勢いよくクランチを回せば、心地よい振動と共にエンジンが息を吹き返す。見届けアルトは用済みのそれを片手に運転席へもぐりこんだ。振り返りざまクランチを、後部荷台へ投げ込む。三輪ジープの荷台は厚めの吸震性シートで覆われた戦利品専用の運搬スペースだ。クランチはコトリとも音を立てず、そこに転がった。
それこそがいわば惑星『アーツェ』の名物というべきだろう。フロントガラスにはモヤでもかかったようなキメ細かい砂塵が付着している。払いのけるべくしてアルトは、続けさまワイパーを作動させた。ハンドルを握りしめる。覗いた扇型の世界へ向かい、アクセルを踏み込んだ。合わせてハンドルを切れば、砂利を噛み潰してタイヤはゆっくり、路肩から抜け出してゆく。見る間にサスの店を、サイドミラーの中で小さくしていった。
時折、小刻みに跳ねる車体が、悪路であることを教えてくれる。
そう、光速を利用したとはいえ、僻地『フェイオン』から数日でたどり着けるここが街であるハズもなかった。『アーツェ』もまた典型的な田舎町だ。
証明するかのように穴だらけの路面のみならず、通りを走り抜けるジープの左右には目抜き通りを作らんがために寄せ集められたような町並みが、カタチばかりと流れていた。
情報は均一に既知宇宙を駆け巡っているものの、追いつかぬ物理面が影響しているのだろう。町の辻々には今だ現役気取りで並べられている一世代前の品々が目立っている。その影響か、活気はあれども町全体は独特の倦怠感に包み込まれると、さらに印象付けて、今日も快晴であることを示す『アーツェ』の空は、切ないほどの赤に染まっていた。
しばらくはその光景を珍しげに眺めていたライオンだったが、やがて見向きもしなくなる。舞い跳ぶ砂塵と夕焼けに撹乱されたその顔を、液状シリコンの爆風を受けた時のような乱反射で七色に乱すと、アルトの隣でただ黙り込んだ。
そうして町並みは、取り繕うにそこが限界と途切れる。
同時にジープは、夕焼け空を吸い込んだような褐色の荒野へ飛び出していった。
道というより、道なき道に残されたわだちを追いかけ、ジープはその中をひたすら直進してゆく。
その朱色に滲む地平線の際に、銀色と光を反射させる目的地、ドックの屋根は蜃気楼のように揺らぐとやがて、浮かび上がってきた。その向こうに滑走路は伸びている。ときおり音速を破る船の音が、ドンと響き出していた。すかさず受けた光に船体を白く反射させた船が、白い矢となり飛び去ってゆく光景も見え始める。入れ替わり、物資をしこたま腹へ詰め込んだ貨物船が、不安定かつ重たげにかしぎながら遠く近く、滑走路へ降下する姿も見えた。
眺めていたライオンが、その口を開く。
「何を、話していた？」
それは実に唐突な切り出し方だろう。何の事かと、アルトはチラリ、横目でライオンを盗み見る。答えかねて聞き返した。
「何を、って？」
すぐさま付け足すライオンは確信犯だ。
「わたしたちがショールームに入っている間だ」
そこで初めてなるほどと、アルトは瞬いた。
「あんたが気にすることかよ」
吐き捨てたなら、憮然としながらもライオンは、あっけないほど素直に飲み込んで言う。
「確かにそうだ」
再び訪れる沈黙。
そうして再びイオンは、その沈黙を破った。
「わたしは、この件であなた宛てのメッセージを預かって来た」
闇を手探りするような声は硬い。
言わんとしていることを先回りし、アルトはため息と共に教えてやる気持ちを固める。
「そうだ。あんたはただのボイスメッセンジャーだ。これ以上、その儲けをフイにしたくなけりゃ、これからのひと仕事にだけ集中してろよ」
とたんライオンはアルトへと振り返っていた。
「わたしも知っておくべきことがあるのではないか、と思っている」
口調は固い。刺すような視線もまた、アルトの気を引き付ける。振り返ってしばし睨み合うように互いは黙し、先にアルトが視線を戻した。
「このままブツだけ引き渡して、互いに他人へ戻ろうぜ」
「それは、ショールームから出るまでの話だ」
「なら、大きな買い物でもして気が変わったってのか？」
「いいや、気持ちを変えたのは買い物ではない」
ライオンは断言する。
「わたしがこんなことを言うのはだな、ショールームのドアが開いた時、わたしはあなたが初めて怯えたような目をしているのを見たからだ。正直、わたしも不安になったぞ」
ジープが乱暴に跳ねていた。追いかけていたわだちからそれている。アルトは急ぎわだちの行方を捜すと、慌てて大きくハンドルを切った。
ドック群はもう目の前だ。
進路を変えたジープは、そんなドック郡に沿って進む。いくらか行ったところで、並ぶドックとドックの間へもぐりこんでいった。とたん、それまでドックが遮っていた幾つものエンジン音が、利用者たちの声が耳へと飛び込んでくる。それら活気を体現するかのように、砂塵を回収する作業車が行く手を横切り現れていた。通り過ぎれば向こう側に、フルオートメーション化された古城のような管制塔と、緩やかな傾斜で空へ伸びる滑走路は浮かび上がる。
光景を片側に、ジープはドックとドックの間から抜け出し左折した。『ヒト』語で大きく「１１」と書きなぐられた風化寸前のゲート前に停止する。
「開けてくる」
