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ACTion 51 『ささやかな興味』



 綴った指文字を読み取り、樹脂板が光を走らせた。一枚板の壁だったそこに柔らかい切れ目は入ると、音もなく扉は開く。体をねじ込むようにして、テンは中へ踏み込んでいった。姿に、『ヒト』は眉をひそめている。めがけてテンは下二本の腕を伸ばした。元凶だとしか思えない金属塊を、わしづかむ。奪い取るべく力をこめれば、抵抗する『ヒト』に力は戻った。『アズウェル』から連れ出すときに見せたようなありったけの力で食らいつく。負けじとテンは掴んだ金属塊ごと振り払った。是が非でも離れない『ヒト』が床の上でもんどりうつ。見れば金属塊は『ヒト』の首にかけられた紐とつながっている。気付いてテンはその紐を上二本の腕で手繰った。悟った『ヒト』がすかさず体を丸め、拒んでみせる。
 繰り返せば互いが互いに譲らぬ攻防となっていた。
 その息遣いだけがこだますれば、気迫に押された周囲は、加勢することも押し止めることもできず固唾をのんで見守り続ける。
 遮り、鈍い音は割り込んでいた。聞き流せば二度目、無機質だったその音へ、苛立ちは加わるとテンの耳へ飛び込んでくる。たまらずテンは金属塊にしがみつく『ヒト』をひきずり、振り返っていた。そこにもう一体の『ヒト』を見つける。もたれかかるようにして樹脂板を叩くと、テンと目が合うなり叩いていたその手で、動話は綴られていった。
(こっちだ)
 彼が動話を使えることに、テンはずいぶと驚かされている。しかも利用されていることに気づかないのか? などと投げるのだから、どれほど度肝を抜かれことか知れなかった。目的のためだと苦々しくも飲み込んできた全てだ。ズバリ見抜かれたような気分に、不覚ながらたじろいだほどだった。
(返して、やれ)
 元来二本しかない腕のうえ、オルターほども熟練していない『ヒト』の動話は、たどたどしい。そしてそれは『アズウェル』同様、無視して当然のモノと目に映りもする。だがつい答えてしまったのは、そうまでするこの『ヒト』は何を知り、何を話すのだろうかというささやかな興味が、テンの中に湧いたせいだ。
(お前に指示されることやない。こいつは目障りや。俺が没収する)
 振って、視線を再び金属塊へ戻した。
 遮り、『ヒト』は綴る。
(知らされて、ないなら、ひとつ助言だ)
 テンはまたもやぎょっ、として振り返っていた。だからこその狼狽を強気で装えば、おかげで必要以上、神経はささくれ立ち、ひと目で分かるテンの変化に『ヒト』は、まるで獲物に食らいついた獣を試すような具合で、もう片方の腕も合わせてなおのことゆったりと、動話をつづってみせた。
(ヤツら、それがなけりゃ、応じないぞ)
(そんなワケないやろ。お前と、こいつだけや。それ以外、俺は何も聞いとらへん)
(見ろよ。離さないつもりさ。そういう、ことなんだよ)
 動話を放つ前『ヒト』は、アゴでテンの手元を指し示してみせる。従えば敗けたようでむなくそ悪い。ためらって後、テンは金属塊へ食らいつく『ヒト』へ視線を落とした。挑戦的な瞳はそこで、忠告を裏付けテンを見上げている。なら二度ノックして、『ヒトは』再びテンの気を引きつけなおした。
(いいか、何度も繰り返さない。あんたは無事、目的を果たしたい。なら、それ以上はよせ。そいつには俺から、騒ぎを起こさないよう、伝えておく)
 ためらえば、わずか緩んだ手元のスキを見計らい、肩を揺すった『ヒト』が金属塊を奪い取ってしまっていた。しっかり胸に抱きしめ、飛びのくようにその場から後ずさってゆく。ピタリ、樹脂板へ背中を貼り付けると、そこから吊り上げや眼でテンを睨みつけていた。
 苦々しく見て取りテンもまた、中途半端に宙で泳いでいた腕を引き戻してゆく。
(次、やったら、その時は必ず預かるからな)
 目もくれず振った。
 見て取った『ヒト』が、金属塊を抱きかかえる方へ音声言語を投げかけている。もちろんテンに理解することはできなかった。ただ歩調も荒く表へ抜け出す。後ろ手に樹脂板を閉じた。
(おまえら! 何やっとんねん! こんなところで油売っとらんと、はよ持ち場へもどらんかい!)
