case5# GUN & SHOW -7/7







 ジープのドアへ手をかける。
 何、探す目的もない。
 安全装置をかけた銃を懐へ戻し、レフは中へ頭を潜り込ませた。
 独特のニオイが鼻をつく。キーは挿されたきり。つけられたキーホルダーがアイドリング状態を保つエンジンに、小刻みと揺れていた。
 直前に買い揃えたらしい。座席には目出し帽が入っていたと思しきビニール袋が散乱している。引き出された灰皿からは半分も燃していないタバコがあふれ、灰がシートやキャビネットのところどころに白く飛んでいた。
 叩くように払ってレフは、キャビネットを開く。ガサリ、音はして、ありきたりなカー用品は中から引き出されていた。一瞥するだけに留め置いて、後部座席へ身を乗り出す。
 地図が広げられたままで放置されていた。ピンクの蛍光マーカーはその中の交差点を幾つか囲い、指でなぞった三つ目にここ「るるロード」前交差点を見つける。
 確かに移送先が普段通りの拘置所なら、ルートの限定もさほど難しいものではないはずだ。それを見越しての囮だったとして、いい気はしないとレフは地図を裏返す。
 下には、トランシーバーがあった。何の変哲もない。ごくありふれた造りのトランシーバーだ。連携を取る相手がいるとすればシルバーのバンだろうと拾い上げ、動作を確かめるべく上部に飛び出したつまみをひねった。なら先ほどまで使われていたことを示してトランシーバーは作動すると、答えて返す相手を失った今、低く雑音をばかりを流し続ける。
 聞いていても仕方ない。
 つまみを絞っていた。
 押し止めてそのときトランシーバーは、強い雨脚のような雑音を流しだす。
 何事かと手を止めていた。
 だが声こそ聞こえてこない。
 不可解に、レフはしばし眉間を詰めた。ワケを探してトランシーバーを見回す。すぐにも答えはその目に止まっていた。プライベートチャンネルだ。他に内容を伏せたままで通信が行えるという個別会話用のボタンは数個、本体上部に並んでいた。
 とたん、レフは視線を跳ね上げる。つまり、唐突に鳴り始めた雑音こそプライベートチャンネルを使用しているせいだとするなら、言うまでもなく存在しているのは使って会話をしている何某の存在ではないのか。
 まだ誰かいる。
 過るが早いか、リアウインド越し、周囲へ視線を走らせていた。
 何しろこの待ち伏せ自体、小型バスの動向を実行犯へ知らせる第三者の存在があればこそ、ああも的確に行えたのではなかったろうかと考える。しかしながら想像できるのは散々なこのザマに、こちら以上、急務となっている事態の収拾で、雑音はそのことに慌てふためきまくし立てているものではないかと想像した。
 ままに見回す両目へ力をこめる間違いがなければ相手は一帯を見渡せるどこかにいるはずだ、と続けさまフロントガラスへも振り返った。だが交差点周辺の建物はほとんどがテナントビルで、並ぶ窓はオフィスばかりときている。紛れて見下ろすに不向きで、だからといって動く物を追い続けるにどのビルも屋上は少々高かった。とはいえ囲う機動隊に救急、消防、玉突き事故の車列のせいで、地上からではとうに現場は見えなくされている。
 そこでレフは動きを止めた。
 それは国道、商店街アーケード側の歩道だ。そこだけが大の字に並ぶ警官の隙間から、野次馬をのぞかせていた。
 まさか、と目を細める。睨みつけたままだ。そうしてゆっくり、体をジープから引き抜いていった。
 通信中の雑音はまだ途切れていない。
 すし詰めと並ぶその口元を追って、レフはまさぐるように野次馬へ視線を走らせる。だがどれも好き好きにこの惨事を物語るばかりで判然とせず、やおら人垣は、規制を張る警官の列を破りそうに膨らんだ。
最前列でスタジアムジャンパーの眼鏡男が倒されそうにつんのめり、踏み止まったところで警官に注意される。
 その目と目は、合っていた。
 フレームの向こうで一瞬、男の表情が強張ったように見えたのは気のせいか。だがそれだけだ。男が何を考えているのかなど分かるはずもなく、そして男もあえて目を逸らすようなことをしなかった。受けた注意にただ体を起こしてゆく。
