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ACTion 41 『アズウェル包囲網』



『店舗正面確保』
 今日に限って濃い砂塵のせいだ。頭蓋内で鳴り響く分隊員の声にはノイズが混じっている。
『状況は?』
 折り返したのは分隊長だった。
『現在もなお、客が入店中の模様。この様子ですと中は……』
 つづる先発二体の分隊員は、白い夜に紛れ目抜き通りを挟んだ『アズウェル』の真向かい、並ぶ店舗と店舗の間に身を潜めている。
『そこから対象の確認は可能か?』
 最後まで聞くことなくシャッフルが、通信に割って入った。もちろん分隊長が先に二体を現場へ向かわせたのも、そのためだ。しかし彼らの答えは冴えない。
『申し訳ありません、中尉。ここからでは不可能です。路面に解放された窓がありません。すでに入店しているとなると、確認には内部への侵入が必要です』
 灯るホロ看板の下、窓ひとつない壁面に三輪ジープとコンパクトなビオモービルを並べ、『アズウェル』はかたくななまでに店内を覆い隠している。
 と、分隊長の鋭い声が上がった。
『左三〇! およそ四〇エリア前方。濃紺の外套を着た七体、極Yだ』
 『アズウェル』をくまなく眺め回していた先発二体の視線が、弾かれたようにそちらへ飛んだ。ミラー効果の表面処理がその速度についてゆけず、ほんの一瞬、周囲に紛れていた彼らの姿を歪んだ風景として浮かび上がらせる。
『確認』
『我々は八エリア後方ににつけている。アズウェル裏手にも極Y、十五体が移動中。双方、目的地到着までおよそ七〇セコンドと予想』
『奴ら、またフェイオンの時のようにハデにやらかすつもりではないだろうな』
 聞いたシャッフルが、苦味を含んだ声で放った。誰にも見えていない場所で、その顔をひとなでしてみせる。
『部隊を確認』
 先発二体が、分隊長らを捉えたと告げた。
『こちらも、お前たちの位置を確認した』 
『こちらは現在、ビオモービルで基地跡よりアズウェルへ移動中だ。到着まであと四八〇セコンドはかかる見通しとなっている。ゆえに指示の変更はない。我々の到着前に極Yが突入した場合、現場の指揮は続けて分隊長に任せる』 
 幾分落ち着きを取り戻したシャッフルの声が、通信に混じった。
『了解』
 そうして『万が一』と、分隊長は付け加える。
『これが極Yの勇み足で終わったならば?』
『後始末は奴らにやらせろ。我々は即刻退却する』
 シャッフルの返事に淀みはない。
『了解した』
 そうしてあく、一呼吸。次の瞬間、さらに厳しさを増した分隊長の声は、誰ものこめかみに響いていた。
『いいか、これから我々は裏手通用口と、正面入り口、側面の非常出口三方に分散して店内へ侵入する。正面入り口と裏手通用口は共に極Yの監視と、対象確保の際のフォローを続行。非常出口の部隊のみ、先行して対象の確認へ向かう。先発二体はその部隊と合流。ただし正面入り口部隊に限り、店内は混雑が予想されるため、他の部隊から対象確認の報告が入るまで、突入を禁止する。状況連絡は怠るな。以上だ』
 わずか蹴散らされて、路面の砂塵が小さな砂埃を巻き上げた。分隊長の声が途切れたことを合図に、部隊は三方へ道を分けてゆく。一方は目抜き通りを離れて路地へ消え、分隊長率いるもう一方は目抜き通りを足早に横断し、路地から現れた先発二体と合流した。再び通路を横切ると『アズウェル』の壁伝い、路地裏に面する非常出口へ回り込んでゆく。残り一方は変わらず極Yを捕捉しつつ、『アズウェル』へ向かった。
 と『アズウェル』を前に、極Yの足は止まる。
『裏口、極Y、店舗前で待機中』
『ビオモービルは、店の東側より通りに侵入した』
『正面入り口。極Yは四エリア手前で停止しています』
 飛び交う通信の中、確かに通りで足を止めた極Yは、けだるい仕草で辺りを見回している。
『周囲を警戒している模様』
『非常出口、到着。状況は了解した。動きがあれば即刻伝えろ。我々はこれより対象確認のため店内に侵入する』


