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ACTion 17 『いくらだって?』



 無防備な話し声が、いつからか張り詰めることとなっていた緊張をアルトとサスに知らしめる。
『どうじゃ、デミ。万事うまくいったか?』
 拭ってサスが、手のひらを返したかのごとく猫なで声を放っていた。
『うん、もちろんだよ。リスト、見てくれた? おじいちゃん』
 ネオンの手を引き鼻溜を揺らすデミは、勇ましげだ。ままに一直線と、半円卓の中へもぐりこんでいった。すかさず端末画面へ頭を突っ込み、見繕った一覧へ視線を這わせてゆく。
 どうやら注文が届くまで、デミから借り受けることとなったらしい。履き込んだあとがうかがえるそれは、デミの靴と全くもって同じデザインだ。共に連れ込まれたネオンの足には、フリーサイズのエアソールシューズがあてがわれていた。
 そんな双方と別れてライオンは、半円卓の前へ回り込んでゆく。譲ってアルトは、もたれ掛かっていたそこを離れた。
『そうじゃの、靴はあの店で正解じゃと思うが、どうして船はイアドの在庫をチェックせなんだ? 奴の目は信用できるぞ。交渉が必要であったなら、わしが間に入ったものを』
 心待ちにしている評価をサスは告げ、変更されることなく発注が済まされたことを知ってデミはほっ、と鼻溜をしぼませる。
『見たんだけれど、店を閉めてるみたいなんだ。品物が動いてなくて、それでぼく、別の在庫倉庫に変えたんだ』
 ならそれは意外な事実だったらしい。サスは考え込むように、アゴへ手のひらをあてがいさすってみせた。
『ほう。そうか。また、エスパでも買いに出よったか?』
『この画面と、さっきの部屋は繋がってるんだよ。で、全部は、ギルドの本部にあるサーバーに繋がってて、そこで商品情報をやり取りするんだ。時にはすごく大きな取引があったりして、本部自体が各店舗に情報を流して品物を手配することもあるんだよ。ぼくがサポジトリでしてる勉強は、この端末を見ただけでどんな物か分かるようにするためなの!』
 傍らで、デミはネオンへさも自慢げと説明を始める。へぇ、とネオンの眺める端末画面には、言う通りと文字が果てしなくスクロールし続けていた。その意味不明な羅列の量に、しばし圧倒されて釘付けとなる。
『でね、おじいちゃん。ライオンのお客さんは、電子ウォレットで今すぐ精算してくれるって』
 忙しくも、デミはサスへ鼻溜を向けなおした。
『ご老体、これで頼みたい』
 開いたツナギの胸元からライオンは、裏にみっしり光学バーコードが仕込まれたカードをすぐにも取り出す。
『また珍しいものを持っておるの。ま、わしとしては、支払いさえ済めば何でもかまわんがの』
 受け取りサスは隅から隅まで眺めまわした。端末画面の隅を弾き、すかさず広がった走査線へ、それをかざす。カードより転記されたデータの操作にかかった。
『他に入用なものはないのか?』
『商売でここまで来た。これはそのギャランティーだ。全て使い切るわけにはいかん』
 答えるライオンに思案する素振りはない。
『なるほど。今、アルトからボイスメッセンジャーをやっとると聞いたところじゃ。ま、それにしても大きな仕事を引き受けたもんじゃの』
 そうしてライオンへと、端末画面を回転させる。仕草でサスは、そこにサインを求めた。目を通してライオンは、指示された場所へ指を走らせる。
『これきりにしたいものだな』
 見届けたサスが端末画面を戻した。走査線から剥がした電子ウォレットをライオンへと返す。
『確かに、度々船を失っておっては、割りが合わんじゃろうからな』
 受け取ったライオンは、大事そうに再びそれを胸元へとしまい込んでいた。
『で、そちらさんの支払い方法は何をご希望じゃ?』
 サスは体をネオンへ傾ける。半円卓に見入っていたネオンの顔は、そこで驚いたように跳ね上がっていた。
