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He said "SO WHAT ?!" -4/10







 映画の都、ハリウッド。
 その地で毎年、開催されるアカデミー賞授賞式とは、最良の作品とスタッフを表彰すべく式典である。また世界屈指のクリエーターと目にも鮮やかな衣装をまとったスターたちが集結する、夢の祭典でもあった。
 映画が娯楽産業の中でも巨大なコンテンツであることを示すように、寄せられる感心はマーケットに比例した世界中から。どの作品が、どのスタッフが、どの俳優に女優が賞を獲得するのか。様子は本土のみならず諸外国までへもリアルタイムで伝えられ、近年ではインターネットによる情報の拡散も定番となっている。ゆえに賞の行方は映画好きの間で話題とされるにとどまらず、結果は翌日、新聞や昼のワイドショーで時事ネタの一つとして紹介され、受けて一度でも受賞作を鑑賞してみようと考えたなら、それがきめ細やかな報道の証でもあった。
 全ての娯楽に粛清を。
 与えられる楽しみは全て、楽しむことを義務付けられた労働だ。
 そこに捕らわれた民衆を解放する。
 万が一にも蜂起を促すリーダーが会場を乗っ取り、受賞者の声を汲むためのマイクで声明文を読み上げ、確固たる意志を示して招待客もろとも爆弾テロを引き起こしたなら。
 SO WHAT にとって斬新な作品を娯楽として排出し続けるセレブリティーたちこそ望まぬ労働を強いて搾取する不当な団体に違いなく、まとめて粛清するにこれほど合理的な機会はない。実行されたなら声明文は浴びた注目の分だけメディアを通して世界へばら撒かれ、人々は震撼し、各地でリーダーの意思をいともたやすく確認した同志たちが一斉にテロを開始する。
 与えるインパクトは絶大だった。
 ゆえに想定される事態は最悪となる。
 だからこその確かさが、拭い去れなかった。
 同日に、この式典を上回る話題性を持った何かがあるのかと問えば、世界中で囁かれるような内容を携えた名目はまだ見つかっていない。むしろオスカー像を意味するかのような「プライズ」という言葉が百々へ、現場はここだと言って止まなかった。
 曽我に無理を言って、会議中だったところを引きずり出してもらった百合草が、最初、この話を聞いて黙り込んだ時間は長い。
 もちろん理由は百々にも分かっている。どれほど信憑性の高い話だろうと、現地点では何ら証拠のない状況判断だからだ。そして仮説のみで動くに組織と会場はあまりに大き過ぎ、加えてカラぶりなどと失敗の許されぬ状況がそこへ輪をかけていた。
 しかし百合草は頭ごなしと否定していない。
 預かる、とだけ口にしていた。
 それだけで十分だ。
 短い返事を、百々は大きすぎる両者を動かすために時間をくれ、と言っているように聞く。だからこそ動かすための何かを掴まなければと、結んだ唇へ力を込めた。
 しかし「るるロード前交差点」の一件から三日。現実は予想とおり難航する七人の事情聴取に、核心へ触れることすら出来ず足踏みしている。もちろん百々が進展状態を知ることができたのは、不便極まりない端末のアクセス制限を解除すべく足しげくオフィスへ出向いたためだ。
 時にハナの傍らで取調べ室でのグチを聞きながら資料を繰り、ハートの弾薬講習を聞き流しながら読みふけり、そんなハートの要望で沖縄まで飛んだシコルスキーの中では眼下を楽しむことなく閲覧を続け、ストラヴィンスキーについた時は意味不明な資料内容の解説を頼みながら読み、もちろん彼が犠牲者に選ばれたのは唯一、嫌がることなく教えてもらえそうな雰囲気を醸し出していたからで、一度、トイレへ行くと言ったきりまかれたレフには、ある種、尾行の実地訓練を受けながら日々更新される資料を追った成果にほかならなかった。
