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ACTion 53 『Just Border』



 どの足取りも軽い。それでいて、まるで無目的であるかのように緩慢だった。
 気候は熱からず寒からず。中庸の気温の中を、多種多様他な種族が行き交っている。ただ乾燥は思っていた以上に激しく、中には乾燥から身を守るための防護服をまとう者や、やけにぬらりと光る薬剤を皮膚に塗りつけた者が多数含まれていた。しかしながらそれを苦にする様子は微塵もない。あえて言うなら、どの顔にも満足げな笑みが浮かんでいた。つまるところ、それこそここが観光地である証拠なのだ。
 ここは惑星『カウンスラー』。その中でも『エピ』と名づけられた最大級の音窟入り口前になる。訪れる者だけではなく、地面すら残さず飲み込みまんばかり開いた音窟の入り口には守り神らしきレリーフが施され、行き交い、潜り抜ける観光客をこぼれんばかりの三白眼で見下ろしていた。
 中に照明はない。すでに盗掘も進んで後のこと、この稀なる遺跡の価値を見直し保護を訴えた団体が、遺跡にこれ以上、手を加える事を拒んだせいだ。ゆえに音窟へ潜り込む観光客たちは、傍らの売店でレンタルした明かりをかざし、懐に余裕のある者はガイドを引き連れ、闇の中へその背をひとつ、またひとつ紛らせている。
 運んで、ひっきりなしに行き来するシャトルバスや三輪駆動車のトライクルが、消えた分だけの観光客を吐き出していた。コマネズミのようなその動きに、乾燥した空気のせいで周囲は絶えず砂埃に霞み、空気が悪い。紛れて、どの観光地でも名物といえば名物となってしまっている物乞いが、それこそ真昼の幽霊がごとく右往左往していもした。
 そのほとんどは造語が話せない僻地の貧者だ。中でもこうした生活を余儀なくされるのは、肉体労働にすら従事することが出来なくなった老人や、深手を負った者たちである。腕を無くした極Yに、素顔をさらしたままのパラシェント。年老いたうえにまとったボロのせいで、果たしてどの種族なのか判別できない者に、群がる物乞いへ群がるほどと変形の進んだ体を持て余す者。おそらく汚染地域への仕事へ向かったその後、雇い主に捨てられたのだろう。新しいバスやトライクルが観光客を降ろすたび、吸い寄せられるかのごとく群がっていた。
 例外なくシャッフルの足元にも、痩せたテラタンのシワにシワを刻んだ物乞いが絡む。
『邪魔だ。どけ』
 すぐさま部下が、その体を払いのけた。
 周囲には三体、ミラー効果を有効にした分隊員も連れ添っている。
『かまわん。下手に暴れて目立ちたくはない』
 『アーツェ』以降、階級を隠すために着込んでいるとしても、その身なりはラフな周囲からしてみればあまりにも場違な軍服だ。
『申し訳ありませんでした』
 払いのけられたテラタンは、そうして初めてすがった相手が軍人だと知ったらしい。恐れおののきもんどりうつと、それきり観光客の中へ逃げ込んでいった。
 と、目もくれず足を進めてシャッフルは口を開く。
『等しさとは、何だと思う?』
 背後についたせいで危うく聞き逃しかけたらしい。部下が声へと頭を傾けていた。
『は? 等しさ……、ですか?』
『そうだ』
 かたくななまでに突き返してシャッフルは、返答を待つ。
 だが部下の反応は珍しくも鈍かった。
『はぁ……』
『我々が成そうとしているのは、そういうことだ』
 待ちきれずシャッフルは、答えを口にしてやる。そうして擦り寄る新たな物乞いを、押しのけた。行き交う観光客を肩でかわし、『エピ』前を大またで横切る。意図を掴んだ部下は、そこでようやく答えを見つけだせた様子だ。模範解答と言葉をそこに並べていった。
『でしたら世界を潤滑に動かすための手段かと。それが紛争という形であれ、見解の相違という些細な誤解であれ、ホームシックに似たイルサリ症候群であれ、ひと、物、情報が滞ることこそ最大の痛手であると理解する我々にとって、理想の形であると承知しております』
 指定した対象の引渡し場所は、この大きな『エピ』にオマケのごとく寄り添って開かれた別の音窟だ。目指し、賑やかな『エピ』前を過ぎれば次第と辺りは落ち着きを取り戻し、うらぶれた空気が辺りへ漂い始める。観光客は消え、物乞いも姿を消していった。
 いつしかシャトルバスやトライクルの駆動音が幻聴のように遠ざかっている。ただ正面に入口を構え地下へ伸びる『エピ』だけが、なだらかな傾斜をつけ片側に伸びていた。
 なぞりシャッフルたちはひたすら目的の場所へ、足を繰り出す。
『痛手か。なら、それを受けるのは誰だ?』
 問いかけた。
『は?』
 部下はまたもや聞き返し、込み入ってきた話にシャッフルと肩を並べる。そこから食い入るような瞳を向けた。だからといって、シャッフルが振り返ることはない。正面をにらみつけたままでただ声に力を入れる。
『いいか、我々は、ただ奴らの身柄を引き取りきたのではない。そうして痛手を受ける側へ回るため、ここへ来た。それを忘れるな。リスクには応じた見返りと言うものが存在する限り、リスクの存在しない物事には見返りなどない。ならば回る世界からリスクを取り除くことが目的である限り、我々はその外へ出ねばならんのだ。見返りのある場所へだ。奴らはそのボーダーだと覚えておけ』
 そして初めて、部下へその目を向ける。
『どうだ? お前は外まで、ついてくるか?』
 確かめた。
『軍医は……』 
 逸らすことなく見つめたままで、部下は言いかける。その口をつぐんだ。やがて確信を持って答えて返す。
『もちろんです。軍医殿』
 聞いてシャッフルはゆっくりと、その目を正面へ向けなおしていった。
 それまで片側に続いていた『エピ』の壁面は、いつしか歩くシャッフルの肩へ届くほどまでと低くなっている。その先に『エピ』とは比べ物にならないほど小さな入り口はあった。同様に彫り込まれた守り神のレリーフは、半ば崩れかけた面持で、ここでも空を睨んでいる。
 前で立ち止まった。
 シャッフルは中を覗き込む。奥へ緩やかなスロープが続いた『エピ』とは違い、そこから地下へ急な階段は伸びていた。なら同行していた分隊員が一体、シャッフルの前へ回ったらしい。風景が揺れ、ミラー効果を切った体がシャッフルの前に現れる。
『ここから先、軍医の安全は我々が確保いたします』
『頼んだ』
 分隊員が敬礼で返す。先頭を切り、階段へ足をかけた。構えたダイラタンシーベレットのショットガン、その先端につけられたライトで内部を確認する。独特の質感を持った『カウンスラー』の土は、投げかけられた光に純金属がごとくキラキラとその粒子を輝かせていた。以外、何もないと分かれば分隊員は、階段を降りてゆく。続いてシャッフルが、そして部下が、音窟へもぐりこんでいった。最後、ミラー効果を切った二体の分隊員が、ショットガンを小脇に抱え音窟へ身を沈める。
 音窟の規模はかなり小さかった。通常なら、抱えた小部屋の数だけ複雑に枝分かれしているはずの内部通路が、実にシンプルだ。パラシェントのボイスメッセンジャーが開放した小部屋は、この音窟の最も奥に位置している。対象たちはそこにいる。思えばシャッフルの心拍は否応なく跳ね上がり、押さえつけてその顔をひと撫でしていた。


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