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ACTion 66 『故郷へ帰ろう』



(もう処置は済んだのでしょうか?)
 案内された部屋でメジャーが、心配げに手を振っていた。だがフレキシブルソファに腰かけ四本の腕を組んだテンが、答えて返す様子はない。
 部屋はありきたりな外装だったが、その実、それこそ見せかけのように、テンの船以上の装備でもってして過ぎるほどに快適な環境を提供し続けていた。室温を一定に保つべく、壁にはサーモペーパーが貼られ、船によくある金属臭さや使用していた有機体特有の体臭と呼ばれる発酵臭は残っておらず、晒され続ければひそかなストレスとなる船の駆動さえもシャットアウトされると代わりに微かと流れるBGMが、テンたちへ半ば強制的に沈静さえ促していた。
(なんや、エエとこでんなぁ)
 飲まれてフレキシブルソファへ身を横たえた一体が、メジャーの隣で指を折る。
 チラリ横目で見てとったメジャーが、困ったような表情を浮かべてみせた。
(ハラもすいてきたんなら、なんか食わしてくれんのやろか)
 これは使い物にならないと、その視線をもう一度テンへ据えなおす。覗き込み、テンの動きを待った。だがテンは置物かと見まごうばかり微動だにしない。様子に珍しくも、痺れを切らしたように腕を振ってみせた
(テン、先ほどからあなたが何を考えているのか、おおよそ予想はついているつもりです。ですがちゃんと振ってもらわなくては、分からないではありませんか?)
 それは、あえてテンの視界を遮るような動話だ。
(……これは)
 指を折り、仕方なく絡めていた腕をテンは解く。ためらった後、綴った。
(実験と、ちゃうんか?)
(え?)
 メジャーにとって、それが意外であったことは否めない。
(実験?)
 繰り返していた。
 と、ついにその隣でm寝そべっていた一体は眠りに落ちてしまったらしい。間抜けた鼻笛が、規則正しいリズムを刻んで聞こえ出す。
(そういうことやろ)
 聞こえぬかのようにテンは動話を続けていた。
(あいつ、言いおったな)
 そこにいつものキレは戻り始める。
(処置は百パーセントやないと。おかしいやないか。俺らは百パーセント仕事をこなした。これは取引やぞ。せやのにその見返りは、そんなもんでええのか? 俺らを何やと思うとるんや? やのに、そんな奴らへ俺はあいつを預けてもうた。もしあいつに万が一のことがあったら、俺は他の奴らに合わせる顔がない。せやろ? あいつがあかんかったらいうて、また誰か別の奴に行ってこい、言うんか? まさか、どうなるか分からんモンに俺が出てゆくこともでけへん。それこそ何かあったら、後に残された奴らが不憫や)
 行き場をなくしたその手が宙をさ迷う。やがてフレキシブルソファへ埋まっていった。
 つなぎ止める振りを見つけられずメジャーもまた、眉間を詰める。
 前においてテンは再び、その手を持ち上げた。
(あいつの振った通りかもしれん)
 それは独り言のような動話だ。
(あいつ? とは?)
 メジャーは振り返していた。ならメジャーの顔色をうかがうテンは、まるでイタズラがばれた子供となる。
(確保した『ヒト』や。男の方のな。カウンスラーへ向かう途中、ゲージの中で俺はあいつと動話を交わした)
(動話を? それほど使えるのですか? あの『ヒト』は?)
(せや。なんや、ここの研究かなんかで動話を担当しとったらしい。十分通じる動話をつかいよる)
(その彼が、あなたになんと?)