 たとえば組織は意思疎通を速やかと行うため、または一定のレベルを維持するため、似たもの同士により構成されることが多いと言われる。だがバラつきがないからこそそうした集団には偏りが生じ、盲点、もしくは誰もカバーすることのできない弱点が生じるとも指摘されていた。ならばセクションCTの中で百々は特異極まる存在だ。誰より本人がそのことを自覚している。生かして、自分だからこそ気づける何かはあるはずだ、と考えていた。信じて資料へひたすら目を凝らし続ける。
 だが成果は、進展しない捜査以上、パッとしなかった。おかげで日を追うごとに百々の気は滅入るばかりとなってゆく。
 とにかく時間が足りなかった。それは蜂起の期日同様、週休一日を切る勢いで組まれたシフト、週末にも始まる映画「バスボム」のロードショー初日が近づいているせいもある。くわえて「20世紀CINEMA」が繁忙期へ入れば、待機を告げられて以降、オフィスから正式な呼び出しを受けていない百々がそちらへ専念しなければならないのは当然で、資料にすら目を通せなくなるはずだった。
 そうしてついに訪れたロードショー前日。百々はまたもや目が死んでいますよ、と顔の前でストラヴィンスキーに手を振られる。経て連れ出された最後の家宅捜査は彼の気遣いによる特例で、おかげで百々に生気が戻ったかといえば、確かに刺激的だったと答えるしかない体験は、その後も記憶に残るひと時となっていた。


 「あ、スミマセン」
 アパートは、今にもゴキブリが出そうな二階建ての木造だ。隣に住人はいるのかいないのか。生活感さえあやふやな廃墟寸前の古屋は、建てつけさえもが怪しかった。 
 だが鑑識諸氏が気に留める様子はない。台所、トイレ、風呂場、数少ない家具の中でも折り畳みの小さな机やチェストから必要なものを手際よく採取すると、六畳一間の室内を行き交い続ける。
 様子を隅から眺める百々は、それら動きだけは邪魔すまい、と立ち尽くした。
「な、なんだか連れてきてもらって言うのは申し訳ないんですけど」
 などと話かけたストラヴィンスキーもまた、白い手袋でツギハギ激しいふすまへ手をかけ、その中に混じっている。
「はい、なんですか?」
 開いたそこは押し入れだ。上段には布団と衣類が、下段にはつづらよろしく二つの大きな箱が収められているのが、百々の位置からでも見えた。
「もう少し、小ぎれいな所が……」
 その光景があまりに酷かったなら、おかげで言い切れずに百々は鼻をつまむ。
「く、くしゃすぎまう」
 と、すかさずマスクは鑑識職員から差しだされていた。
「あ、スびばセン」
 まさかおさがりは人へ渡さないだろう。受け取り百々は、遠慮なく装着する。
 あいだにも別の鑑識職員が押入れの様子を写真に収め、一段落ついたところでストラヴィンスキーの手により下段の箱は引っ張り出された。そこにフタはない。一目瞭然の中には案の定、モデルガンとそれらを使用するとき装着する各種防具が入っていた。
「何も実弾でサバイバルゲームのオフ会することないですよね、ホントに」
 それが強襲をかけてきた七人のつながりだ。百々も読んだ資料で知っていた。それ以上、実銃の出所と SO WHAT との関系を黙秘していることもまただ。
「すごい量」
 のぞきこんで感嘆する。
 鑑識職員がそんな箱の中へも新たにシャッターを切っていった。終わったところで一丁、中からストラヴィンスキーは掴み出す。
「結構リアルな重量感、あるんですね」
 グリップを握りなおたその顔は、まんざらでもない表情だ。
「グロッグ、ベレッタ、ワルサー、トカレフ、44マグナム? コルト。こんなのもあるんですね、ウージー。あ、ありました、ありました。これがMP5」
