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ACTion 29 『ギルド商人を続けるには』



 放って上がったコクピットで、アルトは通信機器へ飛びついていた。
 サスは仕事が忙しいらしく連絡がない、とネオンは話している。だがそれが仕事のせいでないことくらい、アルトが一番よく知っていた。サスは約束通り『ラウア』語店員探しに没頭している。だからこそ一刻も早く手を引かせなければと気は早った。
 陳腐なもので調べを託したはずが、辿ったその先に何があるのかをもっともよく理解しているのはアルト自身だ。地球へ送りつけられたホロレターを手にしたあの時から妙に落ち着かなかったわけも、サスが調査をかってでた時、思わず食ってかかったわけも、今ならよく分かる。記憶の底でうずき、それが知らせようとしていたに違いなかった。つまり負えないのは、何も知らないサスの方で間違いなく、知らせてアルトは急ぎ通信を手繰る。
 だが店は休業中だった。通信は自動受付に切り替えられると、チャート方式で淡々と売買の受付登録をアルトへ促し、諦め過去、サスとのやり取りで使ったことのあるアドレスを片っ端から引っ張り出す。つながるものがあればと呼び出し続け、手ごたえがあったのはそのうちのひとつ、映像を拒否した音声のみのラインだった。
『サス、どこだッ?』
 前のめりで、アルトは呼びかける。


『ほ。その声はアルトか?』
 忘れ去られたかのように手入れされていない連邦軍跡地は、長年にわたって吹き込み、堆積した砂塵によってまさに廃墟と変わり果てていた。観光スポットとして出入りのある管制塔は、まだ幾分そうした不気味さからは縁遠いが、サスがもぐりこんだ駐屯本部である建物内は、光も滞りがちと洞窟がごとく別世界を目の前に広げている。その中をサスはひとり、ハンドライト片手にかつての通信中枢へ向かい、昨日ようやく手に入れた電子図面をコンパスかわりに回転させながら進んでいた。
『心配しておったぞ、いつ目が覚めた?』
『そんなことはどうでもいい。ラウア語店員の件からは手を引いてくれ』
 腰からぶら下げた携帯電話より漏れ出すアルトの声は、相も変わらずせっかちで景気がいい。
『その様子じゃと、そら、心配するだけ損じゃったようじゃの』
 笑ってサスは鼻溜を潰す。
『だが、話の噛み合わん要求じゃの』
 返した。
『悪い夢でも見おったか?』
『ああ。結構、後引く悪い夢だ』
 だというのにアルトは冗談を冗談と、返さない。耳にしてサスは闇に瞳を光らせた。
『それでわしにその提案か。分かりやすいの、まったくお前さんは』
『どういうことだ?』
 アルトの声が、何をや警戒して固くなる。
『地球で俺を最初に見つけたのは、あんただ。あんたは一体、俺のどこまでを知っている?』
 聞きながらサスは、回転する電子地図に従い四辻を左へ折れた。辺りは暗さを増し、改めハンドライトを周囲へ這わせる。まったく見えなくなった行く先へと、その目を細めた。
『言ったろう。わしがお前を拾ったのは、気まぐれではないと。そしてこの件に共通するのは、連邦の軍じゃと。知っておるのはそれだけじゃ。ただ今のお前さんの狼狽ぶりに、予想しておったことが的中したとは思うとるがな』
 鼻溜を揺らし、手元の電子地図へ細めていた目を落とした。目的地はここをまっすぐ行ったその先らしい。用のなくなった地図の電源を落とす。サスは背負ったバックグパックの中へ押し込んだ。吹き込み堆積する砂塵へ、足を繰り出す。
『あんたの予想はおおむね外れてないさ。だったら深入りはするな』
 アルトが吐き捨てるように言っていた。
 なだめてサスは、一息つく。
