「……ってっ！ あなた、助けに来てくれたんじゃないのっ？」
思うのもムリはない。いや、どう考えてもそうとしか思えなかった。だが構図は全くもってそぐわず、そぐわぬままにアルトは、よりいっそうの力でネオンの喉元を締め上げる。そこに、これが芝居でも冗談でもないことを示して殺気は漂った。
必要とあればトリガーを引くつもりだ。
なぜ、とネオンは理由を探す。だがそもそも頭を撃つなどと、何の取引のつもりなのか。アルトの放つ脅しの意味こそ分からない。
これは何かの間違いだ。
それでも訴えるべく、ネオンは強引に頭をひねろうともがいた。
しかしながらそのわずかな動きさえ拒まれると、スタンエアは押し当て直される。
『正面入り口、極Ｙが対象の確保を開始した。店内の客は後方へ退避中。影になって通用口前から対象は確認できない』
極Ｙがスパークショットを振りかざした瞬間、動揺は波紋にも似た動きで客席の間へ広がると、我先にと逃げ出した客の動きで分隊長の視界はことごとく遮られていた。
かと思えば、厨房扉の開け放たれる音は鳴り響き、極Ｙたちは踊りこんでくる。裏口を張っていた部隊から『極Ｙ突入』の通信は届き、立て続け正面入り口の部隊からも一報は入った。
『正面入り口より入店完了。対象の姿を目視確認』
促されて分隊長は、エアシャワーブースへ頭を振る。そこでエアシャワーブースは彼らの存在を示すと、一度、開いたドアをゆっくり閉めなおしているところだった。
『了解。対象から目を離すな。極Ｙがしくじったときは我々が確保にでる』
言い放てば、その声にシャッフルの問いは重なる。
『対象とは、どちらだ？』
『確保対象です。別体はまだ見当たりません』
『先発隊、こっちは使えん。戻らず、そのまま裏口側と合流、厨房からなだれ込んだ極Ｙの監視を続けろ』
正面入り口の部隊がシャッフルへ答え、聞きながら分隊長は別部隊へ指示を飛ばした。
『フェイオンのことがある。奴らなら、やりかねん。絶対に対象は焼かせるな！』
耳にしたシャッフルが、そこへ注意を加える。
『了解。これより視界確保のため客席へ出る』
連れそう分隊員へ、分隊長は合図を送った。観葉植物の葉陰から身を離し、対象との距離を縮めるべく、いまだ客席の間を後方へ逃れる客をかわしてフロアを進む。
と、その時だ。分隊長の傍らから、おもむろに何者かの影は飛び出した。それは思うがままに群集をかき分け床を蹴りつけると、衝立のない浮島のような客席へ飛び上がる。
あまりにも目立つ挙動に振り返っていた。やおら声は大きくなる。
『いたぞ！ 客席側より別体、接近！』
店内の全分隊員が、即座に対応していた。
『裏口、確認！』
『正面、確認』
あいだにも浮島へ飛び上がった別体は、すでに二つ、三つと蹴り渡っている。
『別体のスタンエア所持を確認』
声は、正面入り口に控える部隊からだ。
『そのリミッターは、外されているぞ！』
シャッフルが間髪入れず、怒鳴りつけていた。
前で、最後の浮島を蹴った別体が極Ｙへと踊りかかってゆく。
『くそっ』
吐き捨て分隊長は、半分ほども距離を詰めたところで足を止めた。同時に、ダイラタンシーベレットのショットガンを持ち上げる。照準越し、わずかに揺れる銃口を制し、別体へ狙いを定めた。がしかしトリガーを引ききらぬうち、くるり身を翻した別体は対象を盾と抱え込み、スタンエアを突きつけ、その影へ身を隠してしまう。
『別体が対象を盾に取った』
投げ捨てるように、照準を外していた。
『正面、別体は極Ｙへ動話を綴っている模様』
頭蓋内で、別角度からの報告が響く。
『きさまら、それ以上、近づくなッ。近づけば、こいつの頭を吹き飛ばすッ』
『裏口側からでは、別体は完全に対象の影です』
おっつけ別体は怒鳴り、厨房扉側の部隊が手は出せない、と報告してくる。聞きながら分隊長もまた、盾にとられた対象の体が邪魔だと、客席内を回り込んでいった。
その間にも別体の放つ動話に揺れ動く極Ｙたちが、半歩、半歩と、対象らとの距離を詰めてゆく。何を話しているのか、動話を読めない分隊長には、うかがいしれない。だが飛びかからんばかり身構える極Ｙの背から、冷静さが失われている事だけは十分に読み取っていた。
