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ACTion 33 『Welcome to F7』



 そしてサスは、砂塵に埋もれた通信室の一角、降り積もる砂塵をかき分け、露出した床の上にあぐらをかくと鼻溜を揺らす。
『ここからは、スピードアップじゃな』
 ながらく封鎖された基地跡に電力は供給されていなかった。だからして、バックアップ機材に加えてバッテリーをここまで背負うと、夜を徹して作業に必要な通信室内の機材部位特定と、持ち込みのバッテリーでどうすれば電力がまかなえるのか、試行錯誤の果てに接続をすませている。今や傍らには、商品として店に保管されていたポータブルホロスクリーンが広がり、これまた同じく商品のメインコンピュータが二台、そのバックアップが一台、物理キーボードもまたひとつ、通信室機材へつなげられていた。おかげでサスの周囲には、ミニチュア版の通信室が出来上がっている。
 駆使して潜り込むのは、スラーが向かっただろう臨時収容船の中枢だ。何しろアルトへ臭気マーカーを吹きかけた相手が『ラウア』語店員であり、そこによみとおり連邦と極Yが絡んでいたなら、探しに現れた葬儀屋の素性はチェックを受けぬはずがなかった。見極めるのは無論、チェックした者の正体である。それこそがアルトを追い回す輩に違いなく、違ったとして、少なくとも辿り着くための手がかりになるはずだった。
 だというのに今さら手を引け、とアルトは怒鳴り込んできている。何がどうしたというのか、失っていた記憶を取り戻したからこその提言は、潜む危機を匂わせて止まなかった。そしてそう訴える本人こそ、のんきとここに留まっているようには思えず、一度、飛び立てば二度とここへは、いや、ジャンク屋という仕事へすら戻ってこないだろうこともまた感じ取らずにはおれなかった。
 もちろんサスに引き止めるつもりはない。思い出したというならその先こそ、アルトが進む道だと考えていた。ただそれまでに借りはきっちり払い戻したい。サスは思う。手に入れた情報を渡して快く見送ってやりたい。それだけを考えていた。
 ままにサスは、組み合わせた両手を胸の前で丹念にすり合わせる。
『とはいっても、せいぜい不正アクセスがバレるまでの間じゃかからの。そう時間がかかるもんでもあるまいて』
 大きく膨らませた鼻溜を振ってサスは、周囲の機材のみならず自らの心も整えた。
 すり合わせていた手を離す。
 ヒザ元の物理キーボードへ添えた。
 丸めた背中で、真向かいに立ち上がるポータブルホロスクリーンをのぞきこむ。
 傍らの砂山で、ハンドライトの光が揺れていた。
 満ちる静けさが、これから行われる全てのいかがわしさを倍増させる。
 とたん勢いよくキーボードを叩きつけるサスの指。
 風化しているだけで、壊れてしまったわけでない。まずは軍事基地の通信回線復旧に取り掛かった。伴い機材が、かけられた低い電圧に浅く脈打ち、狭いポータブルホロスクリーンへ近隣基地とのネットワークを広げてゆく。ただしそのどれもは、ここが閉鎖されているせいで侵入制限という名のセキュリティーにより取り囲まれた袋小路を描いてみせた。うっかり踏み破って不審者丸出しだけは、いただけない。捨て置きサスは、延長線上に開かれてゆく船舶へのラインへ目を移した。『フェイオン』周辺で事後処理に当たっている船舶を探し、潜り込みやすい船を渡り歩く。
 やがて辿り着いたのは、粘菌ネット保護を目的に巡航を続ける巡回船だ。
 そこに残された船舶間の通信記録へ、手をつけた。
 辿って、似たような船舶の間を行き来する。
 果てに経て粘菌ネットから他船の出入りをサポートする監視船内へ、潜り込んだ。その監視船が最もやり取りを繰り返していた船、遺体運搬船まで飛ぶ。ありがたいことに遺体運搬船のコンピュータは今もなお、がっちりと臨時収容船の管制とつながってくれていた。いや、船は今まさにその格納庫へ潜り込もうとしている最中であることを知る。
 思わずサスの頬に笑みは浮かび上がっていた。
 コトに及ぶその前にサスは手早く左右へ、もう一枚ずつ、サブスクリーンを立ち上げる。カモフラージュとして、持ち込んだバックアップ機材をかませ、この基地のアクセスコードを使い、臨時収容船への侵入を試みた。
 コードが拒否される気配はない。
 ただし、それが閉鎖された基地のものであると気付かれるまでは、いかほどか。危ぶみながら、スラー葬儀社に関する記録検索に取り掛かった。名前は予想通り、管制記録のみならず入鑑リストの中からも見つけ出される。入艦リストに彼らの行動記録として、『ラウア』語店員の検索結果も付録されていた。
 瞬間止まる、サスの指。
 おかげでそのファイルは予想通り、外部からのチェックを受けている。
 ビンゴ、だ。
『すまんの。スラー』
 詫びてサスは、一気にチェック先へ跳んだ。
 落ちて始めて、ガラリと様子が変わったことに戸惑う。なぜならそれまで幾つも通り抜けてきたシステムとは全く毛色の違う構造がそこに広がっていた。ひときわ聞いたこともない名称が、見回すサスの目に飛び込んでくる。
 ラボ『F7』。
 そばには極Yの踊り子『トニック』の名がついたデータ群が、把握にかかればオーバーフローしかねない巨大さで渦を巻いていた。さらには症候群を世に知らしめた医師『イルサリ』の名がつけられた同等のソフトウェアも確認できる。そこにはそのソフトウェアが発信したらしい三つのデータが、ぶら下がっていた。数多くの端末が、それらへ接続されている。
 と、サスの目がさらのように開いた。
 しばし瞬きを繰り返し、穴が開くほどそれらを見つめる。なぜなら発信データのうち二つには、明らかに覚えのあるアドレスが刻まれていた。そう、暗号化されていないそれは、アルトの地球宅と、『Op-1』に建つトラの事務所への送信アドレスだ。
 気づけばそこへ手は伸びる。
 確かめんとして介入していた。
 急転直下、ウィルスはその時、送りこまれる。
 バックアップ機材がサスの傍らで、吐き出す熱量を一気にアップさせていた。用意していたアンチウィルスをありったけ放ち、サスは迎え撃つ。だが状況は拮抗するどころか圧倒的劣勢だ。潰されるのも時間の問題と底を割る。なら駆るのはキーボードだった。サスはよりいっそう激しく弾く。
 立ち上がる三面のホロスクリーンで、流れる情報が量を増した。やがて『イルサリ』を取り囲み、暗号化されて並ぶアクセスラインの存在を明らかとする。その中に『アルト』の表記を見つけ、含む全てが『イルサリプロジェクト』と名づけられたネットワークであることを理解した。スラー葬儀社ファイルはそれらネットワークを経由すると、『イルサリ』を囲むアクセスラインを経てまた別の場所へ転送されている。
 そこもまた船だ。
 そこに、探し求める相手はいる。
 確信したところで、潜りこんだ後、探るだけの時間はもうなかった。ならせめて把握しておきたいのは、船の位置だ。一か八かだった。サスは船のナビへ、任意のプログラムを放り込む。ナビが位置確認を行えば、衛星を間借りして動作したプログラムの送る船の座標を確かめるつもりで身構える。いや、軍事船の使用する衛星なら、想定通りとプログラムが動作する保証はなかったが、今、吟味している暇こそなかった。
 が位置確認を行う船に、衛星の中でプログラムは素直と動作する。
 飛ばされてきた信号を拾い上げたなら、すぐさま船の座標は特定されていた。
『アーツェ、ここか?!』
 最後にして、ホロスクリーンの表示が落ちる。周囲でバックアップ機材が次から次へダウンしていった。唸っていた放熱ファンの音が止めば静かに、ハンドライトの明かりだけが淡く辺りを照らし出す。


