『アズウェル』店内へ足を踏み入れれば、清算カウンターにはぐったり力を失ったボーイが二体、横たわっていた。厨房からはくぐもった呻き声が聞こえ、デミたちは取り急ぎ介抱に向かう。そこへ警察はなだれ込むと、規制線は張り巡らされていった。以降、デミはライブ企画の責任者として現場検証に付き合い、何が起こったのかを警察へ訴え、トラへも成り行きを説明しつつ、取り急ぎ二人の捜索を願い出た。だがしかしだ、警察の反応は鈍さを極める。彼らが言うに理由は、アルトとネオン、双方のIDが確認できないためだった。つまり二人は公に存在しない存在であり、したがって拉致は成立せず、事態はただ船賊たちが『アズウェル』へ押し入り、従業員に怪我を負わせたに過ぎないと、まとめあげられるに終始する。むしろ存在しない者を探すなど、警察業務の範疇にないというのが彼らの言い分だった。
確かに盗まれたモノもなければ、もう船賊が立てこもっているわけでもない。デミたちにそれ以上、反論する術はなかった。
『おかしいよ!』
『アズウェル』の営業時間さえ過ぎた深夜。客席に転がっていた靴を、デミは不満の限りに蹴り上げる。これで終わりと立ち去れるはずもないデミにトラ、ライオンは、奥の事務所で事後処理に追われる店員共々、一段落ついた店に残っていた。だが事態は、靴に当たるしかないほど手詰まりだ。だからこそ、唐突に頭を下げたのはトラだった。
『すまん、デミ坊。原因はわしにある』
『どうして? おねえちゃんはフェイオンまで来れたんだよ。ジャンク屋だって、お仕事してるしさ。IDがないと長距離移動なんて出来ないのに。あんなの、お巡りさんの方がおかしいんだ。おいちゃんが謝ることじゃないよ』
脈絡のなさに納得できず、デミはなおさら憤慨する。しかしトラが認める様子はなかった。
『ジャンク屋の事は分からん。だがネオンのことは、全てわしのせいなのだ』
『その言いようでは、手助けのしようがないぞ、テラタン』
見かねてライオンが説明を求める。声に振り返ったトラは、まるで痛いところを突かれたような顔をしていた。再びふたりへ背を向けると、紡ぎ出す言葉のままに両の拳へ力を込める。
『ネオンは……、ネオンは、わしがギルドオークションで買った、ヒト臓器の転売用ボディーなのだ』
耳をそばだてていたデミとライオンは、とたん跳ね上がっていた。
『お、おねえちゃんが転売用のボディーっ?』
『なん、と』
『もちろん、出所不明の闇取引だ。楽器はポッドに放り込まれていた。IDなどあるハズがない』
隠そうとしても隠しきれない背中をこれでもかと丸め、トラはふたりの視線から逃れるように清算カウンターへ歩み寄てゆく。
『ネオンは、わしが持たせた売り物の偽造IDで移動していた。事故が起これば、こうして捜索対象からもれることも知っていた。知っていて演奏に出していた。全てわしのせいなのだ』
開いたままのライオンの口は、ようやくそこで閉じられていた。
『金のためとはいえ、非人道的にもホドがあるぞ。違法どころか臓器転売ボディーを蘇生するなど、悪趣味としか思えん』
吐きつけられたトラが、シワの向こうからライオンを盗み見る。まさに侮蔑がちょうどの表情を前に、ブルンとシワを波打たせた。
『ええい! 今ここで知り合ったような貴様に、ああだのこうだの言われたくないわ!』
前へ向き直る。それきり頑なと動かなくなった。
その時だ。『アズウェル』の正面入り口、エアシャワーブースのドアは開く。不意を突かれてそれぞれが顔を向けていた。ならそこに、楽団員で資料館の館長、エンシュアはひょっこり姿をのぞかせる。
『デミはここか?!』
まだ赤い民族衣装を着たままのエンシュアは、ひどく慌てた様子だ。続けさまにこうも、つづってみせた。
『サスがお前を探しているぞ!』
ならどこに、と問うまでもない。エンシュアの背後から見知らぬ『デフ6』に支えられ、サスは姿を現す。
『おじいちゃん!』
目にするなりデミが駆け出していた。連なるように、トラとライオンも床を蹴る。
『ご老体!』
『サス!』
どこで何をしていたのか、サスの体は砂塵まみれだ。それはもう身にまとった衣服の色を消し去るどころか、サスすらも消し去りかねないほどだった。足は冗談かと思うほど力なく空を切り、様子は疲労困憊の文字がちょうどときている。
『おじいちゃん、しっかりして! それともどこか怪我してるの?』
