『話す必要などないと考えておったからの』
半円卓の定位置が、お似合いだった。サスはこれからの話を反芻するかのように鼻溜を膨らませ、重たげな息を吐き出す。連なり紡ぎ出された話は、砂漠の基地にまで潜り込んだその理由と、通したい義理についてであり、おかげで垣間見てきた連邦政府のラボ『Ｆ７』の構造についてだった。そこへかいつまんでトラとライオンが『アズウェル』でのことや、それぞれが持つ情報を加えてゆく。個々の中で断片だった事象が噛み合えば、いつしかそこに巨大な地図は出来上がっていた。
『そのラボに、わしの店のアドレスがあっただと？』
トラは声を裏返す。そうして思い出当たる話に、休む暇なくトーンを上げた。
『そうだ！ ネオンは、ネオンはドクター・イルサリの依頼を受け、フェイオンへ向かったと言っていた。だがわしは把握していなかた。つまりラボが、その名のついたプログラムが、ネオンを直接、呼び出したということなのか？』
サスは静かにうなずき返す。
『いや、呼び寄せたのは自分だ、とアルトは言っておったんじゃろうに。そのプログラムを使って誰もをフェイオンへ集めるよう仕組んだ。それが最も辻褄が合いそうじゃの』
短い腕をこれでもかと深く組んでみせた。
『さて、アルトがそんな場所で何をやっておったのか、わしは知らん。じゃが、ラボに確かと名は記されておった。いた、これを別の誰かじゃと言うのは、ここまで来てこじつけじゃろうな。おそらく記憶を無くしてわしに拾われるまで、あやつはそこにおった。そこにおったが、抜け出してきた。この全てを仕掛けての』
『待て。なら知らんヤツを呼び出すことはできん』
ならトラが身を乗り出す。
『つまりジャンク屋とネオンは、過去どこかで見知った者同士ということか。そしてジャンク屋の過去がそのラボにあるというなら、ネオンもまたそこにいたと？』
眉間を詰めれば、シワにシワは重なっていった。
『ネオンも蘇生した時、記憶がなかった……』
絞り出すように吐く。
無論、誰にも確かなことは分からない。ただサスだけが、丸いアゴをつまんで返していた。
『そういうことになりそうじゃ、の。むしろそこでつながるなら、軍を背後に従えた船賊が、ネオンも一緒に連れ去った説明がつくというもんじゃ』
組んでいた腕を解く。
『それもこれも、アルトに聞けばはっきりするじゃろうて』
アゴ先でライオンを指し示した。
『お前さんのメッセージを聞いてすぐ、あやつはわしに手を引けなどと喚きおったからの。きっかけに何か思い出しておるはずじゃ』
ライオンが否定する気配はない。つまるところ大役を果たしたらしいと、肩さえすくめて返していた。
などとそうまで聞かされたデミの心配は、そこで頂点に達したらしい。
『おねえちゃん、大丈夫かな。ジャンク屋だって怪我してるかもしれない。だいたいさ、死んでるひとの名前がついたプロジェクトなんて気味が悪いよ。そんなところで何、やってるんだろ。そのうえ船賊なんて使ってまでおねえちゃんとジャンク屋をり追いかけさせようなんて、何のためなのかな。なんだかとっても心配だよ』
思いは誰の胸にも響くものがあった。
『ね、おじいちゃん、何とかならないの？』
『ネオンはお前の命の恩人じゃからのう』
デミの気持ちを汲んだサスが、微笑み返す。だがその実、そう右から左へゆくものでもない。
いつのまにか明けようとしている『アーツェ』の空は焼けるような赤へ滲むと、室内へ細長い光を投げ入れていた。まさに新しい一日はこの瞬間より始まろうとしている。
刹那、店のドアは開いていた。藪から棒に、威勢のいい声までもが店の中へ飛び込んでくる。
『サス！ はるばるここまで来てやったぜ！』
スラーだ。
『そうでやんす！ 社長ははるばるサスの店までやって来てやったでやんす！』
多分にもれず隣でモディーも胸を反らしている。
赤く焼けた光を背に受け、ミノムシドアの前に立ち塞がる喪服姿はとにもかくにも度肝を抜くにちょうどだった。加えて猛然と怒鳴り込んできたのだから、たとえ時刻が昼間だろうと、釘付けになってそれは当然の光景となる。
『どうなってやがんだ、サス！ あんたの頼みごとは、俺を利用させろということだったのか？』
一身に浴びたところで臆すことなく、歩幅も最大とスラーは店へ足を進めていた。
