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ACTion 11 『大事な預かりもの』



 窓もない三メートル四方の部屋だ。シワに覆われ、ふてぶてしく肥えたトラの体には狭すぎる、そこは仕事場だった。
 大半を陣取って据え置かれたデスクに、店先のカメラとつなげられたディスプレイは置かれている。さらにはモバイロ管理用に、ギルドネットワーク専用の端末が積まれていた。汎用ネットワークの端末はそもそもデスクに埋め込まれており、つながれたプリンターはその上で、どこからどう聞きつけたのか、ネオンへの演奏依頼を受信しては内容を紙媒体へ印刷し続けていた。
 一口に『ギルド』といっても、顧客情報の管理や買い取り価格の設定を行っている中央本部を除けば、実際に物品の売買を行っている窓口はどれも個人商店そのものだ。ゆえに営業スタイルも様々で、カウンターでの対面取引から、店舗を必要としない出張取引までもが存在していた。そうした中からトラが選んだスタイルは、店先のカメラ越しにやり取りを行う、売り手との接触を極力に避けた遠隔取引である。客側のモニターへアイコン映像を貼り付けてしまえば、手っ取り早く素性を隠せるやり方でもあった。
 無論、だからといってそれほどまでにトラが危険な取引を行っているのか、と言えば、またそれは別の話をしなければならないことになるだろう。 
 まだ店先のカメラとつながったディスプレイに、客の姿は映っていない。チラリ目をやって、トラは退屈したように逸らした。クッション性だけは特A級のイスを軋ませ、体をひねる。ちょうど手の届く場所に簡易保冷庫は置かれており、慣れた手つきでそのドアを引き開けた。中から合成保存料無添加が売りのアズレ印の『エスパ』を一袋、つまみ出す。デスクへ向きなおり、後ろ手に保冷庫のドアを閉めた。
 振動が、プリントアウトされた依頼書をはらはら、トラの頭へ降らせる。だがプリントアウトされた紙の積み上がるトレーをのぞくことなどたまにしかなく、それは慌ててかき集めなければならないほどのものでもなかった。
 トラはランチョンマット代わり、一枚を拾い上げ袋の下に敷く。
 エスパのロを開いた。
 中へうやうやしく、指を伸ばす。
 つまみあげたひとつを、待ちかねた口の中へ放り込んだ。
 とたん広がるのは、独特のクサ酸っぱさだ。噛めばほろほろと消え入る食感も、トラの幸福感を倍増させてやまない。合成保存料無添加のせいなのかどうか、アズレ印のエスパはまるで、故郷のママが作るエスパの味にそっくりだった。思い浸ればネオンに浴びせられた『エビの尻尾野郎』もどこかへ消えゆく。追い討ちをかけトラは、また袋へ手を伸ばした。先だってより豪快にほおばり、ソースの残る指先を念入りにしゃぶる。ほう、っと口から息をもらした。
 止まらぬ手が、食べきってしまう勢いでまた袋へ伸びたが、つまみかけたところで動きを止める。
 この『エスパ』、近辺では特殊な菓子らしく、買出しに手間取るのが通例なのだ。いくら買いだめをしているとはいえヤケ食いするのはもったいなく、トラは明日の楽しみに取っておくことにする。
 袋へ伸ばした手を引っ込めた。封をしておこうと、転がっていたはずのクリップを探して辺りをまさぐる。散らばる依頼書をかき分けた。が、そ隙間に見つけたのは、クリップなどではない。見慣れない小さな光の点だった。
 行き当たりばったり動いていた手は、そこで止まる。のぞき込めばそれは、ディスプレイの左手側、モバイロ専用端末のものだとわかった。色は、モバイロからの信号が途絶えた時にのみ点滅する赤を灯している。
『なん、だと?』
 呟いていた。
 そうして咄嗟に、何かの間違いだろうとトラは考える。
