『おいちゃん、おいちゃん……』
どこからともなく甲高くも細い声が、もれ聞こえてくる。
『あれ? お留守みたい』
何ひとつ動く気配のない抜け殻のような建物に響きわたるそれは、むしろ不気味でさえあった。
かき消しザーッ、と乾いた音が挟み込まれる。
『わかってんのよ、あんたんところでしょ! ウチのアンテナ、吹き飛ばしたのは!』
『こらぁッ。弁償しろッ。この悪徳商人がッ』
『おたくですの? こまりますわ、ベランダが台無しですもの。このままではちょっと……』
『えー、弁護士に連絡させてもらいました。しかるべき措置をとらせていただきますので、あしからず』
『むちゃくちゃしないでよ! 一体、屋根の修理に幾らかかると思ってんの! バカ!』
続けさま、罵声に次ぐ罵声は飛び交っていた。だがどの声として同じものはなく、それぞれにそれぞれの思いを吐きいては怒りのバトンをリレーしてゆく。
正体を明かすべくゆっくりと、しかしながら確実に、狭い階段をチェックしながら上る焼け焦げた電極の隊列はあった。テンたちだ。手がかりの座標に従い辿り着いた惑星『Op・1』、その雑居ビル外付けの階段を上へと向かっていた。
ビルの所有者は種族『テラタン』、名前はトラ・イアドとある。輸入手続きの代行会社、としてビルは登録されていたが、具体的な取引は見当たらなかった。おそらくは架空登録。もぐりのギルド商人あたりが相当だろう、というのが船内誰もの見解だ。
(なんや、声がしとるみたいやけど、誰かおるんか?)
先頭を行くクロマの肩越し、背後から突き出した腕でテンは動話をつづった。
(わからん。でも、なんかヘンや)
クロマがすぐさまつづり返す。
時間帯からして、辺りは暗い。『デフ6』サイズに設えられた手狭な建物のため階段は縦一列になって進まざるを得ず、テンたちはラバースーツを闇に溶かし踊り場ごとにとぐろを巻くと、またじわり、足を進めた。
『商談途中だったんだぞっ。どーしてくれるっ。通信妨害程度では済まされんと思えっ』
いきまく声がまた、細い階段の上から流れこんでくる。
これで三度目だ。たどり着いた踊り場でクロマが電極を頭上へかざす。身を反転させた。目指す屋上からももうひと班、アプローチを試みているはずで、何者かが潜んでいれば必ずハチ合わせる段取りでもある。そんな影へ目を凝らしながらさらに上を目指せば、もれ聞こえていた声もまた大きくなった。やがて別隊の足音が聞こえ始め、誰に会うこともなく、次の踊り場で双方はハチ合わせる。つまり、辻褄を合わせてちょうどと、声は合流した踊り場のドア向こうから聞こえていた。
(一部屋あったけど、もぬけのカラやった)
屋上側の先頭が、クロマへ指を折る。
ドアへこすり付けた耳で音源に間違いないことを確認しクロマもまた、ドアを指差し返した。
(ここや)
なら屋上側の先頭が、ドアを睨み付ける。脇に挟み込んでいたスパークショットを、ドアへ振りかざした。そのノブへクロマは手をかける。
(アニキ、突入するで)
余る腕をテンへ振った。
なら全員の息を合わせるべく、テンが後続へ大きく手を振り上げる。
(三、二、一!)
つづられたカウントが切れると同時だ。
クロマはノブを一息に回す。
鍵はかけられていない。
ドアは素直と浮き上がた。
引き開けると同時に、電極を突きつけていた屋上側が身を滑り込ませてゆく。連なり後続が、次々と部屋へなだれ込んでいった。途切れたところでクロマも中へ身を飛び込ませる。構えたスパークショットを盾にテンもまた、踊りこんだ。
全員の目と電極が、なめるように室内を見回す。
空間は予想以上に狭かった。だからして一目で、そこに動く物がないことは確かめ終わる、ただ傍らに歪んだ保冷庫がひとつと、その前に座っていた者の重みを残して窪んだ椅子が一脚。向かいに数種の端末を乗せたデスクが据え置かれているのを眺めた。
『以前から、ゴミのことでも申し上げておきたかったんですの。この際、ここではっきりと言わせていただきますわ』
声はそれら端末のひとつからもれ出している。そしてまた、乾いた雑音は挟み込まれと、一巡したらしい留守録を巻き戻してみせた。伴い正面のディスプレイにぼんやり明かりは灯される。唯一、映像を伴うメッセージを流してあの甲高い声を、テンたちの前で繰り返した。
『おいちゃん、おいちゃん……あれ? お留守みたい。じゃ、船は他の倉庫だね』
そんなディスプレイから見覚えのある顔は二つ、幼体の『デフ6』と共にテンたちをのぞき込んでいる。
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