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ACTion 57 『君の中の混沌』



 揺れた、などと言う表現では生易しい。
 たたき起こされ目を覚ます。
 振動は船が格納庫の輪留めに乗り上げた衝撃によるもので、船底に近いせいだろう、衝撃が伝わると同時に巨大な金属のぶつかり合う音もまた重苦しく耳に届いていた。
 どうやら到着したらしい、と思う。
 だがぴくりともしない腕は背後に固定されたままだった。見回しアルトは、体を揺する。狭い仮死強制ポッド内、やおら折り曲げることすらままならないヒザ頭に何かは当たって、目を凝らした。それが何なのか気づくまで、しばらくかかっている。どうやら連邦は『F7』までの道程、仮死強制のミストをケチってくれたらしい。同じポットにネオンもまた、向い合せと放り込まれているらしいことを見て取った。
 そんなネオンはまだ眠ったままだ。いや正確には仮死状態のまま、といったほうがいいだろう。同じ濃度のミストに浸されたせいで体重差分、状態が持続している様子だった。
 おかげで身動きの取りづらさに輪はかかる。自然、舌打ちはもれ、おしてその中、アルトは取り急ぎスタンエアを確かめた。さすがの連邦も船賊がこんな置き土産を残してゆくなど、考えにも及ばなかったようだ。辛うじてベルトの間に引っかかっているスタンエアを、曲がらない腕と体で四苦八苦、アルトはベルトの間へしっかり押し込みなおす。
 無論、振り回してここがどうにかなるような場所でないことは、百も承知しているつもりだ。だが、ただその機会が訪れたなら『アズウェル』での続きを再開するためにも、気取られるわけにはゆかないモノだった。もちろんそれはネオンにさえも、だ。なら待ち構える展開は、とたん心もとなさも総出でアルトを脅しにかかった。
 相憐れむ。
 追い討ちをかけて、これみよがしと吐きつけられたシャッフルの言葉が思い出される。
 あの時、すぐにも言い返すことができなかった自分をアルトは、歯がゆく思い出していた。だとして口ごもったのは何も図星だったからではない。彼らは間違っている。だが違うと、否定できるだけの、分からせるだけの言葉を見つけられなかったのだ。
 そもそも理解しあえぬ原因もそこにある。見知らぬ色をどれほど多くの言葉で語ったところで見えやしないように、味わったことのない感覚をどれほど言い聞かせてみたところで実感は生まれないように、伝えようとすればするほどすれ違い、分かり合えぬ事実だけが顕著となる虚しさは、聞き入れようとしない相手だからこそなお手に取るように想像できた。でないなら、彼らが何恐れることなくプロジェクトの正当性を口にすることなど、出来るはずもないと思う。
 彼らは、その実を知らない。
 結局のところ、どこでもかまわなかった目的地を地球に固定したのも、見下ろすこの頭を即座に吹き飛ばさなかったことも、そこに帰結している。自身にとって、いや、おそらく誰にとってもそれは残しておきたく、有しておきたい領域に違いないハズだった。つまり感情移入しているというのなら、確かにそれも然りである。だが思うままに行かない世界に苛立ち、不安を覚えている彼らもまた違う意味では、十分世界へ感情移入していた。
 哀れんでいるのではない。
 結論だけは、はっきりしていた。
 大事なだけだ、とアルトは思う。
 だからしてその領域を今でも、うろたえるほど守っておきたいと感じて止まなかった。はき違えた彼らの望みは阻止すべきだと、自らの事がごとく身につまされる。
 すぐ真下では、乗り上げた輪留めに取り付けられたクランプが船底を挟み込む、寒気のするような音を響かせていた。最後、ふるいにかけるかのごとく横揺れは襲い、クランプの音はやんで、船の駆動音もまた完全に止まってしまう。
 静けさが、つかの間の休息が終わったことを告げていた。
 聞こえたように、ネオンが息を吹き返す。膨れた背中がわずかアルトの視界へ入り、息が喉元へ吹きかけられていた。やがてうつむいていた頭をネオンは持ち上げてゆく。
「だッ」
 おかげで否応なく食らうアッパー。
「いったぁ……」
 ぶつけたネオンの弱々しい声もまた、遅れて聞こえた。ようやくそこで状況に気づいたらしい。
「何、アルト? ど、どうなってるの。何、コレ?」
 近さに驚いたらしい。今度は距離をとろうと身を丸めてくれる。そう、この狭い空間で、だ。立て続けアルトの股間へ、そんなネオンのヒザ蹴りは飛んだ。
