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『MIDNIGHT FULL SET 1』



 頭数がそろえば、ここから先は『アズウェル』の世話になってまで進める話ではないだろう。エンシュアへは礼を述べて退散いただき、おおイビキのサスを担ぎ上げて店を出ることにする。
 その際、目に止まったのは精算カウンターのシミだ。まるで泥を投げつけたように周囲へ小さな飛沫を散りばめたそれは、ギルド商人だからこそ知識として備わる特殊な痕跡というべきものだ。サスを担いだままでトラは足を止め、前へと屈み込んでゆく。
『軍……、か?』
 様子に並んでデミも、その真剣なまなざしを辿った。目にした痕跡に、そのつぶらな瞳をトラへと向ける。
『おいちゃん、これ何?』
『デミ坊、覚えておけ。これは軍用ショットガン、ダイラタンシーベレットの弾痕だ』
 教えて聞かせるトラの声は低い。
『ダイラタンシー?』
 繰り返すデミの目が、再び痕跡へ向けないされる。トラは首のシワへアゴを埋め、ただうなずき返していた。
『そうだ。流動弾の比重を変化させることで、殺傷能力を調節することも可能な銃器だ。おおむねテロリストやデモの制圧に使用されている。軍用の銃だ』
 言ってトラは伸ばした指で、シミをこすり取る。指と指の腹を合わせると、まだ乾き切っていない粘度を確かめた。
『比重はかなり高いな』
『フェイオンで船賊は軍の装備を持っていたけど、ここでぼくらが見たのはスパークショットだけだよ。なのにどうして?』
 とたん派手な音は鳴って、膝を打ったライオンがふたりの背後で口走る。
『だからジャンク屋は声を上げたのか!』
 言わんとしている事を、いち早く読み取ったのはトラだった。
『相手が船賊なら、音声言語など無駄だからな』
 言わずもがなの構図はデミの前にも開けてくる。
『じゃ……、お店の中に軍が? ジャンク屋はそれを知ってて……』
 なおさら小さく足元にうずくまるデミへ、トラはアゴをひいた。
『ジャンク屋は軍に何と言っておったか聞き取れたか?』
 立て続けに問う。とたんデミの返事は精彩を欠いた。
『えっと、それは、ぼくの聞き違いかもしれないんだけど』
『おそらく交渉ための駆け引きだ。やる気なら、機会はいくらでもあった』
引き受け、ライオンが前置きをつけたうえで教える。
『これ以上近づけば、ネオンの頭をスタンエアで吹き飛ばす。ジャンク屋はそう言っていた』
 とたんトラの目は見開かれていた。
 顔へ向かってライオンは、静かにうなずき返す。


