腰にスタンガンを提げるミクソリディアが、腕を上げる。
（やったの！）
驚きにも似た動話を放ち、その後に続いてフリジアは現れた。フリジアはスパークショットを背負っているが、飛びぬけてひょろ高い背丈のせいで背負ったスパークショットかフリジアか見間えそうでもある。最後尾には二本腕のオルターが続き、テンの船、その艦橋へ足を踏み入れていた。
そんなオルターの失った腕は、聞くところによると名誉の負傷だということらしい。だからして余ったラバースーツの袖口を、マフラー代わりと首へ巻きつけてもいる。
（あんな格好、させといてな。しくじったですませられるか）
つまり、急遽稼動させた『ラウア』語カウンター内、装ったネイティブ店員こそ、そうした身体特徴を生かしたオルターだ。
混乱極める『フェイオン』域を離れて以降、彼ら船賊はバラバラに航路を取っていた。クルーのケアも急務あったし、何より足並みを揃えて動けるほども息の合ったもの同士でないのが現実だ。それでも対象を確保したというのなら、まず互いを称え合うため、そしてつまらぬ抜け駆けを避けるため、こうしてテンの船に集まることとなっていた。
（どっちが？！ ミルトのフロア担当こそ、そっちやろ。イザって時にちょんぼしやがって。おかげでわざわざＯｐ１まで出向いたり、あんな砂だらけの町をさ迷わなあかんかったり、えらい目にあわされたもんや）
オルターへ、テンがすかさず腕を振り返す。真に受け、オルターの眉間が険悪に動いた瞬間、フリジアが互いの間へ割って入っていた。
（まあまあ。ありゃ、場所がデカ過ぎたんやないか？ そやけど結果はこうや、テン様々やいうことに違いはあらへんがな。な、オルター？）
少しばかり間延びした動話は、彼独特のテンポだ。とたんオルターは、そんなフリジアへ振り返った。
（それはやな、お前んトコが擬似重力室への侵入、遅れるからやろ。こっちは準備してまっとったんや。せやのに減少せえへんからやな、先に軍からかりとった装備、作動させとった奴らが動けんようになっとったわ）
まさに水掛け論である。しかしながらフリジアは船賊に稀なタイプらしい。自らの額をひとつ打ちつけ、楽しげと指を折っる。
（せやったなぁ。すまん、すまんなぁ）
こうもあっさり謝られてしまえば、それ以上たてつくこともできず、オルターは納得したようなしなかったような表情で動きを止めていた。見計らい、腕を振ったのはミクソリディアだ。
（でやな、確保したヒトはどこや。わしらの運命変える輩や。情報だけやのうてホンモンの顔、先に拝んでおきたいんやが）
（そうや、連邦は引渡しはどうしろ、言うてきてる？）
重ねてフリジアも打ち付けた額から手を離し、つづる。ならテンが答える代わり、見て取ったメジャーがその輪へ進み出ていた。
（引き渡しについては先程、プラットボードに連絡が入りました。指示された場所はカウンスラーの音窟です。互いに把握済みの場所ですし、ちょうどフェイオン方向への中間地点にあります）
と、オルターとミクソリディア、そしてフリジアがすっとぼけたように顔を見合わせる。振ったのはオルターだった。
（は、前みたいに直接、行かへんのか）
（この間は護送中の船賊いうことでカモフラージュしとったのにな。ヒトがおるからやろか？）
フリジアが首をかしげる。
（なんや、好きなようにされとるな。こんなんで、ホンマに音声言語なんか獲得出来んのか？）
ミクソリディアも胡散臭げと、動話を綴った。見回しテンは肩で大きく息を吐く。
（はっきりとはいいよれへんかったが、連邦が俺らにこの件を依頼したのは、対象と連邦の関係を公にしたくなかったからや。そういう意味で、俺らは使われとるだけかもしれへん。せやけどな、これは取引なんや。のっとって、こっちは約束を果たした。そら、何が何でも音声言語はいただく。向こうの都合がどないなっとんのや、知らんけどな、条件は何が何でも通してもらう）
やはり頭を寄せ合う彼らの中、テンの動話は最もしなやかだ。抗えないその力に、しばしオルターにフリジア、ミクソリディアは動きを止めて見入っていた。それでも途切れた合間を狙い、歯切れ悪く振って食い下がったのはミクソリディアである。
