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ACTion 25 『巡る世界 1』



 窓はない。
 その代わりとして、部屋の適当な壁面にホロスクリーンを展開するのが、シャッフルの気分転換だった。そう言えばたいていは、故郷の風景をロードでもしているのだろうと思われがちだが、さして眺めるものがあるわけでもない辺境の地に赴いてからすでに二百五十万セコンド。飽きもすればいかにもニセモノ臭く感じられて倦厭したシャッフルは、今、あえて船周辺の風景をそこにはめ込んでいる。
 現在、臨時収容船として他船が速やかに目視確認できるよう、その表面を鏡面化させたこの船は、周囲のわずかな光をも反射して一見すると真っ白な船の装いだ。ホロスクリーンはだからして、光の塊にも似た自船と、そこに群がる数多の遺体運搬船や引き取りに現れた霊柩船を映し出していた。
 腰を下ろした仮想デスクの上には、繰り返し再生し飽きるほど眺めた極Y視点の突入ムービーが投影されたきり、かけた一時停止にその動きを止めている。
 ホロスクリーンを眺めて今一度、シャッフルはそのムービーへ視線を落とした。
 映る顔を忘れることは出来ない、と思う。旧F7ラボ、そのラボが独占的に使用していたハブAIの名から呼ばれることとなった通称『イルサリプロジェクト』の存在を裏付けるものは、おそらくもうこれしか残されていないはずだとも考えた。
 見据えるほどにシャッフルの眉間に陰鬱なシワは、刻みこまれてゆく。同時に胃の腑から、酸いものがこみ上げてくるのを感じ取らずにはおれなくなっていた。なるほど、これが憎しみというやつか。とひとりごちる。
『手間をかけさせおって』
 たしなめるように歪んでいた顔をひとつ撫でつけ、気持ちを落ち着かせた。
 思い起こせば、主要二十三種とその他雑種が共にプロジェクトを進めるなど、そもそもに無理があったのだ、としか言いようがなかったのである。なにしろ既知宇宙で現在、主要と呼ばれる二十三種が優勢となり得た理由の一つに、他種族と比べケタ違いに寿命が長い、という点があった。当然ながら寿命の違いはとらえる物事のスパンやスケールの違いを生み出し、おかげで互いの間には常に拭うことの出来ない溝が生じている。
 せいぜい彼らには個を救ってもらえればいい。
 ゆえにプロジェクト開始の際、クレッシェが言ったことも間違いではないだろう。
 だからして連邦政府は二十三種の共通見解として、生まれては剥がれ落ちる皮膚がごとく代謝を宿命づけられた個を、それらいまだ定義することの出来ない生命を、いくら救済し続けたところで何のたしにもならないと結論付けている。あらんや命の重さは惑星以上などという考え方はナンセンスの極みであり、それら儚さこそが真の姿である以上、逆らい抗ってまで救済することに意味を見出してはいなかった。むしろ大いに代謝を続けるべきだ、という考えさえ認めている。
 だがライフサイクルの短い雑種族、当事者たちがその事実を受け入れることは困難だったようだ。証拠に、過去、他種族が主要二十三種の掲げるマクロな話を理解したためしはなく、この話もその類なら、ハナから意思疎通の齟齬は警戒されてもいたのだった。
 だからしてルーツもしかることながら互換性が高く順応性も期待できる雑種族の『ヒト』胚をプロジェクトに使用することを決定した地点で、用意された同種族の職員らへは、それら反発を回避するべく『イルサリプロジェクト』はイルサリ症候群治療計画である、と伝えられている。おかげで彼らはそれら陳腐な理念に喜び勇み、その実、『イルサリプロジェクト』へ、主要二十三種の訴え続ける個の代謝をいとわず回る社会の、いや『世界』というシステムを継続させるべくプロジェクトに取り組んでいたはずだった。
 必要とするほど今、『世界』というシステムは危機に瀕している。主要二十三種とその他の間に拭えぬ溝があるように、種族間のみならず同族間の各地域、文化は、経済は引き剥がせぬほどと絡み、共依存を強めてきたものの、一方でだからこそ軋轢を生み、紛争や格差、そして確かにイルサリ症候群という副産物さえ生み出していた。
 そもそもそれら不具合を全て消し去る、などと絵空事を唱えるつもりは中央にもない。ただ状況は抱えておれる圧を越えつつあり、臨界を越えればシステム停止は免れないとの判断を下したまでだ。
 回避すべくプロジェクトが現実のものと動き出せば、潤滑なシステムの稼働が、支えるエネルギーの安定的供給が、個の生死さえ支えて代謝を続ける、あると信じて疑わない明日という現象、それらカタチを持たぬからこそ維持、メンテナンスの難しい、しかしながら代替の利く個とは甚だかけ離れた一度、崩壊してしまえば代わるもののない唯一無二のシステム、『世界』の安定的存続は保証される約束にあった。
 だからしてこれを、ボーダレスやグローバル化を超えた新たな『世界』の枠組み設定である、と言ってのける上層部もいる。あながち間違いではないとシャッフルも同意していた。そちらへシフトさせることでトニックの動話が種族を問わず共通の話題となったように、言語を、連なる思想に地域性を、副産物によるシステムの機能不全から解放させるとすれば、むしろその亜種だとさえ言い切れた。
 証拠に、プロジェクトには極Yのトニックと造語普及前、異種間のコミュニケーションツール、地球のアナログ楽器が利用されてもいる。クレッシェの言葉を持ち出すなら強すぎる影響力は劇薬でしかないが、使い方次第で薬にもなる。そして我々に必要なのはコントロールできる程度の毒だ、だった。
 だがこれまで通り、価値観の異なる他種の彼らにその方針は、理解することができなかったらしい。ゆえにプロジェクトの真の目的を知った彼らは、臨床実験寸前のところでデータを持ち出し、ラボ解体という名のクーデターを起こした。
 軍さえも出動する大騒動の一部始終はまだシャッフルの記憶に鮮明で、そこまでは計算通りの運びだったのだ、と唇へ力を込める。
 そう、雑種族の反発を煽るべく真の目的をもらしたのはシャッフル自身だ。果てにあの騒動をうまく抑えることができていたなら、と振り返った。今頃、自らが一手に『イルサリプロジェクト』を引き受け、表ざたに出来ぬAIとは違い、実在するドクター・イルサリとして表舞台で個を救う者となっていたろうと考える。連邦内において、今後、全ての戦略を握る地位に立てたハズなのだ、と奥歯をかんだ。
 だがもくろみは中途半端なままとなり、中枢となるハブAIの確保は果たしたものの臨床実験にまでこぎつけていた肝心の実験データ確保はいまだ、なされていない。
 また酸いものがこみ上げてくる。
 たまらずシャッフルは、そこで画像を切っていた。


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