA」の歴史の中で見ても、これが初めてだろう。突き抜ける田所の声に全員の集中力は否が応でも高まると、何の打ち合わせもなく誰もが、ピタリ三度、体を沈みこませた。次の瞬間、重ねた手は、空高く弾き飛ばされ「えいえいおー」で、 鬨トキ の声は上がる。
 整理番号券は早朝にも、予定枚数の配布が終了していた。六百人ほどが作った列はテナントビルを半周すると、一旦、切られて道路をまたぎ、今や隣のブロックにまで伸びている。
 いつまでも放っておけないなら初回上映三十分前が通常だった開場時間は前倒しされ、スタッフの出勤までもを早める事態になっていた。しかしながら見ての通りと誰一人、遅刻することなく、こうしてそろって雄叫びを上げている。
「じゃ、そろそろ警備の方、来られますからね。みなさん、よろしくお願いしますよ」
 水谷が声をかけていた。
 言わんとしているのは開場のキッカケで、それは閉館後、テナントビルを管理している警備員室へ預け帰った吸殻入れが、再び警備員の手によって運び入れられてから、と決まっているためだ。
 聞いて誰もが戦闘開始と己が配置へ散ってゆく。物販担当者はショーケースを前につり銭を確かめ、カウンターの発券担当者は再度、上映時間と料金へ目を通し、映写係は無言のまま奥へ消えて、誘導担当は正面入口に寄り添った。
 水谷を含め社員は映写技術を身につけているが、今日はその一人の橋田がいないせい。田所は映写のヘルプとして駆けつけられるよう、カウンターでの発券を担当する段取りだった。百々はその姿を確かめてから、水谷へ顔を上げる。
 同時にロビー横の鉄扉は開いた。
 奥から姿を現したのはいわずもがなの警備員で、提げていた重たげな吸殻入れはそうしてロビーの所定位置へ据え置かれる。そのさい二言、三言、水谷へ申し送りをするのはいつもの段取りで、済ませて警備員はバックヤードへと去っていった。
 見送った水谷が、やおら田所へ振り返る。
「それじゃ、離れますよ」
 はい、と短く答えて返す田所は、落ち着いたものだった。
 重なり正面入り口より案内担当の声は、響く。
「20世紀CINEMA、開場、しまーすっ!」
 足元へ鍵を差しこんだ。
「じゃ、行きましょうか。百々君」
 言う水谷へ百々も頭を下げる。
「よろしくお願いします」
 観音扉が全開とされていた。
 フロアへたちまち、待ちかねた客の話し声がどうっ、と流れ込んでくる。ままに二列で発券カウンターを目指す幾つもの靴が、鈍い前進を開始した。
 光景へ、百々は背を向ける。
 この場を任せた水谷もまた、躊躇なく歩き出していた。
 連なり二人はバックヤードへ、もぐりこんでゆく。


「第二ポイント侵入。周囲に不審車、なし」
 告げてハートは胸元のマイクからアゴを引き戻した。
 今回、経路に高速道路は使用していない。何らしかの理由で進路が塞がれた場合、万が一にも強襲を受けた場合、護送経路の変更はおろか退路さえなくなるうえ、一般車両の避難も困難だと判断したためだ。そうして組み上げられた護送経路は全行程、二時間四十分。そのうち署を出てからの三十分余りが今しがた抜け出したばかりの住宅街だった。
 経た小型バスは現在、剥げたようなグレーの塗装のおかげで周囲の車両に馴染む以上、今どきのデザインに埋もれ、一時間ほどの直進を強いられる片側二車線の産業道路上を淡々と走っている。そこに警察車両を示すロゴすらなければ、窓にはめ込まれた鉄格子だけが警察車両らしきことを訴えていた。
「この先、目立った渋滞は確認されていません。おおむね順調。各ポイント配備中の署員からも不審人物、不審車の報告なし。周辺地域での事故、事件なし。引き続、予定通りの走行を願います」
 向かってイヤホンからオペレータの声は響く。
「了解」
 返してハートは深く腕を組んだ。
「聞いたか。と、いう事らしいぞ」
 十一時三十七分。
 戻したいつもの口調で呼びかける。