 驚き開いた眉間を寄せて、吸い付くフレキシブルソファの上で身をよじると、メジャーはじれったそうにテンへ詰め寄った。
(あいつが振るには、俺らは利用されとるだけや、と。連邦の思うままになれば、それこそ俺らの意思はとらへんともな……。そうなれば俺はきっと後悔するともぬかしおった。そんな俺らの立場は似とって、互いに大事なモノを守るため奔走しとるだけやともな。あのとき俺はてっきり奴が命乞いでも、見逃してくれとでも訴えとるのかと思っとったんや。違うと分かったところで引き返す価値もないと、俺は信じとった。せやけど、そうやない。何かがおかしい。こんなはずやなかった)
 と、しゃっくりの音がする。メジャーの隣で眠る一体だ。フレキシブルソファを窪ませもそもそ、寝返りを打っていた。どうにも話の腰を折られたようで、テンは素っ頓狂な視線を向ける。知る由もなくそこで一体は、寝言に肩を揺すっていた。様子に思わずテンは頬を緩める。困ったような情けないようなその笑みで、メジャーへこう指を折った。
(これは、俺のミスや)
 似合わぬ振りにメジャーが慌てたことは言うまでもない。
(まだ塩基負荷というものが、失敗したと決まったわけではありませんよ、テン)
(いや、かもしれんという地点で、もう取り返しのつかん所へきとる)
 振ったテンが、眠る一体から顔を上げた。
(こいつらを助けられると気取っとった俺が、アホやった)
 放つと宙を仰ぐ。
(テン……)
 バツの悪さを断ち切りテンは、やおらフレキシブルソファから立ち上がった。背後の調理台へ勢いよくきびすを返す。
 調理台には電熱コイルもむき出しの、一口コンロと電磁調理器が数種類、スペースを惜しむようにきっちり積み上げられていた。下には至れり尽くせりと、保存庫と思わしきステンレス製の扉もまた備え付けられている。
(あの塩基負荷が成功しようがしまいが、俺はこの取引を諦めようと思うてる)
 背中越しに上二本の腕でテンは放つと、下の手で保存庫の扉を開けた。屈んで中を覗きこみ、もう一本の腕で電磁調理器もまた開く。保存庫にはちょうどと、極Y郷土料理のミールパックが入っていた。選んでテンはそこから二つを取り出す。絡まりそうな腕から腕へミールパックをリレーさせ、電磁調理器へ放り込んだ。
(勝手やと思うのは、よう分かってる。俺がみんなを巻き込んだんや。連邦がトニックの動話を使ったからや、なんて言い訳はせえへん。それこもれも全部、奴らは信用ならんちゅうことが、ようやく分かったんや。胸が痛んで初めて分かったんや。俺たちは俺たちが生き残る術をもう一度、連邦抜きで考えなおさなあかん。大事なモンを捨ててまで奴らに擦り寄ったところで、それは極Y民族が極Y民族として消滅してゆくよりも、たちが悪いっちゅうことがようやく分かったんや)
 振り終えたその手で、電磁調理器の扉を閉めた。こもった音が響き、至極単純な操作ボタンをひとつ、テンは押し込む。電磁調理機内にオレン色の光は灯ると、背にテンはメジャーへと振り返った。
(今さら何をいうとんねんと、笑いたいんやったら笑ってくれ)
 あけっぴろげな様に、むしろメジャーは目を奪われる。
(それとも愛想が尽きたゆうんなら、お前はお前の好きなようにしたらええ。他のやつらもみんなそうや)
 さらしてテンは促した。
(せやけど、このカタだけは、きっちりつける)
 頑なな振りが、そのときばかりは鋭さを増す。
 押されて取り戻したものがあるとすれば、そんなテンに見入っていたメジャーの我、だろう。だがそんなメジャーがテンを責めることはなかった。テンの期待に応えて笑い出すようなこともまた、だ。
(わたしたちは……)
 ただ静かに、その指先で空を撫ぜる。
(……わたしたちは、テン)
 それは自らに言い聞かせるようであり、何者かに操られているような動話だった。
(居場所を求めて、遠いところへ来すぎてしまったのかもしれませんね)
 つづる。
(……そうかも、知れへんな)
 忘れていたようなその振りに、テンは答えてしばし黙した。ままに、申し訳程度に取り付けられた小窓へ視線を投げる。そこに黒い宇宙は広がると、強いられた緊張に瞬きを忘れ、張りつく無数の星がのぞいていた。
 極Yは極Yでしかない。
(なんや、見うしのうとったみたいや)
 返せば、やおらメジャーが勢いよく腕を振り上げる。
(なら、帰りましょう! 故郷へ!)