『ほっ! すまんかった。店を出てから一睡もしておらんかったのだ!』
 三輪ジープが、サスの店の前でぴたり、止まっていた。とたんサスは後部座席で跳ね上がり、目を覚ます。
 船賊たちと共に消えたアルトに代わり、三輪ジープのハンドルを握っているのはライオンだ。サイドブレーキを引く音は聞こえ、ルームミラーにそんなサスを確かめる目は映り込んだ。
『ムリをしては、あとが続かないというものだ、ご老体』
 三輪ジープのみならず前を走っていたビオモービルもまた、ブレーキを踏んでいる。そんなジープの窓から外を覗いたサスの目には、メモの貼り付けられた馴染のドアが薄ら白く映っていた。
『うぢぢぢぢぢ』
 痛む体をなだめすかしてかジープから降り、店前のポーチでデミたちと合流する。ずいぶんくたびれてしまったが、これでも店の主であった。帰ったそれぞれを案内してミノムシドアへ向かい歩く。何万回と繰り返しただろう段取りを今日もなぞると、ドアの生体認証パネルへ手をかけつつ物理ロックのキーを探してズボンのポケットへ手を潜り込ませた。
 とそのとき、ロックを解くまでもなくドアはキィ、と音を立てて動く。山ほどぶら下げたガラクタをガラガラ鳴らしながら、店の中へひとりでに開いていった。
 否応なく走る緊張。
 デミがきゅっと鼻溜を縮める。
『そんな……、ぼく、ちゃんと鍵は閉めたよ』
『わかっとる』
 答えてサスは部屋の奥へ耳を澄ませた。
 だが物音は何一つ聞こえてこない。
 開くべくその腹へ力を込めた。
『わしに任せろ』
 遮るトラに割って入られる。
 そんなトラが最後尾のライオンへ目配せを送った。改め、わずかに浮き上がっていたドアを押し開けてゆく。そこに見えたのは、ギルド端末と各種スケールメーターを置いた半円卓だった。それ以外、見慣れぬ物は何もない。だがしかし半円卓は一体何があったのかと思うほど引っ掻き回されると、嵐が通ったのかと思うほどにひっくり返されていた。
『な、どうなっておる!』
 トラが声を上ずらせる。
 様子にサスが、デミが、ライオンが、店内をのぞき込んでいった。
『これは、ひどいな』
『なんと、だれぞ押し入ったのか』
 ライオンが吐き、茫然と半円卓へ歩み寄りかけてかなわず、がっくりサスがヒザを折った。だからこそ机上に振る舞い、その傍らをデミは駆け抜けてゆく。怒りのこもった目で店内を見回すと、開け放たれていた仮想ショールームへ飛び込んでいった。
『こっちは何も取られてないみたい!』
 すぐにもサスへ知らせる。
 ならば、どうにも動けそうにないサスに代わり、半円卓の中へ潜りこんだのはトラだ。使い勝手を考慮してカスタマイズされてはいるが、ギルドネットの端末操作に大差はなく、データがいじられていないことをざっと見て取る。足元に並べられた幾つかの買い取り品へ目をやり、気づいて自らの服の裾を手に取った。カウンターの角へそれをこすり付ける。拭って目の高さへ持ち上げた。指で弾けばそこからもう、と立ち上った黒煙は灯りに透ける。
『ススだ』
『まさか……』
 手伝い、駆け寄ったライオンがこぼし、牙を剥きだした。
 トラは顔へ振り返る。
『押し入ったのは、船賊だ』
 この部屋に似つかわしくないススは、あのスパークショットの電極に付着していたものとしか思えない。よくよく目を凝らせばこれだけハデに家捜しただけはあって、ススはあちこちに擦り付けられてもいた。
 聞きつけたデミが、ショールームから戻ってくる。その勢いのまま半円卓へ身を乗り出した。
『そうだよ! だから奴ら、アズウェルにこれたんだ。だってぼく、ドアメッセージ残していったんだもん!』
 だとして、ライオンが新たな疑問を口にする。
『ならば奴らは、どうやってここを知ることが出来たと?』
『それはジャンク屋とネオンを追って……』
 言いかけトラは、シワに埋もれていた両目を大きく見開いていった。飛びつかんばかりに半円卓の通信装置へ手をかける。
『すまん、サス、借りるぞ』
 サスの返事を待つまでもなく、『Op-1』に残してきた自らの店へ通信をつないだ。いくつかのパスワードを打ち込み、即座に店のシステムへログイン。セキュリティーの確認を急ぐ。そこに残された侵入者の痕跡を目の当たりとしていた。建物内の数少ない監視カメラにはばっちりと、船賊たちの背中が映りこんでいる。
『ワシの店だ。奴ら、そこでこの場所のことを知ったのだ』
『でもそれじゃ、おねえちゃんたちがここにいるかどうかまでは分からないよ』
 デミは鼻溜を歪め、ようやく受けたショックから立ち直ったサスが、たしなめる。
『忘れたか?』
 その瞳には、しばし消え去っていたいつもの鋭さが舞い戻っていた。
『お前がここへ到着してすぐ、トラの店へ連絡を入れておろうが』
『あ……』
 ライオンも思い出したらしい、呆けたようにその口を開いていった。
『仮想ショールームでのぞいた、イアドの倉庫か!』
『ぼく、留守録、入れちゃった……』
『じゃな』
『また、ぼくのせいなの?』
 とたんデミが弱りきったように鼻溜を揺する。慰めるべくトラが、その頭へと分厚い手をあてがった。
『儲けそこなって、わしは命拾いしたぞ』
 皮肉にデミがクスリと笑う。
 見届けトラは表情を引き締めた。
『しかし、どうやってワシの店にネオンがいることを突き止めたのか……。少し気味が悪いな』
 言葉の語尾と共に、トラは瞳の奥までもを濁らせる。同様に、店内の空気は深く内へ塞がると、得体の知れないナニカに見張られているような居心地の悪さでもってして、誰もを包み込んでいった。ままに息詰まりそうになったところを突き破ったのは、サスだ。
『わしがそのからくりを話してやろう』
 振り返ればサスの目は、そこでいつも通りとそれぞれの顔を見つめて返す。


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