 無論、相手は、後方を走るワインレッドのワゴン、そこに乗ったレフとストラヴィンスキーだ。覆面パトカーはオペレーターが告げた通り一定区間ごとに張り込んでいるが、小型バスに張り付いているのは後にも先にも、この一台だけである。
「このまま何事もなく目的地へついちまうかもしれんな」
「それ、何よりじゃないですか」
 ハートはつまらなさげに呟き、今日はコミック誌から抜け出してきたような青いウインドブレーカーを羽織るストラヴィンスキーが返していた。ワゴンはそんなストラヴィンスキーが、運転している。
「そいつは強襲をかけてきた奴らを全員、無事に取り押さえてから言う言葉だな」
 つまり助手席を埋めているのはレフだ。絶えず周囲へ目をやりながら言った。
「何よりでした、ってね」
 盗み見てストラヴィンスキーは肩をすくめ、すぼめた口でこうも付け足す。
「誰もドジったりしませんよ」
「だが現れたとして、人数さえ把握できていないのが現状だ。気は抜くな」
 中へ、百合草が割って入っていた。
「一ダース、トラックに満載で現れるか?」
 それでも茶化してハートが低く鼻で笑い飛ばす。
「後方でひっかかるな」
 レフがかぶせたなら、やり取りにストラヴィンスキーがクスリ、喉を鳴らしていた。
「面白い冗談は打ち上げにでも取っておけ」
 収拾をつける百合草は、どこか投げやりだ。
 了解、と返したところでそれは、気を抜くな、という現状に対してなのか、ストックしておかなければならない冗談に対してなのかが微妙でならない。それでもやはりオペレーターは任務に忠実だった。
「二百メートル先、次の信号は回避不能です。停車時間、四分」
 すかさず状況を告げる。
 いつものことながら署を出発してからというもの、全く信号に引っかかっていなかったなら、つまり初めての停車に誰もが低い小型バスの屋根の向こうに点る信号を確かめていた。
 そこで灯る黄色が赤へ変わる。
 従い次々と踏まれてゆくブレーキにテールランプのドミノ倒は始まると、見る間に車間は詰まって鉛の塊は、やがて愚鈍と動きを止めた。
 自身でも時間を確認するレフが、助手席で腕時計をフロントガラスの高さへ持ち上げる。文字盤を読みながら、周囲の動きを目で追い続けた。
 と視界で、そのとき何かはチラリ、と動く。
 サイドミラーだ。
 映る影が、見る見るうちに大きくなろうとしていた。
「二分四十四秒経過」
 口にして、カウントをストラヴィンスキーへ預ける。
「なんです?」
 問うストラヴィンスキーには、しかしながら慌てた様子など微塵もない。
 答えるべく、レフはサイドミラーへ目を凝らした。すぐにもそれが車線の間を縫って近づいてくるバイクであることに気づく。
「後方からバイクが一台」
 やがてその姿は大きくなりすぎると、サイドミラーからはみ出した。レフはすぐさま視線をルームミラーへ切り替える。聞いたストラヴィンスキーは万が一に備えるとシフトレバーを握りなおし、同じくルームミラーを仰ぎ見た。
 瞬間、バイクは車間へ割り込む。
 大きく蛇行して再び姿を表した。
 「グリーンとイエローのダウンジャケット。ジーンズ。白っぽいフルフェイスのヘルメット。男だ。車体はシルバー。排気量は四百程度に見える」
 映りこんだその特徴を、レフは早口にマイクへ吹き込む。
 そのうちにも前進するバイクはワゴンへ並び、報告に間違いがないことを見せつけゆう、と追い抜いていった。そのまま小型バスの後方につく。ナンバーに細工はない。レフはそれも読み上げた。
「ハート」
 混雑した路面でならよくある光景だが、状況が状況だ。神経質にならざるを得ない。マイク越しに呼びかけた。
「左後方だ」
「荷物は?」
 問い返されて、レフはすぐにも口を開く。
「車体には見当たらない。ショルダーバックをたすき掛けに背負っている。厚みはない。それ以外、見える場所に携帯しているものは確認できない」
 そこで信号機は青を灯した。
 進み始めた先頭車両に、車列は伸びる。小型バスもまた前進を始めると、流れに乗るべくライダーも手元でアクセルを吹かせた。連動する足先がクラッチを切り替え、ままに小型バスを追うのかと思いきや、一気に加速し並んでみせる。
