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ACTion 68 『BLACK BOX RUN 1』



『着艦完了でやんす』
 モディが告げる。
 じれったいほどの旅路を経てたどり着いたのは、『フェイオン』近郊に停泊中の臨時収容船だった。
『そら、どんな様子じゃ?』
 急遽、備え付けた補助席から、ベルトを解いたサスが身を乗り出す。
 と、モニターを凝視していたデミが鼻溜を振って返した。
『うーん、思ったより調子よくないみたい。認識してはもらえたけれど、このままだと偽造だってバレちゃうかも』
 現在、定員に合わせ霊柩船のコクピットには、この三体しかいない。残るライオンはチタン製棺桶の中に、学芸会かとグチるスラーはトラと共にその棺桶を見守り、後部の納棺スペースへ身を隠していた。ゆえに今、到着を知らせてよこしたように、船の操縦桿はモディが握っている。その隣、モディのいつもの場所にはデミが腰かけていた。
『上書きしたような感じだから、きっと二つのファイルの折り合いが悪いんだね』
 コクピット天井へ手を伸ばす。クリップに挟んで止めていたカードパソコンを、ヒザの上に広げた。尻ポケットに忍ばせていたジャックを抜き出し、一方をパソコンへもう一方を霊柩船のメインコンピューへ差し込む。フォローすべくキーボードを弾きながら鼻溜を振った。
『時間に制限がかかりそうかの?』
 向かってサスは問いかける。
『うーん、ぼくがついてたなら大丈夫だと思うけれど……』
『ちゃんと偽造データは消えるでやんすか?』
 心配らしい。モディーもまた口を挟んだ。
『うん、それは大丈夫だよ。これなら他の入艦記録もいくつか吹き飛ばしちゃうかもね』
 デミの返答は打って代わって力強い。
『ならば、ここはふたりにまかせたぞ。何かあった時は、いつでも船を出せるよう、スタンバイしておいてくれ』
 そんなふたりへ、サスは鼻溜を揺らした。最後、デミの頭へ手をあてがう。
『え、それどういうこと?』
 言葉にデミが驚いたことは言うまでもない。
『社長が信用するサスの頼みでやんす。モディーは、了解したでやんす!』
 両目の動きと止めたモディーは隣で、伸び上がっていた。
 置いてサスは、狭いそこできびすを返す。
『待ってよ、おじいちゃん! ぼくもおねえちゃんを探しに行く!』
 背をデミは呼び止めていた。
『いいや、デミ。お前はここに残るんじゃ」
 だが予感していたサスに、慌てる素振りはない。
『最初から、わしはお前を連れてゆくつもりになかったんでの。お前はここでお前の仕事をしておればよい。あとはわしとトラで済ませてくる』
 ハッチへと降りかけていたそこからゆう、と振り返り鼻溜を振る。
『そんなの……!』
 などとデミも移動中、これでもかと戦意に闘志を詰め込んでいた。削がれてサスを睨み返す。だがサスは相手にしない。それ以上目を合わせることなく階段を下りていった。
『もうっ、おじいちゃん!』
 ならその隣から消耗した船の燃料系を補充すべく、モディーもまた抜け出してゆく。取り残されて立ち上がりかけ、不安定な偽造IDにかなわずデミキーボードへ両手を乗せなおす。
『みんな、そんなのひどいよ……』


『待たせたの!』
 聞こえるはずもなく、霊柩船を降りたサスはその船尾へ回り込んでいた。納棺スペースのハッチを開いて意気揚々と鼻溜を振る。
 なら立体収納ならば最大二十四体は可能なそこで、かぶっていた酸素マスクをトラとスラーは引き剥がしてみせた。その手ですかさず、スラーは棺桶の窓をノックする。いわずもがなそこにはアルトが、いや、アルトを装ったライオンは横たわっていた。中で閉じていたまぶたを開くと、覗き込むスラーを両目でとらえる。しかしながら窒息しないそのワケは、棺桶の足元に忍ばせておいたボンベとフィルターのおかげだった。
『中も大丈夫だ』
 確認したスラーが返す。
