（なんやと、逃げられたやとッ？ お前ら何、もたもたしとんねんッ！）
室内のエレベータで『ミルト』フロアへ飛び上がったテンは、下二本の腕を振り回し綴った。この手振りこそ、音声言語を持たない極Ｙ地方独特の言語、通称『動話』である。ままに宙へ舞い上がった標的を見上げる船賊の中へ、踊りこむと、上二本の腕で握っていたスパークショットを振り回した。早いか、手当たり次第と並ぶ頭を殴りつけてゆく。ガスマスクは小気味よい音を立てるが、今、状況は愉快からほど遠いところにあった。おかげで我を取り戻した船賊たちもテンの周りから後ずさり、様子はなおテンの苛立ちをつのらせてゆく。
（どいつもこいつも、やる気はあんのかッ？ これはいつもの仕事とちゃうねんぞッ！）
動話が手刀と空を切っていた。
（言うても、ボスぅ……）
伝えて折られる指はあったが、テンのひと睨みに萎えて降ろされる。
（わかってるって。せやからみんな、いっぱいいっぱい、でやってるねんて）
とかばうように別の船賊が身を乗り出していた。同じラバースーツにガスマスクをつけているせいで固体識別は困難だが、その親しみのこもった動話は幼い頃からテンをアニキと慕うクロマで間違いない。関係が後ろ盾となっているクロマは、時にこうして皆の気持ちを代弁していた。
（そんなもんは言い訳やッ！ 結果、でぇへんかったら、どれだけ頑張った、いうても意味があらへんのやッ！ わかっとんのかッ！）
そんなクロマへも容赦手加減のない罵倒は浴びせられる。
（そら、そうやけど……）
クロマの手元もさすがに鈍り、放ってテンはあさっての方向へ腕を振った。
（どこ行ったっ？ 無線係っ！ だいたい、ここはオルターのとこが張っとく予定やったんとちゃうんかっ？ オルターや、オルター呼び出せッ！）
綴れば私語を挟みつつも、動話は波紋と周囲へ広がってゆく。
（無線！ ボス、荒れとんぞー）（あいつら、よう、飛びよったな）（装備切って、飛べるか試すか？）（あかん、あかん、どこいくかわからんて）（無線！ オルターに連絡やてー）（はよせなまた雷、落とされるで）
なら、音声を媒体としない通信のため、スキャンされてきた動作映像を投影するプラットボードを首から下げた通信係は、中から伸び上がる。
（ボスぅー、つながりましたー！ なんや、よう分からん言い訳、送って来てますぅ。それからミクソリディアから中央制御室制圧完了いうて、入りました）
目にした周囲で、またもや同時多発的に私語は広がっていった。
（やるなぁ。せやけど、やっぱ無理やねんて）（なぁ。だいたいオルターんとこも、フリジアんとこも、ミクソリディアんとこも、この間までシマ争いしとった間柄や。生き残りがかかっとるからゆうて、んな急に足並みが揃うかっちゅーねん）（ホンマ、ホンマ。俺らは滅び行く極Ｙ地方の、ただの船賊でええねん）（せや、明日、それなりに美味いもん食えて、綺麗なおねえちゃんと遊べたらそれでええわ）
（うるさいッ！ お前ら、自分のことだけしか考えとらんのかッ！）
たちまち腕のみならず体全体をしならせたテンの動話が、炸裂した。
（これには極Ｙ地方全体の未来がかかっとんねんぞッ！ しょうもないことばっかり言うとるなッ！ ええか、無線係ッ！ オルターにはさっさと体勢、整えんかい、いうとけッ！）
振り回された腕がひゅん、と音を立てている。見て取った周囲で動話はピタリ、やみ、通信係がふたつ返事で手を振った。
（りょー、かいっ！）
立て続け、テンは別の船賊を呼びつける。
（追跡はまだできとんのか？ 担当ッ！）
再びそぞろに動話は伝播され、無線係の反対側から追跡担当は腕を振った。
（まだマークされてま！）
さらにこうも付け加える。
（せやけど、ボス！ これ以上、離されるとマズいっス。反応、弱まってきてるみたいっス！）
（おんなじルートで追いかけるのは、ちょっと危険や）
見て取ったクロマが、テンの視界を遮った。
（わかっとる）
テンは深くうなずき返し、少しばかり落ち着きを取り戻した腕を振り上げた。
（シャトルや。ひとまず上層階へ移動するッ！）
囲う船賊たちが指示を伝えて動きを模倣してゆく。様子をテンは見渡した。ゆきわたったところで身をしならせ、次を繰り出す。
（ええかッ！ 失敗したら後はあらへんのやッ！ このままやったら、造語をしゃべれん極Ｙ地方が既知宇宙で生き残れる確率はあらへんッ！ せやから俺は音声言語を手に入れることにしたッ！ そのために好かん奴らとも取引したッ！ 指定された奴らは必ず連れ帰るッ！ なんや今さら動話、捨てるのが嫌やからいうて、手ぇ抜くような奴がおったら承知せんからなッ！ 俺らは晴れて造語を話す最初の極Ｙ民族となって、故郷と中央を繋ぐんやッ！ 忘れんなッ！）
