case5# GUN & SHOW -5/7







 突き合わせた指をおろしかけたところで、控室のドアは開いていた。
 どうやら駅近くの繁華街まで出向いていたらしい。一リットル入りのミネラルウォーターのボトルを手に、通訳は友人と戻ってきている。
 真意はどうあれ、こうして意気投合、指を立てていたところを目撃されたせいだろう。その後、戻った二人を交えての会話は思いがけず弾むと、用意した菓子がいくらか消え、監督は緑茶のお代わりを百々に求めていた。
 それは飲み干さんかという舞台挨拶十分前だ。控室のドアは開く。水谷は再び姿を現していた。
 すぐにも百々の脳裏に松川のことは浮かんだが、水谷に何ら変わった様子はない。むしろもれていただろう部屋の話し声に満面の笑みさえ浮かべると、引き連れていた舞台挨拶の司会者を監督へ紹介していた。
 そんな司会者は、淡いピンク色のスーツを着こんだ女性だ。さすがプロ、というべきか、立ち居振る舞いが華やかなうえにほがらかで、百々にさえすこぶる感じがいい。英会話にも不都合はないらく、監督や通訳と握手を交わし、すぐにも進行表らしき用紙を持ち上げ、用意した質問に問題がないかを確認していた。
 聞き入る監督こそ、百々へ苦言を求めたところである。ファンを対象とした形式程度の質問内容に問題があるはずもなく、ここでも日本語で「ゼンブキイテクダサイ」と両手を広げて陽気とおどける始末だった。
 そんな光景を傍らに、百々はドア脇で見守る水谷の元へ歩み寄る。
「支配人、映写室は?」
 確かめれば、百々へ明かされた成り行きはこうだった。
「回し始めるまでとフィルムの交換にはわたしもつき添いますが、後は田所君に任せます」
 言い切る水谷に杞憂という言葉こそそぐわず、百々は目を見開く。
「ブラック監督をお見送りした後、代わりにカウンターへ入ってもらうことになりますが、いいですか?」
 それが田所の抜けた場所なら、百々に突っぱねる理由などなかった。
「はいっ!」
 むしろ任せて下さいで、力一杯答えて返す。なら報酬と、砂糖を入れたホットミルクのような笑み百々へと、深くうなずき返していた。
 そうこうするうちにも、監督の何でもオーケイ主義が短縮した司会者との打ち合わせは終了する。
「それでは、そろそろ時間となりましたので、移動をお願いします」
 見はからって促す水谷のタイミングこそ、絶妙だった。
 聞いた監督がイエス、と低く唸り、通訳と司会者女性は改め、よろしくお願いしますと言葉を交わす。仕事でないなら彼こそがこのイベントを最も楽しんでいることだろう。友人もまた舞台袖まで付き合おう、とソファから立ち上がった。
「それではご案内します」
 引き連れ、水谷がきびすを返す。
 通用口へは戻らない。
 フロアへと、そのロビー脇へ出る鉄扉へと、足を繰り出した。
 そうして無人になった控室を、百々は予定通り施錠する。急ぎ足で一行を追い越し、監督らの通路を確保すべく、フロア封鎖に加わるため、一足先に鉄扉を押し開け外へ出た。
 とたん、浴びせかけられたのは、聞いたことのないような歓声だ。そこには見たこともないような黒山の人だかりができていた。向けられた携帯電話のカメラが高い位置で無数と揺れ動き、隙間を埋めて好奇の目はのぞくと、いまにもなだれ込んできそうにこちらを見ている。
「うあ……」
 目にして百々は、腰を抜かしそうになっていた。しばしその場で立ちすくむ。押さえて対抗し、二人がかりで「押さないでください」と声を張り上げるアルバイト仲間の姿に、我を取り戻していた。自分も押さえなければ、と急ぎ二人の間へ割って入る。
「コレ、すごすぎないっ?」
「アイドル、アイドル!」
 口走れば投げ返され、油断した体をギャラリーに持ってゆかれそうになっていた。
「わっ。押さないで、くだっ、さーいっ!」
 無視してその時、ギャラリーの歓声はさらにトーンを上げる。