「お、まえッ……」
 単純に絶句する。
「ご、ごめんっ!」
「もう少し、回り、見ろ、よッ」
「だって、見ようと思っら。第一、予備麻酔の時は別々だったじゃない。あたしたち」
 単価が違うことは日を見るより明らかだ。
「っそ、連邦の奴ら、ガスごとき、けちり、やがって」
「ひどい、まだ縛られたままだし」
 ネオンも違う意味でボヤく。可動範囲を探って、芋虫のように動いてみせた。
「もう肩、限界よ」
「ああ、荷物扱いは、いただけないってこったな」
「あら、やっとわかってもらえた? カーゴに吊るされたあたしの気持ち?」
 切り返してネオンは投げるが、その不敵な響きは続かず、すぐにも不安へ沈み込む。
「ねえ、それより今、どこ? あたしたちこれからどうなるの?」
 無論、ネオンが気にしているのは、ポッドの外だけでない。植えつけたのが自分なら、アルトが一番よく理解していた。
「おとなしく寝かしつけられている間に、ついたらしいな。F7へ」
 だからして少し的の外れた答えで返す。
「あなたの言うとおりだったかも。聞かなきゃよかった。……どうする、つもり?」
「なに、が?」
 だというのにネオンは単刀直入と問いただし、思わずはぐらかしてアルトは聞き返す。
「奴らに渡すくらいなら……。あなたはそこでやめたけど、あたしには聞こえた。そのつもりなんでしょ? そのつもりであたしを『フェイオン』へ呼んだんでしょ? それともまだどこか段取りが食い違ってる?」
 どんな顔をしているのか、近すぎて言うネオンの顔を見ることは、かなわない。
「この船、軍の巡航艇よね。あのひとたちも軍服なんか着てた。F7って政府の機関? 残しておいた想像力だって、これじゃ働くだけ無駄みたい。ただもう逆らえっこないってことだけがよく分かった。覚悟なんて決まらないけど……」
 一息のんだその先が、詰まった距離以上、アルトへと押し迫る。
「ここから引っ張り出されたら、それはすぐ始まるの?」
 つまり、殺すのかと問いかけていた。
「そんなこと」
 言いかけてアルトは軌道修正するように、声のトーンを上げる。
「そんなこと、分かるかよ。こちとら同じだ。両手とも後ろへ回ってちゃムリな話さ」
 聞いたネオンが真向かいで、ひとつクスリと笑ってみせていた。
「それってつまり、お手上げってこと? 下がったきりなのにね」
 なかなかうまい言い回しだと、ご満悦の様子だ。
「笑いこっちゃない」
 アルトは憮然と突き返す。
「今のうちだもの」
 笑いを引きずることなく、ネオンは言い切ってみせた。口調には妙な凄味があり、押されてアルトこそ口ごもる。
「かも知れねーが……」
「理由は何? あたしはどうして殺されなきゃならないの? 覚えてないけれど、それほどヒドイことしてたのなら、今のうちに謝っておきたい」
 だがそんな事実こそ欠片もない。だからしてやんわり、ネオンの抱く罪悪感だけを否定してやることにする。
「大歓迎してる奴らだっている」
「出迎えご苦労、って具合ではあるけれど」
「言ってやれよ」
「どうしてかな」
 茶化せばむしろ、それはネオンを我に返らせていた。
「実感がないの。あなたがそんなことするように思えないし、こうして普通に話してる。きっとどこかで、助けてくれると思ってるみたい。おかしな話」
 それきり、ネオンは逸れた話を戻そうとしなくなる。ただ疑問と不安にさえ疲れた様子でぽつり、こぼした。
「まだ眠る時間、少しくらいあるかな。仮死じゃなくて、眠りたい。そうしたらもう少し、ちゃんと怖くなれるかも。あなたを蹴飛ばして逃げ出せるようになるかも」
 押しとどめる権利もなければ、ましてや答えられる立場でもないことだけは確かだろう。
「好きにしろよ」
 せめて付き離せば、抗議の声は届いていた。
「でも、なんか臭う。服、ちゃんと着替えた?」
「そんなヒマあったか」
「寝てる間に、ヘンなことしないでよ」
「この状態でナニをどうやれってんだ」
 と突如、外が騒がしくなる。不躾な足音が複数、近づいていた。立ち止まったと同時に空気の入り込む鋭い音がし、ポッドのロックが解除されてゆく。まどろみかけていたネオンに緊張が舞い戻るのを、アルトは肌で感じ取っていた。様子に何遠慮するそぶりもなく、頭上でポッドは開かれてゆく。


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