勢い余った別体の体が吹き飛ぶ。
踏みとどまるなり、飛び掛らんばかりの表情でシャッフルへとその顔を持ち上げた。
爪のせいか、頬骨の薄い皮膚がわずかに裂けて血を滲ませている。くもっていたハズの眼へは、怒りにぬらりと、輝きが戻っていた。
『触れたくもなかったが、再会の挨拶としようじゃないか』
打ち付けた手をさすり、シャッフルは吐きつけ、乱れた呼吸を整える。
『何をのん気にジャンク屋だと？ 実におもしろいシナリオだよ』
頬を歪め、すぐにもあきれ顔へ開いて笑った。
『貴様、ハブＡＩを使って自らに記憶マーカーを注入させたな？』
おさめて即座に、睨み返す。
『だからこそ免疫センターにＤＮＡデータを残した。そうでもしなければ、貴様がアシのつくようなドジを踏むハズがない。違法行為には違いなかったが、おかげでツーファイブ社には感謝状の一つも送ってやりたい気分だよ』
小部屋内、エコーするシャッフルの声はまるで、別の生き物であるかのようだ。幾重にも重なり、険悪な雰囲気を嫌って開け放たれたままの扉から逃げ出してゆく。見送りシャッフルは、別体を覗き込んで前屈みとその腰を折った。詰めた眉間で、突きつける。
『つまり最後、ハブＡＩが自閉する直前にリンクしたのは、貴様だ。あれの自閉は、貴様が原因だ』
否定はさせない。目を細めた。そこで前のめりだった身を一思いと、引き戻す。
『いいか、ジャンク屋ごっこはこれで終わりだ。貴様にはラボで事態の収拾に取り掛かってもらう。断るという選択肢があると思っているのなら、今のうちに改めておけ。クレッシェは口にさえ出させないぞ』
『……あの時の生き残りは、俺だけなのか？』
別体が、その口を開く。重々しい響きが、くぐもったままで小部屋内を行き交った。
『残す価値がどこにある？ 出過ぎたマネを。貴様らこそ、造り直す必要があったというべきだな』
かぶせてシャッフルは放つ。
『簡単に言ってくれるぜ』
だが返すシャッフルにこそ淀みはない。
『何をいまさら。基本的なことは実に簡単ではないか。それは貴様も知っていることだろう』
『知っていればそれで納得できるって解釈は、いかにもあんたららしい話だ』
皮肉が別体の口元へ、いびつな笑みを貼り付けていた。見て取り、シャッフルはそこから視線をそらす。アゴ先を、プラットボードを抱える部下へと向けた。
『違いは何だ？』
指し示し、目じりで別体へ問う。
『同じだと、あんたが勘違いしているだけだろ』
突きかえす別体の口調は変わらない。
『つまらんな』
『所詮、あんたらが調節できるのは、ツマミだけってことなんだよ。その中身までもを自由にできると思ったら、大間違いなのさ』
とたんミシリ、音を立てたのはシャッフルの眉間だ。
『わたしへ説教か？ 貴様、よほど行く末を短くまとめたいらしいな』
『さて、それこそあんたらの自由になるかな？』
別体は、固定された腕で無理から肩をすくめてみせる。
『一人前の口を……』
言いかけ言葉を、シャッフルは断ち切った。自らを落ち着けて大きく息を吸い込む。会話から主導権を取り戻すことにつとめた。その体を別体へ、向けなおす。
『ひとつひとつの細胞が寄り集まり貴様の体が構成されているように、世界を構成する種族、個から、大なり小なり引き起こされる拒絶反応を取り除き、世界の新たな肉体を組み上げたうえで我々は今、貴様が一人前の口をきいたようなひとつの意思、志向性、命とやらをそこへ吹き込むのだ。無論、連邦はそれらの存在を公式に認めてはいない。なぜなら、いまだ定義できないもののために政府が動くことなど出来はしないからだ。だが、それは我々の思うように吹き込めた瞬間、初めて解き明かされるものとなる。そしてそれが普遍的な既知宇宙の安定につながる限り、貴様が何をどうほざこうとプロジェクトに変更はあり得ない。しかも貴様はそのプロジェクトに従事すべく個体だ。もとより貴様は批判する立場にない。よく覚えておけ』