『頼みごとを利用したでやんす！』
すかさずモディーがその後を追えば、脳天でスラーの手打ちは炸裂する。
『違う、利用されたのは俺だ。頼み事じゃない！』
もう、これは出さずにおれないお決まりなのだから、仕方ない。その、よく分からぬ勢いに押され、半円卓を囲んでいたトラとライオンも輪を解いてゆく。おのずとそこにサスの顔はのぞき、目が合ったところでサスは鼻溜を振った。
『おお、スラーか！』
それがわざとらしくなかったかと言えば、微妙だ。
『知り合いか、ご老体？』
警戒心丸出しでライオンが視線を投げる。
答えるべくサスは鼻溜を揺らした。
が遮り、スラー、自らが語る。
『まさか、わたしが警戒されるべき相手であるハズがない』
その口調は、わざとらしいほどまでに丁寧だった。
『内密な話の途中で割って入ったことについては、今ここでお詫びさせていただきますよ。あなたが求めているのは、その礼節ですからね。そのうえでなら私の話を聞いてもらえそうだ』
これみよがしと断りを入れる。
『大丈夫。物騒なものは持っていませんので、ご安心を。サスとは少々長い付き合いのある葬儀屋のスラーと申す者です』
一礼すれば、隣でモディーが伸び上がった。
『スラー葬儀社のモデラートこと、モディーでやんす！』
ならば今度はトラへ踵を返す、その顔をスラーはのぞきこんだ。
『なるほど、幸いにも葬儀屋に苦い思い出がなくてよかった。そちらは立ち聞きがご心配ですか。ならば一つご提案を。隠し事は立場を悪くするだけということもあるわけですよ。なぁに、気に障ったのならご勘弁を。エブランチルはいろいろと見えすぎて厄介なところがあるのです』
どんぴしゃりと見透かされたか、トラのシワはその時、顔の上で居心地悪そうに歪んでヒクつく。そしてスラーは最後に、デミへその体をよじってみせた。
『そのとおり、わたしは怒ってますが、それは前提として互いの間に信用があったからだ。その信用を帳消しにして、サスをどうにかしようとやってきたわけじゃない』
にっこり微笑む。しかし次の瞬間にもその笑みは、言ったとおりの怒りに消え飛んでいた。
『だからこそ、何も聞かずに引き受けたんだってのによ、サス！』
サスへ向かい、怒鳴り込んできた続きを再開させる。
甘んじて受けるサスに言い訳を並べるような気配はなかった。むしろ、まだ言いたいことはあるだろうと続く罵声を待ちうける。言うまでもなくそれ以上を読み取れるのが、エブランチルの能力だ。おかげでスラーは、とたん萎えたように肩を落としていった。
『そりゃ、ないだろ。以前客だった者の知り合いだと？ フェイオンのラウア語店員を調べるって話、ウソだと知って乗ったのはこっちの判断に違いねー。だがそれはサスを信用していたからじゃねーか』
気付けばスラーが弁解を始めだす。
『社長はサスが社長を裏切ったと、怒っているでやんす』
指を突きつけ、モディーが唸った。
おかげでトラとライオンは、彼らもまたこの一件に絡む者らしいことを理解する。改めてサスへ説明を求めると、振り返ってみせた。そんなトラとライオンの視線にあてられたサスは、ようやくゆっくり、鼻溜を揺らす。
『紹介しよう。スラー葬儀屋のスラー、見ての通りのエブランチルじゃ。スラーとは、デミの親が船舶事故に遭った時からの付き合いでの。あれはかなり遠方での事故で、そのため遺体の引取りを頼んだことが、そもそもの始まりじゃ。スラーはあの時、わざわざデミの親を探し出してまで連れ帰ってきてくれての。自分で言いおるように、信用こそすれ決して怪しい輩ではない』
話す様子を半円卓に鼻溜を乗せたデミが、もの悲しげな顔つきで聞いている。サスは分かっている、と目配せを送ってから、続く話に鼻溜を振った。
『今では有機物の取引が発生したおり、運搬にスラーの霊柩船を利用させてもろうとる仲じゃ。有機物を遠方まで変質させずに運ぶのは、ともかくあの船に限るからの』
とデミが、ぼそり呟く。
『だから……』
自然、視線はデミへ集まっていた。
『だから、ぼくはおじいちゃんの店を継ぐことにしたんだ！ ギルドになって、たくさんの商品を売りさばけば、きっと宇宙からゴミがなくなるから！』
前にして叫ぶようにデミは言い切る。