『いいか。まぁ、聞け』
 目的地へ辿り着くまでの間、語って聞かせることにした。
『わしが後払いの仕事をせん理由はの、お前に会う直前だ。取引の相手に騙されたことがきっかけじゃった。奴ら、商品だけ握って、とっととどこかへ失せおったんじゃ。なにせ何度か実績のあった相手じゃったからの。ケタの違う取引だったにもかかわらず、わしもついつい、いつも通りの段取りで済ませてしもうとった。全くもって、わしが甘かったとしかいいようがない失態じゃ』
『もうろくしたかよ、じいさん。そんな話は今、関係ない』
『まぁ、聞かんか。まだ続きがある。しかも取りっぱぐれたその金はの、まんの悪いことにギルド本部へ支払うロイヤリティーへ回す予定での。本部は支払いを待つようなトコロではなかったし、デミの学費もまだまだかさむ。心底、参ったと思ったもんじゃった。どう切り抜けるかと思案しにくれたほどじゃ。結局、手持ちの品は全て売り払い、使っておったOp・1の店舗も売り払った。だが、それでもまるで足らん。後にも先にも、にっちもさっちもゆかんかったのは、本当にあの時だけじゃったな』
 一足ごとに舞い上がる砂塵は、サスのかざすハンドライトの光の中で重力を感じさせぬほどと軽やかに踊っていた。破れたガラスと、外れたドアを幾枚かやり過ごし、サスはようやく『通信室』と造語で書かれた部屋を、ハンドライトの光にとらえる。背中のバックパックを背負いなおすと、まるで登山隊が頂上を目指すかのように、その部屋へ向かい慎重と足を進めていった。
『地球へ向かったのはの、その金策のためじゃ。それでも足りるかどうかは疑問じゃったが、ギルド商人を続けるには船も売ってしまわんことにはムリじゃった。で、最も高値をつけたヒトへ船を届けに向かったんじゃ。なぁに帰りは、もぐりの出稼ぎ船を利用すれば安く帰れる。そうして、お前の家を押し潰すハメにあった。あの時は、このうえ賠償問題まで抱え込むのかと、まったく慌てさせられたもんじゃわい。ところが中には怒鳴り散らすヒトどころか、へべれけのお前が軍用の興奮剤に埋もれてころがっとるだけじゃった。見た瞬間、わしは咄嗟にこう思ったの。こいつはついとる。船は売るのをやめにして、これをさばけばいい額になるハズじゃ、とな。しかもへべれけのお前さんは、身ぐるみ剥がされたとして何も気づきはせん』
 そうして前に、通信室のドアは立ち塞がる。サスはゆっくりと、しかしありったけの力を腹にこめ、右足を振り上げた。気合一発。かろうじてドアを蹴り破る。より一層、濃く舞い上がった砂塵が視界を埋め尽くし、さすがの『デフ6』の鼻溜でもってしても、咳き込んだ。サスはしばし砂塵を手で振り払う。
『軍流れのモノはの、質が保証されとるからの、買い手がつくのも早ければ売値も破格じゃ。そのうえお前の抱えておった量は尋常ではなかった。早々に、ひとつ残らず船へ興奮剤を積み込んで、これでなんとか首がつながったと、急に視界が開けた気分になったわ。じゃがの、そうしてお前を放って飛び立とうとした時、わしの良心とかいうヤツが言いおるんじゃ。これではまるで盗人ではないかと。わしから商品だけを奪って消えうせた奴らと同じではないかと。冗談ではない。それだけはゴメンじゃった。わしがあんな奴らと同じじゃと? いいや、わしは違う。そうじゃ。わしは対価と交換するれっきとしたギルド商人じゃ。お前に命を助けられたようなものなら、わしはお前を助けて対価を支払わねばならん。まぁ、どう見ても軍人に見えんお前が、民間では考えられぬほどのブツを抱えておれば、ワケありなのはギルドでなくとも想像がつく。じゃが、だからと言ってそれが放って立ち去る理由には、ならん』
 砂塵は薄くなりつつあった。透かしてサスは、掲げたハンドライトの光で中を覗き込む。