『極Ｙの誤射に警戒！』
裏口側へ促し、別部隊へも早口に言い放つ。
『正面、別体の背後を取ったのかッ？ 奴にも対象を撃たせるな！』
『やっていますが、極Ｙが邪魔で視界が確保できません』
『できませんじゃない、今すぐやれッ！』
ひっきりなしに、アルトの手は何かの形を繰り出し続けている。見て取ることはできなかったが、耳元で忙しなく動く手ひらの気配と、喉元に伝わる振動がネオンにそう伝えていた。そのたびにじわり、船賊たちは囲む輪を小さくしている。
間合いにアルトは、何らかの取引を行っているのだろうと思えた。それがこの危機的状況を打破するためなのか、穏便に収めるためたのかは全く不明だ。しかしながらどう考えてみたところで、どちらかの引き金が引かれなければ、この場はおさまりそうになく、そしてどちらが引き金を引こうともネオンにとって、ありがたい結末にはなりそうもない。
と、何らか形を繰り出し続けていたアルトの手が、ひときわ大きく振り捨てられた。そうして周囲へあからさまな苛立ちを示す。
つまり交渉決裂か。
証明して厨房前だ。船賊たちが一斉に床を蹴り出す。
それ以上近づけば頭を吹き飛ばす。
言葉がネオンの脳裏を過っていた。
気づいてアルトも身をよじる。
『撃たせるな！』
目の当たりにして、分隊長は声を上げていた。
受けて強硬手段といわんばかり、視界確保に苦戦していた正面入り口の部隊が極Ｙの間へと割り込んでゆく。もちろん押しのけられた極Ｙたちもまた、対象へ前のめりになっているところだった。多少、押されたところで気づく者などいない。その隙間から厨房扉前の極Ｙへ体をよじった別体の、無防備な背中はのぞく。
バンッ。
傍らで、精算カウンターが硬い音を立てていた。
間を置くことなく音はまた鳴って、厨房扉前に飾られていた花が花びらを散らす。
かと思えばネオンの背に、鈍い衝撃もまた走っていた。体はその時、前へ放り出され、倒れ込む寸前でどうにかネオンは踏み止まってみせる。覚えた重みに、なにごとかと引いたアゴで振り返っていた。アルトだ。おぶさるようにもたれかかった頭はそこにある。かと思えば力なく、その体はネオンの背から滑り落ちていった。床へ転がり投げ出された腕から、スタンエアが弾け飛んでゆく。それは乾いた音を立てて床を滑ると、ネオンをしばし釘付けにした。
「……なに」
体を、次から次へ船賊たちは押さえつけてゆく。
「なっ、なにするのよっ！」
力任せとその場から引き剥がしにかかった。
「離してっ、離しなさいよっ！」
両の手足を振り回し、これでもかと暴れてネオンは抵抗する。だが相手はそれごときでどうなるわけもない数と力だ。かなうはずもないまま、否応なくエアシャワーブースへ引きずられてゆく。
「アルトっ！」
叫んでいた。
眠るでもなく、ただまぶたを閉じたアルトはそこで、どこか無機質と横たわっている。
肩を、歩み寄った船賊が蹴り上げた。そうして転がした体を眺め、踏みつけ固定した顔をさらに念入りと覗き込んでみせる。
「ちょっとっ！ なによ、少しは丁寧に扱いなさいよっ！」
噛みついたところで気に掛ける素振りすらない。スパークショットを握っていない上二本の腕で、ただ周囲へ動話を繰り出した。従い、取り囲んでいた船賊の中から二体が前へ進み出ると、アルトの両足を取って外へ引きずり出し始める。連なり、他の船賊たちも退却を決め込んだ様子だ。怯える客たちをそれぞれにひと睨みする。他言は無用とその場から、きびすを返していった。
『極Ｙ、対象と別体を確保。撤収します』
『いや……、よくやった』
シャッフルの口調に力がないのは、恐らく例のクセでその顔をひとなでしているせいだろう。
『我々も撤収する』
いつもの低い響きで分隊長もまた、分隊を誘導していた。了解の声は方々から頭蓋内へ返り、店内二方で、わずか風景が揺れ動く。彼らもまた放ったダイラタンシーベレットの液化した白いシミだけを残すと、そぞろに『アズウェル』を後にしていった。
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