これほど小さな規模の音窟にも盗掘の跡は残されているらしい。進む通路から枝分かれした小部屋の扉は方々で開かれ、破壊されたままと放置されていた。
通路が奥へとわずか、下り続けている。天井は低くく、視界が限られているせいだろう。感じる圧迫感もひとしとなっていた。
表にあれほど立派な音窟が口を開いているせいで、あえてここを訪れる者はいないらしい。どれほど進めどシャッフルたちの背後からも、そして前方からも、足音は聞こえてこない。
やがて先頭をゆく分隊員が、シャッフルへと半身をひねった。
『この次の部屋になります』
それきりだ。分岐点はついえる。今にも消え入りそうに細る一本道が、微妙にうねりながら行く先を覆い隠して奥へ伸び、ショットガンの明り届かぬ奥よりわずか、空気の震えが誰もの鼻先をかすめ始める。それは次第に大きくなると、明らかな物音へ変化していった。
小部屋内部より漏れ出した音だ。
思えば物音はさらにエコーにも似た残音感を伴い、嵐のように通路を吹き抜け始める。そこに何らかの会話を聞いて取ることはできなかった。耳に出来るのは衣服のすれるような音のみだ。ゆえにシャッフルは、すぐにも極Ｙの動話だと察していた。同時にその脳裏を、久方ぶりに対面することとなる彼らの姿が過ぎる。とたん鬱積していた思いはシャッフルの中でひとつ覚悟へと姿を変えていった。
先頭を行く分隊員の灯す明かりが、ついに開かれた小部屋の扉を照らし出す。
気づいて物音もまた、ピタリ、小部屋の中で止んだ。まさにこれからを警戒するかのような緊張を、静寂でもってして小部屋の外にまで伝播させる。
無論、扉の大きさは通路以上のものであるはずがない。先頭を切る分隊員がまず、身を屈めて中へと入った。その背が素早く、しかしながら的確に左右へ銃身を振っているのをシャッフルは後方から見つめる。
『極Ｙと対象を確認』
分隊員が知らせていた。
否や、シャッフルは扉に手をかける。一刻も早くだった。その顔を確かめたく、扉を潜り抜ける。前に立つ分隊員を押しの、前屈みとなっていた体を起こしていった。目へ、光は差し込まれる。眩しさに顔を背けたなら、プラットボードを抱えて部下も背後から姿を表した。同じように光を浴びて、かざしたプラットボードで拒んでみせる。おっつけ残る分隊員らも、小部屋へその身を潜り込ませた。光は例外なく、その体の上をも這い回る。
そんな誰もの瞳孔がしぼれるまで、いくばくか。やがてうっすらと視界に極Ｙたちの姿は、浮かび上がっていった。
そのうちの一体は、クレッシェの部屋ですれ違った極Ｙだ。その左右にもまだ数体が確認できる。ただし、手にしたライトが逆光となり、顔まで見て取ることはできない。ただ碗を伏せたようなドーム形、半径四メートル足らずの小部屋は今や満杯となり、高まる緊張感を和らげるだけの距離を取ることを拒んで互いへそぐわぬ親密さを強要していた。
とついに向けられていた光が消される。分隊員のショットガンから投げかけられる光だけが、覇気なく小部屋内に取り残された。
やおら見えずにいた残り五体の極Ｙは視界へ入り、シャッフルはその手に握られたスパークショットを確認する。突きつけられた先に、キラリ鋭い光を放つあの楽器はあった。首から提げて怯えた瞳は、まるでそこだけを強調したかのように極Ｙの肩の間からのぞいている。並んで、全ての傷口を広げた別体もまた、食らったダイラタンシーベレットにどんより疲れきった面持ちで立っていた。双方とも後ろ手を固定されているらしい。どことなく不自然に傾く立ち姿が、不自由さを訴えている。
とたん押しのけ、別体が体を揺すった。
スパークショットの電極から、警告の火花は飛び散る。
やり取りを警戒しつつ、部下が互い間へプラットボードを据え置いていた。手早く読み取り用のスキャナを立ち上げ、動作を確認し、後ずさってゆく。横顔が、そのときショットガンの光を遮っていた。明々と照らし出された瞬間だ。声は極Ｙの向こうから投げ込まれる。
「トパルッ！」
別体だ。
無論、トパルと呼ばれた部下が反応する様子はない。そこが定位置であるかのように、シャッフルの脇へ収まっていた。
黙らせるべく、極Ｙが即座に電極で別体の肩を強く突く。
背にしてシャッフルの知る極Ｙが、プラットボードの前へと進み出ていた。
（時間どうりで、そりゃ結構なこっちゃな）
プラットボードへ動話を読み込ませる。
ちらり、トパルと呼ばれた部下へ目をやってからシャッフルもまた、プラットボードへ歩み寄っていった。
『我々が交換しようとしているのは実のところ、その二人と音声言語というよりも信用ですからな』
