case5# GUN & SHOW -6/7







 初速、毎秒百メートル余り。
 発射されてからでは遅すぎた。
 「三十六計、逃げるにしかず」が、どちらの頭に浮かんだかは別として、レフとストラヴィンスキーは地面を蹴り出す。
 向けた背で、バックブラストを聞いていた。つまり衝撃を相殺して弾頭は吐き出されると宙でロケットブースターに火は入り、猛烈な加速と共に弾頭はワゴンめがけて一直線と飛ぶ。
 迫りくる音に耳を塞いだ。
 だが駆けだしたばかりなら、屈み込むにも間に合わない。
 持て余すうちにもワゴンへ弾頭は突き刺さる。
 まるで丸めた紙のようだった。
 グシャリ、車体は押し潰され、火が、ストロボライトと瞬く。
 直後の破裂音は鋭かった。
 弾かれ、車体は軽々、跳ね上がり、それきりものの見事と飛び散った。だとして炎は上がっていない。ただ重たげな煙だけが熱を孕んでもう、と地面から立ちのぼり、同時にそのスピードからは想像できない爆風を、交差点の真ん中から同心円状に広げてゆく。
 飲まれ、レフとストラヴィンスキーは吹き飛ばされていた。華麗に二回転、などとそれこそ編集のたまものなら、望めず摩擦抵抗も最大とアスファルトへ全身をこすりつける。
 一部始終に警官も機動隊員も、誘導されていた一般市民たちまでもが振り返っていた。爆風はそんな彼らの間もまた吹き抜けると、前へ後ろへ停車中の車両へ、飛び散ったワゴンの破片を降らせる。窓にボンネットは叩き潰され、不意打ちに誰もが咄嗟と身をかばっていた。それきり押し固まると、茫然を通り越した面持ちで交差点を見つめ続ける。
 それは小型バスの影にいたハートも同じだ。だが爆発に身を縮めたのは単なる条件反射に過ぎない。RPGの声をはっきり聞いていたなら、目出し帽を警官へ押し付け、小型バスの影から飛び出していた。
 黒焦げのシャーシを剥き出しにしてうずくまるワゴンを目の当りにする。そんなワゴンの残骸から数メートル離れた路面に、レフとストラヴィンスキーの姿を見つけていた。
 と、なんの予告もなく漏れたガソリンに火は点くと、まだ何が燃えるというのか、ワゴンは一気に炎に包まれる。光景にハートは声を上げかけるが、小型バスへ降ったワゴンのホイールに遮られ、すくめた肩で振り返っていた。
 窪んだ屋根が物々しい。しかしそれ以上、振り戻しかけた視界にレフの知らせてよこした目出し帽の姿を見つける。中央分離帯をまたいだ目出し帽は、右折レーンに連なる車列を縫うと、低い姿勢で小型バスとの距離を縮めつつあった。
「レーフ! ストラヴィンスキー!」
 呼びかけハートは、そんな目出し帽へ銃をかざす。されたところでたまったものではなかったが、二発目を装填する気はないらしい。四人目の目出し帽がRPGの発射機をシルバーバンの後部座席へ投げ入れ、代わりにMP5を手にするのを確認した。
 つまり迷っている暇などない。
 急ぎハートは、駆け来る右折レーンの目出し帽へ引き金を引いた。
「男、二人。MP5所持! 一人はまだ距離がある。離れるぞ!」
 牽制して胸元のマイクへ言い放つ。燃え盛るワゴンへ向かい駆け出した。
 入れ違いと四人目の目出し帽も、先に駆けだした目出し帽と同じ経路をなぞって小型バスへ走り出す。
 目で追えばハートの背後から反撃の銃弾は放たれ、かいくぐってハートはレフの傍らへ滑り込んだ。
 そもそも優しく揺り起こすなどキャラクターどころか、このシチュエーションが許さない。
「起きろッ!」
 ハートは力任せとレフのジャケットを掴み上げる。すかさず、離れた場所に転がるストラヴィンスキーへも振り返った。
「ストラヴィンスキーッ!」
 音量にレフの体は跳ね上がり、振り上げた銃口でハートを指しかけ、見覚えのある顔に押し止まってみせる。
「悪く思うな。この起こし方が、俺の田舎では主流だ」
 教えてハートは睨み返し、燃え盛るワゴンの影へレフを引きずり込んだ。
「……あ、あの世まで、吹き飛ばされたかと思いました」
「お前が思うほど近くはない。安心しろ!」
