『おじいちゃん！』
売り物にすらならないスクラップを余すところとなくぶら下げた、ミノ虫さながらのドアを押し開けたとたん、デミは勢いよく駆け出していた。
ここは惑星『アーツェ』。
コロニー『フェイオン』を命からがら抜け出して訪れた一酸化炭素飽和危機を、廃墟がごとく居住モジュールの片隅より掘り起こした簡易仮死ポッドへライオンを押し込むことで辿り着いた惑星だ。
目的はいわずもがな、混戦海域の強行突破で受けただろう船のメンテナンスである。もちろんこの場所には、そのために最適なアルトのドックが構えられており、それらキットを入手するに都合のいい馴染みのギルド商人もまた店を構えていた。そうして訪れたギルド店舗内、デミが飛び出し、端末と各種スケールメーターを要塞のように積み上げた半円卓の中央で、馴染みの『デフ６』商人は振り返る。
『おお！ デミ！ デミではないか！』
サスだ。疲れにヨレた鼻溜をめいっぱい広げ、半円卓の奥から身を乗り出していた。そのさい手が埋め込まれた操作端末を押さえるが、周囲で光学バーコードの読み取り走査線が、取引先の名を連ねたアクセスログに入荷待ち商品の一覧が、次々と立ち上がったところでサスは目もくれない。半円卓を回りこんで飛びつくデミの体を受け止める。
『どう言うことじゃ！ 学校からお前があのコロニーへ向かったと聞かされて、わしはどうにか行方を捜そうと……！ どれほど心配したことか！ 怪我はしておらんか？ それともコロニーへは行かなんだのか？』
『心配かけてゴメンね、おじいちゃん。ぼく、どうしてもレポートを仕上げたくて、それでフェイオンへ行ってたんだ』
何はさておきサスの胸へ鼻溜をこすりつけ、持ち上げた顔ですまなさそうにデミは答える。しかしそれもつかの間のことだった。表情はそこで一変する。
『でも、大丈夫だよ！ だって、おじいちゃんが言ってたジャンク屋のカーゴで帰ってきたんだ！』
『なに、ジャンク屋の？』
頷きデミは、後ろを見るようサスを促してみせた。従い振り返ったなら、無論、そこにアルトはいる。
『ほ！』
『なるほど、チビの夢が将来おじいちゃんの店を継ぐことってのは、こういうことだったってワケだ』
ススと乾燥した流動食でゴワゴワに固まった作業着を引っ掛けアルトは、驚くサスへ、あいさつ代わりと口を開いた。
『助けてもらったの！』
デミが満面の笑みでサスへ付け加える。ならサスは、初めて目にした生物であるかのようにアルトを、引き連れた両脇の二体を見回していった。そうして鼻溜を歪める。振って返した。
『なんじゃ、お前、しばらく会わんうちに、とうとう所帯持ちになったか？ のう贅沢な、ペットまで飼うようになりおって』
『な、ペット？！』
聞くなり声を詰まらせたのは、ライオンだ。
『あたし、この人、関係ないっ！』
ネオンも爪先立つ。
挟まれて引きつり笑い。アルトに継げる二の句はない。
さしおいて、デミがつぶらな瞳をサスへ向けなおした。
『おじいちゃん、みんなのこと知ってたの？』
溶けそうな笑みを浮かべ、サスはそんなデミへと教えて鼻溜を振る。
『お前は学校に行っておるから知らんかったろうが、アルトは、わしの仕入先のひとりじゃ』
「ちょっと、ヘラヘラ笑ってないで、あなた、ちゃんと説明しなさいよっ」
放置されつつある誤解にネオンが呻いた。
「その通りだ。いくら雇われのボイスメッセンジャーとはいえ、そのような立場に成り下がった覚えはない！」
ライオンもまたまさにがお、と吠えて立てる。
と、『ヒト』語が聞こえでもしていたかのように、サスがその場をおさめて言葉を挟んだ。
『わかっとるわい』
弱ったようにネオンの足元へも視線を投げる。
『じゃがの、お前さん、これから口説くつもりなら靴くらい買ってやらんか。裸足で店へ入ってきた輩なんぞ今までおらんぞ』
確かに重力解放中の『フェイオン』で逃げ惑ううち、ネオンのヒールはどこぞへ脱げてなくなっていた。代わる物など船になかったなら、裸足のままでここまできていた。
『そりゃ、先を見越したアドバイスをどうも。その気もわかなくて気が回らなかったぜ』
「それ、どういう意味よ」
ネオンの言い分は理解できずとも、やり取りの様子と見て取りそれこそサスが鼻で笑った。やおらイスの上で姿勢を正す。
『ともあれ、お前さんでよかった。デミの礼は言っておくぞ。まったく、連絡せんから無駄に気をもんだわい』