『でなければ、困るわい』
 笑い飛ばしてサスは身を反り返す。
『ともかく奥の機材を運び出してくれんかの。デミはなんとかなるようなことを言っておったが、いまひとつ偽造IDの調子がよくないらしい。バレんうちに済ませてしまわんとマズいことになりそうじゃ』
『分かった。力仕事はわしに任せろ』
 かって出たトラがさっそく身をひるがえした。納棺スペース奥の機材を、抗Gネットから解いて外へ押し出してゆく。キャスターに乗ったそれは、サスの身の丈をゆうに越す黒塗りの四角い箱だ。それをトラは、管制端末の傍らへ据え置いた。
『この辺でいいか?』
『十分じゃ。よし、なら今から艦内を見せてもらうとするかの』
 両手をこすり合わせてサスは、管制端末を見据える。
『いまさらハッキングはヤバイんじゃねーのか?』
 などと、スラーはらしくない。
 だがついに管制端末の裏へ手を伸ばしたサスの鼻溜は、愚問だと言わんばかり揺れていた。
『何を言いおる。そのために、このドデカい箱を持ち出したんじゃろうが。落ちてくる情報を閲覧するだけじゃ。こちら側からは仕掛けたりせん』
 幾度とない開閉に甘くなっていた管制端末、メンテナンス用のカバーを剥がしにかかる。中からケーブルが溢れんばかり飛び出したなら、指でより分けサスはそのうちの数本を特定してみせた。執刀医よろしく、スラーへ手だけを差し出し誘う。助手をつとめてスラーはその手へ、黒い箱から伸びる色とりどりのクリップがひと束にまと上げられたケーブル、そのうちの一本を握らせた。
『これは一番だぜ……。って、落ちてくるったってなぁ』
 呆れて吐いた言葉は尻切れトンボだ。おかげでようやく飲み込めたらしいトラが変わって、会話へ割り込む。
『まさかここへ、この船の全情報が落ちてくるというのか?』
『にも耐えうるよう都合したが、じゃが船内のマップなら比較的オープンンな情報じゃ。バーストする前に、めぼしはつくとわしは思うとる』
 順序よく、管制端末の狭いスペースへクリップをかませながら、サスは鼻溜を振った。
 滞ることなくその後も、計三つのクリップの束をスラーへ要求し、サスは接続を終えた管制端末から体を抜き出す。打って変わって前へ回ると、この格納庫の位置を要求し画面を操作した。
 応じて画面が表示を始める。
 その裏側でバシリ、ショートするような音は鳴り響いていた。
 同時だ。黒い箱は唸りだす。
 管制端末のモニターには、入力通り近辺マップが展開されていた。マップは扉をくぐればそこに第二霊安所があることを、そうしたスペースがここには二十箇所も用意されていることを教えている。さらにはそれら霊安所を管理する詰め所が、霊安所内奥、五つおきに設置されていることもまた、知らせていた。
 恐らく『フェイオン』から引き上げられた遺体は、処置を施されたその後、この詰め所を通って一般公開されているのだろう。
 満足げに見下ろしサスは、黒い箱へ歩み寄った。
 何の取っ掛かりもないようなその一角、窪むボタンをさらに奥へと押し込む。
 ならホロスクリーンは一枚、目の前に立ち上がっていた。そこから二つ、仮想トラックボールが宙へ弾き出される。サスがそれを両手に取って、引き寄せた。ままにホロスクリーンを睨み付ける。
『トラ、すまんがデミはわしと一緒にはゆかん。もうひとりの社員はお前さんがなってくれ。ツナギはハッチの脇に掛けとる』
 耳にしたトラがスラーと顔を見合わせた。その顔へスラーが、ワケもなくエラそうにアゴをしゃくってみせる。船へとトラをうながした。見て取りうなずき返したトラは、たちまち霊柩船へ駆け出してゆく。
 任せたサスの前でホロスクリーンは、今や前後二枚に乖離していた。データはそんな二枚の間へ三次元のブロックパズルよろしく、次から次へ落ちてきている。二つのトラックボールを扱いサスはそれらを回転させ、時には寄り、引きもしながらチェックを続けた。そのたびに落ちてきたデータから二次元のスクロールデータは展開されると、それをサスは脇へ添付する。また新たに落ちてきたデータの確認に取り掛かった。