 ほどなく、頭を持ち上げたストラヴィンスキーもこぼしたなら、むせてのけぞろうが伸ばした手で引っ掴み、その体もまた引き寄せる。ワゴンの吐き出す黒煙と熱の合間から、ついに小型バスへ辿り着いた目出し帽たちをうかがった。
 そこで二人は体を車体に添わせると、背中合わせのポジションを取りながら、慎重な足取りで後部ドアへにじり寄っている。
「二人、リアについた」
 ハートはマイクへアゴを引いた。
「先の奴は残弾が少ない。RPG野郎が外を見張るハズだ」
 ようやく調子を取り戻したレフが、並んで教える。
「誰かジープのキー、抜いてくれてるといいんですけど」
 同じくストラヴィンスキーも、少々歪んだ眼鏡のブリッジを押し上げ言った。確かに逃走に使うなら、ワゴンの爆発から最も遠い無傷のジープがうってつけだ。
「ここで逃がすか。笑い草だぞ」
 鼻で笑い、ハートはアーミーベストの至る所についているポケットからつまみ出した予備のマガジンを、余分に発砲しているだろうレフとストラヴィンスキーへ投げる。キャッチしたレフは中を確認して尻に差し、すぐさま交換したストラヴィンスキーがスライドを引いた。
「他は?」
 混ざりそのとき、イヤホンから声はもれ出す。
 ハナだ。
「見当たらん」
 むしろ、これ以上は勘弁である。
「じゃ、ポイントマンズ、よろしく」
 口調は、軽く肩でも叩くようでかなわない。そしてきっちり複数形なら、三人は思わずそこで顔を見合わせていた。
「はいはい。仰せの通りに」
 やがてストラヴィンスキーが先頭を切る。四つんばいでその場からきびすを返していった。見送ってハートもまた、振ったアゴでレフへ別方向をさし示す。
 読みとおり、周囲を警戒するのは四人目の目出し帽だった。もう一人はその背でドアの開閉を確かめ、施錠されていると知るや否や、銃弾を浴びせている。滅多撃ちと潰されたドアノブにはもう、ひねる必要がない。次の瞬間にもドアは、剥がすように引き開けられる。


 だからして次々とドアを撃ちぬく銃弾に、車内でコート二人は立ち上がっていた。まさぐった懐から回転式の拳銃を引き抜き、事態に備えて身構える。だが前に出るほど距離もなければ、後ずさろうとしたところで車内はどうにも狭かった。身動き取れず立ち位置を決めかねていれば、ドアは片側だけが開かれる。
 向こうに目だし帽はのぞいていた。
 背中越し、そこからコートへ視線を投げる。
 そいつか、とコートは銃を持ち上げた。
 刹那、虚を突いて反対側からもう一人、別の目出し帽は飛び出してくる。不意を突かれて戸惑えば、サブマシンガンの発砲音は連なった。
 小型バスの屋根に。風穴は無数と開く。
 足元にドットを散らして日は差し込み、サブマシンガンの銃口は宙からコートたちへと据え直された。
「動くな、銃を捨てろ!」
 引き金に触れたままのその指が、すでに圧倒的なストロークの差を見せつけている。火力さえかなわないなら判断材料はそろったも同然だった。コートは渋々、拳銃をその場に投げ捨てる。
「榊大輔か?」
 見届けた目出し帽が、コートの間にうずくまる人影へ呼びかけていた。ならフードの縁でファーは揺れ、その人物はうなずき返す。
「迎えに来た。同志!」 
 言葉が、決定的と車内に響いた。
「鍵を外して縄を解け」
 すかさずコートへ命令は飛ぶ。
「早くしろ!」
 渋るような間さえ与えなければ、立ち上がったフードもまた、従えと言わんばかりコートへ向かって両手を突き出した。
 前にして、噛みつぶした奥歯にコートの頬は削げ、やがて尻ポケットから鍵を抜き出す。一人が手錠へ差したなら、見て取りもう一人が腰縄を解きにかかった。あっけないほど簡単に自由の身となったフードは、苦い顔をする二人を睨みつつ、その場から後ずさってゆく。
 途中、投げ出されたコートの拳銃を一丁、拾い上げた。
 両手で握り絞め、さらにドア際まで下がる。
 一部始終に、援護する目出し帽の奥からのぞく目が細くたわんだのを見たのは、おそらく対峙しているコートの二人だけだろう。
「……予定通りだ。同士。プライズにサプライズ。二十四日、我々は蜂起する」
