目次 


ACTion 56 『Mission Impossible』



『で? このようなものでどうだ?』
 ライオンは振り返った。
『っだぁ? こんな子供だましで通用するのかよ』
 不満げなスラーがその背で、口を尖らせている。
 すかさず手を休めてデミは顔を上げていた。
『だってぼく、まだ子供なんだもん!』
 床へ投げ出されたデミの両足の間には、ホロスクリーンをディスプレイ代わりに立ち上げたカードパソコンが置かれている。
 それらやり取りに挟まれサスもまた、催促されたとおりライオンをしげしげと眺めた。その顔色は、先ほど取った仮眠のせいか、すっかり元通りだ。
『いや、こう、その、なんか違うの』
 小首をかしげ鼻溜を揺らす。
『なら、こうだったか?』
 煮え切らないサスを前に、ライオンは確かめた。やおらぼんやりその顔は曇り、再びすぐさまアルトのそれへ輪郭を変えてゆく。
『うーむぅ』
 唸るサスが納得する様子はない。アゴをさすり、もったいぶるかのように鼻溜を振った。
『なんじゃ、ちと……、二枚目すぎんかの?』
『土台が良いのだ。仕方なかろう』
 しれっと返すライオンには迷いがない。
 そこへスラーがまたもや割り込む。
『どう見ても、やっぱりこいつは安っぽかねーか』
 思案、尽きないそのいでたちは、臨時収容船のホグスと同じグレーの軍服へ変わっていた。すぐさまサスはライオンから視線を逸らし、そんなスラーもまた上から下へと眺め回してゆく。
『仕方あるまい。さすがにホンモノの軍服を調達するには時間がなさ過ぎるんじゃ。ウチにあったのはそのレプリカだけでのう。まぁ、お前さんは主要二十三種のエブランチルじゃ。そこで何とかカバーしてくれんかの』
『命がけで学芸会かよ』
 了解しているとはいえ、心もとないことこのうえない。ならすかさず相手の手を入れて、隣でモディーは伸びあがった。
『社長、お似合いでやんす!』
 瞬間、振り下ろされる、平手ではすまないスラーの肘鉄。強烈な一撃にモディーはそこへうずくまった。
『しゃ……、しゃちょぉ……』
 と、絶妙なタイミングで姿を現したのは、トラだ。ここ砂漠港レンタルドックの一角、鎮座するスラーの霊柩船後部ハッチから、シワだらけの顔をのぞかせる。どつき漫才を繰り返すスラーとモディーへ声を張った。
『おおい! 本当にガスは抜き終わったんだろうな!』
『くどいな、テラタン。ちゃんと冷却ガスは開放した。あんたらを氷付けにするつもりはねー』
 振り返ってスラーは怒鳴り返し、猛然と霊柩船へ足を繰り出してゆく。
 ならそれもまた在庫として店に余っていたものだった。見送りサスはライオンへ、アルトが好んで発注する作業着を手渡した。
『これでよかろう』
 受け取りライオンは、早速、腕を通してゆく。否や、その口を開いた。
『冗談。ボイスメッセンジャーに俺の代役が務まるかっての』
 声はまさにアルトのそれだ。
『ほ!』
 サスは目を丸くし、ライオンは、いやアルトはこうも続けてみせる。
『ただし俺は棺桶に入ったきりだ。話すつもりはないぜ。わかってんのか、じいさん?……で、どんなものだ、ご老体?』
『完璧じゃ』
 愛嬌一杯、ウインクして返すサスはご満悦だ。見て取りライオンは、アルトを真似ていからせていた肩を落としていった。
『段取り通りなら、もぐりこんだその後は顔を変えて霊柩船で待機と言うことになっているが……』
 新たな不安に言葉を濁らせる。
『いや、十分じゃ。恩に着る』
  汲み取りサスが、きっぱり鼻溜を振ってみせた。ならその足元からデミの声は吹き上がってくる。
『出来た!』
 様子はまるで、プラモデルの一つも完成させたような具合だ。そのまたぐらではちょうどと、一連の光学バーコードがホログラムディスプレイより排出されているところだった。待ちきれず手を添えすくい上げたデミは、サスとライオンの間に立ち上がる。
『えっと、コレ、葬儀社の新しいIDだよ! 今からこの船はスラー葬儀社の霊柩船じゃなくて、フェルマータ葬儀社の船ね。で、おじいちゃんとぼくはその社員。こっちが、その腕章につけるID』
