case6#
He said "SO WHAT ?!" -3/10







「ところで」
 レフがやけに改まる。
「はい」
 真正面、答えて百々もかしこまった。
 チーフ室にはもうすでに、いつもの面子が集まっている。欠けた顔があるとするなら招集をかけた百合草本人で、レフが話を切り出したのはそんな百合草を待って暇を持て余しているときだった。
「スタンリー・ブラック監督に会ったらしいな」
 言うものだから、百々の耳と脳に齟齬は起る。
「は、い?」
 聞き返す体も前へ出た。
 瞬間、柿渋デスクの傍らでドアは開く。百合草だ。それまでの慌ただしさを引きずると、紙束を手に奥から姿を現していた。
 並んで歩く曽我とのやり取りは素早い。終えた曽我はすぐにも隣室へ戻ってゆく。それきり握る紙束をデスクへ叩きつけるように置いた百合草は、あの鋭い視線で一同を見回した。それだけで部屋の空気は一変すると、阿呆と開いていた百々の口さえ閉じてゆく。
「聞いているとは思うが、SO WHAT 蜂起の件と今後についてここでもう一度、情報をすり合わせておく。ハナから頼もう」
 などと始められたミーティングは、いつも以上に無駄がない。
「じゃあ、護送車へ乗り込んできた一人の言葉を」
 百合草は立ったままでハナへ視線を投げ、ハナもまた慌てず騒がす本題に入った。
「予定通りだ、同志。プライズにサプライズ。二十四日、我々は蜂起する」
 抑揚なく読み上げる。
「聞きだすためにもう少し、親密になっておけばよかったかしら」
 否応なく増した深刻さへ、おどけた素振りで付け加えた。だが応えてとぼける者こそおらず、百合草だけが口を開く。
「残念ながらその声は拾えていない。間違いは?」
「ないわ」
 何度も繰り返されたやり取りなのだろう。ハナに、確認して反芻するような間はなかった。
「なんだ。その二十四日はいつだ。次か?」
 藪から棒と問いかけてたのはハートだ。
「だとすれば三週間、切ってますね」
 床を見つめたストラヴィンスキーが、答えて返す。その口角は珍しくも下がったままで、目にしたからに間違いない。言い得ぬ不安が百々の胸中で渦巻いた。
「それまでに捕まえなきゃ、本当のテロは、革命は始まっちゃうってことなんですか?」
「再来年の二十四日だというなら、何もいうことはない。だからと言って来月でないなら次の二十四日へすり替わるだけだ。どちらにせよ我々に与えられた猶予は、常にひと月でしかない」
 百合草は、そこでようやく腰を下ろす。

「蜂起、ね」
 言う声は壁際からだった。
「ついに世の中へ大々的にプロパガンダをまき散らし、各地で一斉に活動を始めるって、ことか。同志の頭数もそろったわけだし。頃合いだろうな。だとしてまあ、慌てることはないんじゃないのか? なにしろ成り行きは予想していた通りだからね」
 乙部が皮肉を込めて誰もへ放つ。
 しかしながらその予想通りこそ、想定される最悪の構図だといえた。標的とされるだろう娯楽施設が、いや、そこで楽しむ人々の笑顔が、昨日の舞台挨拶に集約されて百々の前に広がってゆく。
「ただし」
 乙部は続けてこうも言った。
「だとすればもう俺たちだけの手に負えるような事態では、なくなっているんじゃないのか?」
 百合草へと視線を投げる。
「なら、もう一件」
 受けた百合草の切りだし方は、予想していたようでそつがなかった。証拠にその目はすでにレフをとらえており、話してやれ、と無言で促す。なら受けたレフの頬は、込めた力に一瞬、削げた。
「いや。その日、一斉に、蜂起が起きるわけじゃない」
 話し出す。
「取り逃がしたが、群衆に紛れて交差点を観察していた男は俺に言った。我々はリーダーを慕っている。ファンとしてリーダーの望みを実現するため計画を進めているが、リーダーが蜂起しないならそれまでだと」
「言う通りであれば SO WHAT というテログループはリーダーの意思を確認後、一斉蜂起、テロ行為を実行に移す予定でいることになる」
 後を百合草が引き継いでいた。
「憂う事態は二十四日の意思表明、その後だ。二十四日はその分岐点とみていい。その発言にもれはないな」
 ハナ同様、レフへも確認してみせる。
「ない」
 レフもまた即答していた。
「だが連携を無視したやり方と、挙げた成果は別だと覚えておけ」
 などと百合草の釘の刺し方は、相変わらずだ。あの人は言ってもきかないので。ストラヴィンスキーの言葉はその時、百々の脳裏へ蘇り、どうやら車を潰すハメになったこともそのあたりに原因がありそうだ、と想像してみる。