 そうしてフードの背へ、囁きかけた。
 瞬間、フードの袖口で拳銃を握りしめる手は力限りと白く筋張る。やおらあのくだりは、ファーの奥から放たれた。
「与えられる楽しみは全て、楽しむことを義務付けられた労働だ。捕らわれた全ての民衆に真の娯楽を!」
 その声はやけに細く高い。
 女だ。
 初めて目出し帽が、コートから視線を逸らしていた。背を向けていた四人目さえ、驚きの視線をフードへ投げる。
 無論、この展開に打ち合わせなどあるはずもない。だが声で正体が明らかになるなら、タイミングは今しかないとその時、誰もに知れていた。
 集めた視線を翻弄し、フードは目出し帽へ振り返る。
 路面で青い影もまたひるがえると、視界にとらえた四人目がサブマシンガンをかまえなおしていた。引かれた引き金に銃声は連なり、フードもまた間近で見つめる目出し帽へ握りしめた銃をふりかざす。引いた後ろ足へ重心を乗せるが早いか、引き金を絞った。
 弾が、目出し帽の肩を貫通する。
 路面で粉は吹き上がった。
 食らった勢いに目出し帽は声もなく倒れ、音にぎょっとした交戦中の四人目が背をよじる。フードはそんな四人目へも体ごと向きなおると、すかさず二発目を撃ち込んだ。
 投げ出されたマシンガンのせいで、まるで万歳でもしているかのようだ。抵抗する間もなく四人目も倒れてゆく。
 見下ろしてフードは、落としていた腰を上げていった。吸い込んだ息はそうして長く吐き出されると、暑苦しさも限界と口元を覆っていた前立てを開く。次いでフードを払いのけたなら、やおら中から長い黒髪は躍り出した。
「護送車、二名、制圧」
 告げてハナは、下りたままの撃鉄を元の位置へ押し上げる。
「発砲に関する書類はわたしが」
 まだ熱の残る銃身を避けて握りなおすと、大げさに目を回してみせるコートへ差し出した。
 代わりに自前の一丁を引き抜く。
 小型バスから飛び降りた。
「まったくもう。どういうこと? これは」
 最初に仕留めた目出し帽の手には、まだサブマシンガンがある。踏みつけるなり目を丸くした。なにしろワゴンは交差点を越えた辺りで、紛争地域よろしく炎を上げているのだからら言うほかない。
「そのセリフはチーフに残しておいてやれ」
 駆け寄って来るハートの姿がみえていた。その口元は、言うイヤホンからの声とシンクロしている。
「お見事! ホント、なによりでした!」
 満を持してストラヴィンスキーも放っていた。
「彼ら、榊をよく知らなかったみたいよ。背格好、合わせて、あたしじゃなくてもよかったんじゃない?」
 ハナはその陽気さに小さく笑い、つけたす。
 投げ出されたもう一丁のMP5を、コートが拾い上げていた。提げて、大きく手を振り周囲の警官を呼んでいる。
 見て取り群がった警官たちが、一人、二人と目出し帽を引きずり起こしていった。どうやら暴れるほど、まだ元気はあるらしい。振り回されて人だかりは揺れ、光景をレフは玉突き事故の車列前から眺める。眺めながら自身も、小型バスへとその足を向けた。
 「るるロード」エントランスを拠点に、今や辺りは完全封鎖と囲われている。反対車線、ジープ向こうの路肩には救急車が連なり、銃創抱えた目出し帽を、玉突き事故に不調を訴える民間人を次々と収容していた。かと思えば消防車の侵入を告げる拡声器の声が道を空けるよう促し、その隙間をぬって警官と機動隊員が、縦横無尽と走り抜けてゆく。
 見渡すほどに落ち着きは取り戻されてゆくようだった。だからか目だし帽の悪あがきに手を焼くハートとストラヴィンスキーの声もまた、赤子をあやすように聞こえてならない。
 ままにその格闘に加わろうとしたところでもう、割り込むスキはなさそうだ。レフの関心は別の物へと向けられてゆく、。事態の収拾と現場の確保を先行させる警察諸氏は、現場検証をその後の段取りととらえているらしい。手つかずのまま放置されたジープを、遠目に眺めた。
 無論、取り立てて慌てることはない、と分かっている。だが相手の得体が知れないからこそ、レフはもみ合う目だし帽たちの前をやり過ごしていた。乗り捨てられたジープへと、足を向ける。