気付けば私語を忘れて船賊たちが、そんなテンの動話へ見入っていた。テンがこうした場面で放つ動話には、確かにそれほどまでも他を魅了してやまない華が、美しさがある。それは標準的な極Ｙ体型に比べると多少長い手足のせいだからだとして、醸し出されるしなやかさとたおやかさは見る者へ、動話を華麗な舞踏かと思わせるだけのものがあった。
そうまるで、まだ動話が虐げられる前の遥か昔、アナログ楽器をバックに世紀の踊り手として宇宙に名を馳せた極Ｙの英雄、トニックのように、だ。
言うまでもなく敵対していたオルターやフリジア、ミクソリディアたちが作戦に賛同したのも、そうしたテンの資質によるところが大きかった。
最後、振り切ったテンの腕が宙を指し示す。
見入る船賊たちの間に、息を飲むような沈黙は訪れていた。
次の瞬間、雄叫び代わりと、スパークショットが振り上げられる。意気消沈していた士気は高まり、早速にも消えた標的を追うべく手近なシャトル乗り場を知らせて動話が、誰もの間を流れて巡った。模倣した者から次々と、ゲートへ向かい駆け出してゆく。
足の踏み場もないほど乗り込んだシャトルからは、ミクソリディアたちの制圧により急激に絞られた重力のせいで、よれるように回転している発着リングが見えた。おかげでつながるチューブも揺さぶられると、シャトルはチューブへ右へ左へ機体をぶつけながらリングへ向かう。
（追跡係、反応は？）
揺れに堪えながらテンが手を振った。
（かすかに……）
隣にいた追跡係が答えかけ、すぐにも腕を振りなおす。
（いやぁ、増幅中っス！ 方向、合ってます！）
やがて合点がいったように、その手で自分のガスマスクを弾いた。シャトルチューブと平行に伸びる、半透明でもなければシャトルも通れないような細いチューブを、そうして通信係はさし示した。
（あれや、メンテ管つことんのや）
その向こうでフリジアの船が、サルベージしていたシャトルチューブから離脱してゆく。ならシャトルチューブは支えをなくしたようにぐにゃり、折れ曲がり、リングの不安定さへ拍車をかけた。
そこで視界は塞がれる。ほどなくシャトルは発着リングへ到着していた。
開くドア。
ハズだというのにつっかえ止まり、力任せと押し開けテンたちは、踊り場からメイン通路へ飛び出す。そこに救命具を吹かせ逃げ惑う利用者たちは、溢れかえった。テンたちを見るなり、ありとあらゆる言語の悲鳴を上げて道を開ける。視界は開け、なぞり視線を上げたそこにテンは、ひと塊となった標的を見つけていた。
迷うことなく駆け出していた。だというのに行く手を塞ぎ、隔壁は降ろされる。振り返れば背後もしかり。周囲から利用者の悲鳴は上がり、テンたち船賊もまた千々に手を振り慌てふためく。
（ひゃー）（マジかよ！）（閉じ込められたんちゃうんか、これっ？）（まじやばいー、やばいー）
もう、こうなっては、船賊も一般利用者も差がない。ならこの状態で伝播は無理だと無線係が、テンの前へ踊り込んだ。
（ボス！）
（なんや！）
（オルターは部下の命を優先すべく、現場を離脱する）
送られてきた情報らしい。綴ってよこす。
（好きにせぇ！ それよか今は、あいつらを追う方法やッ！）
瞬間、発着リングが大きく揺れた。利用者が、棒でかき混ぜられたかのように宙へ舞い上がる。装備のおかげで地に足をつけているハズのテンたちでさえ、よろめきつまづいた。
（次はなんやねんッ！）
振りかぶれば、それはクロマだ。
（アニキ！ 船や！ 俺がシャトルん中で通信係に呼ばせた）
（何、勝手なこと、しとんねん、お前っ！）
見て取ったテンの動話も、らしからぬオーバーアクションに乱れる。
周囲で、（船）と（呼ばせた）の動話は広がり、中でクロマが肩をいからせた。
（今は立て直す時やってっ！）
（隔壁くらい、抜けるやろがッ！）
（ムリや。それまでここがもたへん、って！）
とそれは、振り合うテンとクロマの向こう側だった。天井がぼうっと赤く腫れ上がる。かと思えば脳天をゆるがすような破裂音は鳴り響き、撃ち抜かれた天井から稲妻は噴き出した。
（早く乗って下さい！）
焼け落ちたそこから、知った顔が呼び寄せている。同じ船賊のメジャーだ。動話というよりももうそれは、明らかなジェスチャーだった。
通常、船は、カギ爪状のスワッピングマニュピレーターで対象をアンカー、サルベージウインチを巻いて船を対象へ固定させ、互いの間に気密カーテンを張って空間移動、突入するものである。だがリングが安定していないせいだろう。双方の間に微妙な隙間が生じているらしく、密閉されているはずの通路内へ、やおら突風は吹き抜けた。先ほどの一撃に黒焦げとなった利用者が吸い上げられて宙を舞い、翻弄されたメジャーもいっとき、船内からおろされたワイヤーリフトへしがみつく。
（早く！ あなたが示したいのは未来なのでは？ その未来を信じるなら、次は必ずあるハズです！）