 その大胆な動きが、テンの目を奪った。
(それが一番ですよ。遠回りをしましたが、それでいいではないですか! もういちど出直しです! 心配しないで下さい。みんなも同意してくれるハズです。だからこんなに遠くまで、あなたについてきた。わたしたちは目的をひとつに、同じ釜の飯を食らった流浪の極Y船賊ではないですか。より良い未来のためなら、賛成しても憤るものなどいやしませんよ)
 嬉々として綴り切る。
(……そう、やろか)
 テンが戸惑えば、メジャーはさらに淀むことなく、こう振ってもみせていた。
(なぜなら、それこそが、わたしたちらしい! そうではありませんか?)
 それは理屈が通っているようで、まるで根拠のない自信だろう。見せつけられたなら、テンはたまらず笑い出す。
(俺たち、らしい、か。メジャー、お前に励まされると、どうして、こうもその気になれるもんかいな)
 と、背後で、不意に電磁調理器が調理の終了を知らせた。甲高い鈴の音はひとつ鳴って、程よく温まったミールパックを、テンは中から引っ張り出す。
(ようし、決まったんやったら、とにかくハラごしらえや)
 パックに付属されたスプーンを引き剥がしつつ、フレキシブルソファへ戻った。メジャーへ手渡せば、辺りにはたちまち形容しがたい満足のにおいが満ちる。おかげで夢うつつに溺れていた一体も、目を覚ましたようだ。寝ぼけまなこで身を起こし始める。
(なんや、エエにおいが……)
 と、目にしたものに火が点いたかのごとく動話を振った。
(あー、ボスゥ! ひどいわ。や、メジャーも! 勝手に自分らだけエエもん食べて!)
 などと、テンがスプーンですくい上げている淡いピンクの団子は、極Y地方ゆかりの食材、(マトペー)のフライだ。スープに浸されたその半分は、見ればヨダレが止まらぬほどに照っていた。
(食ったら、帰るぞ)
 止まることなく(マトペ)を口へ運びながら無造作に、テンはそんな一体へ動話を綴る。
(え?)
 読んだ動きが止まっていた。
(なん、なに、て?)
 しどろもどろと問い返す。ならすかさずそれが役目と、メジャーが振って付け加えた。
(自分の分は調理台であっためてください。食べ終わったら、ここを出る準備にかかります。この少人数ですから、タフな仕事になりますよ)
(い、いつの間に? あの付加なんちゃらは?)
 かき込むようなテンの食事スピードは早い。すでに食器の中の半分を平らげている。
(すまんの。お前らをこれ以上、危険な目に合わせるわけにいかへんのや。あの話はなかったことにする。極Yのこれからは、また一から考え直すつもりや)
 最後にスープを喉へ一気に流し込んだ。カラになった食器をテンは、床へ放り投げる。見て取った一体が、食いっぱぐれまいと慌てて調理台へ転がり込んでいった。
(それから、どうしても確かめておきたいことがあるんや)
 見送り、げふっと、テンはひとつゲップを吐き出しながらメジャーへ振る。視界の端に捉えてメジャーが、順調に処理しつつあった食器の中から目だけをテンへ、持ち上げた。向かってテンは前かがみの姿勢を取ると、そっと伝えて指を折る。
(俺らだけが、トンズラするワケにはゆかへんやろ。教えたんはあいつや。あの『ヒト』がどうなっとるんか、俺はどうしても知っておきたい、思うとる)


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