矢継ぎばや、サスはこうもたたみ掛ける。
『ドリーのジャイロか? ホロレターを出した輩が絡んでおるのか?』
言い当てられて驚きつつ、それは違う、とアルトはサスへ首を振り返した。
『いや、船賊だ。だが、どうして俺が追われていると分かった?』
むしろ問いかける。
『ヒトの、いや、シロウトならデフ6の嗅覚でもってしても無理かもしれんがの、ここへ入って来た時から、お前さんの体から臭気マーカーの臭いがしとっての』
丸いアゴ先をつまんだサスは、いぶかしげと目を細めていった。
『臭気、マーカー?』
アルトは声を裏返す。
『そうじゃ。残留した臭い粒子の濃度で対象を追跡するシロモノじゃ。大気質を問わん』
確かめて、アルトは作業着へ鼻を押し当てた。しかし乾燥の挙句、腐敗臭すらしなくなったそこから臭うモノは何もない。と同時に、どうりで船賊たちの追跡が的確だったはずだとひとりごちた。
『知らなかったな。だが臭気マーカーなんてシロモノ、初耳だぜ』
『そらそうじゃろ。軍で試作を重ねとるシロモンじゃ。わしもこの間、協力しとる民間からの試作品流れで知ったところじゃわい』
『軍の?』
と、そこでサスはふい、と声をひそめる。
『あのふたり、デミもなついておる様子じゃし、悪党にだけは見えんかったが、何もんじゃ?』
問いかけには勘違いだ、というしかない。
『ああ、デミを船に乗せろと言ってきたのはネオンだ。パラシェントはボイスメッセンジャーをやっている。俺、同様、匿名のホロレターで踊らされてきたクチらしい。俺宛のメッセージを預かっているってことで、受け渡しが済むまで同行する予定でいる。あのな』
アルトは言葉を切った。
『だいたい確かめるだけにあの挨拶は、こっちが迷惑だ』
つけ加えてやる。
『言うな。咄嗟にしてはうまいもんだったじゃろうが』
悪気のないサスに謝るような素振りはない。アルトは目を剥き、受け流したサスは一転、眉間を詰めた。
『なら、あのふたりがマーカーを吹きかけたわけではない、ということじゃな?』
『おそらく。船賊とはつるんじゃいない』
『その様子では、お前は真正面からマークされとるハズじゃがのう』
唸ったサスが、短い腕を体の前で深く組んだ。
『どこでやられたのか、今すぐ思い出せ』
急転直下と突きつける。
『お、思い出せ、つったってな。そう急には……』
その視線にアルトはたじろぎ、急ぎ記憶の巻き戻しに取りかかった。脳裏に、デミを追いかけ続けた船内に船賊を、追われ続けたコロニーを、カウンターで食らった待ちぼうけを、フェイオンへ向かう独りきりの船内を蘇らせてゆく。巻き戻し過ぎたと、フェイオンの格納庫に船を預け、無数の利用者と共にシャトルで『ミルト』へ向った一部始終を、誰もいない『ラウア』語カウンターでホロレターと仏頂面の『ラウア』語店員を眺め続けていた自分を、なぞっていった。とたん声はそこで上がる。
『だッ。まさか?』
『そいつか?』
『店員だ』
言っていた。
『ホロレターの待ち合わせにあったラウア語カウンターのネイティブ店員だ。ヤツが思い切り俺に息を吹きかけやがった』
どう考えても正面からとなれば、無煙タバコをふかしたあの時しか思い出せない。聞いてサスは、よくやったと言わんばかり笑いかけ、ウインクとまではいかないものの覗き込むようにアルトへ突き出した片目を細める。
『そやつの正体、わしが調べてやろう』
鼻溜を振るものだから、アルトは我に返っていた。
『そんなに、はりこんでもらわなくてもかまわないぜ』
突き返したのはおそらく、及ばぬところでまた自らの行く末を左右されたくない、と思ったせいだ。
『何を言いおる。お前さんの手には負えんヤマじゃろうが?』
『言ってくれるな』
あっけらかんと返すサスの、いわんとしているところが汲み取れるからこそ、アルトはその顔を睨み返していた。
『お前がウチの稼ぎ頭になったのは、デミ同様、わしが育てたようなもんじゃからの』
