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ACTion 39 『SO FARAWAY』



 揺れ動く。
 並ぶ通信機材一番奥、それまでピタリと閉じていた片側が、やおら小さな音を立てて浮き上がった。次の瞬間、それは投げ出される。勢いに砂塵はもうと舞い上がり、たわんだ金属がドラを打ち鳴らしたかのような音を辺りへ響かせた。
 そうして奥から、空を手繰って突き出されてきたのは手だ。
 連なりサスは姿を現す。
 これでもかと小さくたたんだ体を引き伸ばすと、機材の中から這い出してきた。
『ぅ、いちちちちち。全く、トシはとりたくないもんじゃの』
 別室へ移るとしても明かりを掲げたままではあまりに目立ち過ぎ、だからといって手探りで初めて訪れた場所を移動することは、はばかられた。おかげでそうと決まれば行動は怒涛のごとしだ。消えそうなハンドライトの明かりを頼りに、バックパックから掴み出した工具で通信機材のフレームを外す。トレーのようにはめ込まれた基盤を抜いて放熱スペースへ押し込んだなら外したフレームを片手に、どうにか潜り込める程度できた空間へ、サスはもぐりこんでいたのだった。
 同時に砂塵は吹き込むと、いかつい安全靴はなだれ込んできている。
 そうして排熱用の金網越し、しのいだ息詰まるひと時は幸運の連続といっても過言ではないものだった。
 知らぬ間にぶつけたのか、それとも緊張するあまり力が入り過ぎていたのか、やり過ごしてサスは痛む体をめいっぱいに伸ばす。
『ありゃ、間違いなく軍じゃの。ミラー効果など特殊部隊しか考えられん』
 痛みで無事を確認し、その頭をもう一度、通信機材の隙間へ突っ込んだ。一緒に放り込んでいたバックパックを引きずり出す。探り出した最後のハンドライトを灯した。
『しかし言いおったの。連邦がかかわっていることを伏せておきたい、じゃと? ふん、間抜けな奴らじゃ。もうバレとるわい』
 続けさま携帯電話もまた、取り出す。手早く再度、アルトの船へつなげた。呼び出し音へ耳を傾けつつこぼす。
『ただ、まだアルトへは伝わっておらんがの』
 待つ間、もう片方の手で電子地図を展開させた。帰りの順路を確認する。だが終えたところでアルトが応答する気配はなかった。
『やはり、店か』
 見限り、押し込んできた輩も口走っていた『アズウェル』の回線を調べるべく、町の通信局へ携帯をつなげる。ところがだ。そうして初めて気づいたのは電波状態の悪さだった。
『なんじゃ、こんな時に』
 確かにある程度、整備された町とその周辺なら問題はないが、ここはまるきり手入れされていない町外れの砂塵に埋もれた閉鎖基地内だ。思った以上、砂塵による電波の乱反射が著しい。うちにも不通となってしまう。
『てぇいっ。こんなことなら、もう少しまともなヤツを持ち込めばよかったわい』
 バックパックへ投げ込んだ。押し込んできた輩が残していったように、物理的にも使用不能となった機材に回収の必要はない。サスは必要最小限を詰め込んだバックパックをヤケクソ紛れに背負いあげる。鼻溜を振った。
『何としても、あやつらより先に知らせねば』
 ドアへと踵を返す。ハンドライトの明かりを頼りに、頭の中の順路をなぞり歩いた。
『しかしドクター・イルサリとは、症候群の権威じゃろうが。しかももう死んどる。名前を使っとるあのラボはなんじゃ? そことアルトに何の関係がある? まあ、あるからこそ船賊を使ってまで追い回さねばらんのじゃろうが、だとして理由はなんじゃ?』
 サスは眉間へ力を込める。そうして己が垣間見てきたからこそ疑いようのない事実へ、目を凝らしていった。
『お前はそこで何をしておったというんじゃ? アルト』
 最後の十字路を折れる。数歩も行けば掲げたハンドライトの向こうに、表へ続く扉はおぼろげと浮かび上がった。どうやら先にここを出て行った輩は、ご丁寧にも扉へバキュームロックを仕掛け直していってくれたらしい。施錠を示すと、扉を貫通して表のバキュームロックへ突き刺さるように設置された真空閂は、淡い赤色を滲ませていた。
 見定め扉へ駆け寄って、サスはハンドライトを肩とアゴで挟みこむ。真空閂の側面につけられたバルブをひねって真空を解き、赤い警告色が青へ変化して行く様を見守った。完全に真空が解けたところで閂を手前へ引く。表で解除、展開されたバキュームロックの動作は手ごたえとなって閂から伝わり、バルブをノブ代わりにしてサスは扉を引き開けた。
 やおら砂塵が吹き込んでくる。目の前に白い夜は広がった。いつしか基地の片側に流れていた間欠河川は、その姿を消してしまったらしい。ただ川があっただろう気配だけを残すと、深くえぐれた砂塵が広い谷間を作り上げているのを見る。けぶる果てには押し込んできた輩が乗りつけてきただろう二艘の船が、シルエットとなりおぼろげと浮かび上がっていた。
 サスはハンドライトを捨て、扉へバキュームロックをかぶせなおす。
『この手のセキュリティーで助かったわい』
 完全にロックされたことを見届け、振り返った。疲れのせいか、慣れているハズの砂塵に足を取られてならない。堪えて繰り出し、乗りつけてきた店のビオモービルへ急いだ。建物を回り込んだところにあるそこは、放っておけば完全に埋まるだろうことを考慮して選んだ、少しばかり窓のひさしが突き出た場所だ。だがようやっと辿り着いて、サスは我が目を疑っていた。
『……どう、言う、ことじゃ?』
 何しろ砂山しか見えない。
 バックパックを投げ出していた。
 転がるように駆け寄ると、はいつくばって砂塵を掘り返す。しかし掘れど探せど、ビオモービルが出てくる気配こそなかった。そうしてサスは、地面からひさしまでの高さに変化がないことに気付かされる。つまるところビオモービルは埋まってしまったのではなく、忽然と消えてしまったのだと理解した。なら押し込んできた輩の言葉は、唖然とするサスの脳裏へ蘇ってくる。
『そうか、奴らが……!』
 確かに、町まで表に停めてあるビオモービルを使うと、彼らは言っていたのだ。
『くぅ、なんてことじゃ……!』
 すでに疲労困憊。おかげで町までの道のりは、途方もなく遠く感じられていた。だがこれは、諦めていい話であろうはずもない。
 知らぬ間に積もっていた砂塵を、体からサラサラと落としてサスはどうにか立ち上がる。地平線に薄くわずかにへばりつく白い影のような町を見据えた。
『何が何でも、知らせてやらんと』
 鼻溜を振り、手足の動きもバラバラのまま、町へ向かい走り出す。


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