 そこで雑音は切れていた。
 だとして半信半疑であることは否めない。レフはトランシーバーを持ち上げる。確かめる方法があるとするならこれしかないと、口元へあてがったトランシーバーの送信ボタンを押し込んだ。
「聞こえるか?」
 囁きかける。
「うまく紛れたつもりだろう」
 喋りながら符号する反応を探した。
「だが、あんたのツラはここからでもよく見える」
 いや、見えないからこそ言うしかなかった。
「そこから動くな」
 間をおく必要こそない。
「今からそこへ行く」
 飛び出すヤツがいればそいつだと、最初、一歩を踏み出した。同時にハートの声はイヤホンからもれだす。
「おい、どうした?」
 答えずレフは人垣を凝視したまま、トランシーバーの送信ボタンを再度、押した。
「逃げるなら、今のうちだぞ」
 言い放ち、歩みを駆け足へシフトアップさせる。
 と、スタジアムジャンパーの眼鏡男がふい、と視線を逸らした。見飽きたようにも思える仕草でさらに半歩、最前列から身を引く。
 まさかと思うからこそだった。立ち止まってレフは試す。ならスタジアムジャンパーの男の動きもシンクロするようにそこで止まると、目じりにうかがうような視線だけをじっとり残した。
 理由は言わずもがなだ。
 逃げるかどうかをためらっている。
 予感はそのとき確信へ変わり、レフは瞬間、奥歯を噛んだ。男を目指し、アスファルトを蹴りつける。とたんスタジアムジャンパーの体は、群衆の中で大きく弾んだ。
「待てッ」
 上がる声。
「おい! 何があったか言え!」
 察したハートの声が、ささくれ立つ。
「まだ一人、いるッ」
 答えるうちにも、それほど背の高くないジャンパーの頭は野次馬の中へ埋もれて消えていた。追いかけ、バリケードを作る警官を押しのけレフもまた野次馬の中へ飛び込む。その暴挙に野次馬からは鈍い声が上がり、肩で弾いてレフは強引に通り抜けた。
「男、眼鏡、短髪。百七十センチ余り。細身。カーキーのスタジアムジャンパー」
 特徴を並べ立てる。同時に、野次馬の中から飛び出した。そこに安穏とした街並みは広がると、商店街のアーケードを目指して走るジャンパーの後ろ姿はある。
「おい、分かっているのか? 勝手に飛び出すな! 相手が一人とは限らんぞ!」
「なら追いかけて来いッ」
 ハートは素人相手のような忠告を投げよこし、返してレフは前傾姿勢となった。
「靴は濃いグリーン。似た色のカーゴパンツ」
 さらに特徴を追加し、追い上げる。
 なら受けたオペレーターの手際のよさは、いつもながらピカいちだ。早くも聞き及んだ警官が反応を示す。特徴そのまのいでたちで走り来る男を見るなり、あっ、と開けた口で行く手を塞いだ。
 対峙したジャンパーの足がとたん、その場に貼りつく。片側が封鎖中の産業道路なら、背後のレフからも逃れて商店街に並ぶ店の裏手、並ぶテナントビルの隙間へ身をひるがえした。
 すかさず警官が、発見を知らせて応援を手配する。
 任せてレフは、トランシーバーのフックをベルトへかけた。自身もまた、エアコンの室外機にガスの配管が飛び出すそこへ飛び込む。
 所々にゴミの散乱した足場は至って悪く、その中を飛ぶように走るジャンパーの身のこなしは思った以上に軽かった。かと思えばふい、と姿を消す。店を回り込み商店街へ出る気だ。九十度の方向転換で、建物と建物の隙間へ身を踊らせた。なぞってレフも、片側の壁を押しやり曲がる。
 さらに狭くなった道幅は、肩幅ちょうどしかない。塞いで前をジャンパーが走っていた。その向こう側に、商店街に敷き詰められたオレンジ色のタイルはのぞく。ままにジャンパーは、買い物客の中へ飛び出しかけた。
 が塞いで横切ったのは、駆り出された応援警官らだ。
 まずいとここでもジャンパーの足は止まる。振り返った目が、迫りくるレフをとらえて凶悪に窪んだ。流れて傍ら、アーケードを支える鉄骨を見上げる。簡易ハシゴはそこに取り付けられると、針金を曲げただけの足場をコの字で空へ連ねていた。否や、最初数段を端折る勢いだ。ジャンパーはそのハシゴへ食らいつく。
「止まれッ」