 詰めかけた船賊たちへ、手刀を振り下ろす。
 その荒れた身振りに船賊たちは、たちまち持ち場へ散っていった。
 あっという間に消え失せたカーゴには、オルター、ミクソリディア、フリジア、そしてテンとクロマ、見張りの二体だけが取り残されることとなる。
(なんや、よー分からんけど、とりあえずおさまったみたいやな)
 腕を持ち上げ、フリジアがテンの元へ駆け寄ってきていた。
(そやけど、ありゃ何や? ここに集まっとった奴らが動き出すのも分からんでもなかったで)
 ミクソリディアも腰のスタンガンを揺らしながら、樹脂板の前へ近づいて来る。テンの傍らにはすでに馳せ参じたクロマがつき、渋い顔つきのオルターもまた立っていた。
(そうやねん、アニキ。アニキは何も感じへんかったんか? 回りの奴らを止めようと腕振ったら、あの音がついてくるねん。何ていうたらええんかなぁ。こう、あんまりハマり過ぎて気持ちが高ぶるっちゅうか……)
 懸命に説明するクロマの動話が、その先を綴れず宙に消えていった。すかさず興奮気味にミクソリディアもこう、つなげて振る。
(そうや、動話となんや似とるんや。こっちは騒いどる奴らにいうとるつもりでも、そのうちあの音となんや、動話交わしとるような気分になってもうて、いや、あの音が何伝えとるとか分かるっちゅーてんのとは違うんやで。そやから厄介で)
(まぁ、でも、妙に楽しかったなぁ)
 下二本の腕を組みフリジアも宙を仰ぐと、思い巡らせるまま目を細めた。 
 振り払い、テンはそこから顔を背ける。
(冗談よせ。あんな騒ぎはこれっきりや。あの目障りな金属の塊、取り上げるつもりやったが、どうもアレ込みやないと連邦の奴らはあいつらを引き取ってくれへんらしい)
 なら思い出したように全員が、金属塊を抱えてうずくまる『ヒト』へ目を向けた。
(誰がそんなことを?)
 渋い顔を続けていたオルターが、ようやく二本の腕を振る。
(そうや、わしらきいとらへんで)
 ミクソリディアが続き、テンは答えた。
(こっちに確保したヒトや。あいつ、動話、使いよる)
 アゴで指し示す。
(ほほー、こいつらやねんな。わしらの運命、決めよんのは)
 檻に閉じ込められた珍獣を観察するかのように、歩み寄ったミクソリディアが樹脂板へとその顔をこすり付け見回した。隣にオルターとフリジアが並び、ならば読み取られることを避けてフリジアが、手のひらで隠しながら指文字を綴る。
(なんで連邦はこんな奴ら、探しとんのやろ)
(そんなもん知るかいな。こっちには関係ないわ)
 返すミクソリディアは、隠すことなくおおっぴらなものだ。早くも飽きたといわんばかり、樹脂板に背を向けた。
(これで納得いったな。まぁ、最後まで手は抜かんことや)
 とっとと帰るつもりらしい。艦橋へ歩き始める。習ってフリジアが動き出し、惜しむように『ヒト』を眺め回したミクソリディアも後についた。ならすかさず、テンはクロマを手招く。
(クロマ。みんなを送ってきてくれへんか)
 頷きいたクロマは、駆け出していた。オルターを追い越しかけたところで、振り返る。
(アニキは?)
 テンはしばしそんなクロマから視線を外す。もどしてこう、答えた。
(俺は、ちょっと済ませたい用事がある)
(わかった)
 クロマは指示通り一同を連れてカーゴから出てゆく。
 その背が見えなくなるまでテンは見送っていた。気持ちを入れ替え一息、つくと、踵を返す。今度こそ微動だにすることなく命令を全うしている見張りたちへ、その視線をすえなおした。
(おまえら今度あの音がしたら、ぼさっと聞いとらんと、俺に知らせにこいよ)
 先ほど殴りつけられた頬を歪に腫れ上がらせた見張りたちの、『了解』と答える腕がハモる。頷き返してテンは再び、樹脂板に押し付けた手で指文字を綴った。スモークをかけた直したうえで、動話が使える『ヒト』の扉を開く。
 見張りたちが、そんなテンに顔を見合わせていた。
 気づかず扉をくぐりかけてテンは足を止める。
(ええかお前ら。俺が出てくるまで、ここへは誰も近づけんな)
 きょとんとしながらも見張りたちは、それにも『了解』 と振り返してみせていた。
 見届けるまでもなくテンは入口を、くぐり抜ける。

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