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ACTion 21 『デミとネオンのぼくの町観光』



 店の脇に停めてあった三輪ジープのわだちは、休むことなく堆積する砂塵によってすでにその窪みを消し去られていた。表へ出たネオンは改めて辺りを見回し、足元に目をやってはじめてその事に気づかされる。
 確かに大気は多少霞んでいるようだったが、どう考えてもそれほどの勢いで砂塵が降っているようには感じられない。確かめるべくして、すでにいくらかの砂塵を乗せているだろう頭を振ってみた。だがやはり砂塵はネオンの頭から落ちてくることはなく、砂煙すら立てずに、ただ不思議さだけをネオンの胸へ深く刻みこんませるに終わっている。
 店の裏手に回っていたデミが戻ってきたのは、そうしてネオンが素っ頓狂な顔をしている最中だった。ボストンバックに似た大きな袋を叩いて指し示すと、やおらネオンへこう鼻溜を揺らす。
『帰りはコレね!』
 どうやら、ネオンを送る時に使用するビオモービルは、その中に入っているらしい。
『これ、ポータブルなんだ。珍しいでしょ。ぼくが作ったの!』
 だが言われたところで、いまさら驚きはしない。
『よろしくね』
 ネオンはその旨を託す。
 見て取ったデミが、つまんだように鼻溜を潰し笑ってみせた。
『じゃあ、最初はアーツェ砂の民資料館へ連れて行ってあげる!』
 天高く振りかざす指で、クルリ、体を反転させる。ツアーの先頭を切ると、エアソールシューズを町へ向かって踏み出していった。
 そうして歩くこと、数ブロック先。
 ふたりはサスの店と同じ並びに位置する『アーツェ砂の民資料館』へ到着する。そこはちょいと風変わりな『デフ6』オヤジが管理する、無料の私設資料館だった。館内には『アーツェ』という惑星の成り立ちをなぞるものから、赤い空や砂塵の降り積もり続ける仕組に、そこで暮らす原住種族、つまりは『デフ6』の祖先がいかに砂塵と共存すべく尽力したかについてが所狭しと展示されていた。その過程で発達した鼻の構造をふくめ、デミとは知り合いらしいオヤジの解説付きで、ネオンは館内をぐるり、一巡する。
 順路の出口付近では恒例のお土産コーナーがネオンの目を引き、砂塵と共に詰められたオイルが、ひっくり返せば滴と垂れて時を刻む『オイル時計』や、自分の鼻にくっつけ『デフ6』に扮する鼻マスクを眺め笑った。もちろん所持金がないなら買い求めることはできず、手ぶらのままで資料館を後にする。
 次に、ぜひとも砂の中に咲く、この惑星独特の花を見てほしいと言うデミの意向で、『ポップス フラワー』という名の花屋へふたりは向かった。その店の女主人、ポップに会わせたいというのも、デミの目的のひとつらしい。何しろデミが言うには、ともかくポップはデミの憧れの対象だということだった。大きくなったら女の子になることを選んだのも、その存在によるところが大きい、とデミは鼻溜を揺らして教える。
 向かってふたりはサスの店と資料館の並ぶ通りから外れると、砂塵の堆積を防いで尖る屋根を連ねた町並みをぬい、今にも砂に埋まりそうな小道を奥へ、右へ左へと曲がり続けた。やがて連なる屋根の向こうに、温室にも似たガラス張り店舗を見つける。定期的に回収されている通路の砂塵とは違い、ガラス張りの中にはキメの細かな砂が、ネオンの背丈ほども敷き詰められているのが見えていた。近づくにつれそこに濃い原色の肉厚な葉とも花びらともとれぬ植物が、ぎっしり植えつけられているのを目にする。その葉はどれも毒々しくも艶やかな色目で、『アーツェ』の赤い空に負けない存在感を放っていた。
 釘付けで防砂用の二重扉をくぐり、店内へ足を踏み入れる。
 探すポップは花の手入れの真っ最中だったらしい。来客を知らせて鳴ったベルの音に、使い込まれた小さなスコップを片手に花畑から、極彩色の背景へ穴を空けたような真っ白なエプロンを揺らして姿を現した。確かにデミがいうとおり、小柄な『デフ6』にしてはすらりとした手足の持ち主で、万族共通の清潔感に好感の持てる婦人だった。
「あら、デミじゃないの。驚いたわ、あなた、学校へ行っているのではなかったの?」
 そんなポップの目が、デミを見つけるなり丸くなる。ならデミは、ネオンの存在を考慮してあえて造語でポップへ答えてみせていた。
『違うよ。さっきフェイオンから帰ってきたところなんだ』
 気づかぬはずはないのだが、聞かされたポップはとたん、そっちのけで大きく鼻溜を振り返す。
「まぁ! あの、フェイオンに? なんてことなの? よく無事に帰ってこれましたこと!」
 手にしていたスコップを砂に刺すなり、デミの体を抱きしめた。
「一体どうして、そんなところへ!」
 問いただせば、デミははしゃいで埋めた顔をポップの胸から持ち上げ教える。
『学校のレポートを書くためだよ。でね、あのおねぇちゃんが、フェイオンで困っている時に、ぼくを見つけて船に乗せてくれたの。だから、お礼にこのお花畑を見せてあげようと思ったんだ』
『まぁ、そうだったのね』
 驚いたような目でネオンを見つめるポップの言葉は、そこでようやく造語へ切り替えられていた。
