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ACTion 80 『VSミラー効果』



 荒事に慣れていない白衣の反応は、鈍かった。飛びかったテンの目には、風にあおられなびく布切れと映る。その襟首を、テンは四本の腕でそれぞれ鷲掴みにした。背負ったスパークショットさえ振り回し、ベッド際から次々にむしり取ってゆく。辺りかまわず投げ捨てた。壁へ張り付き、床へ転がり、白衣らは鈍い音を立てて転がると、傍らに据えられていた機材へも倒れかかる。
 足元をロックされていた機材が、白衣もろとも倒れていた。照射されていた滅菌ライトがやおら天井を照りつけ、派手な音を立てて床で跳ね、砕け散る。
(おい、大丈夫か!)
 かいくぐり、テンはベッドの中をのぞきこんでいた。貼り付けられたシートを引き剥がそうと、上の手、二本を伸ばす。
『勝手なことをするな!』
 まだ残る白衣がそれを押し止めていた。
 瞬間、そんな白衣の頭はぶれる。
 後頭部に、メジャーのヒジはめりこんでいた。機材を押し倒した白衣が立ち上がりかけたなら、すかさずあらぬ方向へ殴り飛ばしてみせた。唯一、壁に叩きつけられた白衣だけが壁を伝うと、処置室の外へ逃げ出してゆく。
 放ってテンは、シートを剥ぎ取った。そのとき妙な音は聞こえてシートは細く糸を引き、腐敗臭は強まる。
 そこにははもう、崩壊も最終段階を迎えた赤黒い流動体のみがへばりついていた。あれほどまでに振り回していた四肢の痕跡はなく、呼吸らしき動きも見いだせない。
(うわ!)
 遅れて覗き込んだもう一体が、またもや腕を振り上げ、うろたえてみせた。
 睨み付けたままでテンはそっと、シートを戻してゆく。
 離せず、シートを握り締めた。
 余る腕が、辛うじて動話をつなぐ。
(どんな格好でも、連れて帰るつもり……)
 遮り、その手は握られていた。
 メジャーがそこで、テンへ静かに首を振ってみせている。
 思わず息をのみ、テンはうなだれていた頭を持ち上げていった。
 今は、感傷に浸れるような場面ではない。自らに言い聞かせる。
 証明してその背へ、けたたましい足音は覆いかぶさっていた。止まりかけていた時は動き出し、振り返ったテンたちはドアへ視線を飛ばす。
 先だって転がりだしていった白衣が知らせたのだ。開け放たれたままのドア周囲に、隣から駆けつけてきた白衣の影はちらついていた。交互に中の様子をうかがうと、あからさまに警戒してみせる。
 だがテンたちに、素人を相手にして怯む道理などあるはずもない。じわり、ドアへと向きなおる。白衣を見据えて手探りで、背のスパークショットを引き寄せていった。
(残、五〇)
 上二本の腕で淡白に綴るそれは、スパークショットの残り放電時間を知らせるタイミングだ。応えてメジャーともう一体もまた、スパークショットを構えなおしてみせる。感触を確かめるようにグリップを握ると、深く腰を落としてテンの脇を固めた。
(取引は、不成立や。今からヒトを取り戻しに向かうぞ)
 押し殺すようなテンの動話にみなぎるのは、ピリリとした緊張感だ。
(了解)
(ウィッス)
 感じ取り、動話というよりもより短いジェスチャーで、メジャーともう一体がうなずいて返す。
 視界の端で確認しつつ、テンは倒れる白衣を足先で転がした。その下、倒れていたフロートを引っ張り起こす。
 滅菌ライトが骨折さながら、あさっての方向を向いて砕けた照射面をぶら下げていた。一体何を測定していたと言うのか。倒れた際に引き抜かれたコードもまた、流動体をこびりつかせるとじゃらり、音を立ててぶら下がる。
 四本も腕があればこういう時こそ事欠かない。テンは余るもう一本の腕で、機材の足元のロックを解く。同時に別の手で指揮をとるかのごとく、メジャーともう一体へ合図を送った。
 とたんテンは、ドアへ向かって機材を押し出す。
 滑走する機材は奇声にも似た軋み音を立てると、あっという間にドアをすり抜けていった。及び腰で処置室内を覗き込んでいた白衣たちを蹴散らし、勢いもそのままに壁へぶち当たると、筐体たわませ、砕けて破片を飛び散らせる。
 遅れまじと、テンが床を蹴りつけていた。処置室から飛び出し見回せば、へっぴり腰と壁に張り付く白衣と目が合う。手始めだ。振り下ろした電極で、その脳天を潰した。目の当たりにして逃げ出した白衣へ、メジャーも放電する。壁へ激突したフロートの傍ら、腰を抜かしてへたり込んでいる白衣を、もう一体が掴み上げていた。みぞおちへ、横面へ、残る拳を浴びせ続ける。免れた白衣たちはその間にも、もつれる足のまま蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
(こら、またんかいっ!)
