目次 


ACTion 38 『小さな足跡』



 長らく閉ざされていたとは思えぬほど、基地の扉は容易く開いていた。そこに嗅ぎ取れるものがあるとすれば先客の気配しかなく、シャッフルの頬は不敵と緩む。
『まさか、これほど年代モノのセキュリティーが布かれたままだったとは、驚きです』
 そんな扉に形ばかりと取り付けられていたバキュームロックは、解除手順を誤れば火薬爆弾並みに破裂する真空トラップ鍵だ。だが今や潜るところへ潜れば解除方法はおろか、製造方法すらも公開されているのだから解除も組み立てもその気と度胸さえあれば、可能なロモノだった。ゆえに辿り着いたとき施錠されていたところで、これまたカムフラージュだと割り切るに無理はなくなる。
『丁度いい材料だ。他の閉鎖基地の状態もチェックしておく必要がありそうだと、上へ報告しておくことにしよう』
 ミラー効果のせいで揺らぐシルエットとなった分隊員から、部下が八面体の展開図よろしく解除されたバキュームロックを受け取っている。呆れ声で呟いたなら、返してシャッフルは緩んでいた頬を引き締めなおした。
 足元から奥へと伸びる通路へ目をやる。足跡を探しかけて見当らず、なるほど絶えず積もり続ける砂塵にかき消されてしまったのだろう、と諦めることにした。
『安全確保のため、屋内でのミラー効果使用を制限します』
 声は、分隊員のものだ。共にシャッフルの肩先を彼らの気配は過っていった。通路の風景がわずかに揺らぐ。とたん、そこに絶縁スーツを着込んだ分隊員らの背は、露わとなった。ままに左右、分かれて壁際へすり寄ってゆく。そのうちの一体が、取り出した電子地図を左腕へ貼りつけた。残る二体は先行すると、一定の硬度を持つものへ命中した時のみ濃度に比例して固まる特性を持ったダイラタンシーベレットのショットガンを目線へ持ち上げ、固定する。
 そんな分隊員らが交わし合う合図は些細なものだ。すませて基地内部への前進を始めた。
 絶縁コートの前を合わせなおし、シャッフルはその後につく。
 ソケットからスタンガンを引き抜いた部下もまた、そんなシャッフルの背を追いかけた。
 内部は直線通路によって縦横、規則正しく区切られた単調な造りをしている。そんな通路の左右に部屋は並び、ゆえに建物内部へ進めば進むほど窓は遠のき、穴蔵よろしく辺りの薄暗さは増していった。それでも吹き込んで来る砂塵のせいらしい。積もる砂塵はどれほど足音を忍ばせようと、音を響かせ侵入者をうがる誰もの神経を逆なでる。
 払拭して、分隊員らがくまなく薄闇の向こうへ銃口を突きつけていた。
 差し掛かった十字路は、やがて三を数えるまでになる。
『この先か?』
 越えたところでシャッフルは確認した。
 分隊員たちの集音マイクは喉元に貼り付けられており、シャッフルと違い聞き取れないほどだろうと誰もの頭蓋内へ十分、響いて、知らせる。
『右折。左壁面。四つ目のドア』
 と部下が、スタンガンを握り締めシャッフルの前へ回り込んだ。
 ままに、一枚、二枚とドアをやり過ごす。ならわずかな空気の動きに渦を巻いて舞い上がる砂塵の向こうだ。闇に慣れた目がやがて、『通信室』という造語をとらえた。下に、それまで確認できなかった痕跡がぽつぽつ、残されているのもまた、シャッフルは見て取る。
 足跡だ。
 ずいぶと奥へ入ったせいか堆積するスピードは表ほど早くないらしく、気づけばシャッフルらの足元から通信室へ向かい、砂塵の中を伸びていた。
 おっつけ目にした部下も、シャッフルへ振り返る。その顔があからさまに訴えるのは、そうして見つけた足跡がやけに小さいことについてで間違いないだろう。踏み出した足を並べてみれば、寸法も歩幅もシャッフルの半分ほどしかなかった。『バナール』と『ヒト』との体格差はそこまでなく、明らかに想定していた対象と様子が異なることを知らせている。シャッフルはただ、首を振って部下へ答えていた。
 と、その行く先でやおら分隊員が、身を沈める。四枚目のドアだ。その両側へ背を貼りつけた。電子地図を腕に貼り付けていた一体もまた、腰元の携帯パックへしまいこむが早いか入れ替わりとショットガンを引き抜いてみせる。漂う緊張感はあからさまとなり、部下もまたそこでシャッフルをかばい、スタンガンを構えなおした。
 前で分隊員の手が、四枚目のドアへ伸びる。
 触れかけて、その動きを止めた。
 なるほど、ドアはすでにほんの少し廊下側へ浮き上がっている。
『突入します』
 こめかみを通して声が、全員の頭蓋内に響いた。
 許可してシャッフルは浅くうなずく。
『……二、一』
 そうして取られたカウントに、ゼロはなかった。
 代わりとばかり、ドアが開け放たれる。
 爆風を受けたかのように砂塵は足元から舞い上がり、紛れて、すり足さながら分隊員たちは上体を揺らすことなく通信室内へなだれ込んでいった。ブレることのないショットガンの照準が、けぶる砂塵の向こうを次々ととらえてゆく。標的を探してむさぼるように通信室内を舐め回し、ドア前から死角三方へ散ってゆく。続いて身を躍らせた部下が、忙しげと辺りを威嚇して回った。だが他に動く者の気配はない。開け放たれたドアより流れ込む砂塵だけが、ゆっくり床を這い広がってゆく。
『クリア』
 こめかみへ、散っていった分隊員の声が響いていた。
『クリア』
『クリア。オールクリア』
 聞いて部下がスタンガンの電極を、天井へ逸らせる。
 たちこめる砂塵を払ってシャッフルもまた、そのとき室内へ足を踏み入れていた。
『遅かったか』
 吐いて、絶縁コートの内側よりハンドライトを抜き出す。目の高さにかざし、まるで惨状を見るかのような顔つきで辺りの様子を確かめていった。
 奥へ鍵型に折れたそこもまた、足元にはうっすら砂塵が積もってい。ドア前に残されていた小さな足跡はそこで、今しがた入ってきた分隊員の足跡に紛れ、散らばっていた。そのランダムな動きと数から到底、ここにいた何某の後を追うことはできそうにない。
『中尉。こちらです』
 と、頭蓋内にではなく、鼓膜へじかに分隊員の声は響いた。シャッフルはハンドライトごとその声へ振り返る。聞こえてきた折れた部屋の奥へ、部下と共に向かった。
 そこで分隊員は、何かしら見おろし立っている。並んで同様に足元へ目をやれば、あるはずもない機材はそこに散らばっていた。
 バッテリーと、一見してただの箱にしか見えない五つの装置。ポータブルスクリーンの映写機に、キーボード。明かりを取っていたのだろう、脇にはかき集められた砂塵の山へ立てられたハンドライトまでもがあった。
『帰って分析にかけますか?』
 見つめた一部始終から部下が振り返る。
 促しかけてシャッフルは押し止まった。
『いや、イルサリの放ったウィルスが検出されるだけだろう。ここまでした輩が証拠を置いて逃げ出したのだ。足の着くようなモノは残っていないとみるべきだな』
『一体、誰が?』
 うがるのは当然だ。
『誰でもかまわん。ただ、我々がここへ来ていることに気づいたのだろうな』
『だからして逃げおおせることができたと?』
『タイミングがよすぎるだけに、その線が濃厚だ』
『でしたら、そこから我々のことが伝われば、極Yはまた対象を取り逃がす可能性が高いと予想されます』
 さらに奥の確認へ向かっていた二体の分隊員が、シャッフルたちの元へ引き返してくる。視界の端にとらえてシャッフルは、片耳からぶら下がるマイクへ視線を落とした。
『聞こえているか分隊長。そっちはどうなっている?』
『アズウェルへ向かう極Yを捕捉。アズウェルへは先に二体、直行させているが、到着までまだ八〇〇セコンドかかる見通しだ。対象の目視確認は早くともその後と思われたい』
 無線を開けておくよう指示しただけはあり、すぐにも声は全員に届けられていた。
『聞いた通り、こちらの動きが筒抜けとなっている可能性が生じた。我々も急ぎそちらへ向かう。変化があれば、すぐ連絡しろ。場合によっては、我々の手で対象の確保に乗り出す。ゆえにミラー効果は切るな。連邦が関わっていることは伏せておきたい』
『了解』
『この基地に、アシになるようなものは残されているのか?』
 会話は途切れ、シャッフルは誰というでもなく問いかけた。
『自分は、先ほど建物の周囲を確認したおりに、ビオモービルがあったのを見ております』
 答えたのは一番奥に立っていた分隊員だ。そもそも軍用車両は避けておきたく行軍を決め込んでいたが、間に合いそうもないならその顔へ、うなずき返す。
『案内してくれ。それを使おう』
 合図に、分隊員はきびすを返した。連なる足が次々と、つもる砂塵を踏み散らしてゆく。ドアが締め直されることはない。誰もいなくなった部屋でただゆう、と空を切る。


