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ACTion 45 『行方』



『なんて、ことだ……』
 力が抜けたようにトラの口から、言葉は漏れる。ネオンの消えた空を仰ぎ、がくり膝を折った。拍子に体から、降り積もった砂塵はどさり、こぼれて落ちる。
 取り囲む町並みは叩きつけるように吹き荒れていた強風から解放され、そんなトラの回りで安堵ともとれるため息をもらしていた。恐らくそこに住まう者たちは、先ほどの強襲にいまだ部屋の隅で縮こまっているのだろう。もとより物陰のなかった通りへ、事と次第を確認して現れる者の姿はまだない。
 果たしてネオンをさらった理由が楽器の価値を知っての行為だとして、ネオンが自ら逃げ出すより、それは遥かにいただけない結末となっていた。見張っておいてくれ、と頼んでいたサスへ恨みごとなど当て外れだ。追いかけるに『バンプ』は遠く、万策尽きたトラの思考はそこで否応なく停止する。
 と、背後で『アズウェル』のドアは開いていた。
 音にトラは振り返る。
 飛び出してきたデミに、呆けていた目を丸くしていった。
『デミ坊……、デミ坊ではないか!』
 自分でも驚くほど素っ頓狂な声だ。出してトラは立ち上がる。デミへ向かい、その両手を大きく広げてみせた。
『おいちゃん!』
 気付いたデミが、そんなトラめがけて走り出す。受け止めトラは衝撃で舞い上がった砂塵もろとも、デミを抱きしめた。すぐにもその体を引き離す。
『一体、何があった? どうしてネオンが極Yに、船賊に連れて行かれなければならん!』
『おねえちゃんに会ったの?』
『今ここですれ違った。なんとか助け出そうとしたのだが、ムリだった』
 とたんデミは、いても立ってもいられない様子でトラの腕を、振り払った。
『それで、おねえちゃんは、おねえちゃんたちは、どっちへいったの?』
 そこへ駆けつけたのは『アズウェル』のボーイと、オレンジ色のツナギを着込んだ毛むくじゃらの顔だ。通りを見回すなり、まるきり同じ質問をデミへ投げた。
『二人はどこへいった!』
『貴様らもネオンをさらうつもりか!』
 トラはたちまち、いきり立つ。様子に慌てて止めに入ったのはデミだった。
『違うよ、おいちゃん。ライオンはボイスメッセンジャーだよ。ぼくもおねえちゃんも、一緒に連れられて行ったジャンク屋も、フェイオンから一緒に逃げてきた友達なんだ』
『なんだと?』
 トラは目を、シワの奥でぱちくりさせる。ならさすがボイスメッセンジャーという仕事柄だ。声には敏感らしい。琥珀色の瞳でまさか、とトラを凝視した。
『その声は確か、ご老体の店で聞いたモニターの……』
『ネオンを引き取りにきた。トラ・イアドだ』
 状況が状況だ。成り行きを知ることができるなら誰でもいいと、トラは早口に名を告げる。
『ひと足、遅かったようだな』
『一体何がどうなっている。ネオンは船賊の船に連れ去られていったぞ』
『船にっ?』
 指さしてトラは教え、聞かされたデミが驚いたように鼻溜を振った。
『その船賊、おそらくはフェイオンで我々を追い回していた奴らだ』
 言ったのは、ライオンだ。
『フェイオンでも、船賊に追われていただと?』
『そんなのぼく、知らなかったよ』
 知らされトラは驚きの声を上げ、デミもまたライオンへ目を丸くする。
『いや、追われているのは、ジャンク屋のはずなのだが……』
 などと、迫る二つの顔にたじろぎライオンは、こぼした。
『どう言うことだ。ならネオンはそのジャンク屋のせいで、巻き込まれたということなののか!』
『ええい、わたしにも、よくはわからんのだ』
 八つ当たりだと、牙を剥き返す。
 うちにも、食べかけのスナックや羽織っていたコート、そして履くタイミングを失った靴を手に手に客たちが店先へ出てくる。車道はあっという間に埋め尽くされ、にもかかわらず一台のビオモービルは通りへと侵入してきた。辺りは押すな押すなの大混乱となり、見かねたボーイがライオンの傍らから飛び出してゆく。群衆へ手を振り上げると、一帯の整理に取りかかった。
 おかげで動き出した群衆に背を押され、トラは話し込む場所を『アズウェル』の軒先へと変えることにする。
『埒が明かん。そのジャンク屋とサスは取引があるのか?』
 まくし立て、デミへ覆いかぶさった。もちろん学校へ行っているデミが、サスの顧客に詳しいはずもない。しばし考え込み、やがて店へ帰って早々に聞かされたサスの言葉を思い出すと、鼻溜を弾き上げた。
『うん、そう言えばおじいちゃん、アルトはわしの仕入れ先の一人だ、って言ってたよ』
 聞いてトラはシワの中で目を細める。
『デミ坊、サスはどこだ? なら、わしはサスと話がしたい』
 だが状況は、店先にメッセージを残してきたとおりだ。
『え、えっと、でも、おじいちゃんは今、どこにいるのか分からないんだ。お仕事だと思うんだけど』
『こんな時にか!』
 トラは罵り、声にデミは縮み上がった。かばってライオンが口を挟む。
『いや、違う。ご老体は、なぜジャンク屋が船賊に追われることとなったのか、それを調べるために出ている。わたしはジャンク屋から、つい先ほどそう聞いた』
 今、思えば、渋るアルトから聞いておいてよかったと思う。しかしこれまたデミには、初めてとなる話で間違いなかった。
『ええっ!』
 さいさん驚かされて目を丸くし、ライオンはこうなればと、知りうる限りを丸ごと吐き出すことにする。
『あとひとつ。船賊はジャンク屋を追いかけている様子だったが、そのジャンク屋は、ネオンをフェイオンへ呼び寄せたのは自分だと、わたしに言った』
『何だと? つまりそいつも、わしのネオンを狙っているということか!』
 そこへビオモービルの先導を終えたボーイは舞い戻ってくる。客の対応に、ここへ残る旨を告げた。うなずき返せば、通りの向こうから呼ばずとも現れたパトカーのサイレン音は近づいてくる。
 チラリ、目をやっていた。
『サスが戻るまで待っておれるか。何があったのかもう一度、最初から、詳しく説明してくれ』 
 声も低く、トラはライオンへ視線を投げる。