アルトは運転席を抜け出した。ゲート片隅に取り付けられた、たった十個のテンキープレートのカバーを開き、所定のキーを入力してゆく。ゲートは砂塵を噛みながら、じれったいほどゆっくり左右へ開き始め、アルトはジープを中へ入れた。
ドックは『フェイオン』の格納庫と違って狭く、視界一杯に広がるアルトの船を巨大戦艦のように見せつけている。その船体を改め眺め回せば、致命的な損傷こそ免れたものの、混乱するコロニー周辺航路でつけた無数の引っかき傷が確認できた。中でも一番派手なものは、腹に長く尾を引いた傷跡だろう。おそらく寸前のところで回避したと思い込んでいたコロニー残骸との接触痕に違いない。えぐられたように塗膜は剥ぎ取られていた。
その傷を見上げる格好で、ジープはエンジンを止める。
後方で、砂塵の進入を拒むゲートが、ゆるゆると閉じていた。
ジープを降りる。
剥き出しの荷台からクランチを掴み上げた。アルトは船の搭乗ハッチを開き、そこにクランチを固定する。
眺めてライオンは、これ以上、期待できそうもないと諦め視線を、ドックの屋根へと持ち上げていった。どうやら銀色に光っていると思い込んでいたのは、そんな屋根に並ぶ天窓のせいらしい。赤茶色の砂塵をはり付けたそれは、眠たげな光を中へ投げ入れている。
と不意に、完全に閉じたことを知らせてゲートが、施錠のか細い機械音を鳴り響かせた。
ライオンの顔から乱反射は消え、クランチを固定し終えたアルトはそんなライオンへと振り返る。
「あんたの船は、約束の時間にこの五つ隣の空きドックへ納入されるハズだ」
驚いたようにライオンは、屋根から視線を戻していた。返事をするでもなく、しばし、そんなアルトを見つめて返す。やがて挟んで立っていたジープの前へ回り込んでいった。
「なるほど。あの時、出したデフ６の猫なで声から、答えてはもらえないだろうとは思っていた。運もここへ来るまでに使い果たしたことだ。これも高い報酬の一部なのだろう。これからは用心して暮らすことにするまでだ」
物分りよく言ってのける。
「希望通り、ここでメッセージの再生を始める」
右手を、たてがみへと持ち上げた。
前でアルトは、足をかけていた搭乗ハッチへ腰を落とす。そうまで言われて巻き込んだ責任を、今さらのように感じ取っていた。
「船賊も振り切れないようなあんたじゃ、用心したってたかが知れてる」
気づけば頭は振られた後となっている。そうして羽織っていた作業着の袖から乱暴に腕を引き抜いた。脱いだそれもまた、船内へ投げ入れる。
「やはりそれほどまずい話が絡んでいるのか？」
聞き返すライオンは性急だ。たてがみへ押し込んでいた手を下ろし、眉間に生えるテグスのようなヒゲを逆立せる。
「隠しているわけじゃない。俺にも分からないことが多すぎる。ただ、この件には連邦の軍が絡んでるって話が濃厚だ。あんたらがショールームに入っている間、ここまでの子守代だってことで、その辺りを確かめるとサスが調査をかって出てくれた」
納得のゆかぬ面持で教え、だからこそアルトは鼻で笑い飛ばしもした。
「何しろ奴らが俺たちを的確に追いかけることが出来たのは、臭気マーカーってやつで、マークしていたせいらしいからな」
「しゅうき、マーカー？ 何だそれは？ 聞いたことがないが？」
「まだ軍でしか投入されてないシロモノだとよ。そんなモンを船賊が使ってるって経緯が、胡散臭いね。確かに、重力低下中でのアレだ」
答えてうんざり、自らの膝へ立てた腕で頬杖をつく。
「それが私の依頼主か」
「さてどうだか？ まぁ、この商売してると、色々想像できないような出来事に出くわすって寸法だ」
ほどいてとぼけたように肩をすくめ返した。
「話していたのは、その辺りってとこさ。ただし、年寄りに任せて時間を潰す気はない。あんたのメッセージから読み取れるものがあれば、俺は俺で動くつもりだ。これで納得いったか？」
吊り上げた片眉で、様子をうかがった。
多少なりともライオンは得心した様子だ。慎重なほど深く頷き返してみせている。
「了解した。心して再生にとりかかるとしよう」
「ああ、よろしく頼むぜ」
再び右手がたてがみへと、持ち上げられていた。潜り込んだなら、ラウア語カウンターで見たように中で何かを探り動かせる。かと思うと、突き出た大きな顎を動かすことなく、アルトへ向かってこう話し始めた。
「このメッセージの記録時間は地球基準時で三十七秒。再生前の注意事項は三つ。一、再生はプライバシー保護のため一度のみとする。二、再生中の途中停止は不可。三、これらは再生終了後、メッセンジャーの記憶補助装置からメッセージが消去されることを前提としている」
その声はチューニングでもするかのようにうねり、次第に高音と低音の入り混じる響きへ乖離してゆく。
「以上を了承した場合にのみ、再生は開始されるものとする」
仮面のようだったライオンの顔の中、琥珀色の瞳だけが瞬きを繰り返してアルトへ確かめた。
一息、吐いてアルトは形式程度に気持ちを入れ替える。
「遠慮なく、やってくれ」
聞き入れたライオンが、両のまぶたを閉じていた。ひときわ尖った静寂の中、深く息を吸い込む掠れた喉の響きだけが、異様なほどに辺りへクリアに響きわたる。瞬間、その体から、待ちに待った第一声は放たれていた。
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