『ゴミ？』
合点のいかぬライオンが、目を瞬かせていた。
『デミの親が乗っておった船の事故はの、宇宙ゴミの衝突が原因じゃったんじゃ』
サスがすかさず答えて返し、余計なことを聞いたと気づいたライオンは、それきり口をつぐむと黙り込んだ。
『大丈夫だよ。ぼくにはおじいちゃんがいるんだもん』
見透かしてデミは気遣うように笑いかける。
見届けサスは、再びスラーへ顔を上げた。
『すまなかった、スラー。改めて詫びる。そういう意味でも頼めるのはお前さんしかおらんかったんじゃ』
『ったく。その言葉と引き換えに、とりあえず俺が知ったことを教えおいてやる』
初めての弁解に、受けて立つといわんばかりだ。スラーが喪服の胸をそらしてみせた。
『あんたが調べさせた例のラウア語ネイティブ店員だが、いなかったぜ。いや、そもそもラウア語カウンター自体稼動していなかった。利用者の激減から、永らく営業を中止しているってのが真相だ。おかげでどうも見当違いを引き受けちまったって、ピンときたぜ』
なら取り繕うだけ無駄だとサスは、その是非を明確にすることさえ避け、一足飛びにこう切り出す。
『それは以前ではのうて、今も客であり仕入先じゃ。そしてわしはそやつに借りがある。返すには、厄介ごとに巻き込まれとる今しかないと思うた。じゃが、それはお前さんに関係のない話だと思うて話さなんだ。ラウア語店員は、厄介ごとの唯一の手がかりじゃった。知りたかったのは、その正体。いや、その背後に隠れておる黒幕じゃな。存在するなら、調べに向かったお前さんの名が動くじゃろうと、わしは睨んどった』
『背後に隠れている黒幕って、またまた遠まわしな言い方じゃねぇか。スラー葬儀社の記録が残されたのは連邦の船だぜ。俺たちを囮に吊りあげようとしたものっては、連邦のことじゃないのか？』
直球と投げたスラーが、エブランチル独特の吊りあがった細い目を、さらに細める。食らってサスは、驚いたようにしばし眉を吊り上げてみせると、絞りだすようにこう鼻溜を揺らした。
『……その通りじゃ。連邦政府内のラボＦ７とやらが浮かびあがってきおった。そこはどうも軍との連携があり、知っての通りフェイオン事故を引き起こした船賊たちともつながっておる様子じゃ』
聞いたモディーの両目が忙しなく動いてスラーを見上げる。
『しゃちょー』
しかし、スラーが動じる事はなかった。
『なるほど、軍にフェイオンの事故、そして船賊か。ま、それくらいの名前があがりゃ、スラー葬儀社が囮になっただけの価値があるってもんよ』
『そ、そうでやんすか？』
モディーが言えば、ここぞとばかり、そんなモディーめがけて本日二発目となるスラーの拳は飛んだ。
『すまんかった。じゃが何も知らずにおれば、お前さんはわしに頼まれただけということで済むと思うておる』
サスがため息をつく。スラーはその心遣いを片手で払ってみせていた。
『冗談はよせ。だったら幾らでもあの船にスラー葬儀社の名前を残さないですませる方法はあったってもんを』
蛇の道はヘビだ。
『が、俺の尽力をもってしても借りは返せなかった』
単刀直入と言い放つ。見抜かれていたことに一体いつから、と思いつつ、そう驚くことでもないだろうとサスは認めて頷き返した。
『顔に出ておったか。その通り。手遅れじゃった。一足違いで、そこのアズウェルから連れて行かれてしもうたらしい』
うなだれ表情を曇らせると、今までの疲れをどっと吹き出させた。
『取り戻す密談も芳しくなさそうだしな』
見回しスラーは吐き捨てもする。
なら、まさか、と言い張ったのはトラだった。
『いや、それでもわしはネオンを連れ戻す。デミが命の恩人を心配して、サスがジャンク屋へ義理を果たすというなら、わしはネオンを取り戻す。そのためにここへ来た！ 軍だかラボだか知らんが、わしのネオンだ。頭の先から足の先まで全て返してもらう！ だいたいそのジャンク屋、たとえ交渉だとしてもネオンを盾に取ったうえ頭を打ち抜くなどと言ったというではないか！ そんな物騒な薬物中毒野郎と、ネオンを一緒にしておれるか！』
拳さえ握りしめる。殴りつける相手を待ち切れないと言わんばかり持ち上げ、小刻みに震わせた。
『そいつは何か手があってから言うもんだ』
あっさりスラーに切り返される。
