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ACTion 18 『I NEED A SPACE SHIP』



 見ればそこには顔面のシワをこれでもかと波打たせるテラタン種族の、狼狽しきった顔は映し出されている。
 見つけたデミが、とたん嬉しそうにモニターへと向き直ってみせた。
『あ、おいちゃん! さっき、お店覗いたんだよ。今、どこにいるの? おかげでおいちゃん、儲けそこなったんだから』
 ならばなおさらモニターからだみ声は、まき散らされる。
『デミ坊か。いや、デミ坊、それどころではない! ブロードバンド・キャストライブはもう見たか? 船賊のコロニー強襲映像だ! 今、その付近にまで来ておる。だがこれ以上はジャンクだらけで近づけん。規制線も張られた! どうにかならんか! あ、あの中にわしの……!』
 息せき切るその様子は半ばパニックだ。
 これではデミの手に負えそうもない。そこから先、代わってサスがモニターをのぞきこんだ。
『たく、騒々しいヤツじゃの、トラ』
 そう、つまり先ほど船の購入を案内する際、覗いておくべきだとサスが忠告したイアドの店とは、トラの店のことだったのだ。さらに交渉のさいは間に入ってやったのにと言ったサスとトラの関係こそ、惑星『Op・1』に建つ『デフ6』仕立てのトラの店を、譲り、譲られた者同士だった。信用による売り買いが日常的なギルドの世界では、こうしたつながりでもってして相補の関係を築く商人も少なくないのである。
 が、次の瞬間にも訴えるトラの顔は、ストップモーションでもかかったかのように固まる。モニター画面を覗き込んだままで、信じられない光景を目の当たりとしたといわんばかりカッ、とシワの奥の両目を見開いてみせた。ままにアナログズームそのもの、自らモニターへ近づいてゆく。
『な!』
 吐き出した。
『ネオン!』
 そうしてこれでもかと、その名を叫ぶ。
「うそっ!」
 ゆえに身をのけぞらせたのは、ネオンの方だ。それきり脱兎のごとく半円卓から飛び出す。アルトとライオンの背後にまで、駆けていった。
「なにしてんだ、お前?」
 目で追ったアルトの眉間が詰まるのも、然り。デミもきょとんとしている。ならそこで縮こまり、声さえ潜めたネオンの言い分はこうだ。
「何ってねぇ、隠れてるんじゃないのっ……!」
 ほとんどコントの域だが、本人は必死なのだからチラリ、モニターを盗み見る目こそ、真剣だ。
「あれよっ。あいつがさっき言った借金取りなのっ。なんでこんなに早く見つかっちゃうワケっ? あたしの自由はどこっ? せっかく逃げ出せるかも、って思ってたのにっ!」
「そりゃ、お前、ここ、ギルド店舗だからだろ」
 アルトは答える。
 ならネオンはなおさら吠えた。
「そんなの、星の数ほどあるじゃなぁいっ!」
 しかしこぼしたところで現実は曲がらず、モニターからネオンを探すトラの声もまたボルテージを上げる。
『待て、どこへ行った、ネオン! 今すぐ戻って来い!』
 写し出されていた映像が揺れたかと思えば振り回されて、トラの顔どころか見慣れぬ天井や計器らしき部品類を次から次へなめまわしてゆく。挙句、上下逆さでトラの顔をとらえなおすと動きを止めた。
『サス! ぼうっと見ていないで、今すぐ、今すぐ捕まえてくれ!』
『と、頼まれてもじゃな』
 逆さで噛みつかれ、弱り果ててサスは額を掻く。そうしてはた、と思い起こした話に動きを止めた。上げた顔でネオンを凝視し、突如、合点がいったかのように自らのヒザを打ち付ける。
『なるほど! アナログ楽器か!』
 一転、トラへ声をひそめた。
『これが聞いておったあの船の?』
『ええい、今、その話をしているヒマはない!』
 同時にモニターの天地は修正される。
『じゃが、それこそわしに拘束する理由はないぞ。それに今さっき、わしの客になったところじゃしの。もっとも、おまえさんの道楽に……』
 言いかけたところで、トラの喚く声はかぶさった。
『ええいうるさい、うるさい! これでは埒があかん! ともかくわしは今からそちらへ向かう! ネオンが客なら、しっかり相手をつとめておいてくれ! わしが到着するまでだ! 頼んだぞ!』
 モニターの映像がブツリ、切れる。
 台風一過。
 室内が妙に広く感じられるそれこそが、沈黙だ。
 かみ締めネオンは、恐る恐るふたりの背から抜け出していった。
「フェイオンからじゃ、数日で来ちゃう」
 呟き、落ち着きなく辺りを見回す。
「身から出たサビだろ」
