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ACTion 63 『塩基の樹』



『何をッ!』
 分隊長のかすれた声が飛ぶ。
 あらぬ方向に曲がった肘を押さえて分隊員が、シャッフルの右側に転がった。
 すかさず左側に立つ分隊員が、シャッフルの肩へ掴みかかる。
 張ったヒジで振り払っていた。続けさまショットガンの銃床を、その喉元めがけて叩き込む。引き戻すが早いか、トリガーを絞った。真正面に立っていた分隊長の体は見事、吹き飛ぶ。
 目の当たりにして、残る二体の分隊員らがミラー効果を有効にしていた。
 透けた体に視界は開け、立ちすくむクレッシェの姿がシャッフルの目に映る。
 迷うことなくシャッフルは、マガジンパックのキャブを解放していた。ダイラタンシーベレットの濃度を最高にまで引き上げると、トリガー脇の金具を弾く。引き金を絞れば連射モードへ切り替えられた銃口から、軽い音と共にダイラタンシーベレットは矢継ぎ早と吐き出されていった。
 が、クレッシェへ届くことなく、弾道は空で途切れる。
 遮り、そこに吹き飛び宙を舞う分隊員は姿を現した。
『くそ!』
 どうっと床へ落ちれば、顔面を引きつらせたクレッシェと目と目は合う。
 瞬間、シャッフルを衝撃が襲った。
 足だ。
 払われ、前のめりと倒れ込む。見れば右股にダイラタンシーベレットの弾痕が張り付いていた。寸断された筋肉繊維が悲鳴を上げ、すかさずどこから撃たれたのかを見定めシャッフルは血眼で頭を振る。だがミラー効果のせいで判然とせず、これ以上の被弾は死活問題であったなら、避け、のたうつようにして床の上で寝返った。身を起こそうとしている分隊長の元へ移動し、力の限り覆いかぶさる。そんなシャッフルへ振り返ろうと身をよじる分隊長を制して喉元へ腕を回し、盾とその場で抱え起こした。
『中尉、バカなことを……!』
『ならばおとなしくクラウナートへ行けと?』
 分隊長は絞り出し、シャッフルはつき返す。同時に、分隊長の握るショットガンを、自らのショットガンで払い落とした。
『ここは船だ。逃げ場など、ない』
 言われようとも事態はもう、引けるものではなくなっている。シャッフルはそんな分隊長へ、体を預ける格好で立ち上がっていった。
『逃げるつもりなど、ない』
 くまなく周囲へ、同様に腰を浮かした分隊長へ銃口を突きつけつつ、ドアへ後ずさる。
『では何を?』
 尋ねる分隊長の声は固い。紛れるように、外れかけていた喉元の集音マイクを押さえつけもした。
『それは、わたしが部屋を出てからにしてもらおう』
 見逃さず、シャッフルは銃口を押し付ける。糸のようなケーブルを、喉元へ回していたもう片方の手で毟り取った。
『中尉、正気か?!』
 後ずさった体はもうドア前だ。シャッフルの片足がかかると同時に静かに、開いてゆく。
『無論、正気だ』
 ドアをくぐりつつ答えてシャッフルは、分隊長の腰回りを探った。見つけたスタンエアをそこから引き抜く。
『むしろ、今まで気がふれていたのかもしれんな』
 言って盾に取っていた分隊長の体を、力任せと室内へ突き放した。ショットガンを握りなおし、閉まり行くドアの隙間からダイラタンシーベレットを放つ。
 解放されてよろめく分隊長が、後方からの乱射に頭を抱え、転がるように身を伏せていた。
 ドアは隠してシャッフルの前で閉まり、とどめといわんばかり階級章を読み込ませたリーダーへ銃口を持ち上げる。