 ぐったりした白衣を投げ捨て、一体が身をひるがえす。
(ほっとけ!)
 テンは押し止め、腕を大きく振った。
(ヒトや!)
 立て続け指を折る。その指で、処置室へ入る直前、この通路の奥へと消えた彼らを指し示した。
 目にした一体が、逃げ行く白衣を惜しみつつ足を止める。
 メジャーもまた、付着していたホコリを焦がして煙を上げる電極を手に、うなずき返した。
 とそれは、走りゆく白衣から視線を引き戻そうとした時だ。一体の目に、通路をこちらへ走りくる武装集団は映る。
 瞬間、その姿は消えていた。言うまでもない。ミラー効果だ。
(ボス! 軍がきよった!)
 振れば、きびすを返しかけていたテンの動きも止まる。
 メジャーが電極を正面へ向けなおしていた。探して、通路の隅から隅を見回す。しかし逃げ去る白衣の背中以外、何も見てとることができない。かと思えば、メジャーのスパークショットは弾き上げられる。続けさま、メジャー自身もそこから吹き飛ばされた。宙を舞った体が床で跳ねる。止まらず通路をこれでもかと滑っていった。
(メジャー!)
 叫びとも取れる振りだ。つづったテンのきびすはメジャーへ返されるた。
 とたん、かすめて何かは飛来していた。
 ダイラタンシーベレットだ。
 気づき屈んだ頭の上を、同様に弾は飛び去る。
 かまわずテンは走った。
 横たわるメジャーの傍らへと滑り込む。
 かすかにもがくメジャーは、明らかに被弾していた。
 迷わず自分のスパークショットを担ぎ上げる。テンハメジャーのスパークショットを拾い上げた。残る腕でその体を掴み、なおかつ残る腕で動話を放つ。
(樹の生えとる部屋や!)
 室内はこの騒ぎで、すでにもぬけのカラとなっていた。逃げ込めと、もう一体を促す。
 見て取った一体が、やおら強い雨脚から逃れるように身を屈めた。目の前のドアへ走る。いち早くスライドさせ、くぐり抜けて閉まりきらぬようそこへ体を挟み込んだ。
(ボス!)
 メジャーを引きずるテンを待つ。
 飛び来るダイラタンシーベレットが、そんなテンの目の前で、壁際で、ヘしゃげたフロートをさらに細かく打ち砕いていた。察するに、弾の濃度は最高レベルらしい。テンは腹の底から、クソッタレと毒づく。毒づきながらメジャーもろとも部屋の中へと転がり込んだ。
 前でドアが、追いかけ飛びくる流動弾を遮り閉じてゆく。
(すみません、こんな時に)
 かすかと振るメジャーの様子は弱々しかった。だからこそテンの振りは、粗暴を極める。
(アホか。そんな話は後や!)
 傍らでは機転を利かせた一体が、ドアの動力部をスパークショットで焼き払っている。放たれた閃光はまるで生き物であるかのように電源を伝い、部屋の隅々へ走り去っていった。乗じてフワリ、周囲の照明も落ちかける。
(動けるか?)