それこそ主要二十三種と雑種の間に、理解を拒んでそびえ続ける壁だ。
いや、溝とでもいうべきか。
突き当たって、飛び越えられず、そこに沈黙は訪れる。
しかしながら押しのけ、別体は切り出していた。
『世界は……』
口ごもる。
おそらく続く言葉が、取るに足りないものだと分かっているせいだ。知って耳をそばだてるシャッフルは、サディスティックな思いに駆られていた。思うつぼだと分かっていても、別体はついに途切れた言葉の続きを絞り出す。
『……あんたらのペットじゃないぜ』
それを待っていたと思えばこそだ。ニヤリ、シャッフルは笑んでいた。
『まさか。それは貴様が世界へ自身を投影しているだけに過ぎん。貴様は自分のことをそう捕らえ、感情移入しているだけだ。貴様が哀れんでいるのは世界ではない。自分自身だ。住みよい環境を整えることなど生き物として、自然な欲求ではないか。わたしに当たるのはお門違いと言うものだぞ』
勝ち誇ったように、弱味へ毒を吐く。
と、その顔は思い出したように間延びした。
『なぜだ？』
シャッフルは素っ頓狂な声を上げる。
『なぜ始末しなかった？』
別体との距離を詰めなおす。
前に置いて何のことか、と別体は瞬きを繰り返し、シャッフルは省いた主語を口にすることなく、浮かんだままを浴びせかける。
『違うか？ 頭部さえ吹き飛ばせば、たとえハブＡＩが動いたとしても、この計画は白紙に戻ったも同然だった』
真正面から別体を覗き込む。答えを待った。いや待たずとも、閃くものに、やがて唇の端はめくれ上がってゆく。これ見よがしの顔はそこに作り上げられていった。
『なるほど。つまり同類、相憐れむか？ これは恐れ入った』
ただ睨み返す別体に言葉はない。
訣別して、シャッフルは身をひるがえす。背中越し、分隊員へ拘束の合図を送った。見て取った分隊員が、すかさず進み出、再びショットガンの銃口を別体へ突きつける。遅れを取り戻すべく急ぎ足で、外へ向かいその体を押し出した。
奥歯をかみしめ別体が、小部屋の扉をくぐりかける。
見送りかけてシャッフルは、その後ろ姿へ言葉を投げた。
『戻ればまず、クレッシェへの面通しがあるぞ。わたしと違って相手はエブランチルだからな。覚悟しておけ』
別体が何事かを言いたげに踏みとどまる。だが、許さぬ分隊員と銃口に、今度こそ小部屋の外へと消えていった。
『行くぞ』
遠ざかる足音を確認してシャッフルもまた、部下、トパルを促しその足を繰り出す。
『何か質問は？』
扉の向こうへ身をかがめながら確認した。
『いえ、わたしは軍医の指示に従うのみですから』
『上出来だ。外へ、出るぞ』
通路には、まるで残存物であるかのように先に出て行った者たちの足音が、こだましている。
そして、いまだ焼けるような痛みを残すアルトの頬を、乾いた風がなで渡ってゆく。背中に固定された両手がもどかしいほど『カウンスラー』の日差しは強烈だった。堪え、降り注ぐ光にアルトは眉根を寄せる。慣れればやがてネオンの姿を、場違いな外套に身を包んだ極Ｙの間に見つけていた。
恐らく分隊員たちはミラー効果を有効にして、その脇を固めているのだろう。気づけばアルトの傍らから銃口を突きつけているはずの分隊員もまた、姿を消している。
『そのまま直進しろ』
声だけが響き、ネオンたちとの合流を強要した。
裂いて、砂煙を上げながら、間へ飛び込んできたのはバンだ。ここへ着陸できなかった巡航艇からの迎えらしい。外套を翻した極Ｙが中へ吸い込まれ、分隊員に頭を押さえ込まれたネオンもまたぎこちなく姿を消していた。
見据えながらアルトはそっと確かめる。極Ｙがシャッフルたちへ自分を突き出したその時だ。ベルトへ差し込まれたスタンエアの感触を、服地の上からそっと、なぞる。
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