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ACTion 07 『READY GO!』



 続けさま、明かり全てが落ちていた。
 暗闇がネオンを包み、その中でモバイロの動作ランプだけ浮かび上がる。
「第二十八階層、ハウスモジュールにて電気系トラブル発生」
 だからなのか、重なり悲鳴が降っていた。
 なだめて遅ればせながら、青緑色の非常灯が視界をフラットに照らしだす。
「および、発着リング、トップサイドに使用制限あり。使用制限は、無許可船体、複数の横付けによるものと確認」
 ただなかでネオンがぱちくり、目を瞬かせたことはいうまでもない。
「む、きょかせん、たい?」
「その中の一艘は、広域指定流奪船と判明。管理センターは五分四十三秒前、救難信号を発信。二分九秒前、全モジュールに退避勧告を発令しました。これより現在フェイオンは、船賊の強襲を受けているものと判断します」
 やおらネオンのこめかみは引きつる。
「だーっ! 何がドクター・イルサリよっ! この疫病神がぁっ! 今すぐ逃げる。トラに連絡とってっ!」
 でなければまた勝手にキャンセルしたとケチをつけられ、借金を増やされかねない。
「現在、強力な磁場の発生により、通信状況が安定しません」
 にもかかわらずしれっと伝えるモバイロは、わざとなのか。
「もういいっ。避難路確保っ!」
 目がけてネオンは指を突きつけ、反応したモバイロの頭頂モニターへ主観映像による避難経路は映し出された。
「現在、モジュール内、全システムダウン。再起動まで十五分の予定」
 だが事は、電気系のトラブルに始まっている。
「従ってエレベータは使用不可。回避ルート。正面通路を右折。右折。T字路を右折。道なり、進行方向十字路を左折。従業員通用口から非常階段機密ハッチをパスで解除。スロープで隣接モジュールへ移動、い、い、いど……どう……」
 そこでモバイロの説明は途切れる。
「ちょ、ちょっと、しっかりしてよっ!」
 言わずにおれない。だがモニターへノイズは走り、それがアナログの極致だろうと思わずネオンはモバイロを叩きつけたなら、ついにモバイロから火は噴き上がった。
「きゃっ!」
 同時に頭上で炸裂する、とびきりの破裂音。
 飛び上がって、縮めた体でネオンはとにかく耳をふさぐ。目さえ閉じかけたなら、そんなネオンの傍らをかすめて空から何かは落ちてきた。
 見れば穴だらけの頭だ。足元に転がっている。ついた手足はヒト同様とで、近感を覚えるはずだったがネオンにその余裕こそありはしなかった。これでもか、で悲鳴を上げる。
「どけぇッ」
 掻き消す怒号に、しかしながら続かない。あいた口もそのままだ。顔を上げていた。覆いかぶさる影を前に、ただ握っていたバーを放り出す。飛びのくが相当と、逃れてそこから身をよじった。
 ならまさに入れ替わりだ。影だったそれはネオンの立って場所へ着地する。
「寝てる場合かッ」
 穴だらけの頭へ駆け寄っていった。
「蹴り落とすなど、あなたこそわたしを殺す気か!」
 見れば、返す頭で穴はみるみる塞がってゆく。そこに毛むくじゃらの顔は現れていた。
「つべこべ言うなッ。緊急事態だろうがッ」
「な、なん、なの……」
 それきりふたりは、昇降機から飛び降りる。
「それから、あんたッ」
 やおら振り返ったふたり目に、指されていた。しかもその手はスタンエアを握り絞めていたのだから、反射的にネオンの両手も持ち上がる。
「ぼ、暴力反対っ」
「何言ってるッ。聞こえてんなら早くそこから逃げろッ」
「へ?」
 そこでようやく、言語に容姿が『ヒト』の男であることに気づく。だがそのときにはもう、通路へ走り去った後となっていた。
「ち、ちょっとっ……!」
 そんなネオンの視界が陰る。
 次は何かと思うほかない。
 おや、と見回し、ネオンはアゴを持ち上げていた。
「げ……」
 こぼす。
 なにしろそこにラバースーツにガスマスクの一団は、ずらり、並んでいた。切り取られた天上からネオンをじっ、と見下ろしている。しかも今日はそんな穴へやたら身を投じる輩が多いらしい。一呼吸おいたその後、ガスマスクたちも多分に漏れずネオンの頭上へ降った。
「うっそーぉ!」 
 逃げるというより押し出されるが相当だ。身の置き場を奪われネオンは、昇降機から飛び降りる。非常灯がぼんやり灯る通路に飛び込めば、追いかけ放たれた閃光が視界の隅で蒼く爆ぜた。
 頭を下げて縮こまる。そのままの姿勢で行き当たった曲がり角を、体当りと押し出し曲がった。
「冗談でしょぉっ!」
 胸元に吊られた楽器を掴んで身を起こせば、先に行ったはずの男と毛むくじゃらが立ち往生しているのを見つける。シャフト沿いの通路へ出たところだ。右へ行くのか左へ行くのかで迷っているらしい。
「そこ右っ!」