(……なんや、コレ)
 下二本の腕と身の丈ほどのスパークショットを場違いなほど分厚い外套の下に隠したテンは、目を丸くして動話をつづる。同様のいでたちで身を包んだ極Y船賊たちは今、なす術もなくガラクタぶら下がる一枚のドア前で、頭を寄せ合っていた。凝視しているのは、そこに貼り付けられたホログラムだ。それは否が応でも彼らの目を引くと、文字らしき映像を懸命にスクロールさせていた。
 段取り通り、先に店の裏口から突入したクロマたちはすでに店がもぬけのカラであることをテンたちへ、伝えている。ここで新たな手がかりを掴めなければ、連邦との取引は半ばなくなったも同然の状況に、テンはただただ焦っていた。
(造語ですよ、テン。文字の羅列なら何かのメッセージかもしれません)
 痛いほど察してメジャーが、ホログラムから顔を上げる。
(造語やと? なんて書いてあるねん。誰か読めるヤツはおらんのか)
 見て取りテンは周囲へ動話を放った。だがその大役をかって出る者はいない。当然といえば当然だ。もとより話せない言語を、そうやすやすと読み下せる輩がいるワケもなかった。しびれを切らせてテンは、そんな船賊たちの頭を藪から棒に叩きつける。
(もう、ええわ!)
 叩いたついでに振り回し、ドアを押し開けた。家捜し中だったクロマたちが勢いに慌てふためき、テンへスパークショットを振り上げる。さされても怯む道理はない。仁王立ちで、テンは踊った。
(ラチがあかん。今すぐ、連邦へ連絡取れ。動画送って、あの映像を訳してもらえ!)


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