 その時テンは、下二本の腕を外套の中に隠すようにして、そっと片手で動話を綴っていた。
(なんや、さっきから、妙な気配がしてへんか?)
 横目に見て取ったメジャーは、『アズウェル』へ向かっているのだろう最後の客が自分たちを追い越して行くのを眺めながら、まるきりテンとは違う方向へ顔を向けている。
(どういう、ことですか?)
 つづるテンたちの手元を隠すように残る部下たちは、不自然なまでに通りで小さく集まっていた。
(なんや、風とは違う砂埃が、通りの向こうへ舞い上がっていきよった感じがする)
 ならメジャーがテンの示した方へ、なにげなく視線を投げる。
(よく見えませんが……)
 乳白色にけぶった夜は影すら塗りつぶして、白く膨張する布のようだ。
(俺が神経質になりすぎとるだけか?)
 時にここでは、こうした環境に不慣れな観光客が、距離感覚や方向感覚を失って町の真ん中で遭難することもある。舌打ちするように指を鳴らしたテンは、こだわっても仕方のない錯覚から自らを切り替え『アズウェル』へ顔を持ち上げた。
 『アズウェル』へ向かっていた客の波は、先ほどメジャーが見送った者が最後らしい。店先で出迎えていたボーイが店内へ、戻ってしまっていた。今となっては赤く灯るホロ看板だけが、すました面持ちでテンたちをじっと見下ろしている。
(ボス。クロマから、連絡っす)
 壁になっていた部下が、唐突に振って外套の前を解いた。視線を引き戻したテンへ、下二本の腕でプラットボードをそっと差し出す。裏口前へ到着したことを知らせるクロマはそこで、突入のタイミングを要求していた。テンはひじから下だけを使うようにして、外套に隠れた下二本の腕だけを使い、返事を読み込ませてゆく。
(俺らが先に客を装って店ん中、入る。様子が分かってから突入や)
 送ればすぐさま、クロマから(了解)の短いメッセージは返されていた。その段取りを確認しあうように、テンを囲んでいたメジャーたちも目で頷き合う。傍らにおいてテンが下二本の腕を隠し、再び外套の前をきつく合わせなおした。メジャーたちを裂くと、『アズウェル』へ向かい歩き始める。
 だとして招かれざる客に出迎えなどない。
 ドアはただ、埋め込んだメッセージウインドへまたもや造語文字を、流していた。

『本日は、予約にて満席となっております。恐れ入りますが、ご予約のないお客様に関しましてはご入店いただけません。またのご来店を心よりお待ち申し上げております アズウェルスタッフ一同』 

 何が書いてあろうとも、ここまで来たならとる行動は決まっている。睨み付けるように見下ろしテンは、そんなドアを押し込んだ。砂塵の侵入を防いでいたエアパッキンから空気の抜ける音は聞こえ、ドアが奥へと開いてゆく。突き出した銀の噴射ノズルがどこかしらゴージャスなエアシャワーブースは広がると、隔てた向こうから、ざわめく声と乾いた拍手の打ち鳴らされる音を響かせた。それは白々しい夜とは裏腹の、熱を帯びた生き物の気配だ。
 かなりの数がひしめいている。
 確信してテンの表情も引き締まる。
 最後に潜り込んだ部下がドアを閉めていた。
 合図に、ノズルから突風にも似た空気が三百六十度、テンたちへ吹き付ける。そうして吹き飛ばされた砂塵を回収すべく、一転してブース内の空気は吸い上げられていった。途切れたなら、店内へ通ずるブースのドアはスライドし、テンらを中へ招き入れる。
 花が、暗がりを息苦しいほどの原色で染め上げていた。その色にまみれて客はひしめき、こぼれんばかりの笑みを浮かべ、息をつめたように一点を見つめている。その数と密度は、予想以上だ。
 がしかし、おかげで入店したテンたちを気にとめる者はいない。客の入り乱れる『ミルト』フロアと違い、これは好都合と、テンはたちは対象を探して並ぶ顔から顔へその目を走らせていった。
 気づき近づいてきたボーイは、遅れてやってきた客が空いている場所を探しているのだと勘違いしている様子だ。すぐにもテンへ席がない旨を説明し始める。だとして最後まで聞いてやる義理などない。テンはボーイを押しのけ、態度にボーイが表情を一変させた。招かれざる客であると直感的に嗅ぎ取ったらしい。その体をテンたちの前へ回り込ませる。それもまたテンが跳ねのけたなら、もみ合いとなっていた。様子に、別のボーイもまた駆ける。おかげで思うよう対象すら探せなくなっていた。テンは苛立ち、外套の中からかくまっていた銃器さえ、ひと思いと振りかざしてやろうかとさえ考える。
 その時だ。
 何をや待って一点を見つめていた客たちの間から、堰を切ったような歓声は沸き起こった。割れんばかりの拍手は乱れ飛び、何体かがその場で勢いよく立ち上がってみせる。
 不意をつかれてテンとボーイたちは、振り返っていた。
 それは厨房、開かれた観音扉前だ。
 テンの目に、楽器を携えたヒトの姿は飛び込んでくる。