『言っておろうが。あの場所からお前さんを連れ帰ったのは、決して気まぐれなどではないとの。じゃから正気を取り戻したお前さんが記憶がない、などと言い出した時から、こういうことになるだろう心づもりもあった。全ては承知のうえじゃ。手を引けと言われて今さらそうもゆかんことは、これで納得できたろう。え? アルト』
 ぼんやり室内が、浮かび上がった。サスは中へ足を踏み入れる。ほどよい所で担いでいたバックパックを下ろした。そんな腰元の携帯電話から、焦ったようなアルトの声は漏れていた。
『今、どこにいる? サス?』
『なぁに、手は打ってある。じゃが店の端末を使えばアシがつくかも知れんからの。ここなら安心じゃ』
 返すサスの声に、もう安穏とした雰囲気はない。ぴしゃり断言する。思い出したようにこうもつけ加えて鼻溜を振った。
『そうじゃった、ネオンから聞いておるぞ。今後の商売の参考までに、わしも一度はアナログ楽器の音を聞いてみたいの。ともかく、明日の演奏には間に合うよう帰る。お前は期待してまっとれ』
『相手は、じいさんのッ』
 アルトの声がよりいっそう甲高くなる。聞くだけ無駄だと、サスはそこで電源を切った。床へ屈みこみ、降り積もった砂塵を集め小山を作る。ハンドライトをその頂上へ突き刺し、即席のスタンドに変えた。その手で勢いよくバックパックの口を開く。


 途切れた通信に、アルトは行き場を失った言葉を飲み込む。
 サスの居場所を想像することは容易かった。だが容易いだけに挙げればキリがなく、すぐさまそれは分かっていないのと同じ状態に陥る。店以外の端末など、サスの持つ情報源はこの町にも、宇宙にも、『アーツェ』の砂の数ほど存在していた。
 接続先をなくした通信は、さきほどから雑音ばかりをひた流している。叩きつけるようにしてアルトは、それを切った。すかさず覚えのあるラインを開くべく、スロットル脇のカーソルへ手を伸ばす。その相手こそ『約束』を果たした彼だ。今ここで援護を頼めるとすれば、相手は彼しかいないように思えてならなかった。だがすぐにも動きは止まる。
 なぜなら、彼は間違いなく監視下に置かれている。だからしてライオンは『カウンスラー』の音窟で待ち伏せていた船賊に追われた。ならば彼に連絡を取ることはすなわち、自らの存在を追跡者へ知らせることになりかねない。援護どころかそれこそが最も危険な行為だった。
 弾きかけていた端末から手を引く。
 前のめりになっていた体をゆっくり、起こしていった。
 願わくば、サスのもくろみがカラ振りに終わることを祈るしかない。アルトは舌打つ。ネオンがわめくトラがどうのという前に、少しでも早くここを離れなければと考え、黙した。
 いや、それとも? と、自分へ投げかける。
 宇宙は広い。
 だが、既知宇宙は狭い。
 サスが言った通りだ。逃げおおせるにも限界があった。ならば選択肢は、相変わらずシンプル極まる二者択一で提示されている。だがシンプルゆえ拭えない合理さはいまだ飲み込めず、アルトの感情を逆なでていた。選択しきれず、思考が煮詰まる。振り切り下層をめざしかけ、後ろ髪を惹かれるかのように座席へ振り返っていた。目に、背もたれへ貼り付けたままのスタンエアは映り込む。飛びつくように剥ぎ取っていた。装填状態を確かめ、安全装置を掛けなおす。すかさず腰のベルトへ挟み込み、丸見えのそれを、引きずり出した衣服で手早く覆った。気付けば頬が硬直している。ピシャリ、叩きつけた。まるで盗人のごとくアルトは周囲を見回し、今度こそ階段を駆け降りてゆく。


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