（せやけどなぁ……。なんや、大事なことが抜けとるような気がするんや）
遠くへとその視線を投げる。追えば自然とテンの脳裏に、確保する直前、対象が綴り始めた動話は舞い戻っていた。
（どういう経緯があるのかは知らないが、お前たちは連邦に利用されているだけだ。引き換えに何かの提示を挙げられているのなら、それは疑った方がいい）『ヒト』は振っていた。もちろんテンはその動話を相手にしていない。だからこそ今こうして、カウンスラーへ向かっている。
（大事なこと、いうのは……）
おもむろに腕を持ち上げ振った。
（極Ｙ民族が生き残ることや。ええか、そのためには音声言語が泥水やったとしても、飲み干さなあかん。まだ俺らは使われてるかも知れへん。せやけどな、それは今だけのことや）
その目を、それぞれへ向けなおす。
（俺らは未来のために、奴らを利用しとるんや。俺らが音声言語を手に入れて、いつか他の奴らと対等に既知宇宙を渡ってゆけるようになったら、その時全てははっきりする。いいや、そうせなあかんのや）
静かに宙を撫ぜる指は、しかしながら力強い。それは余韻となって艦橋内を満たしていった。飲み込まれたならたてつく者は、誰もいない。何より、疑う未来に他の道などありはしなかった。なくして代わりにあてがえる未来こそ、もうどこにも用意されていなかった。あるとするなら、果てに滅びる運命のみだ。
（で、どーするんや？ テン！）
断ち切り、独特の節回しで動話が揺れる。船を操っていたコーダだ。不意を突かれて全員の視線はそちらへ飛び、そこでコーダは余る腕を振ってみせる。
（いつまでも相談こいてやがると、光速出ちまうぞ。見物に詣でるなら、降りる前に済ませてもらわんとな。直前になったら、インター照合のカモフラージュ作業で忙しくなるぞ）
（光速出口まで、あとどれくらいかかります？ コーダ？）
すかさずメジャーが問うていた。
（せやな。八〇〇〇〇セコンド……、言うておこか。どうもそっちは時間にルーズやからな）
（だそうですよ、テン）
微笑みながら、茶目っ気たっぷりにメジャーは動話を放つ。
（わかった。顔見るだけなんやろ？）
オルターに、フリジア、ミクソリディアへテンは手を振った。もったいぶるかのような動きでそうだ、と返事は帰ってくる。
（ほなちょっと、カーゴ、行ってくる。ここ頼むで、メジャー）
（了解しました）
合図に、面々は艦橋の外へとラバーソールの先を向けた。がしかし、行く手を遮り、一体の船賊は艦橋へ駆け込んでくる。対象の監視指揮を取らせていたクロマだ。
（アニキ、大変や！ カーゴが！ 捕まえたヒトが！ とにかく、えらいことになってる！ すぐ来てくれ！）
振るだけ振って、再び艦橋を飛びだしてゆく。様子にテンが、オルターが、そしてミクソリディアにフリジアが、顔を合わせていた。とにかく後を追って、走り出す。
艦橋からカーゴスペースのある船尾まで、さほど距離はない。ずんぐりした外見そのもの、奥行きのないテンの船はビルがそのまま移動しているかのごとく多層構造が特徴的な船だった。
駆け抜ければ足音は、消音効果のあるラバーソールだというのに慌ただしく響き、いや周囲はいつしかそれほどまでに静まり返ってテンへ、異変を知らせてよこした。気付き、流れる景色へ視線を走らせれば、厨房に機関室、わずかな自由時間にもかかわらずも抜けのカラとなっている船賊たちの部屋は、その目に映る。
船尾を手前に、最上層の艦橋から最下層へと、張られたワイヤーを滑り降りた。
とその時だ。辿り着いたそこに「響き」を感じ取る。音は通路の奥、カーゴから聞こえていた。ひどく掠れると、テンたちの耳にも聞き取れる音量で鳴り響いている。
それは聞いたことのない音だった。だが騒音というでもなく、任意の羅列を感じ取りもする。だからして音は連なれば連なるほど、そこに潜む意志の存在を明確としていった。