 監督だ。
 ついに水谷の後について、ロビーへ姿を現していた。
 飛びかからんばかりの勢いはさらに増し、規制線を張って立てかけていたポールが今にも倒れそうに揺れ動いた。
「これより先は、入れまっ、せぇーんっ!」
 正直、この仕事もまた筋肉痛の体を引きずりこなす類のものではなかったが、つべこべなんぞ言ってはおれない。ここで譲れば何より自分が踏みつぶされそうだった。
 だが監督は通用口でもそうだったように、笑顔でギャラリーへ振り返っている。それは単に慣れているせいなのか、それほどまでにも慕われていると解釈しているせいなのか、この状況に欠片も恐怖を感じていない面持ちで、
ゆう、と手を振り歓声に応えていた。
 百々にはまったく理解できない。有名人になんてなるものじゃない。妙に納得していれば、やがて監督は通路をシアターAへと消えて行った。
 見えなくなればギャラリーの興奮も一段落だ。掲げられていた携帯のカメラは下げられ、もとより一目も見ることが出来なかった正面入り口付近のギャラリーたちが、残念無念とあっさりフロアを後にしてゆく。飛びかかる目標を失った全体の圧力はがぜん弱まり、危機が去ったと百々は次の段取りへきびすを返した。
「じゃ、あと、お願いしまーす」
 花束贈呈のためにも進行状況を把握しておくべく、一行を追いかける。
 一番奥、分厚い防音扉の前で出番を待つ監督らの傍らに、そっと控えた。
 姿の見えない水谷と司会者は、もう中らしい。
 黙っておれば、こんな奥にまでまだフロアのざわめきは聞こえてくる。
 混じり、別のざわめきは百々の片側から吹き込んできた。
「……盛大な拍手でお迎え下さい!」
 司会者の朗らかな声がそう促している。
 目をやれば閉じていた防音扉は開かれ、二重扉はその奥で固定されると、傍らに立つ水谷の姿を浮き上がらせる。浅く折った腰で立つ水谷は、そこからにこやかに監督を舞台へ促していた。
 なら進み出る前、監督は、これからの共同作業に通訳と目を合わせる。微笑みあったその顔を、まだ何も投影されていない真っ白なスクリーンへと持ち上げていった。
 十二時二十分。
 指はそこに、これからを焼き付けるかのごとく突きつけられる。
「れでぃ……、あーくしょん!」
 今まさに、ショーの幕は上がる。


 視界、右半分におさめる小型バスのリア。
 脱出にまごついているのか、その運転席ドアは開いたきりで、まだ誰も出て来ない。
 ならそんな小型バスの後部からだった。残る二人の目出し帽が、マシンガンを携え半身をのぞかせる。
 目にしてレフは立ち止まった。
 マガジンの残弾は十一発。
 落とした腰で、突きつけ伸ばした右手の銃へ左手を沿えるが早いか、目出し帽めがけ引き金を絞る。
 遮蔽物のない現状に二発づつ、などとしおらしいことは言っておれない。緩めることなく絞り続ける。弾はそれだけで小気味よく吐き出されると、エジェクターに弾かれ薬莢が、視界を斜め後ろへ飛び去っていった。
 浴びせられて目出し帽は、慌てふためき身を引いている。
 うちにも、小型バスの運転席から制服は転がり出し、押し出しハートも姿を現した。すぐにもその襟首を掴んでタクシーの運転手を拾って離れろ、と指示する声は聞こえ、クラウチングスタートそのもの、制服は頭から滑り落ちかけた帽子を押さえてタクシーへと走り出す。
 道を分け、それきりハートは小型バスの車体に沿い、リア側への移動を始めた。
 ストラヴィンスキーの運転するワゴンはそんな小型バスのいくらか後ろをかすめると、駐車待ちの車列から飛び出してきたシルバーバンの侵入を防いで車体を斜めにし、ブレーキを踏んでいる。
 と、小型バスのリアへ背を添わせたハートが、やおらレフへと視線を投げた。
 そこで弾切れと、レフの手の中、銃のスライドも開き切る。
 止んだ銃声に、屈み後ずさっていた目出し帽たちの影が揺れた。
 逃れてレフは身を翻す。