「違うわよ。放置船から見つけて蘇生してやったから、その代金払えって。逃げ出せないようにあたしのIDまで転売して、バカみたいな大金せびるのよ。この楽器とあたしに演奏技術があるから手放したくないだけよ。人を奴隷みたいに扱っちゃって、鬼よ、悪魔よっ!」
 返すアルトへ、冗談じゃないと突っかかった。ギリリ、奥歯を噛んで今度はうなり、跳ね上がる。
「そうだっ! お願い、どこでもいいから船に乗せてって」
 ライオンへと身を乗り出した。だがライオンの船は今しがた注文し終えたところだ。
「いや、わたしの船は登録手続きが控えている。今日、明日には出ない」
「だったら……」
 仕方なくネオンはアルトへ向きなおる。
「靴代、返さなきゃならないし、ついでと思ってこの通りっ」
 合わせた両手で頭を下げた。前でアルトは表情を露骨なまでに歪めてゆく。
『おねえちゃん。おねえちゃんは、おいちゃんを知ってるの? ぼくはおいちゃんを知ってるよ。おいちゃんは悪いひとじゃないよ』
 感じた不穏な空気に、デミがおそるおそる鼻溜を揺らしていた。声にネオンは振り返るが、懸命だったぶん視線は鋭くデミを射すくめていた。すかさずかばって、しかしながらさりげなくデミを促して鼻溜を降る。
『それはわしが一番よく知っておるぞ、デミ。さて、お前はそろそろ学校へ戻らねばならんな。わしもお前が無事じゃったことを先生に報告せねばならんしの。お前は奥で準備をしてきなさい』
 話をはぐらかされたデミの表情は、沈んでいた。しかしながら筋の通ったサスの提案に逆らうこともできず、半円卓を抜け出してゆく。
『……うん、分かった』
 それでも言い足りない何かを補うように、その顔をネオンへ上げた。
『おねえちゃん、後でぼくの街、案内してあげる。ステキなところだよ。ここで待ってて』
 そこにいつもの快活さはなく、気づかされてネオンはひどく吊りあがっていた表情を急ぎ緩めていった。
『ありがとう。楽しみに待ってる』
 見て取れたことにデミもまた、少しほっとしたようすだ。微笑み返していた。そうしてミノムシドアとは正反対の、奥に据えられた小さなドアへその身を潜り込ませてゆく。
「てな、お前、バカか」
 見計らい、突き返したのはアルトだった。
「船賊に追われてるって話は、したところだろうが。どこまで連れて行きゃ気が済むのか知らないが、二人きりでいいってのも、いい度胸だ」
「分かってて頼んでるんじゃない。だいたい、その気ないなら関係ないでしょ」
 双方、譲らなければ、そこで真っ向、睨み合う。
「まったく」
 見かねて口を挟んだのは、ライオンだった。
「ならば、私の船だろうがジャンク屋の船だろうが、借金取りの船だろうが、一番にここを発つ船に乗る。わたしの船も到着に数日かかるが、ジャンク屋の船も補修がある。借金取りもフェイオンからだ。そう差はないだろう。タイミングに託すのなら誰も文句はあるまい。そのうち他にも手立てがみつかるやもしれんしな」
 飲み下すにしばらく。
 ネオンが先に承諾していた。
「そうね。いいわ」
「う、うまいことハナシをつけるじゃねーか」
 アルトも口添え、前のめりだった体を起こしてゆく。過ぎてふんぞり返ると腰に手をあてがい、アルトはサスへ言語を切り変えた。
『こいつの乗る船は、一番にここから発つ船ってことで決まりだ。トラってやつが来たなら知らせてくれ』
『それなら、お安い御用じゃ』
 サスは返し、ネオンが握り拳へ力を込めていた。
「絶対、トラより先にここを出てやる」
 くどい、とその横顔へアルトは歯をむき出す。何事もなかったように、ライオンへと目配せを送った。
「おい、ドックへ戻るぜ」
 もちろんそこに含まれているのは、後回しにされ続けたメッセージ再生についてだ。だからして一呼吸おいて頷くライオンの仕草は、やけに慎重だった。
『悪いが、帰りはチビに送ってもらうよう伝えておいてくれ。タクシーでもたのまれちゃ、また出費がかさむ』
 見届けアルトは、サスへ手を振りきびすを返す。肩をすくめて聞くサスがその背を見送れば、ミノムシドアへ手をかけたところでアルトは思い出したようにまた振り返っていた。
『そういや、肝心なことがひとつ、まだだった』
 確かめるのはこのくだりだ。
『ドリーのジャイロは、もう売りに出されてるのか?』
 なるほど、それはすっかり忘れていたと、サスが軽く微笑み返していた。
『いや、まだじゃ。さするに、まだ誰かが握っておるんじゃろうな』
 納得してアルトは前へ向きなおる。
『了解』
 今度こそガラガラ鳴るドアを押し開け、店を後にした。


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