 確認すべく、端末を再起動させた。だがしかし端末は、信号が途絶えたことを示すどころか対象を見失い、トラの前で無反応を決め込む。見る見るうちにトラの顔で、シワにシワは重ねられていった。
『モバイロが、ダウンした?』
 信じられず、端末に残されていたモバイロの動作データーを確認する。目にした情報に、『エスパ』の幸福感はひと思いと吹き飛んでいた。『フェイオン』が船賊に襲撃されている。くだりがトラの頬にぶら下がったシワをブルン、と震わせる。
 もうクリップなどと探している場合ではなかった。
 邪魔だといわんばかり、トラは食べかけのエスパごと散らばる依頼書をデスクから払い落とす。すかさずその向こう、現れた汎用端末のジャックを店側のディスプレイへ差し込んだ。モバイロの残した情報を確かめるべく、混乱しているだろう『フェイオン』へのアクセスを避け、検索にかかる。
 だとしてビンゴの感嘆符がトラの頭上に現れるまで、そうは時間がかからなかった。なぜなら片田舎に浮かんだ巨大コロニーの大参事は、今や緊急生中継と称してあらゆるサイトにチャンネルで流されていたのである。
 手っ取り早くトラは、目に付いたその一つを選んだ。メンテナンス用の監視カメラらしき理想的アングルの中でコロニーが、上下発着リングを歪と波打たせているのを目の当りとする。かと思えば無数の破片を撒き散らし、コロニーは端よりほどけて崩壊し始めた。その片側には一隻、メインシャフトには二隻、明らかにサルベージウインチで貼りつく不審船が確認できる。無数の船はそれら全ての隙間を縫うと、我先にとコロニーを脱出していた。おかげ引き起こされた接触事故もひとつや二つに止まらない。方々で小さな火花は上がり続けている。
 この惨事の中に、ネオンがいる。
 思うが早いか、トラはシワを波打たせ立ち上がった。
 勢い余ってぶつけた椅子の背に保冷庫のドアがへこもうが、関係ない。迷うことなく右壁面のスイッチを叩きつける。店のシャッターを下ろし、その手でなくさないように貼り付けていたクルーザー船、『バンプ』のキーを机の裏から毟り取った。すかさず懐のシワへ差し込み、散らばる依頼書を踏みつける。ドアを押し開けた。息継ぐ暇なく部屋を飛び出す。
 目指すは店舗屋上だ。『バンプ』はそこに停めてあり、燃料も満タン注ぎ込まれている。
 向かえば階段が、トラの前で踊り場ごとに反転を繰り返し、シワを弾ませ、壁に身をこすりつけ、トラは一気と駆け上がった。
 断っておくならばトラが店を置くこの惑星『Op・1』は、もとより原住種族がいないことから方々より移住してきた雑多な種族がそれぞれに工夫を凝らし、生活環境を作り上げた加工惑星だ。その中でも身の丈がテラタンの半分ほどしかない『デフ6』が中心となって開拓したのが、トラの店があるエリアだった。つまりそんな『デフ6』から買い取ったこのビルは、その何もかもがトラにとって小さい。
 そこを押して、トラは屋上へ辿り着く。
 はみ出さんばかりの大きさで、野ざらしと停泊している『バンプ』を視界にとらえた。乗り込むというよりねじ込む感覚だ。開いたハッチからトラは船首にあるコクピットへ向かう。駆け込み、腰を下ろした座席でベルトは後回しだと、安全装置を迂回してバイパスをかけたやたら簡素な手順のシステムの立ち上げにかかった。
 見上げれば、『Op・1』独特の濃紺の空は、今日に限って降り注ぐ隕石やら宇宙ゴミの数々に、絶えず引っかき傷を走らせている。だからといって出航を見合わせるわけには、ゆかない。
 エンジン全開。
 最後にその身へ、ベルトを巻きつける。
 煽られアンテナが、建材が、洗濯物が、周囲から舞い上がった。
 知ったことか、でトラは全速力で『バンプ』を発進させる。


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