見知らぬ『デフ6』の反対側へ回ったデミが、サスを支えて呼びかけた。休ませるべく、とにもかくにもふたりがかりで手近な浮島個室を目指す。あわせてエンシュアが床に散らばる靴や食べ物を足先でより分けた。ライオンとトラは浮島個室にサスの横たわれる空間を作って待ち構え、引きずられるようにして歩いていたサスは、そのとき何事かを訴え鼻溜を揺らす。
「……あ、あぅとは」
それは商売からも、平素は使うことのない現地語だった。だというのに聞き取れず、デミが鋭く問い返してみせる。
「え? 何?」
繰り返すサスの言い分はいっこうに的を射ない。ならサスを挟んだ向こう側で、見知らぬ『デフ6』がデミへ鼻溜を揺らし知らせた。
「俺が見つけた時から、こんな調子なんだ」
「おじいちゃんをどこで?」
デミは遠慮なく問いかける。
「砂漠の真ん中さ。そこでぶっ倒れてた。基地跡へ向かうのに、よく間欠河川沿いのわだちを使うだろ? あの途中だったんだ。びっくりしたぜ。死んでるのかと思えば、とにかくここへ連れて行けって、すがりつかれたんだ。俺がみつけなきゃ、埋まってた。おかげで彼女とのデートは、台無しになっちまったよ」
どうしてそんなところへと、デミは眉をへこませた。
「そうだったんだ。ごめんね」
謝って、辿り着いた浮島個室へふたりがかりでサスを寝かせる。
「いまさら、もう、どうだっていいよ」
見知らぬ『デフ6』は役目を終えたといわんばかり、サスの傍らから抜け出した。礼を述べるトラと場所を入れ替わる。ライオンの差し出す忘れ物のコートを掴んで丸め、枕代わりとサスの頭の下へ突っ込んだ。矢継ぎばや、怒りとも心配ともつかぬ口調で問いただす。
『サス、聞こえるか? わしだ。トラだ。一体、こんなになるまでどこにいた?』
『基地跡へ向かう途中の砂漠で見つかったんだって』
その話は聞いたところだと、デミが造語で振りなおす。トラの目は、たちどころに丸くなっていった。
『基地跡だと? わしはそこに船を置いてきたばかりだぞ。そんなに近くにサスはいたのか』
すかさずライオンも説明を求める。
『基地跡? もしやそれは軍か?』
『そうだ。過去、駐屯していた町外れの施設で、今はもう誰も使っていない』
『ジャンク屋が追われている理由を調べると言っていたが、よもや、そこで?』
言葉にトラは目を瞬かせた。だがライオンは答えず、ただデミへ視線を投げる。それだけで察する辺り、やはり秀才の閃きか。とたんデミは伸び上がっていた。
『そうだよ! あの船賊はおかしいんだ。軍の装備を身に着けてたんだもん! 関係があるからおじいちゃん、調べるためにそこからハッキングかけたのかもしれない!』
と、どこにそれだけの力が残っていたのか、かぶった砂塵を辺りへふりまき、そのときサスはガバリ、起き上がる。
『違う! それどころではないんじゃ!』
肝を潰されて見守るそれぞれの動きは止まり、場違いな空気を感じ始めた若い『デフ6』は、控えめと声かけ店を出て行いった。
「ありがと!」
デミは慌てて手を振り上げる。
ライオンが、叫んだきり前かがみとなったサスへ詰め寄っていった。
『ご老体、何がどうされた? 我々も尋ねたいことがあって帰りを待ちかねていたところなのだ』
サスの両目はまさにヤブ睨みとすわっている。
『アルトは、アルトはどこにおる! わしはアルトに話が……!』
喘ぐように繰り返すと、その先をむせて濁した。
傍らでデミとトラ、ライオンは、やはりと顔を見合わせ、やがてそれが役割と引き受けデミが静かに語りかける。
『おじいちゃん、今、ジャンク屋はここにはいないんだ』
ライオンも付け足し、言い含めてみせた。
『船賊が、ネオンと共に連れ去った』
『なんとか取り戻そうとしたのだが、わしの力が及ばなかったことは残念だ』
舌打ちトラが、首とシワを振る。
言う面々を、サスの目が追いかけていた。ようやく把握したらしい状況に、両膝をこれでもかと叩きつける。
『……っかぁあっ!』
天を仰ぎ、そのまま浮島個室へごろり、仰向けと体を投げ出していた。その目は強く閉じられる。同時に声は、上がっていた。
『遅かったか! すまん、アルト!……』
その先を、現地語とも造語とも区別のつかぬ言葉で埋め尽くしてゆく。やがてイビキへと様子を変えていった。聞いてデミたちの目もパチクリ瞬く。
『お、おい、サス?』
見下ろすトラが代表して、サスの体をおっかなびっくり揺さぶっていた。無論、サスが目を覚ますことはない。ただその体から、一握の砂塵がフワリ舞い上がっていた。
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