手を振って返したアルトの仕草は、ぞんざいだ。
『そいつは遠慮しよくよ。あんたの孫だと分かったのは、ここへ着いてからだ。知っていたら、よその船へつっこんでたろうからな』
笑い飛ばすサスの鼻溜が揺れる。つられてアルトもまた頬を持ち上げていった。ままにカウンターへ歩み寄る。
『とにかく、おかげで船のメンテが必要になった』
手短にネオンとライオンを紹介した。
『このふたりも着の身着のままで放り出されてきている』
と、思い出したようにネオンを指さし、デミは鼻溜を振る。
『おじいちゃん。このおねえちゃんはスゴイんだよ！ 地球のアナログ楽器を操れるんだ。ぼく、お手伝いをしてその音、聞かせてもらったの！』
『そうか、そうか、よかったのう。わしはまだ実際に聞いたことがないぞ。それはいい経験をしたもんじゃ』
否定することを忘れたかのようなサスはひたすら頷き返し、デミの頭を撫でる。果てに耳打ちした。
『ならデミ、わしがジャンク屋の注文を聞く。お前がふたりをショールームへ案内して、注文をとりなさい』
大役を仰せつかったデミの目は、とたん大きく見開かれていった。
『ほんと？ ぼくがやっていいの？』
サスはもちろんだ、と促す。
『分かった、やってみる！』
伸びあがったデミが半円卓から飛び出し、ネオンとライオンを店内の片隅へ手招いた。瞬かせた目を見合わせるネオンとライオンを前に、各地に散らばる各店舗の在庫や本部が管理しているデータを、仮想ショールームという形で用意した別室のドアを開いて誘う。
「賢明なチビなら安心だろ。ぼったくったりしない」
デミはともあれサスがついているなら質にも値にもお墨付きであることは、アルトが一番よく知っている。アゴを振って促した。
なら、とショールームへ踵を返すふたり。やがてその姿は、ドアの向こうへ消えていった。
店先にはサスとアルトだけが取り残される。それまでの騒々しさが嘘のように店内はとたん、閑散とした雰囲気に包まれ、愛おしそうにデミの働きぶりを眺めていたサスの顔からも笑みを押し流していった。かわってコロニー崩壊以降、積み重ねた疲労をそこに滲ませてゆく。
『偶然とはいえ、お前さんの船に救われるとは、あの子はまるで、わしらの腐れ縁を体現しとるようじゃの』
ぼそり鼻溜を振って、ため息をついた。
アルトも小さく頷き返す。
『あの時、俺は、あんたに拾われたわけだがね』
『全く、宇宙は広い。広いが狭いの』
閉じられたドアから視線を切ったサスが、半円卓に埋め込まれた端末画面へと向きなおった。合図にアルトは作業着の替えと、張り替えるための船の塗膜セット、クラック検知キットや携帯食、ミールパック一式を注文してゆく。書き留め画面を弾きながら、サスはこうも鼻溜を揺らしてみせた。
『塗膜セットは、四二一番だったな。ガスはいらんのか？』
『いや、あんたんとこのは無駄に一級品過ぎる』
『一級品に無駄も何もあるものか』
分かっていない、とサスはなじる。
『注文の品は七時間後、いつも通りドックへ届けさせるが、いいか？』
そうしてチラリ、アルトを見上げた。カウンターに埋め込まれた端末画面をアルトへ向けて百八十度、回転さる。
『元手はあるんじゃろうな？ ドリーは無駄足だったんじゃろうが。ま、子守代には足りんじゃろうが、差し引いておいたぞ』
合計金額の確認を促した。
『ああ、いつも通り、じいさんの所で借りている船のドック代へ上乗せしてくれ。引き落としまでには、きっちり稼ぐさ』
盗み見た程度、目をやったアルトは作業着の汚れをひとつ、指先で弾き飛ばす。
『貧乏ヒマなしじゃの』
画面を戻してサス呟き、そこで一息ついてみせた。
『なら、残りの子守代じゃ』
鼻溜を振る。緊張のためか、その声は妙に低い。
『わしがお前さんのトラブルの力になろう』
なるほどその話をするために、デミたちを別室へ移したのか。もうひと欠け汚れ弾き飛ばそうとしていたアルトの指の動きはそのとき、止まっていた。おずおずとサスへ顔を上げてゆく。そこで合ったサスの目は、試すかのようにアルトを覗き込んでいた。
『追われておるのだろう？ 違うか？』
藪から棒に鼻溜を振ってみせる。
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