 通りに溢れる客が行く手を塞いでいた。目の前にして折り返すのも、どこか不自然だ。見据えてシャッフルは、運転する部下へアゴを振り通り抜けるよう促していた。
 そんなビオモービルは、ミラー効果もそのままにした分隊員たちが箱乗り状態で回収されている。明らかな積載量オーバーに、ビオモービルのキャタピラは今にも切れそうに砂塵をかきながら、その鼻先をじわり、群衆の中へめり込ませていった。
 と、道を開けてビオモービルを先導する『デフ6』は現れる。
 仕事ぶりを眺めていれば、シャッフルの頭蓋内で声は響いていた。
『中尉』
 基地前で待機中の巡航艇からだ。
『どうした?』
『極Yから、対象の引渡し方法についての連絡が入りました。現在、極Y船舶は、アーツェ最寄りの光速前で停泊中。指示を仰ぎたいといっております』
『まさか、本船に横付けさせるわけにはゆかんな』
 冗談とも取れぬ冗談を吐いて、シャッフルは指示を繰り出す。
『ボイスメッセンジャーが例のメッセージを拾いに来たカウンスラーの音窟があったな。そこで引き取ると伝えろ』
 『カウンスラー』は、ちょうどここから『フェイオン』近隣に停泊中の本船へ戻るまでの中間地点に位置していた。何より観光客の溢れるそこならば、雑多な種族が集ったところで何の違和感もないだろうと踏む。指定時刻の計算はこちらで済ませておいていいか、問う声へ、シャッフルはひとつうなずいてから頼む、と返していた。
 大した剣幕だ。群衆を抜け出せばちょうどと、今まさに駆けつけんとする警察車両とビオモービルはすれ違う。


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