「いうまでもなくテロの首謀者、リーダーと呼ばれる人物の確保が最優先であることに変わりはない」
 そうして百合草が時間を惜しむように話を本題へ戻していた。
「だがこれよりリーダーの意思表明の阻止が可能となれば、当面の安全が保証されることも可能性として残された」
 つまり、だった。
「この三週間たらずでリーダー、もしくはその居場所を特定しろ、ということか!」
 ハートが唸る。
「同志全員の検挙よりも現実的だ」
「その件に関して」
 言って百合草へ手を挙げたのは、ハナだ。
「あの七人からはまだ何も聞けていないわ。彼らにも人権はあって、れっきとした怪我人だって話よ。渡会警部殿と順番に締め上げるのは、明日以降の予定」
 とはいえそれら証言が得られるとは限らない。そう知らされたのは、ついこの間のことでもある。
「期日があるなら黙秘も貫きやすい。七人共が黙り続けた場合は?」
 誰もの脳裏に榊は浮かび、レフが懸念を代弁して問うた。
「ひねって漏れる蛇口が、彼らの口だけとは限らない」
 一瞥した百合草の視線が今度は、ストラヴィンスキーへ向けられる。そこで指を立てるストラヴィンスキーは、ようやくいつも通りと微笑んでいた。
「まさか、また目の前で部屋を吹き飛ばすようなマネはさせませんよ。押収した車と所持品や前科から、四人までの身元が判明しています。詳細は署から送ってもうよう手配していますが……」
 言葉を切って、つい先ほど百合草がデスクへ叩きつけた紙束をのぞきこむ。
「曽我に配信処理を任せている。全員分、紙束ではもらいたくないだろう」
 察した百合草は教え、うなずき返してストラヴィンスキーは話を続けた。
「物騒なモノを仕掛けられる前に、それぞれ自宅周辺の警備を強化。とは言っても彼らが榊を奪取に来た以上、その彼らを奪いに来る何者かがいるのかどうかこそ疑問ですが。令状が下り次第、捜査に入る予定です。そうですね、遅くとも明日には全て片づく予定でいます。なんて場合によっちゃあ、僕がプライズ(ご褒美)にサプライズしちゃうかもしれませんね」
「使用された重火器類についても同様だ」
 ストラヴィンスキーが調子よくまとめたところで、ハートが口を開いた。
「マシンガンはともかく、ハンドガンにマエはなかった。奴らも黙りとおすつもりでいるなら、入手先については家へ乗り込んでみるのが手っ取り早いな」
「RPGは?」
 レフが顔を上げる。
「論外だ」
 むっとした顔でハートは返し、ただし、と付け加えてみせた。
「最悪を想定して今、国内、軍事施設の武器庫流出を確認させている。向こうからの返事待ちだ。しかしあの七人、どう言う輩かは知らんが、銃床には一部、手のこんだカスタマイズの跡があったぞ。撃ちなれていない人間の握力を考慮した細工だ。マニアも玄人級か、指導する何某が背景にいて知識と装備をくれてやったとしか考えられん。もちろんマニアでないなら指導できる人間こそ、特異だと考えられる。特に国内であれば、捜索範囲は絞れるはずだ」
「その知識豊富な何某が、お前の逃がした男である可能性については、どう考える?」
 百合草がレフへと振る。
 思い巡らせるレフの目が、しばし素早く左右に揺れた。
「確かに身のこなしには何らかの経験があるか、訓練を積んで修得したとしか思えないものがあった。単に身軽で健脚だと言う程度じゃあない。だが、それが重火器の扱いを指導することの出来る立場につながるかと言えば」
 唸るような間はそこであき、レフは吐き出す。
「断言はできない」
 同時に柿渋デスクの傍らでドアは開いた。
「失礼します。昨日の逮捕者と、過去、SO WHAT 関連で逮捕された人物の資料一式、端末配信完了しました」
 曽我だ。まとう赤のせいで室内は華やぎ、そのためビビッドな色合いを選んでいるのだとすれば、と過ったとたん百々は、その徹底したこだわりを今さらつくづく眺めなおす。
「あと、蜂起後の対応について早急の会議が」
 聞こえた囁きに、もうそんなところまで話は進められているのか、と我に返った。
 応じて捻った手首の文字盤を読んだ百合草は、舌打ちと共にため息を吐き出している。その勢いを借りて、デスク前から立ち上がった。
「いいか、リーダーと呼ばれる何某と、蜂起場所の特定。この二点を急げ」
 語る口調は至って早い。
「当然ながら蜂起に関しては各国政府機関へも行き渡っている。応援は惜しまない。だが情報源はここだ。そしてこの件で SO WHAT 関連の逮捕者も当局が最多となった。最も情報を握っているのは我々だ。ここで掴めないものは他でも無理だと思え。いいか、誰か、どこかを当てにはするな」
