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ACTion 09 『キミと再会』



 全開の隔壁一枚目をやり過ごし、間近で動き始めた二枚目をすり抜ける。半ば閉まりかけた三枚目をかわし、辛うじて四枚目、隔壁の間から目指す区域へもぐりこんでいた。
 銃身をブレーキ代わりにして、天井へ擦り付ける。
 減速に伴い判読可能となった格納庫ゲートの造語ナンバーへ、ライオンが懸命に視線を走らせていた。
「何番だ?」
「『一二六四八』を頼む」
 と、その時だ。女は不意に、アルトの体を突き放す。


「おいッ」
「後でっ!」
 答えるだけで精一杯だ。ネオンは忘れまいと、耳にした格納庫番号を頭の中で繰り返す。身をひねりつつ伸び上がって天井を蹴ると、方向転換を試みた。
 なにしろそれが偶然なのだとすれば、なおさら放ってはおけない光景はそこにある。そうして目指す場所にはバツ印前で会った『デフ6』のデミが、ぶかぶかの救命具を着込み立っていた。しかもゲートはデミのかざす乗船チケットに、無反応を決め込んでいる。
『デミっ!』
 流れる利用者の川を横切り、到着した格納庫ゲート上部へネオンは手をつき声を張り上げた。
『おねえちゃん!』
 驚き持ち上がったデミの顔には、昇降機の説明を要領よくこなしていたあの面影など微塵もない。壁面を手繰り、ネオンはデミの元へ降下してゆく。鼻溜を振ってデミは、とたんネオンへまくし立てた。
『もう、出ちゃったよ! あの後、ミルトに船賊が押しかけてきて! システムがダウンしたから就労ゲートが使えなくなって、ぼく、こっちへ回って来たんだ。なのに!』
 過呼吸気味に、そこで一度、言葉を切る。
『ひとり?』
 ならばとネオンはデミの目線にまで膝を折った。ゆっくり問いかけてやる。またもや何かを口走りかけたデミが、こらえるように鼻溜を縮ませていた。問いにただ、コクリとうなずき返す。が、やはりこらえきれなかったらしい。
『でも、おかしいよ! 船賊なのに軍みたいな装備……!』
 遮って、ネオンは自分の口元へと人差し指を立てた。
『一二六四八。船』
 あえてデミへ微笑みかけると、忘れまいと繰り返し続けた格納庫ナンバーを口にする。とたんデミの目は、大きく見開かれていった。
『乗れるの?』
 もちろんネオンにその約束はできない。だが、ここへ来たからには否定するわけにもゆかなかった。だからして答える代わりだ。デミの手を取り立ち上がる。一刻も早く、と進行方向を睨みつけた。
 瞬間、そんなネオンを襲う事実。探して並ぶゲートへ視線を這わせたものの、ネオンに造語文字は読めなかった。
「ぎゃーっ。 『一二六四八』って、どれよっ!」
 思わず悲鳴は上がる。ならそんなネオンの手を、デミが引いていた。
『それなら、この七つ向こうだよ。おねえちゃん!』
 さすが造語マスター。果たして現状、助けているのか助けられているのか。ともかくデミの噴かす救命具の推進力を借り、ふたりは濁流と流れる利用者の中に混じりゲートへ飛ぶ。
 前で、ブロックを密閉して気密隔壁が完全に閉じていた。行き場を失った利用者はとたんあふれかえり、ダメ押しと歪んで気密隔壁がミシリ、音を立てる。
 光景に少なからず寒気を覚えたなら、ちょうどその手前だ。男と毛むくじゃらの姿を見つけていた。隔壁の稼働と共に熱煙シャッターは切れていたらしく、代わりに格納庫とを隔てて塞ぐ鉄扉へしがみついている。
『あのヒト』
 めがけてネオンは指をつきつけた。
 頷いたデミが、片手で救命具の噴射を絞と、断続的にかける逆噴射で減速を試みる。感じ取ってネオンは一足先にと、デミの手を離して慣性のままに、ふたりの元へと滑った。