 この慌ただしさは何も、アルトの確保が完了したせいだけではないだろう。『F7』区画中枢であるここプロダクトルームは今、実施が確定的となった極Yへの塩基付加の準備もまた、急ピッチで行われていた。
 あえて照明が落とされたルーム内の円卓には、数十名の研究員たちが腰掛けている。中央に浮かび上がっているのは、は緩やかに回転する三本のホログラム塩基だ。一本は、量産に入る予定のアルト複製塩基ホロ、もう一本は、塩基付加を行う極Y用の声帯塩基ホロである。残る一本はその定着を臨床すべく、併設された処置室にて採取された極Yの純正塩基ホロだった。
 研究員たちは巨大な織物を編み進めてゆくかのごとくそれら分析に没頭し、解読が進められるに従いホログラム塩基へは次から次にタグが貼りつけられている。まさに研究員らの頭上、茂る巨木とホログラム塩基は形成されつつあった。
 さらにここへもう一本、滅菌ゲルシリンダーより入るはずのアルトのオリジナル塩基が加わる予定だったが、まだ届いてはいない。何か不手際でもあったのか。トパルはアクリル窓越しに見上げ、隣り合うここ処置室で同様に、しかしながら唖然とアゴを持ち上げホログラム塩基を眺める極Yたちへ振り返った。
『現在、付加用塩基の調整中です』
 互いの間には、足つきのプラットボードが置かている。
(えらいたいそうな設備やの)
 名前をテンと聞かされていた。極Yが腕を振っている。
(体質どころか造りそのものを変化させるのですから……、そう簡単では……)
 並んで立つもう一体が、不安げにその腕を揺らしていた。名前はメジャーだ。
 つまりテンがカウンスラーの音窟より船へ帰したのは、クロマだった。振られて咄嗟に同行できぬことへ不愉快な表情を向けたクロマだったが、そう指示を出したのも万が一の事態が発生した場合、クロマなら自分に代わって船と部下たちを動かすことができるだろうと考えての、テンの選択であることに間違いはない。
(安定性を確認するとおっしゃっていましたが、危険はないのですか?)
 メジャーが動作を強め、トパルへ問いかける。訳された動話を見て取りトパルは、プラットボードへその口を開いた。
『百パーセントないとは言い切れません。いくら塩基付加の実績を積もうとも、あくまでも極Y種族への付加はこれがファーストトライとなります。不慮の事態が起こらないという約束はできません』
 なぞってボード上、トニックの映像が揺れ動く。目で追ったメジャーが、やおら最初の付加を名乗って出た背後の一体へ振り返ってみせた。
(大丈夫やって。心配することあらへんがな。ワシ、アタマはあかんけど、体だけは自信あんねんから)
 ラバースーツを脱いだ一体はすでに、頭部だけを刳り貫いた処置着に着替えている。筋の通らぬ強がりが、メジャーには歯がゆかった。見て取ったテンも指を折る。
(すまんの。えらい役目、任せてもうて)
(やめてくださいよ、ボス。せやからゆうて、ワシが音声言語使える極Yの一番手になったからいうて、後で文句言わんといてくださいよ)
 放たれた動話が、困ったようにねじれて空を切っていた。思わず笑いは漏れて、テンはただうなずき返す。
『予定通りなら八〇〇〇〇セコンド以内にも結果は出るでしょう』
 途切れた動話の合間を見計らい、トパルは教えた。と、そんなトパルの耳元に、プロダクトルームからの通信は飛び込んで来る。
『極Y用合成付加塩基の生成が終了。投与前の最終確認をお願いいたします』
 片耳に掛けられた受信装置よりマイクを引き出すと同時にトパルはプラットボード前から退き、手短に告げる。
『変更なし。初期代謝スピードは七八〇〇〇セコンドに設定のこと』
『七八〇〇〇、了解。処置実施までは九六〇セコンドの見通しです』
『了解』
 聞き取れずとも事態が動き出したことを感じ取ったか、息を詰めて極Yらがその横顔を凝視していた。刺さるような視線を十二分に感じ取りつつトパルは、再びプラットボードの前へ進み出る。
『お待たせいたしました。もうまもなく処置を開始いたします。付加を受けられる方はこちらのベッドへ、他の方はわたしが案内いたします別室への移動を願いいたします』
(なんや、俺らは一緒におられへんのか?)
 突然の部外者扱いに、テンが眉間を寄せた。しかしトパルに慌てる様子ははない。
『音窟でも申し上げた通り、この技術は我々連邦ラボのみの有する特別なものです。たとえそちらには盗み取るだけの容量がないとしても、公開することはできません』
 痛烈な皮肉さえこめると、突き返してみせる。浴びせられたテンの動きは、そこで止まっていた。時間を惜しみ、トパルは付加対象者をベッドへ促す。
(ほな、ボス。向こうでまっとって下さい)
 覚悟を決めたように、部下がきびすを返していた。
(……おう)
 見送ってテンたちも身をひるがえす。
 別室へ案内すべく、トパルが処置室の扉をスライドさせて待っていた。
 入れ替わるようにして機材を乗せたエアフロートのストレッチャーが、白衣の数人に押されて処置室へ入ってくる。テンは自然、そんな一団へ険しい視線を投げていた。ひきつけ、トパルがジェスチャーでもってしてプロダクトルームとは逆の方向を指し示す。
 トパルとテンたちは連れ立ち歩いた。
 ウィルスカーテンを一枚、潜る。
 どうやらずいぶんセキュリティーが厳重な場所らしい。ウィルスカーテンのノズルに高熱照射タイプのものが据えられているを、テンはチラリ、うかがい見る。
 そのまま通路を左へ折れた。
 突き当りに取り付けられたドア前の立つ。
 スライドしたその向こうに広がるのは、はどこにでもあるような居住モジュールだった。船側に位置するらしい。申し訳程度、刳り貫かれた丸窓からわずかながらも殺風景極まる黒い宇宙が見渡せる。ただ明らかにかつては何者かの仕事部屋であったことを示して、取り外せなかったらしい作り付けの大仰なデスクが不本意な位置を陣取ってもいた。
 見回しテンは、連邦の要請でプラグを抜いたスパークショットを、その肩から下ろす。
 後はご随意にと言わんばかり、案内をつとめたトパルがドアを閉めていた。
 ロックのかけられる僅かな振動が、テンの微小な鼓膜を不穏な音に揺らす。同時によぎる妙な胸騒ぎは、長らく船賊として修羅場を潜ったテンの培った、何ものにも代え難いカンだった。


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