 呼び掛けには絶対的な響きがある。そうして置いた間合いにもまた、それ以上の意味が込められていた。
「各職員には期待している。以上」
 噛みしめるように吐き出して、百合草は別室へ移るべく肩をひるがえす。
「なら早く令状、おりてくれないですかね」
 背伸びを繰り出しながら言うすトラヴィンスキーのボヤキは、絶妙だった。
「けれど出ないようなので、とりあえず三時間ほど眠らせてもらいます」
 あえて大きなあくびを吐き出し、皆へ頭を下げる。聞きながら乙部も抜き出した端末へ視線を落とし、外へと向かっていった。ハナは可能なら再度、ビッグアンプル一件で逮捕した三名と話がしたいと、中新田村拘置所へ向かう旨を曽我へ伝え、ハートはハートで昼まで交通規制がかけられた「るるロード前交差点」へ、現場検証の進行具合を確かめに行くという。同行するレフと、段取りの擦りあわせに取り掛かった。
 しかしながら百々には、従事して全うすべく「役割」なんぞあろうはずもない。手持無沙汰が不安をなお膨らませ、いや、何かあった時に知らなかった、ではすまされないと、やおらミントグリーンのトートバックをまさぐった。端末を掴み出したなら、資料くらいは目を通しておかねばと、送信されたてのファイルを開きにかかる。
「それから百々さん」
 その肩へ曽我が声をかけていた。
「残念だけれどこれはチーフの指示だから諦めて」
 などと口調は意味ありげでならない。
「百々さんの端末から資料を閲覧する場合、半径、五メートル以内に同じ端末がないとロックされるようになっているわ」
「う、え?」
 なるほど。開こうとしていたファイル画面はみごと、落ちていた。百々は悲鳴を上げ、ままに接続の切れた端末をひし、と握りしめる。
「機密事項が多いことは理解できるわね」
 見上げたそこで、曽我が言っていた。だからといって百々に恨みは、これっぽっちもない。
「曽我さん」
 しかしながら、これが言わずにおれようか。
「イジワル」


 そしてこれは反省文を書かされていたいつぞやの、逆パターンである。
 レフは「るるロード前交差点」まで無言で車を走らせ、武器庫の件で庁舎へ寄るらしく、今、ここにはいないハートに代わり、百々はその傍らを埋めていた。
 だいたい百合草自身も誰かをあてにするな、と言っていたはずだ。百々さんは意外とアグレッシブだから。ストラヴィンスキーも「ヒッキーズダイニングバー」で認めている。つまり見るな、と言われてはいそうですか、と引き下がる百々ではなく、だからしてこれは根性でも転送された資料を閲覧するための手段だった。いやそうしなければ百々自身、落ち着くことができないでいた。
「どうして、そこにいる」
 レフが問う。
「あたしには、あたしの仕事があるんです」
 返す横顔をレフは一瞥し、ついでとばかり百々の端末画面をチラリ、のぞきこんだ。
「資料を読むなら別の場所でもできるだろう」
 フロントガラスへ戻した視線で言い放つ。だからこそムッとしたのは百々の方だ。顔を上げるが早いか百々は、レフの視界へ不便極まりない端末を、これでもかと突きだす。
「だってこれ、同じ端末から離れると資料の閲覧できないんだってっ! どう思う? 嫌がらせ? っていうか、そのまんまっ!」
 ついで電波を探すフリで、前に後ろにかざして回った。
「あー、見えない。あー、読めないよぅ」
 などと、払いのける素振りすら見せないレフの忍耐は、極寒の大陸で培われたものか。
「読み終わるまでついて来る気か」
 ただ確かめる。
「結構、量あるよね。コレ」
 加えて、難解ゆえに何が何やらさっぱり分からない。百々は喚いた口を尖らせ、再び助手席に身をおさめていった。
「諦めろ。こっちが迷惑だ」
 言い分は直球が過ぎて、とたん百々の目もすわる。
 が、顔はすぐにも浮かべた笑みに、邪と伸びていった。
「ということでさぁ、レぇフぅ」
 そうして投げかける、歯切れの悪さもピカイチの猫なで声。
 緊急事態でないなら赤信号は灯ると、前にしてレフはブレーキを踏んでいた。
「取引っていうのは、どうですか?」
 ここぞとばかり、持ちかける。
「スタンリー・ブラック監督の話、してもいいんだけどなぁ」
 独り言と呟けば、レフはフロントガラスから振り返った。
 様子をチラリ、横目でうかがう。相変わらずの顔だ、と百々は思っていた。いまひとつ反応が掴みにくい。おかげで「くそう」と、言葉はもれ、だからこそ闘志はそのとき沸いていた。
「舞台挨拶、よかったよねぇ」