『確かにアルトのいいおる通り、相手は想像以上に厄介じゃ』
サスもなだめて鼻溜を揺った。
『それくらいは分かっている！』
かいなくトラは言葉を荒立て、スラーにこうも投げつけられる。
『それほど好きだというのなら、もう少し落ち着け、テラタン』
とたん昇っていたトラの血は、急降下したようだった。
『だ、だだっ、誰が、ネオンを好いていると！』
口調をこれでもかと空回りさせる。様子があまりに酷かったなら、素っ頓狂な顔でライオンとデミも振り返っていた。
『え？ そうなの？ おいちゃん？』
『顔にかいてあるから、仕方ねー』
なおさら正体を失いゆくトラに代わって、つまらなさげとスラーはこぼす。
『トラ、相手はエブランチルじゃ。隠しても仕方あるまい。まったく、借金があるなどと縛りつけおって。オークションで見た時から一目でホレたといえばそれですむことじゃろうが。それを今まで。おまえさんの趣味に、口は出さんつもりでおったが……』
加えてサスまでもが鼻溜を振ったなら、もう収集がつかない。
『うるさい、うるさい、うるさぁいっ！ だ、なっ、てっ、そ、そんなことがわしの口から言えるとでも、おも、思っているのか！ 知っておろう、ヒトとテラタンとの美的感覚の相違を！ 現にわしはもう嫌われておる！ わしの元から離れようと、勝手にここで仕事を取った。分かっていてそばに置いておけるものか！ それこそ地獄だ。だからといって手放すなど！ だから、だからっ……』
シワというシワを引きつらせ、逆立ってて伸び上がり、振りに振り乱してトラは吠える。やがて全員の前で素っ裸にでもされたかのように縮こまっていった。
『煮えきらん奴だな』
よせばいいのにスラーがぼやいていた。
『わしの気持ちが分かってたまるか！』
『伝わってきたから、言ったまでだ』
『ええい！ 分かることと、伝わることは違うわい！』
『同じだからこそ、見透かされて慌てているんだろうが』
『違う、違う、違ぁうっ！』
『そんなこったから、嫌われるんだ』
さらり、放たれた禁句がとどめを食らわせる。
『何うぉを！』
『分かった、分かった。もう、そこまでにせい。今はそんなことでイガミおうとる場合じゃあるまい』
睨み合う双方を、サスがどうにか押し止めていた。デミも困ったように眺めて、その鼻溜を揺す。
『そうだよ。でもね、おいちゃん。おねえちゃんは違うんだって』
そう、デミが思い出していたのは、『アズウェル』へ向かうビオモービル内で交わしたネオンとの会話だ。
『おねえちゃんは、言ってたよ。おいちゃんが迎えにくる前にここを離れたいって思ったのは、好きとか嫌いじゃないって』
やおらトラの瞳は、魂を抜かれたように力を失い瞬きを繰り返す。
『おねえちゃんは生き方を決めたんだ。だから、おいちゃんと意見が合わなくなっただけだって』
『ネオンが、そんなことを？』
『うん。ぼく、聞いたよ』
ウソ偽りがないことを証明して、デミは真正面からトラの顔を見据えていた。
『……バカが』
すでにその顔色から何をや読み取ったか、スラーが呟く。受けて暴れだしそうになったトラを無視し、スラーは逸れた話を元へ戻した。
『興味が湧いた！ テラタンも引きそうにないしな。そのお姫様の顔でも拝みにいってやろーじゃねーか』
その顔をモディーへ向ける。
『し、しゃちょ？』
理解しかねてモディーが、いや、理解したことを飲み込みかねてモディーがどもっていた。
サスも目を丸くしている。
『スラー、何を言っとる？』
『収容船の記録も抹消したいところだ』
『確かにＦ７を見つけたのはあの船じゃ。じゃが、そこに二人がおるかどうかは、行ってみんことには分からんぞ』
しかしながらスラーの顔には、すでに不敵な笑みが浮かんでいた。
『一度行った場所だ、二度目でどう難儀することがあるってんだ』
と、デミが不意に鼻溜を揺らす。
『ねえ』
集う一同をその目で見回していった。
『ぼく、いい考えが浮かんだんだけれど……』
『いい考え？』
ライオンが繰り返せば、デミはそんなライオンの顔を見上げて甘えるような声を出す。
『ぼくの考え、聞いてくれる？』
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