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ACTion 03 『記憶のない債務者』



 覇気のない降船客の列に紛れてネオンは宙(ソラ)を、見上げた。
 とはいえ、ついたばかりのそこはまだコロニー『フェイオン』の発着リング、その一角に据えられた超大型船用格納庫内だ。機能性のみ、見上げたそこにはデザイン性のカケラも感じられない鉛色の天井が、数多くのメンテナンス機材をぶら下げ広がっている。振り返ればそこには超大型船『サウスプンカ』もまた、停泊していた。
 かつては豪華な客船だったのだろう。そんな『サウスプンカ』は古代デザイン、今となっては専門家でしか知りえぬだろうアールデコを模した曲線をまとうと格納庫一杯、重力に反するかのごとく反り上がって刃物のように美しいラインを見せつけている。船底の膨らみも熟れた果実と申し分ない豊かさをたたえていたが、繰り返された塗膜補修跡のせいだ。今や表面はツギハギだらけで、その全てを台無しにしていた。
 その乗降ハッチから降船客の列は、いまだ途切れることのなく伸びている。そして長旅に重い足取りの彼らから、混合造語がもれきこえてくることはなかった。
 瞬間、ネオンの中でくすぶっていた疑念は、確信へと変わる。おかげでヒールを鳴らし、周囲の迷惑かえりみず降船客の流れの中で立ち止まっていた。
「また出稼ぎ船だったって、ワケね」
 苦々しく吐き捨てる。
 間違いない。
 『サウスプンカ』はどう見ても廃棄される寸前の払い下げ船であり、乗って向かったこの場所もまた、僻地の中継コロニーときている。そこへ造語が使えぬため低所得者とならざるを得なかった彼らがごまんと送り込まれてきたというなら、これはハウスモジュールのネイティブ店員、そう呼ばれる出稼ぎ就労者の交代要員輸送だと判断するほかかった。
 そんなネオンの内心を知らぬ存ぜぬの降船客たちは、迷惑そうにこそすれ、同情のかけらも見せず立ち止まったきりの背を追い抜いてゆく。
 と、避け切れなかったのだろう、ついにそんなネオンの提げる黒革のケースへぶつかる者はあった。
「いいえ、これはあなたが早く借金を完済するためです」
 聞き慣れた声は、体長五十センチ余り、体内にトラックボールを内包したネオンの自律モバイルロボット、通称モバイロだ。見れば黒革ケースの後ろで起き上がりこぼしのごとく、体を揺らしいていた。
「なによそんなタテマエ。いくら安く上がるからって、航行規定に抵触するようなもぐりの船で、仮死強制かけられて移動の連続だなんて、これじゃ非人道的にもホドがあるわ」
 ネオンはオフホワイトのライダージャケットを翻す。そんなモバイロへ体ごと振り返った。
「あたしは荷物じゃないの。だいたい仮死強制が嫌いなことも知ってるんでしょ? それともあたしが造語、苦手だってこと、皮肉り続けてるワケ? とにかく、三回に一回くらいはヒトとして観光船で移動させて。これじゃ、仕事に響く」
 だがモバイロの返事はつれない。
「いいえ、これはあなたが早く借金を完済するためです」
 その小さな体に、ネオンの長距離移動をサポートする機能を詰め込んだがゆえ、最低レベルとなってしまったAIの限界をみせつけてくれる。おかげで幾度となく聞かされたセリフに、まるで夢から覚めたかのように、ネオンは当り散らしてしまった自分をただ悔いた。
「どうせあんたなんて、ギルドのつけた見張り役よ」
 再び床へヒールを突き刺す。クルリ身を翻した。追い抜かれた分を取り戻して猛然と降船客の中を急げば、取り残されそうになったモバイロが慌ててトラックボールの駆動音を高く響かせ、その後につく。
「それは違います。あなたには特殊なスキルが備わっているのです。ですからこうして完済の機会が与えられました。わたしはそのサポートを目的とした自律型モバイルロボットです。見張り役ではありません」
「だから、それを見張り役だって言ってるのに」
 噛み付く意欲も失せたネオンの声を、モバイロが拾う気配はない。だからしてセリフは、いつものくだりへ突入していた。
「でなければ、あなた自身とその所有物は名前に至るまで、今頃ギルド独自のルートによって換金が済まされていることでしょう」
 聞き捨てネオンは、格納庫の壁面にかけられた淡いグリーンのウィルスカーテンをくぐりぬける。格納庫と居住空間の合間に作りつけられた、チェックインエリアへ出た。
 そこでジャケットに忍ばせていたチケットを引っ張り出す。降船客と同じ就労ゲートを潜るべく、乗船チケットの光学バーコードをゲートの読み取り機へかざした。
「我々は観光ゲートを利用します」
 読み取るべく、機械が走査線を広げたところで、モバイロが告げる。
「ここで観光者扱いなわけっ?」
「いいえ、これはあなたが早く借金を完済するためです」
 唸れども、モバイロはただ繰り返しただけだった。