 あさっての方向へ向かい、言い放つ。
「ね、ね、意外とファン?」
 うって変わって笑顔でレフへ、すり寄った。
「ね、ねねねね」
 連呼で絡めば、レフの眉間がわずかに動く。
「ね、ねえってばぁ」
 見て取ったからこそ粘ればやがて、強面の奥から図星の殺気は立ちのぼった。
 鬼の首、取ったり。
 ならもう続くのは、小ばかにしたような、あー、そー、ふーん、の連続でしかない。
「あー、そっかぁ。ミーティングの前に監督の話したのってさ、そういうことかと思ってたんだけどなぁ。へぇー、なぁんだぁ、勘違いかぁ。ふぅーん。はー、へー、ほー、そっかー。だったから仕方ないよねぇ」
 見せ付けながら、百々は端末をトートバックへ落とし込む。
「もう明日になったら監督のこともすぅっかり忘れて、二度と思い出せそうにもないけれど、じゃあこのへんで降りるしかないよねー。降りる。そっかぁ。あたしは降り、よーっ、とっ」
 惜しみなく、その手をワゴンのドアへ掛けた。
 もちろんその際、背後をうかがう時間は惜しまない。
 と、押し殺したような声はそのとき、聞こえていた。
「……分かった」
 ついにレフが口を開く。
「応じる」
「イエスっ」
 これこそ紛れもない初勝利だ。とたん百々の頭上からパステルカラーの紙吹雪は降り注ぎ、天使はラッパを吹き鳴らすと、リンゴン、丘を、鐘の音も渡っていった。
「なんだ、やっぱり好きなんじゃんっ!」
 助手席で座り直す一部始終は、待ってましたが相当だ。
 前で信号も青を灯す。
「いいから話せ」
 すかさずワゴンを発進させるレフのアクセルワークは荒く、かまわず百々はホクホク顔で、トートバックから再び端末を取り出した。資料の続きへ目を通しなが、昨日の一部始終を語ってゆく。
 ブラック監督の朗らかな第一印象に、チャーミングかつサービス精神旺盛な一挙一動。さらに日本ツウであることや、舞台挨拶で触れた次回作品への意気込みについて。なにはともあれほんの一時間、会っただけでも人を魅了するその人柄こそ忘れてはならず、それこそがアカデミー賞ノミネート監督、作品に滲み出ているとおりの人物だったとまとめあげた。調子に乗って写真も一緒に撮ったとつけ加えて、なぜにかレフに睨まれてみる。
「いい仕事で、なによりだな」
 確かに、マシンガンをぶっぱなされてバーズーカーを撃ち込まれる職場に比べれば、天と地の差だろう。だが贅沢極まる現場にも、それなりの杞憂があったことだけは、忘れがたい。
「それは何にも起きなかったからだよ」
 思い出せば百々の口は尖っていった。
「だいたいさ、プレゼントもバカみたいに多くって、もしその中に SO WHAT の爆弾でも混じってたらって、少しは考えたんだよ。なんて言ってもさ、アカデミー賞ノミネート監督なんだから。娯楽の世界の巨匠なんだもん。SO WHAT が狙って当然……」
 と、そこで息は止まる。ほどにそのとき、百々の世界から色は抜け落ちていった。いや、それほどまでに飛び込んできた閃きは、強烈と視界で瞬く。
「レフさ……」
 おかげで呼びかける声も震えていた。
「ハナさんなんて、言ってたっけ」
 様子に突拍子もないヤツだ、といわんばかり、レフは目を向ける。しかしながらそれこそ職務の一貫だ。おっつけあのくだりを繰り返していった。
「予定通りだ。同志。プライズにサプライズ。二十四日、我々は蜂起する」
 百々はその袖口を、やぶから棒に掴んで揺さぶる。
「プ、プライズって、プライズって、何?」
 問えばレフの眉間はますます詰まり、面倒くさげとこう教えていた。
「獲得した物。賞だ。知らないの……」
 がそこで、レフも息を飲む。何しろそうだとすれば、それはあまりにも鮮烈で理にかなった SO WHAT のデビューだった。
 気づけば百々は、自分の携帯電話をトートバックから引っ張り出している。シフトには覚えがあって、まだ家にいるはずだという確信があった。だからしてつなげた先は田所で、数コールで安穏としたその声を耳にする。だが今、呑気と挨拶をかわしている気分でこそなかった。
「タドコロっ!」
 百々は聞きたいことを並べ立てる。
「アカデミー賞の授賞式って、いつっ?」
 不躾な質問に、なんだかんだと文句を並べる田所はじれったい。だがやがて、日取りはこう百々へ告げられていた。

 日本時間で二十四日。

「やっぱり、そうなんだ……」
 偶然なら、きっと百々の想像力がたくまし過ぎるだけだろう。しかしながらそれは閃いたとき感じたように、あまりにも理にかなって警鐘を鳴らし続ける。