そんな視線を、サスは開いた眉間でかわす。だからして言葉はついぞ、アルトの口からこう飛び出していた。
『よしてくれよ、この期に及んで保護者気取りか? それとも俺はまたあんたのヒト助けに付き合わされる、ってわけか?』
瞬間、サスの表情は怒りに歪む。半円卓を叩きつけるべく手のひらを振り下ろした。しかしすんでのところで手は空を切る。やがて元の位置へと、引き戻されていった。
『……言っておくが、わしはお前を気まぐれで拾ったのではないぞ』
店に、押し殺した声が響く。
言いぐさは、確かに受けた恩義に反する類だといえた。
『……すまん』
答えるしかなく、覚えた罪悪感にアルトは言葉尻を濁す。
『死に急ぐもお前の人生じゃが、棺桶から引きずりだしたわしにも責任があると思うとる』
言葉は耳に痛く、だからしてアルトは半円卓へと背を向けていた。ため息と共にそこへ体を預けてゆく。
『俺の悪いクセだ。地球へホロレターが送られてから、どうも落ち着かない。おかげであのカウンターで二時間も粘っちまった。とっとと帰ってりゃ、こんなことに巻き込まれずにすんだってのによ』
あてない視線を宙へと投げた。
『だからやめとけ、とわしは言ったんじゃ』
背中越し、首を振るサスの様子が伝わってくる。
『いいや。だからこそ、放って置けないことだってあるんだぜ』
その顔へ、アルトは勢いよく振り返っていた。
『あの家は、何も示さない俺のたった一つの手がかりだった。座標上から消されていたとしても、俺のマイホームに変わりはない』
カウンターへ張りつき言えば、瞬きさえもが止まる。
力説に、サスもゆっくりうなずき返していた。
『おかげでわしは着陸に失敗しかけたがの。年寄りにマニュアルを要求するなど、無茶がすぎる』
笑い飛ばして、今、思い出してもゾッとするといわんばかり身震いする。想像は、アルトの頬もまた緩ませていった。
『あんたの慌てっぷり、覚えてないのが残念だ』
と不意に、手元に落ちるサスの視線。モニターの中で、仮想ショールームで注文された靴と船のリストは点滅していた。
『結局、一部屋、押し潰したが、奥におったお前さんは大量のクスリでへべれけじゃったからの。覚えておるも何も、今、こうして生きとる方が不思議なほどじゃ』
鼻溜を振りながら、サスはデミの仕事ぶりへ目を通してゆく。
『何で、記憶をなくすほど浴びてたわけだかね』
『その理由、わかるやもしれんとわしは思うとるぞ。この件に共通しとるものがあるとすれば、軍じゃ。導入間際のマーカーといい、何の因果かお前さんが浴びとったクスリも軍用の興奮剤じゃったからの。どちらもそここに出回っとらん特殊なシロモノなら、偶然にして出くわすに、出来過ぎじゃな』
『そういやぁ、重力低下が起きた時、奴ら、携帯グラビティなんてモノを装備してやがったな』
『ほう。それも、連邦軍の虎の子じゃの』
言うサスは、実にあっけらかんとしていた。
『だとして、迎えに来るのが遅すぎるぜ』
吐いてアルトは、納得したようにひと息入れる。
『確かに、覚えがないなら俺の手には余るかもな』
『のう、ならここはわしに任せて、お前はしばらく船でも磨いておればよい』
促すサスの指が、デミの見繕ったリストへ発注のサインを走らせていった。
『ついでに学校へ戻る次の便まで、デミの相手をしてもらえれば、わしはなおさら助かるがの』
送信を済ませ、上げた顔でアルトへ微笑みかける。ならアルトにはこう返すほかなくなっていた。
『冗談きついぜ、じいさん』
浮かべた苦笑いを、すぐにも真顔へ引き戻す。
『年寄りの冷や水ってこところまでは、やめてくれ』
しかしながらサスには伝わっていないらしい。
『なぁに、たまには浴びるのも一興じゃわい』
同時に、仮想ショールームのドアは開く。よほどいい買い物ができたのだろう、楽しげな声はふたりの耳へ届いていた。
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