『地球の方ですの? 大変お世話になりました。わたしからもお礼を言わせていただきますわ』
 デミを傍らに姿勢を正す。ネオンは慌てて手を振り、遮っていた。
『いえ、わたしは何も……』
『中、入ってもいい?』
 デミが待ちきれぬような声を上げる。とたんポップの表情はキリリ、引きしまった。それがわがままであることを示すかのように、先程までデミを抱きしめていた両腕を腰へあてがう。
『お花畑は遊園地とは違うのよ、デミ。みんな生きています。遊びで踏み荒らしてはいけません』
 が次の瞬間、仕方ないと、込めた力は抜き去られていった。
『と、言うところなのだけれど、今日はあなたの恩人がお見えになっていることですし、特別にわたしの庭を案内してあげるわ』
 その手が、砂の中からスコップを引き抜いている。
『やった!』
 デミのあげた歓声は、間違いなくネオン以上の喜びに満ちていた。
 なら待望の庭へ入るためのルールは簡単だ。砂に埋まらないようエアソールシューズの裏へ、『オイル時計』にも使われていた特殊な油を塗りつけるだけである。施しふたりは足を踏み入れる。そこには楕円の葉があるかと思えばひし形の葉が連なり、ただの球体が砂の上に並んでいるかと思えば、ぎっしり茂った木立や、乾いた枝ぶりの草木が、砂の上に所狭しと茂みを作っていた。掻き分けるように奥へ進めば、その中でもネオンが一番目に留まった植物を、ポップは『アルルカマズ』だと教えてくれる。四枚の黄色い花びらに赤とオレンジの刺し色が入った手のひらほどの花をポップは、記念にと一本、もいで手渡してくれていた。
 その後も気の向くままに散策して、ふたりは『アルルカマズ』を片手にポップへ別れを告げている。次に向かったのは、これまた一風変わった場所、『アーツェ』スタイルとも言われるゴロ寝レストラン『アズウェル』だった。
 その神妙なボーイにエアソールシューズを預け、体についた砂塵を吹き飛ばすべくエアシャワーブースを抜けた後、ふたりは簡単な間仕切りで仕切られた、座敷とも取れる個室をばら撒いたような店内へ出る。そこではすでに先客たちが固執で、個々に食事と会話を楽しんでいた。
 どうやら始終、砂に覆われているこの地域では、直接床に身をおくこと事態が贅沢な行為と位置づけられているらしい。多聞にもれずネオンとデミも案内されたスペースでごろり、横になる。はらばいで頬杖をつき、顔をつき合わせ、ゴキゲンよろしく折り曲げた足を宙で泳がせ続けた。
『支払いはぼくに任せて。だって、おねぇちゃんたちが、いっぱい買い物してくれたもん』
 言われなくとも、そうするしかないだろう。アルトの船で最後のミールパックを口にしたのが半日以上前なら、背に腹は変えられないと、ネオンは頷きデミの提案に従った。
『えっと、食事が終わったら、このビオモービルを組み立てて、町外れの連邦軍跡地へ連れて行ってあげる。今は使われてないんだけど、軍用機の管制塔から町も砂漠も見渡せて、観光地みたいになってるんだ。絶対にお勧めだよ。近くに間欠河川もあって、時間が合えば川が流れ出すところだって見られるんだ』
 話す様は、デミがまるでこの町案内を一番、楽しんでいるのかのようでならない。
 ややもすればそんなふたりの間に、注文した料理は運ばれてきた。デミは懐かしのご当地メニューで、ネオンはアルトの船には装備されていなかった種類のミールパック、その皿盛だ。地球でなら行儀が悪いと叱られるだろうが、ふたりは寝そべったままでそれらを口へ運ぶ。
『ねぇ、デミ?』
 さなかエビの形に形成された魚のすり身をフォークの先に突き刺しネオンは、ふと、皿から顔を上げていた。
 このエビの尻尾野郎!
 脳裏に、しばし忘れていたトラの顔が浮かび上がったためである。
『何? おねぇちゃん』
 鼻溜のせいで大口をあけられないためか、すすれる麺類のようなものと流動食系のものがコンビになった『デフ6』の郷土料理を流し込んでいたデミが目を、ネオンへ持ち上げていた。
『あたし、ここで演奏させてもらえない?』
 ネオンはトラの顔をかき消すように思い切りよくエビへかぶりつく。
『靴代払う』
 言った。
 そう、こうやって観光ばかりを楽しんでいるワケにはゆかないのだ。何の手立ても持たないネオンにとってログジャンキーと呼ばれるアナログマニアらと個々に契約を結ぶことは難しく、ならばこうした公共の場で一般の客を相手にできはしないか、そう考えたのである。そしてあわよくトラの元を離れることができたなら、その後をつなぐためにも、これは試しておかねばならない大事な段取りに違いなかった。
 ならそれはよほどデミを驚かせたらしい。瞬間、絶え間なく料理をかきこんでいた手も止まる。数度、瞬きを繰り返した目は見開かれ、やがて大きく鼻溜を揺らしてみせた。
『それ、いいよ。靴代なんか、すぐ払えちゃうよ! うううん、もっとすごいことになるかも! やった、また聞けるんだ。うん決まり、決まりだよ! 靴代、オマケしてあげられなかったお詫び。ぼくがお店と交渉してあげる!』
 その後、弾むようなデミの声が交渉の場で優位に立ったことは、いうまでもない成り行きとなる。


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