case5# GUN & SHOW -4/7







 車体を吹き飛ばす勢いだ。カーブするジープのラインが膨らんでいた。
 前にして、タクシーはカクン、と揺れてタイヤをロックする。
 そのテールへ小型バスは追突しそうになり、すかさず制服がブレーキを踏みつけた。
 揺さぶられてハートの体は飛び出しかけ、押さえつけたキャビネットの前で顔を持ち上げる。
 さて、どんな用事があるにせよ、わずかながらも後輪から白煙ふき上げ急カーブしたジープに漂うのは、ただならぬ気迫である。それを殺気と読み取れなければ、小型バスに付き添う面々は居合わせただけの客人だった。ゆえに車内でシェイクされているハートに代わり、事態を知らせたのはストラヴィンスキーとなる。
「対向車線よりジープ、急接近!」
「こんなところでか!」
 おっつけハートが唸った。
 果たして豪快な右折にテールを流したジープは今や、タクシーの進路を塞ぐ格好で停車している。
 信号はまだ青だ。
「バック。産業道路へ戻れッ」
 レフがすかさず制服を促した。
 間にも、ジープのドアは浮き上がり、おっつけ三人、中から男は姿を現す。
 その着衣は至ってカジュアルだった。だが頭には、白昼のショッピング街へ溶け込むに相当無理のある目出し帽をかぶっており、加えて握手を拒むその手には、黒光りする銃器なんぞが握りしめられていたりする。それがモデルガンなのか実銃なのかは定かでない。ただ形から察するにサブマシンガンMP5へは、フル装填なら三十発相当の九ミリ弾が詰まるマガジンが挿されていた。
「来たぞ、ぼやぼやするなッ!」
 見て取りハートも、制服を怒鳴り後方を確認する。
「りょ、了解」
 だが慌てるあまり制服の手足はかみ合っていない。入れ損ねたギアが足元でガリガリ、音を立てていた。
 見守ってじれったい、とレフはワゴンのドアノブへ手をかける。
「落ち着け」
 マイク越しに制服へ言い放つが早いか、低くした身で外へ抜け出した。
「コレ、装甲車じゃないですよ!」
 釘、刺すストラヴィンスキーは心得たものだ。
 そんなワゴンの後ろでは、動かぬ車列に右折を待つ他車がクラクションを鳴らしている。
 聞き流してレフはワゴンに沿って、リアまで移動した。後輪を背に、懐から引き抜いた銃の安全装置を弾き上げる。引いたスライドでチェンバーへ弾を送ったなら、車体越し、ジープへにわかに視線を投げた。
「あれがホンモノだったらな」
 目出し帽はタクシーを遮蔽物代わりにすると、小型バスへすり足で駆け寄っている。
 と、小型バスが跳ねた。急停止からようやく目を覚ましたらしい。繋がったギアに後退すべくエンジンを唸らせる。
 見て取った目出し帽たちに躊躇はなかった。やおら脇へMP5を固定すると、次の瞬間、引き金を引く。
 連なる発砲音は、こなれたシンガーのスキャットよろしく、あくまで軽かった。しかしモノの真偽を明らかにして、無装飾だった小型バスのフロントへ、くっきり風穴を刻んでゆく。食らった小型バスはしゃっくりでもしたかのように、動き始めた車体を揺らして再び沈黙した。
「ホンモノらしいぞ!」
 言うハートは、つまり無事だ。
 ならば当たりくじを引き当てたようなあんばいで、ストラヴィンスキーが叫んでみせた。
「わお!」
 つまるところ遠慮は無用ということになる。
「引き付けるッ」
 レフはワゴンから身を剥がした。テールを盾に、半身となって銃口をかざす。その先で目出し帽たちはタクシーを迂回し終えると、早くも小型バスのボンネットから左右へ展開、車体に沿いながらリアへ向かっていた。レフの位置からでは、小型バスの向こうへ回り込んだ二人は見えない。手前を移動する一人だけが、視界に残った。
 走るその一人へ、狙いを定める。
 ゆるく吐いた息に合わせて、引き金を絞った。
 大盤振る舞いのサブマシンガンとは大違いと、控えめに二発。
 かすめてはいるだろうに相手が動じなければ、動きを追ってさらに二発。
 なら最後の一発が目出し帽の足元で、アスファルトを白く弾いた。目にしてぎょっとしたように目出し帽は動きを止め、首をひねる。ワゴンの影に潜むレフの姿をとらた瞬間、脇へはさんだ銃器ごと上体をひるがえした。否やそこから九ミリ弾はまき散らされる。