 つながっていた光学バーコードを千切ってサスへ、手渡した。
『一応、どれも遅効性のウィルスを仕込んでおいたから、認識されても時間がたてば記録は消去されるようにしてるよ。けど急いで作ったから最初、ちゃんと認識してもらえるかどうかが一番の不安なんだけれど……』
『ま、その時はその時じゃの』
 受け取ってサスはあっけらかんと鼻溜を振り、左の腕に通していた腕章へ光学バーコードを滑り込ませる。つまるところその姿は、これからの役割に合わせて急遽あつらえた、喪服にも似たダークなツナギだ。デミもしかり、同様のツナギに身を包むと自らの腕章へ光学バーコードを流し込んでいった。
『本当に大丈夫なのか?』
 様子を眺めるライオンが、獣面へと顔を模してゆく。
『トラもおる。お前さんは無理せず、ラウア探しへ向かった時の入艦記録を抹消したスラーと霊柩船に隠れておればよい』
『しかし……』
『じゃあぼく、スラーおいちゃんにID渡して、船の分、書き換えてくるね』
 腕章に光学バーコードが固定されたことを確認したデミが、ふたりの足元から駆け出してゆく。
『まかせたぞ。デミ』
 サスは笑顔で送り出し、再びライオンと向かい合った。
『その心遣いは覚えておこう。何はともあれ、まずあの臨時収容船にF7とやらが実在しておらんと話にならんしの。経由して転送されておるのだから十中八九は間違いない、と睨んではおるが、なにせデータ上での話じゃ。コトが始まるとするなら、まあ、確認してからのことじゃな』
 ならライオンの目は動いて、デミとの距離を確認する。十分だと測ったところで瞳もろとも、声を絞った。
『ご老体、デミがついてゆくと言っておるのだぞ』
 だがサスに同調する素振りはない。
『わかっとる。言ったところで聞くものでもあるまい。それはわしが一番よく知っておる』
 笑みさえたたえてライオンへ深くうなずき返した。
『大丈夫じゃ。デミを危険な目にあわせるつもりはない。願わくば、デミにはわしの店をこれからも盛り上げてもらいたいからの』
 一息つくと、その目を宙へ持ち上げていった。
『厄介ごとは遅かれ早かれ、かいくぐらんとやってはいけん商売じゃ。それもわしがおるうちにこなしておく方が、よかろうて。ま、そこにアルトもおれば、ずいぶん助かるというものじゃがな』
 果てない未来を臨んでたわませる。閉じて夢想し、開いてサスはこうもつけ加えてみせた。
『などと、あやつが続けたいというかどうかは、直接、聞いてみんことには分からんことじゃ。そのためにも行かねばなるまいて』
 にま、と繰り出された笑みに、向かうところ敵はない。見せつけらてライオンは、ただ肩をすくめて返していた。
 などとその耳へは先ほどから、納棺スペースで繰り返されているトラとスラーのやり取りが響いている。いや、聞こえて仕方ないほどの大声は、のべつまくなしと続くケンカのせいだった。それもこれもスラーがトラの秘密を暴いて以来だ。そのうちモディーとトリオでコントでも始めそうなのだから、しかしながらある意味、息だけは合っていた。
 そんなやりとりも一段落したあたりで、納棺スペースから敷かれたカタパルトの上を、チタン製の棺はふたりに押されて降りてくる。大きさは縦が二メートル強。横も一メートル余りか。大柄なテラタンでも、さらに体格のいい者でも入ることのできる特大サイズだった。
『使いたかぁないが、F7ってやつの位置を探るためには必要になるだろうからな。パラシェント! 中を改めておいてくれ』
 スラーが呼びかける。
『わかった。今、行く!』
 答えたライオンが、サスへ目配せを送っていた。合図にサスも、自船のコクピットへ体を傾ける。交差すればサスの手が、ねぎらうようにライオンの足を叩いてみせた。肘鉄を食らっていたモディーも頭をさすりつつ、ようやくそこから腰を上げる。
『モディーも手伝うでやんす』
 右へ左へよろめきながら、サスを追いかけ走り出した。
 つまり彼らの計画とは、こうなのだ。


ランキング参加中です
目次   NEXT