「何っ? ここまで来て、今度は開かないわけっ?」
「なら、あんたも手伝えってのッ」
 男に怒鳴り返される。
「もーっ! トラのバカっ!」
 もたもたしていられそうにないなら、叫んでネオンも鉄扉へ食らいついた。
 追いつきデミもそこへ加わる。
 とたん鉄扉は歪んで引っかかっていた一部分を乗り越えると、勢いよく外へと開いた。鉄扉に食らいていたそれぞれの体は、勢い余って格納庫へ放り出される。
「おい。何だ、そいつ?」
 いうまでもない。いつの間にか増えているデミのことだ。ネオンは、素っ頓狂と響く男の声を聞いていた。
「デフ6のデミよ。わたしの助手。だから一緒に乗せてちょうだい」
 いまだゴムまりのように跳ねるデミの体を引き寄せネオンは、毅然と返す。
 ようやくつま先で床をとらえた男の目が、しばし瞬きを失い張りついた。
「手続きは、わたしが済ませるぞ!」
 傍らから毛むくじゃらが格納庫の隅、設置されている管制端末へ身を翻してゆく。
「まかせた」
 我を取り戻したように答えて男は、ネオンへ向きなおった。
「言っておくが俺の船は観光船じゃないぞ。そこんところ、わかってんだろうな、あんたッ」
「そんなガラじゃないことくらい、もう十分わかって頼んでんのよっ!」
「それにそいつ、まだ子供じゃねぇか。こっちはヘタすりゃ、奴らに拿捕される可能性もあるんだぞ。それも承知で頼んでんだろうな」
 振り回すその手には、スタンエアが握られたままだ。見て取ったデミが、ネオンの影へ隠れるようにしがみついてくる。
「だからって……」
 そんなデミをネオンはかばう。
 気づいて男が、スタンエアを背中へ戻していた。
「ここで放って行けるわけないでしょっ!」
 向かって言い切れば、理解できない言語でもめる双方を見上げるデミは、すっかり怯えてしまっている。
 男の目が、そんなデミをとらえていた。それこそ答えかねてヤケクソ紛れか。頭をかきむしってみせる。
「ったくッ」 
  やおら突きつける指で、ネオンの背後をさし示した。
「だったら、後ろの鉄扉、ふたりで閉めてハッチへこいッ!」
 それきり床を蹴りつけ船へと飛ぶ。
 見送ったなら、ネオンの頬は緩んでいった。
『扉、閉める。船、乗ろう!』
 ままにデミを誘う。
 従うデミが、ともかく救命具の残りを噴かせた。助走をつけると、ふたりがかりで鉄扉へ飛びつく。一度、開いた鉄扉だ、閉めるにあたっては思った以上に簡単だった。すませてふたりは再び滑り戻る。意気揚々と、これから乗り込むべく男の船を見上げた。いや、見上げたつもりで広い格納庫内、目を泳がせた。やがてそこに、こぢんまりうずくまる華奢な一機のスクーター船をとらえて絶句する。
「ウソ……」
 だいたいスクーター船と言えば、衛星間移動のために用いられるチョイ乗り感覚の軽船舶だった。目の前の船はそれを誤魔化すかのように船尾へカーゴモジュールを後付けし、船体中央部に居住モジュールを増設していたが、ヒトなら定員も一、二名。光速への乗り入れさえ許可されていないシロモノに変わりはない。今更ながらここへやってこれただけでも奇跡の命を、この船に預けるのか。ネオンはひたすら愕然とした。
 知っているのだろう。デミも心配そうだ。足元から頼りなさげに、ネオンを見上げている。その目と目が合った。だとしてネオンに返す言葉などありはしない。ただただ奥歯を鳴らすと、なにはともあれ自らの説得にとりかかった。
「贅沢……、いってられないのよ」
 デミの手を取る。搭乗ハッチは、アクリル製らしいドーム状のコクピットが突き出る船首と、居住モジュールの間にあった。見定め床を蹴りつける。