 圧倒的な火力に退避は止むなし。身を引いたレフの背で、被弾したワゴンのリアが鈍い音を立て小刻みに震えた。
「だから、言ったんですよ!」
 中で伏せているだろうストラヴィンスキーの言い分は、もっともだ。
 などと唐突なまでの発砲に、やおら産業道路反対車線のレーンから右折待ちをしていたトラックが一台、順番なんぞどこ吹く風と、国道へ向かって逃げ出してた。その車体が、それでも後退しつつあった小型バスの進路を遮る。
 ぶつかりかけて小型バスは、またしゃっくりでもしたかのようにブレーキを踏み、中でハートの怒鳴り声は響きに響いた。
「バカヤロウ! どけっ!」
 重量に物言わせて強引に走り去ってゆくトラックに、罪はない。
 ワゴンの影からそんなトラックを見送りレフは、目に留まった光景へ眉間を詰めていった。
 それは「るるロード」前、パーキング待ちの列だ。それまで大人しく待っていたシルバーのバンが一台、切り返したタイヤもそのままに、藪から棒と列を抜け出しそうとしている。無論、状況が状況のうえ、進行方向には小型バスがあるのだから、直後の加速など駐車を諦めただけにしてはあまりにも不自然すぎた。おかげで声は咄嗟に上がる。
「るるロード前ッ!」
 否や途切れる、目出し帽の掃射。
 レフは尻を跳ね上げた。
 立ち位置を確かめた後だからこそ自信はある。案の定、探すまでもなく目出し帽の姿をそこにとらえた。鳴り続けるバカヤロウのクラクションを背に、目出し帽へ向け引き金を絞る。
 目出し帽の体がわずか浮いた。
 それきり倒れて路面で跳ねる。
 重なり、背後の直線路よりタイヤの悲鳴は鳴り響いた。
 振り返れば交差点を渡り切るかどうかの位置だ。クラクションを鳴らし乗用車が、路面すれすれへフロントを沈み込ませて急停止している。その鼻先をかすめて車両は一台、交差点内へ突っ込んできた。パーキング待ちの列を抜け出した、あのシルバーのバンだ。
 振ったテールでドリフト全開。
 急停止した乗用車をかわすと、鼻先を小型バスへと向けなおしている。
 もう疑いようがない。
 仲間だ。
「面倒くさい。逃げるのはやめだ!」
 ハートが唸る。
「ていうか、コレ、挟み込まれただけですよ!」
 正してのち、ストラヴィンスキーがレフへ言った。
「出します!」
 もちろんワゴンを、だ。
「行けッ」
 促し、馬でも走らせるかのように、九ミリ弾を撃ち込まれたその尻を叩いてレフはワゴンを押し出す。
 パトカーのサイレンはまだ遠い。いつからか周囲の信号機は赤一色に変わると、街は描かれた絵のように固まっていた。ただ急停止した乗用車を先頭に、直線レーンで始まった玉突き事故の車列だけがレフの背後で伸び続ける。
 囲まれてど真ん中、走り出したワゴンと道を分けた。
 小型バスへ向かい、レフはアスファルトを蹴りつける。


「粗茶、ですが……」
 茶たくに乗せた湯呑みを、百々はつ、と差し出した。
 どこか滑稽に映るのは取り合わせの妙か。天真爛漫な巨匠と、どこの馬の骨だか分からぬアルバイト店員の組み合わせは、今やシュールなコントと化している。
「ソチャ」
 それでも繰り返して監督は、片手で握って余る大きさの湯呑み神妙とのぞき込んだ。
「シッテイマスヨ。イチバンノ、オチャヲダストキノ、アイコトバデスネ」
 感心しきってまた首を振り、あるはずもない着物の袖を気にして両脇を広げる。間違いない。それは茶と対峙して装う武士の心構えだ。ままに両手でうやうやしく、買ったばかりの湯呑みを包み込んだ。持ち上げたなら、あろうことか吸いつき茶たくも浮き上がって、マズイ、と百々が手を出せば、カポンとそれはテーブルへ落ちる。
 様子を監督が気にする素振りはない。
 ただひたすら粛々と茶をあおった。
 そのこへ追い打ちをかけて、八百円。
 剥がすのを忘れていた底の値札は、そこはかとなく百々の目を刺す。それもこれも他に見て取る者がいないなら帳消しだ。つゆしらず監督もまた、かぁ、と声をもらし、湯呑みをそっと茶たくへ戻した。
「アツイ」
 細めた目で言う言葉が、なぜここぞで味への感想でないのか。
「あ、す、すみません。別のものに」
