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ACTion 68 『BLACK BOX RUN 2』



 残し、格納庫を後にする。
 だからといってこの広さだ。探して全てを見回ることなど不可能だった。さしあたって手近にあるのは第一霊安所と、第五霊安所である。比べてどちらが閑散としているのか、確かめるべくスラーは軍服姿で船内を闊歩した。
 お眼鏡にかなうのは、第一霊安所らしい。明らかに横たえられたボディーバックの数が少なかった。伴い、出入りする業者や遺族の数もまばらときている。おかげで霊安所奥の詰め所作業も、激減している様子だ。だからして駐在する優勢二十三種中の『ホグス』種担当官は、光の消えたモニターが埋まるデスクへ覆いかぶさると、まさにこの船の中で船をこいでいる最中でもあった。
 さて、いかに不条理な要求であれ、強引に相手にのませる方法があるとすれば、それは何か。いうなればそれは有無を言わさず場の心理的主導権を握り、相手の上位に立つことだといえよう。そう、古式ゆかしき戦法、強襲だ。
 遺体引取りにいそしむ葬儀業者へはご苦労、と腕を振り、うなだれる遺族へはご愁傷様でしたと声をかけ、スラーは将校気分で詰め所へ向かう。そうして前に立ち、部屋の奥、ウィルスカーテンに仕切られ伸びる通路の向こうへ目を凝らした。
 さて、これから繰り広げるのは、そんなウィルスカーテンを潜り抜け、内部へ侵入するために欠かせないショーだ。
 備えてスラーは仁王立ちとなる。
 背中へ回した両手を固く組み、腹の底まで息を大きく吸い込んだ。この戦法の成否を賭け、最初一喝を『ホグス』へ放つ。
『くぉわらぁっ! 何を、しとーるっ!』
 叩き起こされた『ホグス』が、デスクから爆発的な勢いで跳ね起きていた。腰掛けていた椅子は弾け飛び、形状記憶合金がごとく直立不動とスラーの前で伸び上がる。
『……った! はいっ! も、申し訳ありませんっ! ソロ軍曹殿!』
 などと、そもそもこの船にこうも旧式な上官が存在するのかどうかは謎である。だいつしか刷り込まれたステレオタイプほどイメージを誘導しやすいものはなく、何より目の前の『ホグス』がそれを証明してみせていた。寝起きとは思えぬほどの滑舌のよさで答え、くっていたヨダレを慌てて拭ってみせる。そうしてようやく目の前に立つ『エブランチル』が、ソロ軍曹ではないことに気づいてまじまじ、スラーを見つめた。
『あ、あの……』
 どこのどなたか、と訪ねたいらしい。だが自ら走らせたシナリオが、すでに彼の立場を制約している。それ以上が許されるはずもなかった。見切ってスラーは口を開く。
『貴様のせいかっ?』
 この藪から棒がいいのだ。
 得体の知れぬ責任を負わせにかかった。
『は?』
 『ホグス』は目を瞬かせる。しかしながら制約により割り振られた役割こそ、サボタージュの発覚したダメ軍人であったなら、ここでも違います、何のことでしょうか、などと『ホグス』に質問ができる道理こそない。
『も、申し訳ありません。以後、このようなことがないよう、気を引き締めて任務に当たります』
 シナリオにのっとり吐けば役割は、なおさら『ホグス』に馴染んだ様子だ。
『ソロ軍曹から、F7のことは聞いておったろう。だのになんという失態だ!』
 つけこみスラーはたたみかける。聞いたばかりの『ソロ軍曹』と『F7』のを混ぜ込み、『ホグス』の反応をうかがった。そのタイミングは絶妙だったらしい。ビンゴを示して特徴でもある皮膚の凹凸を、『ホグス』はキュッと引き締める。
『ですがそれは、管轄が違いますので……』
 つまり『ホグス』は『F7』のことを知っていた。だというのに逃げを打つなら、追うが道理だ。スラーはいきり立つ。