 そうしてトラはため息を吐き出す。どうにか踏みしめるに至った『アーツェ』の地を、万感の思いを込め見渡していた。
 何しろ今夜はとびきり白い様子だ。おかげでの視界不良に加え、放置されて長らく経つ基地の滑走路は砂塵も深く、トラが予想していた以上、ずいぶん荒っぽい着陸はすまされたところでもある。
『ったく、ネオンを拾う前に、これではこっちが遭難してしまうではないか』
 ぶるんとシワを波打たせ、ひとつ身震いした。
 その背後、かしいで停泊する『バンプ』の片側には、水かさもだいぶ引いた間欠河川が流れている。遠くには幻影のように基地跡が、象徴的な管制塔をけぶる空につき立てていた。同じ滑走路のだいぶ後方には在りし日のモノか、軍用らしき船舶が一艘、影となって浮き上がってもいる。
 それにしてもさすがは町外れだ。それら全てのどこをとっても、トラの目にはもの悲しく映って止まなかった。思わず心もとなさに襲われかけて、振り切りトラは遠くへ視線を投げる。基地とは正反対にある町を見据え、腹へ力を込めなおした。ままに抱えていたオイルボードを地面へ投げ出す。ならボードは沈むことなく浮き上がり、トラは砂地に馴染ませその滑り具合を確かめた。どうやら急ぎ塗りつけたオイルに問題はないらしい。上へ片足を乗せる。もう片方の足で、トラは地面を蹴りつけた。ボードがスルリ、滑り出す。調子を合わせてトラはもうひと蹴り、ボードへ加速をつけた。
 砂塵を切るボードの振動が、トラの士気すら上げてゆく。
 もう十分だろう。トラはボードの上へもう、一方の足も乗せた。ままにシワをなびかせると、サスの店めがけ白い夜を飛ぶように滑り抜けてゆく。


ランキング参加中です
目次   NEXT