 それこそつんのめりそうになって踏みとどまり、百々は恐縮した。だが毅然と制する監督の言い分は、こうだ。
「イエ、ケッコウデゴザル。コレガニホンノ、ワサビ、デスネ」
 これまたつっこみどころ満載だが、雰囲気ではない。聞き流せ。そのとき確かに誰かは百々へ、語りかける。
「は、はっ。せんえつ至極にございます」
 おかげでもう限界だ。日常会話さえ崩壊し始めていた。
 とたんにんまり、監督は頬を持ち上げる。やがて辛抱たまらん、といわんばかりに百々を指さしはっはっはっ、と声を上げた。
「ワサビハ、カライデスネ」
 言われてようやく気づく事実。
「りらっくす。キョウハ、せれもにーデスネ。オイワイノヒデスネ」
 つまりこれは正真正銘のコントだったということだ。それも自分の立場を理解しての、監督が仕組んだ道化だった。その気遣いはもう、どちらがホストでどちらがゲストなのかを分からなくさせてゆくほどで、知れば腹立たしいような、申し訳ないような、それでいて嬉しい気持ちは百々の中でないまぜとなる。答えて返す術を失い、ただただあっけに取られて大笑いするブラック監督を見つめ続けた。
 ならひとしきり笑い終えた監督は、急にすました顔をしてみせる。合わせた両手を口の前に立て、それきりそわそわし始めた。かと思うと、視線をチラチラ、水谷の座っていたソファへ投げた。合間を縫って百々へも目配せを送り続けたなら、ようやく百々もその意味を知るに至る。打ち合わせの後にもらおうと水谷の用意していたサイン色紙とペンは、そこにあった。
「お、お願いします」
 百々は急ぎ、引き寄せ差し出す。なら待っていました、といわんばかり、受け取った監督はペン先からキャップをはずした。
「マカセテ、クダサイ」
 座って待つよう百々へソファを勧め、あらため色紙と向かい合う。
 立っていれば急かしているようで、素直に腰を下ろした百々は、そこから興味津々、監督の手元をのぞきこんだ。が監督は、仕上がるまで見せてくれそうにない。色紙を立てて百々の視界から隠してしまう。
「エイガハ、ミマシタカ?」
 代わりとばかりに、問いかけた。
「は、はい。誰よりも早く」
 先行上映前、配送ほやほやのフィルムを見たのだから、答える百々に間違いはない。様子に監督も、それは素晴らしいとうなずいてくれる。
「ドウデシタカ?」
 尋ねられて百々の背すじはなお伸びた。
「よかったですっ! どのシーンも綺麗で繊細で、ストーリーにもすごく感動しました」
 だというのに色紙と睨み合っていた監督の手は、そこで止まる。やがて色紙の向こうで視線は百々へと、持ち上がっていった。
「ホントウデスカ?」
 向る眼差しは、ウソをつく子供を咎める母親のそれに似ている。だからして、いけない人だと首さえ振っていた。
「エイガカンノヒトハ、ミンナ、ソウイイマスネ」
 浮かべるがっかりした、と言わんばかりの表情は、百々にとって予想外だ。しかしながらもちろん百々には嘘をついているつもりなど、ましてや媚びているつもりなどこれっぽっちもありはしない。
「いえ違います。わたしは」
 言いかける。だがへの字に曲げた口でつまらなさげに肩さえすくめた監督は、そんな百々の言い訳さえ、遮っているようだった。
「アナタノ、カンソウガ、キキタカッタデスネ」
 皮肉めいたその言葉は、しかしながら直球だ。
 わたしの感想。
 口はつぐむしかなく、代わりに百々は監督のそれを口の中でなぞりなおす。そう、思えばいつ擦り込まれたのか、今しがた公言したのは宣伝用のキャッチフレーズにそっくりだった。それは鑑賞直後、呪いさえ放って当たらないことを祈った百々が吐いた言葉とは、まるで違っていた。
 いつの間にそんなことになってしまったのか。百々にこそ覚えはない。
 本当に感じたこととは、何だったのか。
 問われて初めて、百々は突き詰めようとしていた。
 キレイにまとめられた誰かの言葉でもなく、先入観にまみれた思考停止でもない、自分の言葉を。
 そう、映画「バッファロー」が教えたような、作品との向かい方を。
「そ、の……」
 しかも目の前にいるのは、あのブラック監督である。借りてきた言葉で「あしらう」なんてもってのほかだった。敬意をもって接すればこそ、百々は己の言葉を手繰り寄せにかかる。