 先に船へ向かった男は、船体に接続されていた充電ケーブルと燃料チューブを外し終え、伝い降りたハッチ前で船のキーを脇のスリットへ差込んでいるところだ。やがてガルウイングよろしく跳ね上がったハッチ前から、滑り来るネオンとデミへ振り返った。早くしろ、とその手を大きく回して振る。離れた位置でも、手続きを追えた毛むくじゃらが管制端末を乗り越えて、船へ向かって身を滑らせ始めた。
 包み込んでそのとき、追い立て格納庫全体から獣の遠吠えにも似たような重苦しい音は鳴り響く。
「ぼやぼやするなッ」
 不安に駆られ、滑りながら辺りを見回すネオンとデミの体を男がひっ掴んだ。力任せと船へ放り込んだなら、辿り着いた毛むくじゃらがその後ろから乗り込んでくる。見届け男が中へと身をひるがえした。その足元からデミが、脱ぎ去った救命胴具を船の外へ投げ捨てる。飛び行くその先で鉄扉は、受けた重みに耐えかねボンッ、と中央部をへこませていた。決別して、男は船のハッチを勢いよく閉める。
 空間が密閉されただけで覚える安堵感に、つかの間、張り詰めていた空気が緩んだことは否めなかった。しかしながら浸るにはまだ早く、拒み男も先を急かす。
「こっちだ」
 ハッチの真正面から伸びる急勾配の階段を、手すり伝いに上層へ滑り上がっていった。
「スタータは?」
 追いかけ毛むくじゃらが問いかける。
「エブランチネル」
 おっかなびっくりだ。聞きながらネオンもその後に連なり、その後をデミが追いかけた。
「マニュアル通りなら、立ち上げくらいなら手伝えるぞ」
「頼んだ。コクピットは突き当たりを上だ」
 答えて男は毛むくじゃらを、登り切った所に横たわる通路を左へ押し出す。
「あんたらは、こっちだ」
 上がってきたネオンとデミを、右へ振り分けた。
「ちょ、ちょっと!」
 それこそ突き飛ばされてネオンとデミは、通路を一直線と飛ぶ。あっという間に狭い船内を突き当たりまで、滑走した。なら触れたセンサーにドアは開く。くぐり抜けて、立ち塞がるモノにぶつかり動きを止めた。押し返したネオンは辺りを見回す。自然、表情は険しくなっていった。
「何よ、コレ」
 そう、目の前にあるのは、上下を天井と床へ固定したネットだ。しかも中には見慣れぬ物が包みこまれている。同じようなものは空間を埋め尽くすと、規則正しく無数とそこに並んでいた。
「向こうはふたりで一杯なんだよ」
 男の声に振り返る。
「わぁらおぅ」
 その足元から何事か叫んだデミが飛び出していった。
「ちょっと待ちなさいってっ!」
 止めるがもう遅い。デミの姿は乱立するネットの中へ消えてなくなり、仕方なくネオンは男へ顔を向けなおす。
「……ここ、カーゴモジュールね」
 確信したままを口にした。
「ご名答」
 あっけらかんと答えて返す男は手を、天井へ伸ばしている。
「ついでに言わせてもらうなら、このカーゴは精密機器向けで、耐震、抗G仕様の特注品だ」
 そこから一気にフックを引きずり下ろした。フックにはロープ状のものがつながれており、引き出されるや否やそれはネット状に広がると、男はそれを水面へ網でも打つかのようにネオンへ投げる。
「な、何、するのよっ!」
 暴れようが剥ぎ取れる範疇になかった。ものの数秒でネオンはネットにくるまれ、天井へ吊るし上げられる。
「だから言ったろ。観光船じゃないってッ」
 最後、屈み込んだ男が床へ、フックを固定していた。
「あいつ、どこへ行きやがった?」
 その目を辺りへさ迷わせる。
「だからって、これは聞いてないっ!」
 聞く耳持たずでネットの間へもぐりこみ、戻ってきた。その肩には、デミが担ぎ上げられている。