 視界の半分におさめていた小型バスを、彼らとの間へ割り込ませた。
 なら入れ替わりだ。ハートが小型バスのリアを盾に、拳銃だけを向こう側へのぞかせ牽制の発砲を試みる。
 制服はその背で、タクシーの運転手を拾うと、中高年も小太りのシルエットを引きずるようにして歩道へ走り去っていた。レフの仕留めた目出し帽を避けると、その足取りは左へ大きく迂回してゆく。
 確認しつつ屈み込み、レフはカラになったマガジンを落とした。予備を押し込みスライドを引く。
 いつしか「るるロード」のエントランスにはパトカーが三台、機動隊を乗せたグレーバスが一台、停まっていた。中から吐き出されてくる濃紺の制服はジェラルミンの盾を振り回して道路を封鎖し、一般市民の避難に隔離を推し進めている。
 その手前で起きていた玉突き事故の長い車列は、ようやく負の連鎖を終えた様子だ。聞きなれぬ白昼の発砲音に驚いたドライバーたちは、そこからレフたちへ丸い目を向けていた。
 ただ中で、侵入を塞がれ全速力でバックしたシルバーのバンは、対峙したワゴンとこれでもかと距離を取り、ブレーキを踏んでいる。
 前に置いてストラヴィンスキーはワゴンの助手席から這い出し、羽織る青いウインドブレーカーはそのとき、レフの目にここだといわんばかり映り込んだ。
 距離は目測で二十メートルそこそこか。
 全弾撃ち尽くしたハートがついに、分厚い体を小型バスへ押しつけている。
 有り難いことに互いに援護を必要とする目出し帽が、二手に分かれる様子こそない。ひと塊で小型バスのリアへ反撃の銃弾を浴びせていた。
身を縮めてしのぎぐハートが、捨てたマガジンの代わりをアーミーベストの胸ポケットからつまみ出している。マイク越し、レフはそんなハートへこう吐いた。
「ワゴンまで走るぞ」
 そこで途切れる、サブマシンガンの掃射。
 なら押し込んだ新しいマガジンからチェンバーへ手早く弾を送り込んだハートの返事は、こうだ。
「でかいポイントマンが、食らって泣くな!」
 やおらスタートを告げて二発。リアからのぞかせた銃口で、ハートは闇雲に目出し帽へ引き金を引く。つまり答えて返す暇などない。目出し帽が怯んだそのスキに、レフはアスファルトを蹴りつけた。彼らの視界をあえて横切る格好で、ストラヴィンスキーの青いウインドブレーカーを目指し走る。
 不意を突かれた目出し帽たちが、思うつぼとハートから視線を逸らしていた。
 追いかけ体もまた、そちらへ振れる。
 絞られた引き金にサブマシンガンのスキャットは軽快と響き、レフの数メートル先で着弾の粉は吹き上がった。
 阻止してすぐさま、リアからハートは身を乗り出す。
 応戦すべく慌てて一人がレフから振り返ったが、その視界はもう一人に遮られていた。それまであった連携プレーは初めて乱れ、狙い定めてハートはそこへと弾を撃ち込む。
 しこうしてストラヴィンスキーもまたレフの援護に回ったのかと言えば、そうも都合のいい話はなかった。ワゴン向こう、距離を置いて止まったシルバーバンのドアもまた浮き上がろうとしていたのだから、青いウインドブレーカーの下から銃を抜き出しそちらを注視する。
 傍らへ、レフは転がり込んでいた。体当たりさながら、ワゴンの立てた鈍い音に、ストラヴィンスキーはようやくチラリ、視線をよこす。
「お疲れ様です!」
 全くもって心温まるお出迎えだ。ほとんど無呼吸だったなら、レフも荒い呼吸のまま唇の端を持ち上げ返していた。
「ジープ三人を制圧!」
 否や、イヤホンからハートの声はもれ出す。二人して視線を投げれば、身を丸めて横たわる目出し帽と、投げ出したMP5を前に膝を折って両手を挙げる目出し帽の姿はあった。
「じゃ、くれぐれも、こっちだってお願いしますよ!」
 言ったストラヴィンスキーが、体を戻す。
 なるほど、開ききったシルバーバンのドア、その左右から中にいた人間が出てきていた。双方共にこれまた目出し帽をかぶり、おそろいの銃器を握りしめている。