「すみません。その、言い間違えました。わたしの感想は、こうです」
 口にしたなら、真正面から監督の顔をとらえた。
「本当は素敵な物語なのに、どうしてハダカばっかりなのかが不満です」
 シアター内で、あの帰り道で、田所と話したのはそんなくだりだったはずである。
「もっと誰でも見ることのできる映画がいいと思いました。そうすれば、わたしがそうだったように、みんなへ勇気を与えられます。わたしは勇気づけられて初めて、この映画が素敵な映画なんだ、って分かりました。同じように必要としている人はたくさんいると思います。過激なのは話題になるけど……」
 生意気だろうとそこまで言って、もう十分だと先を濁す。
 前で聞き入る監督は、再び色紙から顔を上げていた。そうして百々を見つめると、目を嬉しげとたわませてゆく。かと思えばいっとき鋭く光らせて、優秀な生徒を褒めるかのようにザッツライト、と指を百々へと突きつけた。勢いづくまま色紙と対峙しなおす。綴られるサインはよほど長いものらしい。動くペン先は、まだ止まる気配をみせなかった。
「いっつ、のーにーず、つー、ちるどれん」
 走らせながら監督は言う。発言に込められた力のまま、ペンを持つ手をお断り、と振りもした。
「コドモニハ、イリマセンネ。オトナニ、ミルネ。オトナニ、ミセタイネ。ヒツヨウネ。タクサン、ヒツヨウ。ソノタメノ、ン」
 だが言葉は出ず、あれだよと言わんばかり色紙を持ちかえる。空いたその手を振ってパチン、と指を鳴らし、出ない言葉の代わりにしてみせた。
「ダイジナコトハ、ソレダケデス。ケレド……」
 気づけば身を乗り出し聞き入っている自分に、百々は気づかされる。様子にブラック監督の方こそ我に返ったようだ。そこでふい、と熱弁を切り上げていた。
  やがて鳴らした指を、百々の前で開いてゆく。その手は百々へ差し出されていた。
「さんきゅー」
 笑顔が握手を求めている。それは良い感想だった、という賞賛に違いなかった。
「さんきゅー」
 監督はただ繰り返す。
 そうまで感謝される意味など、百々にはよく分からない。けれどそこには、何か、どこか、素敵な世界へ誘われる響きがあった。それこそ夢か幻と、百々は監督の手を握る。ほどなく握り返されたその力強さが、心地よかった。経て送り込まれてくるモノが、どの登場人物にも投影されることのない映画「バスボム」そのものだとさえ感じずにはおれなくなる。だからこそ口説かれ酔いしれ、百々もまた言っていた。
「ユーアー、ウェルカム」
 やがて手は解かれてゆく。
 監督がソファへ座りなおしていた。改め百々へ確かめたのは、色紙の最後に記す名前だ。
「ナマエハ、ナントイイマスカ?」
「ど……」
 思わず独り占めしかけて、百々は思い止まる。
「あ、違います。これは映画館に飾る分です」
「おう。あいしー。とぅえにーせんちゅりー、しねま、ネ」
 力強く刻まれてゆく劇場名に、ペン先がキュッキュッと鳴った。果てにキャップはかぶせられ、色紙は百々へ向けなおされる。それこそ菓子を待ち受ける子供の気分だ。もろ手を挙げて百々はそれを受け取った。
「ありがとうございます! サンキュー ソー マ……」
 が、感極まった我が目を疑う。
「……え」
 確かにそこには「スタンリー・ブラック」と名がつづられていた。だがどう言うわけだか、ひらがなで、だ。しかもまさに三歳児の殴り書きと、その字は超がつくほど下手くそだった。
 時間がかかるはずだと思う。同時にこんなものを水谷に見せて信用してもらえるのか。疑念が拭えない。いやそもそもこんなものを巨匠のサインと言い張り、ロビーに飾っていいものなのか。頼めずにキミが書いたんじゃないの? 疑われる図すら浮かんでくる。
 前で監督は、苦心惨憺、書き上げたからこそゴキゲンの真っただ中にいた。
「ヒラガナ、いえー」
 書けるんですよと言わんばかり、また得意げに親指なんぞを立ててみせる。
 食らって返せば、金輪際、新しいサインは頼めそうもなかったが、その仕草に抵抗することこそできはしなかった。
「ひ、ひらがな、イエー……」
 百々も答えて指を立て返す。
 人柄だ。この色紙には人柄があふれているんだ。
 理解しなおすことにしていた。