「ここが一番安全なんだよッ」
 言って違わず、ネオンの隣に固定した。並んで吊られたその姿は、まさに捕獲された二匹の野生動物だ。
「とにかく、ここでおとなしくしてろ。落ち着いたら後でちゃんと出してやるから」
「そう言う問題じゃないっ!」
 だが聞く耳持たず。男はドアへ踵を返している。もう押し止めて言うなら、これしかなかった。
「そんなシュミなの、このヘンタイぃっ!」
 とたん、スライドしたドアの向こうで振り返った男のこめかみが痙攣するのを見る。
「おま……ッ、一言多いッ」
 それきりドアは閉じられていた。
 同時に明かりが待機電源へ絞られる。暗がりが、すっかりネオンの勢いを削いでいた。
「……だから、なんで移動するたびあたしは、荷物扱いなのよ」
 うなだれたところでサマにもならない。
 と、そんなネオンを励ましたのは、あろうことか先ほどまで心配げな瞳でネオンを見上げていたデミだ。
『心配しないで!』
 言う声は異様なほどに明るかった。
『だってこれ、ジャンク屋の船だもん!』
 ネットにくるまれた体をネオンは、デミへひねる。そこで意気揚々、鼻溜を振るデミは自慢げにさえ見えていた。
『驚かないで、おねえちゃん! ぼくたち今、そのジャンク屋がお宝を保管するカーゴにいるんだよ!』
「そ、そうなの?」
 ネオンが間の抜けた返事をしようが、デミは興奮気味になおもたたみかける。
『あのね、おじいちゃんは、よくぼくに教えてくれたんだ。ジャンク屋は何より飯の種になる回収品を大事にするって! だから彼らの船の中で一番安全なのは、コクピットでもどこでもないカーゴなんだって! それにお宝探して既知宇宙の端から端まで飛ぶジャンク屋の船は、見かけで判断しちゃいけないってことも言ってたよ。奴らの船と腕は信用するに値するって。でなきゃ、ジャンク屋なんかやってけないから!』
 勢いに押されてネオンはうなずく。
「そう、そうなんだ」
 だが、その説明だけではどうしても拭えない疑問は残る。
『どうして、デミ、ジャンク屋、分かった?』
 問いかけたなら、デミの明かすカラクリはこうだった。
『そっか、ぼくまだおねぇちゃんに、サポジトリへ行ってるコト、言ってなかったもんね。ぼく、そこの物理理光素学部の六年生なんだ。だからこの緩衝ネットに包まれてる物の価値、全部わかるよ! みんな二年生の時、教科書で習った理論が応用されてたよ。奥にはね、マニアならすごいお金だしちゃうのもあったよ。ぼくだって研究材料に欲しいくらいだもん! そんなの積んでるなんてさ、博物館か、ジャンク屋の船くらいだもん!』
『フェイオンのスタッフ?』
 昇降機を修理していたあの姿を、いまさらのように思い出す。
『あぁ、えっと、あれは帰り際にたまたま頼まれただけなんだ。ホントは擬似重力と内圧の開放過程における光粒子波形の変化についてレポートを書くためここへきてたの。だって学校の機材じゃ足りなくて、既知宇宙でも一位、二位の規模があるフェイオンの重力装置なら納得のできる結果がだせるんじゃないかって思ったんだ』
『ぎじゅうりょく、の、こうし、れぽーと?』 
 言い切れず、ネオンの口は開いたままで止まっていた。だがデミはまだ言い足りないらしい。
『うん。だってぼくの将来の夢は……』
 この修羅場で浮かべる満面の笑みは、とにもかくにも無邪気だった。
『おじいちゃんの店を継ぐこと!』
 瞬間、ネオンはどこか遠くへ来てしまった感覚に襲われ、深く両目を閉じてゆく。


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