 上げたネオンの声に、ふたりが振り返っていた。しばし迷ったように足踏みすると、言った通りと床を蹴り出す。おっつけネオンも通路へ飛び出せば、あっただろうパニックの痕跡だけを残して開け放たれたドアは、緩いカーブの向こうへ並んだ。
「あんた、ここの従業員なのかッ?」
 投げかけたのは、速度を落としてネオンへ肩を並べた男だ。
「まさかっ! モバイロで退路を探させただけよ」
 言うしかなく、ネオンはオフホワイトのライダージャケットを引っ張り身分を示す。
「助かった。ここは不慣れなのだ」
 言う毛むくじゃらが、振り返っていた。
「そのモバイロはどこに?」
 男が続ける。
「スパークショットの影響でしょ。わたしのIDごとパンクっ!」
 それはもう、卒倒しそうな現実だ。
「そいつはご愁傷様だな」
 している場合でないなら、男は聞き流していた。
「とにかくこの先を左折したら、あたしの持ってるパスで開く扉があるわ」
「助かるッ」
 傍らを、モバイロと降りたエレベータの蛇腹扉は流れていく。やりすごせば左手に目指す岐路は姿を現した。
 さんにん連なり、最短距離でカーブを切る。
 突き当りには、電気系トラブルとは無縁の循環式光粒子ロックの重たげな鉄扉が立ちふさがっていた。
 が鉄扉はそのときゆう、と浮き上がる。
「うそっ!」
 奥から見飽きたガスマスクが現れたのだから、そこで回れ右は強制される。
「クソッ」
「一体、どれだけいるのだ!」
 それぞれの足が、けたたましく床を打っていた。
「とにかく、前進っ!」
 シャフト沿いへ戻れば、そんなこんなのタイムロスか、増えた背後の数のせいか、控えめなラバーソールの靴音は背後へ大きく迫っている。挙句の果てに閃光は放たれると、行く手を焦がし始めた。
「だぁぁぁ、もう駄目だ」
 毛むくじゃらの叫びは間違っていない。だからして男も、逃げ出し開け放たれたままのドアを掴む。
「お前ら、こっちだ」
 中へと身を滑り込ませた。行き過ぎかけた毛むくじゃらに、足をもつれさせたネオンもどうにか身を躍らせる。
 見届け男がドアを閉めた。
 ノブにつけられていた磁気錠のコイルを落として外へ、耳をそばだてる。
 ドア向こうを駆け抜けてゆくラバーソールの足音に、迷う素振りはうかがえなかった。ままに消え入りかけて、入り乱れるとあろうことか戻ってくる。
「くそッ」
 ここにいることを知っているかのようだ。やおら乱暴とひねられるドアノブが、さんにんの目の前で暴れた。落とされていた磁気錠のコイルが小刻みに震え、見る間にショートすると薄く煙を立ち上らせ始める。
「あ、あたしのせい?」
 なにしろアナログ楽器という、至極高価な逸品の持ち主なのだ。
「悪いが、俺を追って来たって話だ」
 ただして男が、背でネオンと毛むくじゃらを押しやった。
 後ずさりながらネオンはともかく、脱ぎ去ったジャケットで楽器をくるむ。縛り上げた袖へ腕を通すと、背に担ぎあげた。
「ならあなたラッキーかも。これ見たら、きっと向こうも気が変わるわ」
 とたん揺さぶり続けられた磁気鍵から火花は飛ぶ。小さな炎は揺らめき上がり、そんなドアへ男はスタンエアを持ち上げた。
 だからして気づき、ネオンは息をのむ。そう、磁気錠は稼動中なのだ。モバイロが言っていたシステム再起動は、思ったより早く終了していたらしい。つまり、と部屋を見回していた。なら有り難くも壁面に、据えつけられたエレベータはある。
「あれっ!」
「どうしたッ?」
 駆け出せば、男が驚き声を上げていた。
「エレベータが動くかもっ!」
 ネオンは投げ返し、エレベータの前に立つ。所詮、ちゃちな磁気錠は見せ掛けだけの防犯鍵だ。この辺りが限界と炎がコイルを焼き切る前にと、懐へ指を伸ばす。空を切って違うと、楽器をくるんで背中へ回したジャケットを手繰り寄せた。よれたそこからパスを引っ張り出す。とたん拘束状態から開放された光学バーコードはフワリ、ネオンの前に立ち上がり、再起動で登録が抹消されていないことを祈りつつネオンは蛇腹扉へそれをかざした。
「お願いっ!」
 瞬間、走査線はそこに広がる。光学バーコードへ吸い付くとIDを読み取り始めた。ものの数秒だ。下りていた蛇腹扉は解放される。
「やったっ!」
 跳ね上がって振る手に加減はない。
「こっちっ!」
 見て取った毛むくじゃらが、踵を返していた。ドアへ背を向けることをためらいつつも、男もやがて床を蹴る。
 その背で、コイルが焼き切れていた。
 堪えきれず押し倒されたドアの向こうから、ガスマスクはわんさとなだれ込んで来る。
 エレベータの蛇腹扉が下りるのが早かったのか、そんな船賊たちが室内へなだれこんでくるのが早かったのか、もう分かったものではない。ただ男を最後に格納すると、エレベータは上層と跳ね上がっていった。


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