 警告するとともに、レフは銃を引き抜いた。安全装置を弾き上げるが早いか、スライドを引いて弾を装填する。
 だがそ間にもジャンパーは、視線より高い位置へ駆け上がっていた。制して銃口をかざすが、止まる気配こそない。
 舌打つ。下手に撃ち落として頭を打たれては話も聞けない。払いのけるようにして銃口を下ろした。チェンバーから弾を抜き、腰へ銃身をさし込み自身もまたハシゴへ飛びつく。
 アーケードを走るジャンパーの足音か。頭上へけたたましい音は降った。引き離されるわけにはゆかないと、その音を追ってじれったくも小刻みに駆け上がり、つけた反動で天井へ飛び上がる。
 アーケードはまるで、空へ一直線に伸びる滑走路のようだった。メンテナンス用のキャットウォークが滑走路の両脇にあり、ジャンパーは数メートル先、そのキャットウォークを走っている。かと思えば切れ目から、アーチを描いて盛り上がる天上へと躍り出した。
 渡る気でいるなら、とレフも掴んだキャットウォークの手すりを一思いに飛び越える。年代モノらしい。とたん支えて通る鉄骨を踏み外し、もろくなっていた半透明の屋根を踏み抜いた。足をとられてうつむき、遙か眼下で驚き見上げる買い物客に、指さし言葉を交わし合う警官らと、その目と目を合わせる。天上を渡り終え、再びキャットウォークを蹴りつけるジャンパーの靴音に、我を取り戻した。
 見ればジャンパーは、キャットウォークと同じ高さの商店街店舗、その屋上へ飛び移っている。
 これ以上、距離を開けさせるわけにはいかないだろう。レフもアーケードを横断する。再びキャットウォークへ上がり、勢い余ってアーケードから転がり落ちそうになったところで踏みとどまった。
 一メートル半ほどだ。隣の店舗まで、空間はあいている。たいした幅ではないはずだったが、クレパスの如く高さがそれ以上に見せて止まない。しばしのぞきこんで、いや単なる錯覚だと、つけなおした勢いでレフは改め、アーケードを蹴り出した。
 案の定、なんなく着地すれば、ジャンパーがついてくるのか、と肩越しに振り返る。当然だ、と睨み返せば、唯一、障害物としてたたずんでいた貯水タンクの向こうへジャンパーは駆け出した。
 その足が、店舗の屋根もまた蹴りつける。
 体がいっとき、宙に浮いた。
  次の瞬間、下方へ消え去る。
 追いかけレフは、ジャンパーが踏み切った場所に立った。
 のぞき込めば三メートルほど下だ。真四角に広がるそれはガソリンスタンドの屋根か。着地するジャンパーの姿を見つける。衝撃を逃して体を転がしたジャンパーは、勢いのまま起き上がると、さらに屋根の上を走っていた。
 だとして、一度こなせばあとは同じだ。迷わずレフも屋根へ飛ぶ。潰れるような着地にマネたわけでもなく一回転。持ち上げたアゴで、先行くジャンパーの背をとらえなおした。
 追うべく身を起こせば、漏れる唸り声に息が切れつつあることを感じ取る。
 かまうことなく屋根の端までたどり着いたジャンパーはそこで立ち止まると、しきりに下方をのぞきこみ、右往左往を繰り返した。
 確かに大型トラックも入り込める高さの屋根なら、いくら身軽な彼でも飛び降りることは無理だろう。レフはここぞとばかり、距離を詰める。追っ手のことなど忘れたようなジャンパーへ、今度こそ突きつけ制するべく腰の銃へ手を回した。
 が、それはグリップに触れるかどうかというタイミングだ。知っていたかのようにジャンパーはまた、そこから身を躍らせる。
「くそッ」
 止まりかけていた足へ再び力を巡らせた。ジャンパーの立っていた位置まで一気に加速し、のぞきこむ。ならジャンパーはそこで、ガソリンスタンドへもぐり込んでゆくトレーラーの荷台に食らいついていた。ままにリアを伝い地面へ滑り降りる。おそらく商店街をまたいで目指していたのはその車なのだろう、切り返した靴先で混み合う路面の傍ら、ハザードを点滅させている白い軽自動車へ向かい、走り出した。
「商店街、東通りガソリンスタンド。逃走車は白の軽。ナンバーは遠くてまだ見えないッ」
 マイクへレフは、並べ立てた。
その間にもトレーラーは屋根の下へ吸い込まれ、連なり黒いバンはガソリンスタンドへ侵入してくる。舌打つのは、次に取る行動を決めているせいだ。車高は低いが、この際、ないよりマシと考えるしかない。