ジェスチャーではなく、動話を綴った。
睨みつけて、しばしテンの動きは止まる。やがて前のめりだった姿勢をじわり、起き上がらせていった。ならそれは、絞り出したような動話だ。
（……しゃぁない）
上二本の腕がスパークショットを、背中へ回していた。同時にテンは下二本の腕を振って、周囲へこう動話を放つ。
（お前らッ！ 退避や。全員、装備切って船へ戻れッ！）
合図に待ってましたと、船賊たちは気密漏れにも吸い上げられて、帰還してゆく。
引き入れメジャーは、船内に残っていた者らへ負傷者の確認を指示した。
そんな彼らは言うまでもなく、荒事に向かない性格の持ち主ばかりだ。通常、戦力外を船に乗せるなどコストを食うだけで船賊らは避けるが、テンはその範疇にないらしい。自室にこもっていた者も、キッチンで食事の仕度に従事していた者も、機関部の年寄りも、この時ばかりと体を動かす。
やがて全員の収容を確認した船は、その腹を閉じた。機密カーテンを格納後、スワッピングマニュピレーターを解除、ウインチを巻き上げ、開けた穴の始末などかまうことなく離脱態勢に入る。
全て荒っぽくならざるを得ないなら、船内は発令されたエマージェーシーにブルー一色と染め上げられ、クロマが船へ体を固定するよう仲間たちを急かして回った。
（英断ですよ。テン）
任せてメジャーが指を折る。足は、艦橋へ向かうテンの後を追いかけていた。
（ちゃう。こっちへ連絡しよったんは、クロマや。勝手なことしよってからに）
だがテンの表情はおもわしくない。怒りもあらわと手を振り下ろす。
（あなたが心配なのです。きっと）
（ふん。信用を失ったもんやな。俺も）
なだめてやんわりメジャーが返せば、振り抜いたテンの足は艦橋へ踏み込んだ。瞬間、視界で動話は炸裂する。
（くぉらッ！ おそいわ！ テン！ もう待てん、っちゅーんや！）
四本の腕をとっかえひっかえ器用に使い分けながら、八つのスロットルを絶え間なく操るこの船の操縦士、コーダだ。何しろ周囲にはリングを離脱し続ける他船やら、崩壊を続けるリングの残骸が縦横無尽と行き交っている。乗員回収中、それらとの接触に肝をつぶし続けていたコーダの我慢は限界に達していた。
答える代わりにテンは、スパークショットの銃身を傍らの充電器へ突っ込む。各船から流れ込んでくる通信を揺らす足つきのプラットボードを掴むと、のしかかるように立った。
（よっしゃ、離脱や！）
振り上げた腕でコーダへ指示を出す。
合図にして、船の推力が上がっていった。
スパークショットを充電器へ刺していたメジャーも、慌てて船へしがみつく。
乗せて船は、他船を放出し続けるリングと直角に、言えばシャフトと平行に宇宙へと乗り出していった。最中、避けきれなかったいくらかが接触して船は揺れる。堪えながらテンは、ガスマスク後頭部、スリット脇にあるボタンを押し込みながら、もう一本の腕をコーダの視界へ突き出した。
（コーダ、このまま光速へのれるか？）
（無理やない、ゆーたら、うそやけどな。ちょいとリスクはあるで。なんせこの中、突っ切っとんやからな。無傷でおるワケないがな！）
見届けて、スリットから吐き出された光学バーコードをプラットボードへ読み込ませ、ある場所へと送信する。同時に、『フェイオン』離脱を伝えよこす他船へ、作戦の失敗を伝えて回った。さらに有り余る腕を駆使すると、コーダへこうも綴り返す。
（あかん思たら、下りてくれ。そこに何あおるんやわからんけど、手がかりが残っとるかもしれん）
それは取引先から提示されていた、最後一つのデータだ。伝えた手でテンは、プラットボードにメモよろしく添付されたきりだったそのデータを、広がる走査線の上へをかざした。解凍された光学バーコードはすぐにもコーダの手元へ転送される。展開すればそれは、ナビプログラムだった。確認したコーダがちらり、視線を投げる。テンへ答えて振り返すその前、大きな息を吐いてみせた。
（言っとくけどな)
振られる動話には、納得できないものを飲み下すような間合いがある。
（俺はあんたがいうから、やるんやで）
言わんとしているコトの重さは、テン自身が一番よく理解している。噛み締めるようにうなずき返していた。なら、見て取ったコーダはひとはだ脱ぐか、と伸びあがる。
（おっしゃ、ちょっと足は遅うなるけど、産業ゲートで貨物船に紛れるとすっか！ もう、縮こまっとらんでもええやろ！ 至急、カムフラージュの準備にかかってもらうで！）
船はもう幾分、閑散とした海域へ抜け出していた。見計らいコーダはエマージェーシーを解除する。船内からブルーの明かりは剥ぎ取られと、見て取った船賊たちはあらゆる場所で動き始めていた。
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