口を開けば合わせてプラットボード上、用意しておいたトニックのホログラムは揺れ動き、目にした極Ｙが途切れ途切れに動話を綴ってみせる。
（なるほど、信用……とは、言うな……）
『なくして、この取引は成立せんでしょう。時間を守るも、条件を満たすも、お互いのためだ』
精一杯の友好を示しシャッフルは、肩をすくめてみせた。伝わったのかどうなのか、トニックの動話も効果を発揮して極Ｙの返事こそそつがない。
（なるほど、こっちにしてもシンプルな取引が一番ありがたいってもんや）
『なら段取りよく参りましょうか。ひとまず、確保していただいた双方をこちらで預かるとしましょう』
本題に入る。
と、踊るトニックを目で追っていた極Ｙが、今一度、確認を取るようにシャッフルへ顔を上げた。
（んで、俺らは？ 聞いとった塩基付加ってやつはどうなるんや？ それにを先に聞かせてもらわんとな）
問い返す。
前でシャッフルは、あえてゆったり構えなおした。笑みさえ浮かべ、プラットボードへ吹き込む。
『これは、失礼。まずは代表者数名にラボまで同行願い、合成多能性細胞の移植を受けたうえで新造塩基のモデルになっていただく予定でおります。後に安定性が確保できれば、それを元に複製した塩基を、希望する者へ順次付加投与行うという段取りです。希望者の数に比例して作業終了までの時間は延長されますが、費用はそこの二人で十分。もちろんこの技術は連邦のラボのみ所有する技術です。費用云々でどうにかなるものではありませんがね』
（なるほど。あんたの言う信用とやらには間違いはないようやな。なんせ、金やない。まあ、よろしく頼むで）
などと半ば冗談半分に、極Ｙは指を折っていた。
答えてシャッフルも軽口で切り返す。
『確かに、これがそうそう民間で広まれば、えらいことになりますからな。この先も、まず外部の者が体験できるなどありえないでしょう。あなた方は、ラッキーだ』
プラットボード上のトニックを眺めていた極Ｙが意味ありげな笑みを浮かべ、シャッフルへ小刻みに何度も頷き返していた。同時に下二本の腕で後方に控える極Ｙたちへ、素早く動話をつづる。プラットボードのスキャナ範囲から外れたそれがシャッフルたちへ訳されることは、なかった。
（ほな、お近づきのしるしに、こいつらを引き渡しておこうやないか）
動話と同時に、電極が対象を押出しす。後方の極Ｙたちもろとも、シャッフルらの前へ進み出た。
（で、ラボまで出向くのは俺と、あいつとあいつ、それからあっちのやつや。残りはこの話を待っとる奴らへ返す）
『船まで案内させましょう』
読み取りシャッフルは、両脇を固める分隊員へアゴを振った。
瞬間、引かれていた一線を越え、楽器を提げた対象は、電極の先からショットガンの前へ預けられる。
分隊員はその背を突いて小部屋の外へ向かい、手ぶらとなった極Ｙたちをもう一体の分隊員が、ついてくるようジェスチャーで示した。
ならシャッフルとやり取りを交わしていた極Ｙが、やおら別体へ体当たりを食らわせる。押し出すように、その体もまた前へ突き出した。勢いにつまずきそうによろめいた別体は、見開いた目で極Ｙへ体をひねっている。すぐにもショットガンの銃口に、捕えられていた。
押し出した極Ｙが見向きする気配はない。それきりきびすを返すと、小部屋を出てゆく。
続いて分隊員もまた、銃口で突くと別体へ歩け、と指示を出した。
押されて別体が、正面へ向き直る。
その目がシャッフルをとらえていた。
それだけだ。
言葉はない
だからこそ究極だといえた。
込められた思いはただそれだけで、言い表せぬ別体の腹の内をシャッフルへ伝えよこす。食らってシャッフルは、冷めていたはずの自分に熱が戻るのを感じ取っていた。
『待て』
分隊員を押しとどめる。
ままに別体へ歩み寄った。
傍らで、プラットボードをたたんでいた部下が何事か、と顔を上げている。
分隊員もまた何が始まるのか、と後ずさっていた。
恐らく極Ｙたちの前でこの感情をさらしていれば、『信用』などという浮いた言葉は説得力を失っていたことだろう。だが、今ならかまいはしないと思う。いや今こそ隠す必要などなかった。
シャッフルは別体を前に、立ち止まる。立ち止まって感情に見合うだけの言葉を捜し、埋めて言い尽くせる言葉など別体の瞳が語るように見いだせはしない、と感じ取っていた。
もてあますまま背を向ける。
扱いきれず、振り返った。
瞬間、その手はしなる。
別体の頬で音は鋭く、鳴り響いていた。
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