そんな音を出すものがこの船にあったろうか。しばしテンは自らに疑問を投げる。だが思い当たるものは何ひとつなく、見極めようとしたそのとき、そこに不思議な懐かしさが潜んでいることに気づかされる。
知っている。
胸の内でそう、つづっていた。
しかし具体的な何かが思い出されるわけではない。
胸騒ぎそのものだ。
そんなテンの左右でも、遅れて気づいたらしいオルターたちが顔を見合わせている。
カーゴはもうそこだった。
開いた入口の向こうから、音に混じって動話を綴る多くの気配もまた噴出してくる。
厨房や部屋から消えた船賊たちだ。何をしてやがると毒づくと同時に、クロマもろともテンはカーゴへ飛び込んだ。続き、オルターたちも踊り込む。広がる光景に圧されて唖然と、立ち止まっていた。
『フェイオン』の発着リングからテンたちを救出した気密カーテンハッチを最後尾に、向かいに船体をナイフで切り取ったかのごとく各階層を積み上げたカーゴは、今や集まった船賊たちであふれかえっていた。皆、足を踏み鳴らし、それぞれに腕を振り上げ、異様なほどの興奮状態に陥っている。
（俺がサルベージウインチの点検に行ってる間に、こうなってもうてて……）
クロマがテンへ振り返っていた。しかしながらテンにも払いのけるだけの気力はいますぐ、湧いてこない。
（どうなっとるんや……。そうや！ ヒトは、捕まえたヒトはちゃんとおんのか？！）
思い出すと、もみ合う群衆の中へ身を飛び込ませた。様子に、あっけにとられて辺りを眺めていたたオルターも床を蹴り出す。残されたフリジアにミクソリディア、そしてクロマは、どうにかこの騒ぎをおさめようと辺りを制して手を振り上げた。
背にしてテンは檻へ走る。近づけば壁はまだ解かれていないことが分かった。そして音は、その向こうから聞こえてくる。テンは初めて、『ヒト』がこの音を出しているのだと知っていた。
辿り着けば傍らでは、見張りの二体もまた四本の腕を打ち鳴らし、聞こえる音に合わせ陽気に跳ねている。間髪いれずテンはそんな彼らを殴り飛ばした。見張りたちは折れるようにその場へ崩れ落ち、追いついたオルターが、テンへその腕を振る。
（おい、テン。この変な音と違うんか？ 騒ぎの原因は！）
答えるまでもなくテンは、睨みつけた遮壁へ手のひらを貼りつけた。なぞる指で文字を読み込ませる。乳白色だった遮壁は唸るような鈍い音と共にスモークを解除し、中を透かしていった。が、そこに『ヒト』はいない。驚くテンの目は宙をさまよい、自らの足元にうずくまるその姿を見つけていた。
樹脂版へ背を貼りつけた『ヒト』は、そこで装飾品だとばかり思い込んでいたあの奇怪な金属塊を抱え、懸命に操っている。その金属塊から音は放たれていた。
見て取るなり遮壁を解くことも忘れてテンは、『ヒト』へ怒りに満ちた手刀を振り下ろす。
（黙れ！ きさま、勝手なことをするな！ ここは俺の船の中やぞ！）
有り余る感情に動作は極限まで大きくなり、それはテン独特のしなさやかな動きとあいまると、数多の船賊を指揮して動話を放つときのような、武道の型にも似た美しさをなおのこと際立たせた。加えて止めさせようとするその音とも、妙なまでにシンクロする。掠れ、跳ねる物悲しげな音色に怒れるテンの動話は、見る者の目にまさにダンスと映って光った。止まらぬ音にテンが躍起になって唸れば唸るほどだ。動きは切れと華やかさを増し、逆に音色はテンの激しさに絡んで強く響きわたる。
見とれていつしか騒ぎ立てていた周囲の動きは、止まっていた。
傍らに立つオルターでさえ釘付けとなる。
（トニック……か？）
と、振り上げられたテンの拳が、たまりかねて遮壁を叩きつけた。藪から棒の振動が、とのとき『ヒト』の目を覚まさせる。抱えていた金属塊から体を離し、驚き、怯えたような眼で勢いよく振り返ってみせた。
ようやく鳴り止む音。
テンの動話もそこで止まっていた。
瞬間、魔法を解かれたかのようにカーゴ内は我を取り戻す。
静寂の中、テンは息を切らせて『ヒト』を睨んだ。
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