『モバイロが……』
 言いかけて息をのむ。様子に指を突きつけたのは、アルトだ。
『あッ、そういやあんた、ブッ壊れたモバイロが金を管理してるってッ』
 とたん胡散臭げと潰れていったのは、サスの目で間違いない。だが状況が状況だ。のみこみどうにか鼻溜を振ってみせた。
『仕方ないのう。代わりにIDをコピーさせてもらえば支払いは後でもかわまんが』
 しかしそれすらままならないのが、ネオンの境遇、というやつだ。
『ごめんなさいっ! 必ず、払いますッ!』
 伸び上がってまで頭を下げる。見つめてサスは、鼻溜をきゅっと縮めた。
『ふむ……、IDも持っておらんのか。わしはツケで商売をせん主義なんじゃがな。キャンセルするにももう、向こうは発送の準備を始めておるじゃろうし。どちらにせよ金はかかるぞ』
 そうしてネオンから剥いだ視線を、アルトへ投げる。
『な、んだよ。その目は』
『いや、えらい客を連れ込んだもんじゃと思うての』
 響きはそっけないが、案外な皮肉だ。
『待って、おじいちゃん。おねえちゃんは、ぼくを助けてくれたんだよ。オマケしてあげてよ』
 見かねて間にデミは入る。とはいえそれは、今しがたアルトとついた話でもあった。
『ならば、それぞれに好きなだけくれてやるか?』
 サスは言いこめ、押し黙ったデミが自らの力不足を悔やむような目でネオンを見上げる。様子にこれまた仕方ない、とサスの鼻溜は揺れた。
『ならばこれでどうじゃ? わしがそのアナログ楽器を買い取ろう。もちろん釣がでるぞ。IDも持たぬ一文無しではこの先、何かと困るじゃろうて。さしあたってもそれでなんとかなる』
 などと八方丸く収まるはずが、そこにもひとつ、問題はあった。
『絶対ダメ』
 ネオンが身を乗り出す。わけを話して聞かせるに造語が不便なら、そこから先を『ヒト』語に切り替えアルトへまくしたてた。
「あたし、楽器を売ったくらいじゃ返せない借金があるの。だからあっちこっちで演奏して返済してるよとろこなの。手放したりなんかしたら、他に何も出来ないし。造語だって苦手だし……。色々大変なの。お願い、後で支払うから。これだけは渡せないって、あなたから待ってもらうよう説得して」
『何を話しとる?』
 理解できぬ言語にサスが不審の色を浮かべている。聞き取れるからこそライオンが、アルトの返事を吟味すべく、体を向けなおしていった。
「お願い。楽器さえあれば後はどうにかなるの」
 繰り返しネオンは手を握り合わせる。
 その顔を、アルトはしばし眺めて黙り込んだ。
 見つめて頬をしぼませたネオンはもう、何も言おうとしない。
 振り切り、アルトはカウンターへと足を繰り出した。もたれ掛かるなり吐き出した声は、地を這うほども低い。
『……いくらだって?』
 耳にしたサスの目が丸く見開かれてゆく。
『ほ、毎度ご利用、ありがとうございました』
『うるさい』
 浴びつつアルトへ端末画面を回転させた。とたんアルトの声は、ことのほか大きくなる。
「お前ッ、コレ、送料の方が高いじゃねーかッ」
「え、そ、そうなの? ごめん……」
「なんでンなもん。今のヤツじゃ、だめなのかよ。今のヤツじゃ」
「だって目が覚めたらそれ、履いてたんだもの。変えたくなくて」
「なら今度から寝る時は、今の履いて寝やがれッ」
 コンチクショーで、走らせるサインの勢いは凄まじい。満面の笑みで見届けたサスは、それこそホクホク顔で両手をこすり合わせている。
『またのご利用、待っとるぞ。次は貴金属でもどうじゃ? これが地球のご夫人方には人気があっての』
 などと言い出すサスを、アルトは無言で睨みつけた。
 とその時、沈黙していたモニターは吹き返す。
『サス! そこにいるか? 一大事だ、えらいことになった!』
 逼迫したダミ声は、やおらそこから飛び出していた。


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