『だから、なんという失態だと言っておるのだっ!』
 怒りをぶちまけ、いまだスラーの中にも設定されていない『失態』を引き出させるべく次の段取りへ取りかかった。
 さて『ホグス』は今、サボタージュが発覚したダメ軍人である。指摘されたとたん、あるはずの『失態』を自身の中に探し始める。やがてはっ、とのんだ息に全身を硬直させると、その顔をスラーへ跳ね上げた。
『格納庫で何か?』
『回収したヒトを移送して来た。向かいの格納庫に安置してある』
 来た、とばかりに打って返すスラーにこそスキはない。
『いえ、待ってください。二七〇〇〇セコンド前、ヒト、二体、F7専用格納庫から搬入済みとなっているハズです』
 ひとつ、揺るぎない事実をそうして手に入れる。
『まだ他に? 失礼ですが、その制服は一体どちらの……』
 が、聞き返されていささかスラーは焦りを覚えた。とはいえそこでうわ滑れば、主導権は相手へ移る。取り繕うなどナンセンスだ。むしろスラーは『ホグス』が唯一、見せたスキへ逆転の足払いをかける。
『まだ他に、だとーっ!』
 一喝した。
『それが貴様の仕事だろうがぁっ! 先に搬入されたのは一体だ! 残りが届いた際はF7へ通す! 専用格納庫は今、先の船のメンテナンス中で利用できんからして、急遽こちらへ回るよう変更の連絡はあっただろうが! うたたねなどで見逃しおって! きさま、やる気はあるのかぁっ!』
 散漫としつつあった成り行きを『うたたね』の、アタマまで一気に巻き戻しにかかった。
『もっ、申し訳ありませんでした!』
 おかげで伸び上がった『ホグス』が、折れんばかりに頭を下げる。なら鉄は熱いうちに打て、だった。
『分かればボヤボヤするな、早く行け! 葬儀社が棺を構えて待っている』
『はっ! 任務にとりかかります!』
 力のこもった敬礼が美しい。
 だというのに代わりの常駐官を呼び出そうとするのだから、これまたマズかった。
『かまわん。一刻を争う』
 スラーは遮り口を挟む。
『ここはわたしが預かろう』
 怒鳴りつけていたところから一転。着せる恩で押しとどた。振り返った『ホグス』の顔はまったくもって、これほどまでに自身の身になってくれる上官はいるのか、といわんばかりだ。果てに、妙な一体感まで生まれたりもする。
『も、申し訳ありません! それでは、よろしくお願いいたします』
『覚えておけ。つまらぬヘマさけしなければ、お前もいち軍人として故郷に錦を飾ることができるのだぞ』
 だからこそ吹き込んでやる、さらなる使命感。
『みなの喜ぶ顔が見たいだろう?』
 それは眠るほど退屈していた『ホグス』にとって、じいんと響く言葉となってい。とたん瞳は輝き出し、腹からスラーへ答えて返す。
『はいっ!』
 逃さずスラーは追い討ちをかけた。
『かまわず、行ってこい!』
 それこそあの夕日に向かって、と。
 受けて再敬礼した『ホグス』が駆け出す。
 そう、その実、降格へ向かって。
 見送りスラーは一つ、息を吐いた。謎の熱血上司を切り上げると、緩めた軍服の襟の中から、通信機のマイクを引きずり出す。
『そっちへ詰め所のホグスが向かったぞ。たたんで、早く来い。俺は今から入艦データの抹消にかかる』


『了解』
 答えて喉元のシワへトラは通信機を押し込んだ。
『来おるのか?』
 隣でサスが鼻溜を揺らす。
『サスは手を出すな。わしが片付ける』
『の、方がよさそうじゃの。頼んだ』
 もう意地を張る歳でこそない。
 そんなふたりの足元には、霊柩船から下ろされたチタン製の棺があった。挟んでふたり、にこやかに立てば、小さすぎるサスのせいでトラの巨漢はやたらと際立つ。ままに『ホグス』を待ち構えた。