 投げ出しかけていたメジャーのスパークショットを担ぎ直し、テンは問いかけた。メジャーは息苦しげにアゴ先のジッパーを下ろすと、ガスマスクを脱ぎ去り返す。
(なんとか)
 そんなメジャーの脇へ、テンは腕をくぐらせた。気づいたもう一体が反対側へ回り、同様にメジャーを支える。ならちょうど脇腹辺りだ。メジャーのラバースーツは裂けると、そこに流れ出す体液をヌラリ、光らせていた。早急の手当てが必要だと、テンは察する。だがそれもこれも、ここから脱出しなければ望むことができそうもない。
(やっかいやな、ミラー効果)
 メジャーには無理があると分かりつつ歩調を早める。とにもかくにも身を隠すべく、円卓の向こう側へ急いだ。
 懸命に足を運ぶメジャーの息は、ただそれだけで上がっている。
 挟んで支えるもう一体が、やおらテンへと腕を振ってみせた。
(ボス、あれは水とホコリに弱いんですよ)
(それくらい、俺もしっとるわ。せやからここでどないせいいうねん)
 駆けつけた軍は早くも、ドアの撤去に着手し始めている。隔壁代わりのドアとは違い、薄いそれは的確な彼らの対処に揺れ動くと、今にも開きそうな気配を漂わせていた。
(なんやこの部屋、これだけあったら、どうにかなりそうやないですかぁ)
 盗み見ながら三体は、円卓の影へもぐりこむ。温和な日ごろからは想像のつかぬほどに顔をゆがめてメジャーもまた、傷口をかばうとうめいて身をひそめた。
(わたしが、囮になります)
 おもむろに放つ動話。
 見て取ったテンが最後まで読み取ることはない。かぶせて手早く指を折り返す。
(何、言うてんねん。それは俺が許さん)
(彼らがわたしの確認に、必ず近寄ってくるでしょう。そこを……)
 押し問答だ。
 だからして傍らでもう一体は、しきりに周囲へ頭を振っていた。見たことも触ったこともないような装置を眺め回し、この部屋の一番隅、据えられた観音開きの扉へその目を凝らす。くぐれば奥にはまだ、別の場所が開けていそうな雰囲気があった。感じ取ったからこそ一体は、動きだす。動話もなくそこへと擦り寄っていった。
 跳ね開けたなら、ラバースーツ越しであるにもかかわらず空気が変化したことを感じ取る。言い得ぬ緊張は走り、過剰なほどと周囲へ視線を走らせた。走らせながら、奥へ足を進める。
 薄暗く狭い通路は、天上に剥き出しのエアダクトを這わせていた。要所、要所、くどいほどのウィルスカーテンが敷かれてもいる。くぐり、中ほどにまで来たところで、やがて感じていた外気の変化が湿度であることに気づかされていた。
 足を止め、確かめるべくガスマスクを脱ぎ去る。
 五感がより鮮明となっていた。
 おかげであまり発達していない極Yの耳へも、かすかと空気の流れる音は聞こえてくる。追って一体は、頭上のエアダクトへ目を向けた。辿り、再び足を進めれば、行く手を塞いで霜に覆われた三重ロックの厳重な扉は現れる。
 エアダクトはその中へ吸い込まれていた。
 そんなエアダクトを、電極で突いてみる。
 乾いた音と共に圧のかかったそこに一瞬、霜は白く広がっていた。
(こいつ……!)
 その目が見開かれる。
 ためらう時間こそない。
 突いた電極の先もそのままに、一体は引き金を絞った。
 およそ十五セコンド。
 焼き切られたダクトに穴が空く。とたんそこからスモークよろしく、白い冷却ガスは噴き出した。床を這い、ガスはあっという間に足元を埋め尽くしてゆく。
 かき分け外へと向かいながら一体は、さらにもう三つ、ダクトへ穴を空けた。噴出すガスはもう濁流のごとくだ。床をうねり音を立てるように流れてゆく。その中を走り抜け、一体はその流れを解放してやるべく、観音扉を開け放った。
(ボス! 水、見つけたッス!)
 つづるのと同時だ。こじ開けられようとしていたドアは、室内へ倒れ込む。
 ひと時、不安定に瞬いていた明かりがそれを合図に、消えていた。
 それでも立ち続ける円卓の樹はオレンジ色の光を放つと、音もなくゆっくり床へ広がってゆく冷却ガスを照らしだす。


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