 ……聞くところによると、それは貨物船だったらしい。
 もちろん『それ』とは、ネオンが黒革のケースと共に、仮死ポットに入ったままの状態で発見された放置船のことだ。発見したのは、もとい、ギルドへ持ち込んだのは、換金を目的に回収したジャンク屋だとネオンは聞かされている。そのジャンク屋は懸賞金のかかった船でもなかったため、中身もあらためず鉄屑価格で丸ごとギルドへ売り払っていったらしい。
 他に同乗していた有機体はいない。
 もちろんギルドは、すぐさま船の何もかもを解体、転売した。
 そう、ネオンの入った仮死ポッドだけを残して、だ。
 そしてネオンもまたポッドから取り出された。恐らくネオンも含め、黒皮のケースもまた転売せんと、その中身を確認するためだったのだろう。
 果てにネオンが聞かされた話は、こうである。
 ポッドからの救出は、放置船ゆえポットに生じていた数々の管理不備により困難を極めた。蘇生を断念しこじ開けることも可能だったが、人道の見地から丁重に取り扱った結果、かかった費用は莫大となった。その全てをギルドが負担することは不可能である。そこで利息不要というかたちでの、蘇生費用の完済を求める、と。
 言いがかりにも、ホドがあった。だが全ては後の祭りで、すでにネオンのIDは船ごと転売されてしまっており、何よりそれが管理不備の影響なのか、蘇生以前の記憶もすっぽり消えてない。一文無しのうえ自分がどこの誰なのかも分からないなどと、ギルドから逃げ出す以前の大問題だった。
 ギルドの要求を受け入ることにしたのは、彼らの言い分が正しいと思ったからではない。ネオンには行く当ても、成すこともなかったからだ。借金を返す。記憶が戻るまではそれをひとまず、自らのよりどころとして据えようと考えただけのことだった。


 改め、乗船チケットを観光ゲートのバーにかざす。読み取りが終われば、霧のごとくゲート内部に立ち込めていた熱煙シャッターは両サイドへ吸い込まれ、ネオンの前に通路は開いた。そこに『ようこそフェイオンへ』の文字映像は走る。導かれるまま、ネオンはケースを握りなおした。外へと向かい、最初一歩を踏み出す。 

 
 つまり現在使用している『ネオン』という名は、仮死ポットに記されていた名だ。その名で星間移動が可能となっているのも、モバイロが人質よろしく管理しているギルドの偽造ID、そのおかげだった。さらに、そこまでギルドが支援し、ネオンに借金返済をもとめるわけこそ、ケースの中に眠るコミュニケーションツールのせいだった。
 世界が広大になりすぎたため生じた物理移動の限界に伴い、デジタル配信にすりかえられたことで今となっては滅亡したといわれる希少文化のひとつ。造語が確立するよりも遥か昔、言語代わりに異種間で重宝されていた地球の道具、サキソフォンというアナログ楽器が、黒革のケースの中におさめられていた物の正体だ。その値が破格であることは当然ながら、滅亡したといわれるその音色の単価もまた半端ではなく、生音ライヴサウンドに憧れを抱く通称『ログジャンキー』を相手にすれば相当にうまい商売が成り立つ代物である。
 だが奏でられなければそれまでとなり、そしていわずもがなギルドが目をつけ借金完済のあてにし、モバイロも絶賛するネオンの特殊なスキルこそが、サキソフォンの演奏技術だった。


 気密隔壁二枚分の厚みがあるゲートを通り抜ける。
 記憶はなくしたが、技術はその体に染みつき今も残っていた。だからして借金を返済するため、今日もネオンは依頼者の元へ向かう。


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