「野郎ッ」
 ひと思いとレフは、ガソリンスタンドの屋根を蹴り出した。
 タイミングは悪くない。
 証明してごぼ、と鈍い音が鳴る。
 バンの屋根が己が形にへこんでいた。そんな車体には掴みどころがない。もんどりうつままリアまで滑り落ち、止まらずレフは地面へ身を投げだした。
一瞬、上下を見失ったことは否めない。ついたヒジで取り戻し、支えに変えて身を起こす。
 背で、受けた衝撃にバンがブレーキを踏んでいた。ガソリンスタンドの店員も、突然、空から降ってきた男に驚いているらしい。だがジャンパーは白い軽自動車のドアへ伸ばした指を引っかけている最中で、弁解などしているヒマこそなかった。放ってレフは追いすがる。
 その姿をとらえたか、白い軽自動車が動き出していた。寄り添い、残されてはたまらないと、小走りで走るジャンパーの手が懸命にドアを引き開けている。実に器用な身のこなしだ。それきり車内へ身を滑り込ませた。
 否や、軽自動車は速度を上げる。ようやく見え始めたナンバーさえ隠すようにして反対車線へフロントをねじこむと、それはまさに小型バスが向かおうとしていた中新田村拘置所方面だ、混雑する車両の間をぬい、軽快なハンドルさばきでレフの視界からあっという間に遠ざかって行った。
 見えなくなるまで、いや、見えなくなっても追い続け、レフはもつれだした足に最後、一足、二足、大きくアスファルトを蹴りつける。往来も真ん中で、ついに立ち止まった。
 逼迫した呼吸に、自分でも分かるほどと顔は歪んでいる。取り繕うなど無理ならば、剥き出しにしてただ滔々と流れる車両を、その彼方を睨み続けた。
 そんなレフを呼び止めて、そのときトランシーバーからザッ、と音は鳴り響く。
 まさかとレフは目をやっていた。
「お疲れ様」
 やけに涼しい声は、間違いなくそこからもれ出す。同時に、眼鏡をかけたあの顔は蘇ると、レフは毟り取るようにトランシーバーを掴み上げていた。これでもか、と通信ボタンを押し込み返す。
「いいか、トムとジェリーは、次が最終、回だ」
 乱れる息に、吐きつけた言葉は切れていた。
「仲良くケンカしな。対テロの、それが常套だったかな」
 かすかな笑い声は返される。
「革命は起こさせ、ない。あんたらは、永遠、同志を募って、まわれ」
「それはリーダー次第だよ」
 だからしてそれは、ひょうひょうとした口ぶりでもあった。
「我々は彼を敬い慕っているからね。ファンとして、彼の望みを実現するため全てを準備してきた。だがリーダーが蜂起しないならそれまでさ」
 そうして思い出したように、こうつけ足す。
「あ、勇敢なトムに感動しすぎたかな」
「そのリーダーは誰だ」
 無駄だと分かっていても、問わずにはおれない。なら例外なく聞き流して声は、そこでひとつトーンを上げた。
「楽しかったね、公安のトム。また会おう」
 不躾な雑音が、会話に句読点を打つ。
 間髪入れず背後から、サイレンを鳴り響かせたパトカーが猛烈な勢いで追い抜いていった。白い軽自動車を追って車列をかき分け、視界を奥へ遠ざかって行く。
 それきりだ。押し込んだ送信ボタンから指を浮かせても、電源を落としたらしい相手からの応答はなかった。
 沈黙するトランシーバーを、レフは届かぬ相手の横面のように叩きつける。思いがけず拳とは別の場所が痛んで、その目を細めた。
 囲って行き交う人々は、そんなレフに怪訝を越えて怪しげな面持ちだ。
 だが誰も、まだ何が起きようとしているのかを、知らない。


 そして十三時ちょうど。警察病院の屋上から一機のヘリは舞い上がる。
 ドクターヘリだが、操るのは言うまでもなく乙部だった。何しろ署から救急車で運び込まれた患者は、口がきけない重症患者ときている。傍らには白衣の天使とまではゆかないものの、遥か下方の街並みにおっかなびっくり、渡会もまたつき添っていた。
 受け入れ先は、中新田村拘置所だ。
 後部座席に榊大輔を乗せヘリは、誰に遮られることのない空を我が物顔と突き進んでゆく。

case5# GUN & SHOW complete!