 瞬間、ストラヴィンスキーが身をひるがえした。
 真正面にかまえた銃もそのままに、ワゴンのボンネットへ伏せるように身を投げ出す。
 おいた間は、軽く一呼吸程度か。
 シルバーバンめがけて引き金を絞った。
 やおらシルバーバンのフロントガラスは割れて、白くくもる。
 驚きドア影へ身を縮めた目出し帽の反応は、意外と早く、引かずストラヴィンスキーはさらに三発、撃ち込んだ。
 弾は全て運転席のドアへめり込み、それきりボンネットから剥がれて元の位置へ屈み込む。
「中にまだ二人! フロント、割れて見えないんで、出てきますよ!」
「誰か回収にこい!」
 続く銃撃戦に、ハートは取り押さえた目出し帽の二人を小型バスの影へ引きずり入こんみつつ、右往左往するジェラルミンの盾へ叫んでいる。その声は、レフの耳へじかに聞こえるほどだった。
 かと思えばかき消して、銃声の大合唱は鳴り響く。
 間髪入れず、ワゴンの窓は割れ飛ぶと、ザラメがごとく破片は頭上へ降り注いだ。
 浴びてめいっぱい、身を縮める。
 だが銃撃は止む気配をみせない。
 長さに思わず、周囲を見回す余裕さえ出てくる。
「やり過ぎでしょ!」
 ストラヴィンスキーが唸り、食らい続けたワゴンの車体が空き缶さながら、へこみ始めた。ところで、大盤振る舞いにやっとの弾切れか。銃声は途切れる。
「右、もらうぞッ」
 機を逃すわけにはゆかない。すかさずレフは声を張った。
「了解!」
 返すストラヴィンスキーもろとも、リアとフロントに分かれ身を乗り出す。
 早くもストラヴィンスキーが引き金を絞っていた。
 おっつけレフも銃口をかざす。だがレフ側、向かって右の助手席に人影はなかった。どうやら掃射に、マガジン交換とドアへ身をひそめたらしい。いっとき目は泳ぎ、泳いだレフの目を引きつけて、ストラヴィンスキーが言った通りとすぐにも後部座席から別の目だし帽は這い出した。
 その小脇にマシンガンはある。
 銃口が手前を向く前だ。レフは見舞って三発、引き金を絞った。
 うち一発はかすったか。目出し帽の上体がわずかに揺らぐ。だが運転席側、すでにストラヴィンスキーの仕留めた輩と違って怯むことなくMP5へ力を入れなおすと、そこに踏みとどまってみせた。
 一仕事終えたストラヴィンスキーは小休止らしい。タイヤ脇へ身を潜めている。
 傍らにおいてレフは再び、引き金へ力を込めた。
 と、マガジン交換が終わった目だし帽が、狙う相手の足元からやおら抜け出す。小型バスへとアスファルトを蹴りつけた。
「クソッ」
 吐き出したところで、二兎も追える道理がない。
 聞こえたからこそ、ストラヴィンスキーが前線復帰する。
 見逃し、任せて、レフはさし当たって対峙した目出し帽へ引き金を絞った。
 食らい、のけぞった目出し帽は、マシンガンで空を撃つ。
 それきり倒れたなら、すかさずレフは声を上げていた。
「ハートッ、そっちへ一人、行ったそッ」
 ワゴンに進路をふさがれ後退した分、互いの距離はかなり開いている。
 追いかけストラヴィンスキーが、ボンネットを回り込むように銃口を流していた。
 ならそれは忘れていたような四人目である。折り曲げていた体を伸ばすように、そのとき後部座席からのそり、姿を現していた。気づかぬわけなくストラヴィンスキーが横目でとらえ、レフもまた銃口を据えなおす。瞬間、これでもかと、その目を見開いていた。
 四人目、目出し帽の重たげな動作の理由はこうだ。
 銃口を手天へ逸らすと同時に、レフは口走る。
「ルチノーイ・プラチヴァターンカヴィイ・グラナタミョートッ?」
 それが純正ロシア語だったなら、きびすを返したストラヴィンスキーはたった三語で訂正してみせた。
「R、P、G!」
 全長一メートル足らず。重量およそ七キロの対戦車砲は、仁王立ちとなった目出し帽の肩でワゴンを睨む。