 傍らでは鑑識職員が、畳の上へ並べられてゆくその順番に写真を撮っている。分かれば見ているだけこそ、邪魔だった。百々はもう一つの箱を指さし確かめる。
「こっちも出していいですか?」
「あ、お願いします」
 得た許可に引き出してみた。場所を譲って手をつける前、同様に鑑識職員に中身を撮影してもらう。終わってのち確かめた箱の中身は、隣の箱にあったエアガンへ仕込むプラスティックの弾や、発射に使用するガス缶だった。途中まで出したところで鑑識職員が、百々の手から箱を引き取ってゆく。預けた百々は他に残っている物はないかと、押入れの中へその体を潜り込ませた。
「う、が。くさ」
 もう目に染みるほどだ。
 だが思いがけず、そこに別世界は広がる。
「わぁ」
 慌てて懐中電灯を要求していた。ペンライトは、シャッターを切る手を止めた鑑識職員から百々へと渡され、すぐさまスイッチを入れて百々は目の高さにかざす。おっつけ背後から聞こえてくるストラヴィンスキーの声を耳にした。
「どうしました?」 
「外田さん、見て見て」
 向けた尻で誘えば気配は揺れて、やがて四つん這いになったストラヴィンスキーが百々の隣へもぐりこんでくる。新調したはずなのにまったく同じフレームだ。押し上げると百々、同様、ペンライトの光に照らし出された壁へ視線を這わせていった。
「……こういうのを秘密基地、って言うんですよね」
 口ぶりは、すっかり感心した様子だ。当然だろう。押し入れの壁一面には雑誌の切り抜きからアイドルのポスター、映画のチラシに様々なチケットの半券が、個人的な写真にどこかの地図が、兎にも角にもありとあらゆる個人の記録と記憶が、コラージュよろしく貼り付けれていた。仕上がりは実に濃密で、見つめた二人をしばし無言にさせる。気づけばそれほど広くない全てへ目を通すのに、かなりの時間を要していた。
 あいだ百々は、たとえばこの全て思い出の地へ出かけ、その人に会ったのだろうか、と考える。それともそう願っただけでこれは願望の地図なのか、とも想像した。だがどちらにせよこれほどまで娯楽と密接な関係にあったなら、傷つけるマネこそ理解できない。矛盾は百々をただ戸惑わせた。
 結局のところ、その中に一目瞭然の手がかりを見つけることはできていない。
 数時間後、大量のモデルガンと備品、そして数少ない家具に収められていた個人記録のあれやこれやを一掴みほど押収して、撮り終えた大量の写真と共に家宅捜査は終わっていた。それは実にあっけない終わり方でもあった。


「ま、一軒も爆発しなくてよかったじゃないですか」
 帰りの道中、車のハンドルを握るストラヴィンスキーは、あっけらかんとしたものだ。だが百々が同じように割り切れたかといえば、それは無理というものだった。
「そんな問題じゃ、ない、です……」
 言ってうつむけば、不満よりも別の何かに押されて声はこもる。
「あ、もしかして、あのニオイに滅入ってますか? 酷かったですからね」
 察したからこそ言うストラヴィンスキーは、言わばレフとは真逆だ。けれどそれが原因でないなら、慰めは屁のツッパリにもならなかった。
 もうあえてオフィスから呼び出されることがないことくらい、百々も気づけている。だとして蜂起の日までを日常の中でじっと待つなど、耐え難い苦痛と恐怖でしかなかった。こうして捜査に精を出している方がよほど気が紛れるというもので、果てに未曽有の事態へ陥ってしまったなら、なそと考えるほどに気持ちの行き場はなくなってゆく。
「もしテロが始まっちゃったら、どうしよう」
 もらしていた。
「映画館だけじゃないよ。スポーツだって、演劇だって、テレビだって、遊園地だって、レストランだって、お祭りだって、旅行に行こうとしたって、ウィンドショッピングするだけだって、デートだって、何にも出来なくなっちゃうよ。どこへ行っても、みんなひどい目に合わされるよ」