「窓に注意」
 告げてレフはドアノブへ手をかけた。
 なら、かぶさり流れるオペレーターの口調こそ早い。
「ナンバー確認。イージーメールカンパニー。バイク便です。車体の盗難届は出ていません」
 そんなバイクはすでに小型バスのボンネットに鼻先を並べ、走っている。だがライダーが中をのぞきこむようなことはなかった。車体をさらに加速させると、それきり小型バスを追い抜き交差点を渡ってしまう。
「あれか、今、追い越していった」
 見送ったハートが呟いていた。
 間髪入れず、念のため職質をかけろと指示する百合草の声が、イヤホンからもれる。
 周囲では、何台かの車が右折、左折と産業道路から離れていた。だが小型バスとワゴンの間へ他車が入ることはなく、二台は再びランデヴーを開始する。
 加速を続けたバイクは他車の影に隠れたのか、職質のため配備中の警官につかまったのか、もう路上にその姿はない。ただ曽我の声だけが、改め誰もに注意を促していた。
「ここから先、予定通り信号に引っかかることはないわ。ただし、およそ四十分後ね。るるロード前交差点だけは買い物客の車両が集中。混雑の回避は難しい。交通量の調整はしているけれど、渡りきるまで今のように停まる可能性があることを忘れないで」
 拘置所は、その交差点を右折して乗り換えた国道を、さらに一時間ほど山手へ上がったところにある。そして言うまでもなく「るるロード」とは、ショッピングセンターにスポーツ施設、劇場までを囲った大型複合施設の名称だった。一帯には昔からの商店街もあり、大型複合施設とのディスカウント合戦が多くの人を呼び込んでいる場所でもある。
 他にあからさまと小型バスへ接近してくる影は、見当たらなかった。己が目的に向かって走る車だけが互いに無関心とひしめくだけで、小型バスはさらにもう一基、青を灯した信号機の下をくぐり抜ける。
「驚かせやがる」
 そんなワゴンの助手席で、思い出したようにレフがこぼしていた。
「レフでも驚かされることがあるんですね」
 ストラヴィンスキーの相槌に他意はない。ままに眼鏡のブリッジを押し上げる。横顔を、レフは助手席からチラリ、盗み見た。
「俺もただの人間だ」
 言って懐へと手を伸ばし、あることを確かめ銃のグリップを握りしめる。


 そう、同じ人間なら、緊張する必要などありはしなかった。禁じられたとは言え、おもてなしのハローは胸の内で盛大にだ。満面の笑みを浮かべて百々は、いまやおそしと開いたタクシーのドアを見つめる。
 中で交わされる会話は英語だったが、やけに楽しそうに聞こえていた。助手席で清算を済ませているのはツアーコンダクターか、日本の友人か。半ばシルエットとなり映っている。
 と、後部座席から、やおら足は突き出された。
 捉えて地面を踏みつける。
 おっつけ耳にしたのは少しばかり大げさな息遣いで、力に変えて車内からキャメル色をしたバックスキンのブルゾンは持ち上がった。
 思ったほど大きな人物ではないらしい。レフという外国人を身近に見過ぎたせいか、百々は認識を改めていた。同時に、通りの向こうで黄色い声は上がり、ほかにもタクシーの後部座席から赤毛の外国人女性と日本人らしき中年男性もまた、姿を現す。
 水谷の英語は意外なほど巧みだ。迎えてそつなく、しかしながら誰もと熱烈な握手をかわしていた。
 ならその顔は、ついに百々へも向けられる。
 日本が好きだと言うだけはあって、会釈がさまになっていた。だからか、まとうのは巨匠という威圧感より、穏やかで丸いという印象がある。しかし黄色い声の上がり続ける沿道へ振り返ればその姿は、とたん作品作りの中で数百人ものスタッフを動かし、見るため何百万人をも動かして然りのパワーに満ちあふれていった。
 この人があの映画を撮ったんだ。
 感じずにはおれなくなる。
 高らかに突き上げた手で監督、スタンリー・ブラックは、ファンの声援に応えていた。