『こいつぁ、すげーな……』
 思わず体も前のめりだ。スラーが、うなる。
 続けるうちにも脇へ寄せられたスクロールデータは幾重にも重なって、落ちてくるデータを取り囲むほどまでに膨れ上がった。それらを睨んでサスは一度、大きなため息を吐き出す。造語ならぬ『デフ6』言葉で何事かを呟いたかと思えば、添付データの順序を入れ替え、抹消し、新たなデータをまた開きにかかった。
 あいだも二枚のホロスクリーンの間へデータ降り続け、増殖、肥大してゆく。積み重なるまま岩のごとくサスの前に立ちはだかったなら、物音ひとつ立てていなかった黒い箱は、増してゆく負荷に振動とも取れる鈍い音を立て始めていた。
 聞こえているのかどうなのか、それでもサスはわき目をふらない。オーケストラの指揮をとるがごとく絶え間なく両手を動かし、『デフ6』言葉を切れ切れに吐きながら、作業に没頭し続ける。
 ついにどれほど画面をスクロールさせようとも引こうとも、岩石と化したデータ塊が二枚のスクリーン間に収まらなくなったなら、取り囲んで添付された二次元データも澱のごとくとたまりにたまって視界は埋め尽くされる。
『お、おい、サス。大丈夫か?』
 見回しスラーが、眉を詰めた。
 と、そんなスラーの足元でダウンしたブレードが、湯気を上げ黒い箱より飛び出す。上部でもひとつ、その真下でさらにまたひとつ、立て続けに排出された。
 様子をサスが、ようやくチラリ、うかがい見る。
 やおら周囲の添付データを、強引に片側へと寄せ集めた。
 トラックボールをひねり、二枚だったスクリーンを再び一枚へ貼り合わせなおす。醜悪とも取れる巨大なデータ塊は、そんなスクリーンの間で押し潰されながら消えてゆく。見極めサスは、二つあったトラックボールの片方を、一枚に戻ったホロスクリーンへ弾き飛ばす。残ったひとつで寄せ集めた添付データもまた放り込んだなら、次の瞬間、上へてんでバラばらばらだった添付データはつなぎなおされると展開されていた。クリックすればそのさらに上へ、窓は開く。滲んで見辛い場所もあったがそれは、この臨時収容船の平面マップで間違いなかった。
 先を争い、平面マップが立体へ姿を変えてゆく。
 部位ごとに、文字や色さえも書き込んでいった。
『すげぇ、来たっ!』
 だがただ一所だけだ。無記入、無彩色と残る。
 それは同じ階層、いわばこの船のド真ん中にあった。
 と、マップの解像度がわずか劣化して滲む。
 見て取りピクリ、眉を跳ね上げたサスが、握っていた最後のトラックボールを放りだした。その手で箱の下部、青い色を放つランプを叩きつける。すかさず黒い箱の下部から光学バーコードは吐き出され、すくい上げたとたんバーコードプリンタを搭載していたブレードもまた湯気を上げて黒い箱から飛び出していた。
『ほ、間におうたわい』
 トラックボールごと、もうホロスクリーンはダウンしている。
『なんだソレ?』
 ブレードはまた排出され、筐体へ押し込みなおしながらスラーは一仕事終えたサスの手元を、のぞき込んだ。
『コレはの……』
 答えてサスは、ツナギの尻ポケットから電子地図を取り出してみせる。プリントされたばかりの光学バーコードを、そこへ挿入した。ならしばらくの間は空いて、手のひらサイズの電子地図へこの船のマップは投影される。
『どうだ? うまくいったのか?』
 そこへ、ツナギへ着替えたトラは駆け戻ってきていた。
 ニヤリ笑ったサスはまったくもって不敵、極まりない。ただ電子地図をトラへ突き出し鼻溜を振る。
『まぁ、見ての通りじゃ。おかげで一台、売りモンの大事なサーバーを、ダメにしてしもうたがの』
 トラが振り返ったそこで黒い箱は、溶ける寸前と煙を吐き続けていた。


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