 非常出口のロックは形ばかり。恐らく土地柄、他者を警戒する傾向が少ないのだろう。磁気錠の解錠には、パスワードさえ必要なかった。閂として横たわるコイルへツールを忍ばせ電圧を変えたなら、磁気鍵は音すら立てず開く。
 否や分隊長を含め四体は、電子地図にダウンロードさせた店舗見取り図をバイザーのスリットへ差し込んだ。店内の構造は透視図を重ねるかのごとく視界に映り込み、おかげでこの非常出口の向こうに防砂用の二重扉が、その奥には厨房側面へ続くバックヤードの通路が伸びていると知る。首を振ったなら、通路中ほどの左手側に、店内の手洗い前へ伸びる通用口は取り付けられていた。その通用口を通してバックヤードと店内がつながっていることもまた見て取る。
 恐らく緊急時、正面出入り口と、厨房奥裏口、そして今しがた通って来た経路の計三方を解放し、客を輩出する構造らしい。
 再度確認して分隊長は、必要最低限、押し開けたドアの隙間から店内へ侵入した。
 そのさい遮ったセンサーが、防砂用の換気装置を作動させる。だがよほど客の対応に追われているらしい。ほぼ直線と伸びる通路に、何某が姿を表す気配はない。
 静まり返った前方を見据えて分隊長は、透明の二重扉をスライドさせた。歩調に合わせてバイザーの見取り図映像がゆっくりスクロールしてゆく中、生活空間へ足を進めてゆく。
『二手に分かれる。先発は、突き当りの厨房と更衣室を確認。我々は、通用口から店内の様子を確認する』
 奥に手洗いが控える通用口が近づいてきた所で、指示した。通用口へ辿り着いたところで足を止めたなら、揺らめく風景となり先発二体はそんな分隊長を追い越し、奥へと消えてゆく。
 見送るまでもなく通用口へ身を寄せていた。
 分隊長はドアへ耳をそばだてる。
 聞き取ることができるのは幾重にも折り重なる周波数の高い食器の音と、時折、起こる爆発的な笑い声だけだった。
 そっとドアから身を離す。
 いかにも握り易く成型されたレバー型のノブへ、手を添えた。すかさず同行していた分隊員らがダイラタンシーベレットのショットガンを持ち上げ、万が一に備えてドア際へ張り付きバックアップの体勢をとっている。
『表出入り口。極Y、入店』
 と、飛び込んでくる通信。
 タイミングを失い、分隊長はノブから手を離した。
『裏口は?』
 問い返す。
『極Y、待機のまま』
『更衣室、状況を伝えろ』
 矢継ぎばや、いましがた向かわせた二体を呼んだ。
 ならまるで待っていたかのような間合いで答えは、返えされる。
『現在、目的地へ移動中』
 確かに店舗は通りに沿って細長い形をしている。足音を立てて走らない限り、そう早く辿り着けはしなかった。
『隣接する裏口から極Yが突入してくる恐れがあるぞ。気をつけろ』
『了解』
 そうして分隊長は、ドアノブを握りなおした。そこにカギらしいカギは取り付けられていない。他に塞いでいるものがあるとするなら、ドアの向こうに立ち上がる関係者以外立ち入り禁止の文字映像くらいである。バイザー映像は、そうして開いたドアの向こう、左手に手洗いへの入り口が据え置かれていることや、そこが客席から奥まった場所であることを知らせていた。
 柔らかくノブを捻る。
 爆弾でも解体するかのような慎重さで、通路側へ引き開けていった。
 同時に浮き上がったドアの隙間から、バイザー映像では知ることのできない薄暗さは忍び込んでくる。伴い遮断されていた話し声は明瞭と吹き出し、食器の音が甲高さを増していった。
 バイザー映像が示す通り窪んだそこは、目隠し代わりに置かれた観葉植物がフロアとを仕切っている。幸い、手洗いを利用しようとする者も、している者もい様子だ。躊躇することなく分隊長は通用口を潜り抜けると、壁に背をつけ前進した。後方についていた分隊員もまた死角をフォローすると、対面する壁へ身を沿わせる。息を合わせて観葉植物まで歩み寄り、葉陰から互いに客席の様子をうかがった。
『店内、極Yを確認』
 ボーイたちとモメている。
 視界の端に捉えつつ、すかさず対象の姿を客席の中に探した。
 さなか震えたのは、こめかみだ。
『厨房、クリア』
『更衣室、クリア。通用口に合流します』
 報告は飛び込んでくる。
 分隊長もまた自らの現状を告げた。
『対象を確認中。多すぎて、すぐにはみつかりそうもない。極Yが店側とモメて……』
 その時だ。
 何をや待って一点を見つめていた客たちの間から、堰を切ったような歓声は沸き起こった。割れんばかりの拍手は乱れ飛び、何体かがその場で勢いよく立ち上がる。
 それは厨房、開かれた観音扉前だ。
 楽器を携えたヒトの姿はあった。


(あいつや!)
 瞬間、テンはそれまで隠していた下二本の腕を出すとボーイたちを突き飛ばし、上二本の腕でつづる。


 無論、まくしたてたのは分隊長も変わらない。
『確保対象を発見。客席、厨房前!』 
 そしてそれは、正面入り口前で待機していた部隊への突入許可の合図ともなる。


 知らず通信係は、クロマへ(突入)の動話を飛ばしていた。
 背にテンは外套を払いのけると、四本の腕をボーイたちへ振り上げる。


 だからして飛び込んできた一報に、クロマもまたちゃちな磁気錠を力任せと蹴り破っていた。


 言わずもがな後方で様子を伺っていた分隊員たちの間に、緊張は走る。


『裏口、極Y、突入開始』
『正面入り口、突入します』
 立て続け分隊長のこめかみに、二つの声は響いていた。


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