 それこそ妄想と片づけられない地続きの未来だ。そんな他愛もない明日の末路を思えば、目の前がにじんでゆくのを止められなくなる。
「ないと、困るよ。イヤだよぉ。みんな笑ってた方が、いいよ。絶対にいいよぉ」
「え、えっとですね、百々さん」
 と、ストラヴィンスキーが切りだしていた。
「ふぁい」
「興味深い話を共有しませんか?」
 などとそれは彼なりに慌てたせいで間違いない。しかしながら百々に察することはかなわず、半べその顔を、ただストラヴィンスキーへ向けていた。ならすすり上げた鼻先で、ストラヴィンスキーはこう話し出す。
「レフがスタンプラリー監督のファンらしいってことは、知ってますか?」
 よほど興味がないらしい。それはスタンリー監督だ。
「四年前の映画、二回も見たそうです」
「へぇ」
 百々は頭の中で訂正しながら、小さくうなずき返す。
 次の瞬間、事実は告げられていた。 
「どうやら相当に感動作で泣いた、と聞かされました」
「べっ?」
 涙も一気に干上がると、百々の鼻から汁らしきものは飛んでいた。
「で、どんな作品か気になったもので、僕、調べてみたんですが」
「ほおっ」
 言うストラヴィンスキーの仕事は、さすがで早い。百々は聞かんと身を乗り出し、ストラヴィンスキはー満を持してそのタイトルを口にした。
「小熊のチェブ」
 返す言葉がない。
「ご存知ですか?」
 きっと田所なら知っているだろうが、百々は全力で首を振り返す。
「えっとですね、小熊のチェブが成長して老いて死ぬまでと、その縄張りに毎年こぼれ種で咲き続ける花の、もちろんやり取りはないんですけれど交流みたいなものを描いた、ほとんど無声映画に近いドキュメンタリータッチの作品です。ポスターのチェブは小熊でコロコロしてて、これが妙にかわいいんですけれど、どこが泣けるのか、正直、僕には不明です」
「うん、笑いのタイミングも違うみたいだから、きっと感動のツボも違うんだよ」
 階段室で追いかけまわされた悪夢はまだ、生々しい。
「これ、知らないフリ、しておいてくださいよ」
 ストラヴィンスキーが悪戯げな笑みを投げかける。提案にはもちろん、と答えるしかなく、おかげで百々の心配ごとは、次にレフに会ったなら熊だか花だかを見て泣いているその姿を想像できずにおれるか、と言うことにすり変わっていた。いや、すでに映像は浮かんで妙なパニックを覚えると、悲観が過ぎた未来はいつしかそこで途切れる。
 気づけばワゴンは見慣れた国道を走っていた。
 やがて警察病院の地下へもぐりこむ。
 「小熊のチェブ」を脳内に抱え込んだままだ。百々はストラヴィンスキーとオフィスへ下りた。
 先もって端末で確認したところによると、百合草は部屋に戻っているらしい。そんな百合草の元へストラヴィンスキーは報告のため向かい、水谷からもれているシフトのせいですでに了承済みかもしれないが、呼ばれてもいないのに勝手と付きまとっているだけかもしれないが、百々もまた繁忙期のためしばらくオフィスを離れる旨を伝えるべく、同行した。
 エレベータのドアが開けば今日もそこにまっすぐと、通路は一本、伸びている。その突き当たりにチーフ室のドアは立てかけられると、最初、訪れた時から変わらぬ威厳を放っていた。
 開けば柿渋色のデスクから百合草は顔を上げ、よけいな優しさを省いてねぎらいの声をかけると、時間を惜しんで報告を促す光景が百々の目に浮かぶ。
 辿り着けば、そんな想像をなぞらえストラヴィンスキーがドアをノックしていた。引き開けた向こうで百合草もご苦労だった、と声をかける。
 だが予想と違ってそこには、一触即発と睨み合うレフとハートが立っていた。