 と、よほどスラーがうまくたきつけたのだろう。ややもすれば格納庫の勝手口は押し開けられる。投射されたウィルスカーテンを潜り抜け、軍服姿の『ホグス』は格納庫へ飛び込んできた。
『まことに遅くなりました。回収物をF7までお通しいたします』
 なら放つ言葉は、それこそすぐにもばれるウソで十分だ。
『ご苦労様です。まずは中の確認を』
 トラが似合わぬ口調で繰り出し、ひたすらニコニコ笑ってサスもまた『ホグス』を促した。
『ご苦労ですの』
 答えることなく使命感に燃えて『ホグス』は、棺に空いた小さな窓を覗き込む。『フェイオン』事故発生直後、遺体の引き上げがあった際は報告が義務付けられていた『ヒト』はそこに、横たわっていた。
『確かに』
 と、棺の中でその目は開く。死んでいるのだと思い込んでいただけに『ホグス』はぎょっ、と目を見開いた。思わず生き返った、といいかけたところで彼の記憶は途切れる。
『痛そうじゃのう……』
 サスが目を細める。
 窓を覗き込んで前屈みとなっていた『ホグス』の頭を、思い切りチタン製の棺へ叩きつけたのはトラだった。
『かまっておる時間はない』
 その手を緩め、力の抜けきった『ホグス』の体を棺から引っ張り降ろす。
『いやはや、そうじゃった』
 棺のふたを押し開ければ、中からアルトは身を起こした。
『実にいい音だった』
 だが、声はライオンだ。『ホグス』の頭蓋骨が上げた悲鳴のことを言っているらしい。
『しばらくは目を覚まさん』
 答えるトラに愛想はなかった。
『だろうな』
 ライオンがアルトのまま、棺を抜け出す。そうしてトラから『ホグス』の体を引き受けた。
『これの始末はわたしがしておく。ご老体とトラは先を急げ』
 預けたトラのシワが弾む。
『分かった』
 葬儀社の偽造IDを、サスが格納庫の扉へかざした。読み取った扉は開き、ふたりは表へ繰り出す。
 残されライオンは、空になった棺桶へ『ホグス』の体を放り込んでいた。中の酸素濃度をホグスに合わせ調節すると、惜しむことなく棺桶をロックする。


 ならその光景は自然だった。
 詰め所を訪ねる葬儀社社員が、二体。
 入艦記録抹消の最中だったスラーは見つけて、駆けつけたトラとサスへ顔を上げる。
『よう、来たか。あのホグスは?』
『ライオンが棺桶へ放り込んでくれている。済んだなら、こっちのフォローへ来るハズだ』
 手短にトラは告げた。
『守れる限りはここに居座るが、無理なら離れるぜ』
『かまわん。その時はデミを頼むぞ、スラー』
『悪いがそれは俺の役目じゃねーし、あんたも真剣には言ってねー』
 サスは目を細め、軽く突っぱねたスラーはこうも付け加える。
『間違いなくF7って場所は存在して、すでに二人は運ばれてやがる。ホグスからの情報だ。いるぜ、必ずな』
『そうか。ならば、ますますここで引き下がるわけには、いかんの』
 サスが鼻溜を揺らし、隣のトラを見上げた。受けた視線にトラも振り返ると、サスへアゴを引いて返す。ふたりはそれを合図に、詰め所奥へ続くウィルスカーテンへ身を翻した。オレンジ色のそれをくぐり抜け、向こう側へ足を踏み出す。
 見回してサスが、懐から電子地図を取り出した。
『さてと、ありふれた場所には用がない。あるのは、この中央の不明区域じゃ。じゃが、そこへ通じる道は、ここだけか』
 指は早くも地図を拡大させている。しばし地図を右へ左へ行き来させ、やがて画面を固定した。
 それは不明となっている区域へつながるドアを持ち、なおかつこのエリアとも通じている唯一のスペースだ。凝視しサスは、その呼び名をなぞる。
『特殊医療区、保安所か』
 目指す方向へその顔を持ち上げていった。


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